観光を通じて持続可能な社会の実現を目指す/立命館アジア太平洋大学(APU)サステイナビリティ観光学部
APUは2023年度にサステイナビリティ観光学部を設置している。設置趣旨や2年目となる現状等について、李 燕(リ エン)学部長にお話を伺った。
- 大分県、別府市、学校法人立命館の三者大型公私協力方式で2000年に開学。開学時点で学生の半数が留学生という前例のない国際大学
- 既設のアジア太平洋学部(APS)、国際経営学部(APM)に続き、2023年にサステイナビリティ観光学部(ST)を設置
- 循環型地域社会の形成と観光による地域の開発・価値創造を掲げる
APUらしい観光学部の模索
ST設置の検討が始まったのは2018年、出口治明前学長就任のタイミングからだという。APU開学当時のメンバーのひとりでもある李教授は、「APUはグローバルかつフロントランナーがコンセプトの大学として開学し、そこから約20年が経過した頃で、次の一手を模索していました」と当時を回顧する。
21世紀最大の産業と目される観光についての学部だが、「観光は昔からある学問領域で、新たに作るならそこに独自性が必要です。APUらしい付加価値を考えた時、今国際社会で起きている3つの社会課題を解決することを学部の目的としました」と李教授は話す。STが解決を目指す3つの社会課題とは、①地球規模の環境問題 ②グローバリゼーションによる地域文化の消滅と格差問題 ③持続可能ではない現在の社会・経済の仕組み の3つである。観光に関する教育と研究を通じて、グローバルなフィールドでこれらの課題を解決・実践していく人材を育成することが、APUらしい付加価値になると見立てたという。
地方衰退、人口減少といった問題が進む日本だが、それはただ人がいなくなるということではなく、蓄積された文化資産がなくなっていくということである。地域を持続可能にするアプローチは、各地域に固有の文化資産を守ることでもある。李教授は、地域活性化の営みとしての観光の必要性を訴える。
「別府という地方観光地にあるグローバルな大学が、地方文化を尊重する在り方を模索する学部を作った意義はそこにあります。グローバリゼーションによる影響で、世界各地でこうした文化的資源がこれ以上消失していけば、どこに行っても同じような街ばかりになってしまう。STが志向する観光とは、地域の既存の魅力を掘り起こし、新たな価値創造と共にプロデュースしていくことで、持続可能な地域振興を展開することです。そしてそれは日本だけでなく、世界のどこでも必要なアプローチです」。
持続可能な開発教育自体は世界の潮流であり、その必要性は疑う余地がないが、ほとんどは理工系のアプローチである。しかし、自身も環境開発の専門家である李教授は、「文系も含めた社会全体が理解しなければ、持続可能な地域や世界は実現しません。だからAPUは日本では文系に分類される観光からアプローチします」と述べる。観光は様々な産業と結びつき、社会のインフラになっている。APUらしい観点と素材があり、グローバルな課題としての必然性があったということなのであろう。
新しい学部をゼロから立ち上げたのではないことにも留意が必要だ。もともとアジア太平洋学部(APS)では、国際関係、文化・社会・メディア、環境・開発、観光学という4つの分野を持っており、さらに観光教育の国際認証TedQual(※)を取得していた。サステイナビリティ観光学部は、既存のAPUの強みを生かした学部であったのだ。そこに、先に挙げた①~③の課題解決を掛け合わせることで、持続可能な社会の実現に向けた世界中の様々な地域の価値の開発・創造について学ぶことができる学部を作り、さらに強みを拡大しようとした改革なのである。
9つの専門領域における講義・演習とオフキャンパス・プログラムの掛け合わせでカリキュラムを構成
李教授によると、STが育成するのは「学問的実務家」だという。どういうことか。
「大学進学がエリートに限られていた時代は、伝統的な学問的ディシプリンを修得する教育が主流でした。しかし、現代は実践科学が発達し、また原理原則に当てはまらない複合的な事象も多く、実務もしっかり見ていかなければ通用しません。サステイナビリティや観光の領域はまさにそうした文脈にあります。そのため、STではアカデミアのアプローチだけではなく、実務家教員を多く配し、学生の将来の活躍フィールドでもある実務、即ちオフキャンパス・プログラムの設計を重視しました」と李教授は説明する。こうしたカリキュラムはAPUとして新たな教育設計に踏み出した象徴でもあるという。
具体的に見ていこう。STの教育の軸は、理論と実践の往還によるシステマティックな学び方(図1)だ。
図1 STの学びの概観
まず理論については、1・2回生でアカデミック・スキルや入門科目を確実に履修させつつ、9つの専門科目群を用意している(図2)。この9つから自らの関心やキャリアに即して学ぶ科目をカスタマイズし、3回生以降のゼミ、卒業論文またはキャップストーン(学問の総仕上げとして実施されるプログラム)につなげていく流れだ。専門科目群の5割は世界中から集った教員や実務家教員が担当し、日本人と外国人の比率も半々である。極めて多国籍な状態で教育を行うのは、APUらしい特徴と言えるだろう。
学生が自分の将来を考え、自主的な勉強ができるよう、選択の幅を設けている9つの専門科目群だが、「観光とサステイナビリティについて、学術的なキーワードを並べています」と李教授は述べる。「例えば観光というキーワードは親しみやすい言葉ですが、それは観光学でいう観光と同義ではありません。本来観光とは、地域の資源を発掘し、魅力化し、地域の在り方をマネジメントするということ。そうしたアカデミアでの定義から学び、将来実務家として活躍できるようにするのが我々の役目です。受験生や学部生に、アカデミア的アプローチとはこういう構成なのだと知ってもらうための因数分解をしたのが、9つの専門科目群ということになります」。学問理解の観点も含まれた整理なのである。
図2 9つの専門科目群
次に実践として、オフキャンパス・プログラムを重視し、以下3科目のなかから最低1科目、2単位の修得を全員必須としている。
・フィールドスタディ:海外(UK、スペイン、タイなど)や、国内(北海道、長野県飯田市、福岡県北九州市、沖縄県など)の先進的な取り組みを実践している例のあるエリアに教員が学生を引率し、現地実習を行う
・専門インターンシップ: NGO、地方自治体、企業等と連携し、地域や企業の現場に学生が入り、働くことを通じて、持続可能な社会の実現に向けた実践力を養う
・専門実習:授業の半分が座学、半分がフィールドワークで構成されている。金融機関と連携し、大分県の自然や文化を観光資源として持続可能な活用や県外への発信を考えたり、電力会社と協働して、エネルギー問題や地元九州のカーボンニュートラルの取り組み等を調査・研究したりする
オフキャンパス・プログラムの様子
こうした教育を通じて、持続可能な社会と観光に関わる専門理論とその実践力を併せ持つ、「社会のイノベーター」「観光コンテンツのプロデューサー」を育成している。
サステイナビリティに興味・関心の高い学生が集う
学部設置から2年目の現状については、「来年からいよいよ専門ゼミが始まるので、その準備をしている段階です。学部開設時の構想内容を非常に順調に遂行できていると思います」との答えが返ってきた。どのような学生が多いのか聞くと、「観光、環境、地域開発等のキーワードにひかれてくる学生が多い」という。「中学生の時に社会起業している学生がいたり、やる気がある行動的な学生が多いと感じます。設計段階で織り込み済ではあったのですが、現在高校で実施されている探究学習との親和性が高いこともあると思います」(李教授)。学生募集においては観光のほうが注目されやすいと考えていたが、実際蓋を開けてみるとサステイナビリティ領域への興味関心のほうも多いように感じるという。
想定される就職先については、「いわゆる観光産業はもちろんですが、観光に特化するのではなく、UNWTO(国連世界観光機関)等の国際機関や国際金融機関、総合商社、中央官庁や自治体の職員、不動産ディベロッパー、鉄道会社、DMO(観光地域づくり法人)等、幅広い分野を想定しています」という。「現在は企業もサステイナビリティ情報開示が義務付けられたこともあり、推進する部署を設ける動きも進んでいます。持続可能な社会の実現に向けて行動できる人は、特定の業種に限らず、多様な活躍が期待できるのではないかと考えています」。
STでは即戦力的な専門知識に拘るのではなく、サステイナビリティに関する課題解決の方法を学ぶというスタンスだ。そこで身につくスキル・スタンスは応用が利くものであり、必ずしも特定の業界に閉じたものではないということだろう。
今後は学生の履修状況等をデータ化・可視化し、教育に磨きをかけていく予定だという。APUらしい「サステイナビリティ観光学部」に引き続き注目したい。
※国連世界観光機構(UNWTO:UN World Tourism Organization)の関連組織であるUN Tourism Academyが実施する観光教育機関向けの国際認証制度
文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2025/1/27)