【座談会】若者の挑戦マインドを喚起し可能性を広げる教育を、 高校も大学も
高校進路指導の現場では、現在生徒の移動に関してどのような傾向や変化があるのか。
進路指導に携わった後校長まで務めたキャリアを持つ3人の先生方に、オンライン座談会形式でお話を伺った。
――皆さまは教員として長いキャリアをお持ちですが、その中で、都会に出る生徒と地元に残る生徒との割合はどう変わってきましたか。
千葉 私が教員になった1989年当時、高校を卒業した生徒達のほとんどが、進学・就職で首都圏に出ていきました。ところが今は、多くの人が地元に残ります。青森県は就職先が多くない、若者には不利な地域なのですが、それでも県外に出る割合は小さくなりました。
舟越 長崎県でも地元志向が強まっていると感じます。以前は、卒業後の進路が多様な高校では長崎県内、遠くても九州内での進学を目指す生徒が多く、進学校の一部では首都圏、特に東京志向の生徒が目立つ傾向もありました。ところが最近では、どの進学校の生徒も地元での進学を目指すパターンが増えていると感じています。その一環で、「東大より地元大の医学部」という流れも強まっています。
土方 三重県でも、自宅から通える大学を目指す生徒が多いです。また、舟越先生ご指摘のように、優秀な生徒が首都圏の名門大学ではなく、地元の医学部を目指すケースも増えましたね。
私が津高校の進路指導主事だった十数年前も、高い学力があるのに近隣の大学で「手を打つ」子ども達は一定数いて、視野を広げさせる指導をしていたものです。今は当時よりもっと、生徒も保護者も内向きな考え方になっています。
――卒業後も地元に残る生徒が増えたのはなぜだとお考えですか。
千葉 要因は3つあると思います。まず1つ目は、都会に出る必要性が薄れたことです。一昔前、青森の若者には「渇望感」がありました。何もない田舎を出て都会に行こうという気持ちが、若者を突き動かしていたのだと思います。でも、今は通販で商品を買えば数日中に届く時代ですから、若者は「別に都会に行かなくても十分」と考えているのかもしれません。また、地元には美術館や映画館のような文化施設が都会に比べると少ないのですが、小さな頃からそれが当たり前だと考えている若者にとっては、都会に出るモチベーションにはならないのでしょう。
2つ目の要因は、若者の間に失敗を避けようとする気持ちが強くなっていることです。例えば地元の外に出て失敗しても地元に戻ればいいのではと思うのですが、多くの生徒は失敗を過度に恐れてしまいます。チャレンジ精神を持つ生徒は、昔より減っていると感じますね。
そして3つ目は、社会不安の高まりです。コロナ禍やロシア・ウクライナの戦争の勃発等で、社会はガラリと変わりました。先の見えない時代になり、「浪人してでも行きたい大学を目指したい」という考え方が、とてもリスクの高いものになりました。関連して、保護者も「目の届く範囲で、何かあったら困るから、地元にいてほしい」と考える方が増えました。今の高校生にとって親は「反発する対象」ではなく「一番の理解者」であることが多いので、敢えて離れる必然性も低いのだと思います。
舟越 分かります。生徒だけでなく保護者も、自宅から通える大学に進ませたいという気持ちが強まっています。
千葉先生に挙げて頂いた以外の要因として、交通網の変化で、地元を出なくても通える傾向も高まったと思います。例えば、2023年、それまで天神南駅止まりだった地下鉄七隈線が博多駅まで延伸しました。その結果、七隈線沿いにキャンパスを置く大学では、周辺の下宿生が激減したとメディアで報じられています。恐らく、下宿住まいをやめて新幹線を含めた電車で自宅から通学する学生が増えたのでしょう。
土方 三重県でも以前から地元志向は強まっていましたが、特にコロナ禍以降は、その傾向がさらに加速している気がします。別に地元に残ることが悪いわけではないのですが、特に比較検討したわけでもなく、確固とした理由なく「何となく」地元進学を決めている節が見受けられるので、そうした生徒には対策を施すようにしています。ただ、三重県は沿線で京阪神圏にも中京圏にも出られるので、「流出」という自覚なく自宅から県外に通いやすいと思います。
――なるほど。都会志向の弱まり、チャレンジ精神旺盛な生徒の減少、コロナ禍、そして交通利便性の向上等が影響して、地元に残る生徒が増えているのですね。
――生徒達の地元志向が強まる一方、受け入れ先である地元大学側には変化があるのでしょうか。
千葉 地方大学は、受験生という小さくなりつつあるパイを必死に奪い合っています。今は、地域の子ども達を囲い込もうとする大学側の意向と、地元の大学で学びたいという生徒側の意向が合致していますね。
舟越 一昔前、九州地区の中堅私立大学が就職支援の手厚さやキャリア教育への注力をアピールした時期がありました。私大が生徒獲得のため特色を打ち出し、上手にプロモーションしたことで、地元の大学に通っても大丈夫そうだという安心感が生まれた気がします。
土方 津東高校の場合、国公立大学に進む40~50人の内10人程度が地元の大学に、私学を含めると80人程度が地元の私大や短大、専門学校に進学します。一方、中京圏には100人超、京阪神圏に50人超が進みます。三重県には一定レベル以上の私大があまりないため、自分のレベルに合う大学が地元で見つけられなかった生徒は仕方なく、自分の偏差値と合い、自宅からギリギリ通える中京圏、京阪神圏の大学を目指すケースが多いと思います。「名古屋に出たい」「名古屋のこの大学のこれを学びたい」ではなく、「地元の大学と偏差値が合わないから」「(代わりに)ここなら入れるから」と考えて進学先を決めるのです。
千葉 その感覚は分かります。大湊高校の生徒の多くも、「ここなら入れる」という観点で進学先を決めがちです。今は、早期に学生を確保したい地元の大学から指定校推薦の枠がたくさん出されていますから。そうしたあやふやな動機で大学を選ぶ生徒と、自分なりに色々調べて進学先を決める生徒と、二極化していると感じます。
舟越 私のところもほとんど同じ状況で、目的意識の高い生徒とそうでない生徒が二極化しています。
――進学校で優秀成績な生徒も、「ここなら入れる」という観点で進学先、特に地元以外の大学への進学を決めることがありますか。
舟越 国公立大学であればあり得ますね。
土方 学習習慣がある程度身についていて勉強したいことがそれなりに明確な生徒が、共通テストの点数を見ながら合格できそうな他地域の国公立大学に入学するケースはそれなりにあります。一方、学びたいことがない生徒は、地元で通える大学を決めがちですね。
舟越 話は少しそれますが、この10年で長崎県全体では九州大学の受験者や合格者が減り、代わりに県内や九州内の大学の受験者や合格者が増えています。地元志向が強まっただけでなく、学力の地盤沈下が起こって旧帝大に合格できる層が薄くなる傾向が表れていて、高校は危機感を覚えています。
千葉 学力の地盤沈下は青森県でも見て取れます。今が高校にとって、踏ん張りどころなのかもしれません。
舟越 学力低下の背景には、高校入試が機能不全に陥っていることがあるのかもしれません。長崎県では私立高校の授業料が実質無償化されていて、公立の進学校に合格できなくても私立高校に通えてしまいます。ですから、高校受験時の勉強に熱が入らなくなるかもしれないのです。
――その一方で、今はレベルの高さと強い個性とを兼ね備えた大学が地方にも登場しています。地方の大学が「ここなら入れる」ではなく、その魅力で生徒に選ばれるためにはどうすればいいとお考えですか。
舟越 松浦高校では今年、九州・中四国地方の国公立大学を中心に合格者を出しました。どの生徒も探究活動を通じて大学でもっと深めたい学びがあり、各大学で教わりたい先生を見つけたのです。そして、オープンキャンパスに参加し、総合型選抜や学校推薦型選抜で合格したという、ある意味で理想的なパターンでした。
土方 飯南高校でも似通った事例がありました。高校時代に地域活性化で頑張っていた生徒で、大学でも地方の空き家活用で活躍しています。やはり、その大学でしか学べないことがあるとか、素晴らしい教授がいらっしゃるとか、偏差値以外の特徴がある大学は生徒から選ばれやすいと感じます。本人に目的意識が芽生えていれば、進路選択活動が充実したものになりやすい。
一方、高校側も生徒に「夢中になった経験」をさせることが重要ではないでしょうか。それがある生徒は、自分にマッチした進学先を自力で調べたりするものです。
千葉 そうですよね。一生懸命に学んだり打ち込んだりしたことと大学以降の学びが合致すれば、生徒達は前に進めます。ただ、実際は、現在の高校の探究学習でそこまでできる生徒は半分もいません。他の生徒はただただ焦ったり、安直な学びに走ったり、諦めたりします。
舟越 従来の高校では、偏差値に基づいた進学指導が行われがちでした。私達はこうした状況を変えようと、生徒のやりたいことが実現できる大学に進学させたいと努力してきましたが、まだまだですね。社会が変わる中で、高校側も考え方を変えなければならないのですが。
――先生方のいらっしゃる高校はいずれも、地域をベースにした教育を展開されています。そこでは、地域活動に打ち込んでいた高校生もいたと思いますが、そうした生徒ほど地元に残るといった傾向はありますか。
千葉 いいえ。これはあくまで私の感覚ですが、地域活動に熱心だった生徒ほど、卒業後は青森県から出て行きますね。彼らは高校在学中に自信を身につけ、勇気を持って社会に挑んでいく。世界を広げ、学びを高め、いずれは地元に戻って貢献しようと考える人が多いと感じます。
土方 私も同感です。その地域で素敵な大人、本気になって取り組む大人と出会い、彼らに支えられながら何かに打ち込んだ高校生は劇的に成長しますが、だからといって地元志向になるわけではありませんね。むしろ逆だと思います。格好いい大人に出会って伴走してもらう経験をすると、もっとそういう経験ができる場所を、県内外問わずフラットに選ぶようになります。
舟越 地域での学びが良ければ、主体性が磨かれるわけですね。その結果、地元かどうかではなく、良い経験ができるかどうかという観点で居場所を求めるようになるのでしょう。
土方 ただ、その地域に魅力的な大人がたくさんいれば、そうした生徒達が大人になって成長した後、再び地元に戻る可能性は十分にあると思います。高校教員はどうしても、受験をゴールにして、そこから逆算して「今こういうことをやったほうがいいのではないか」という思考になりやすい。私は生徒が夢中になる経験として「探究」のポテンシャルは非常に高いと思っていますが、そうしたなかでいかに「逆算しない社会の大人」に出会えるかは大切だと思っています。受験に関する利害関係者でないからこそ、フラットに生徒に向き合ってくれる、そういう存在は生徒が自分の人生を選ぶうえでとても大切です。
――探究によって社会に開かれた教育が展開されると、自分を起点にした生徒の挑戦心やキャリア観が育まれていく。そうした正の循環が正しく回ることが大切である一方で、これまでの話にあったように、探究という挑戦をためらう生徒もたくさんいると思います。彼らに対してはどのように指導していくのでしょうか。
千葉 私達は、言葉で人を動かす仕事をしています。生徒達の状況や性格に応じて、「~のように考えたらどう?」「こういう先輩がいたけど、参考になるかしら」「~を体験すると、こういう意味で成長できると思うよ」といった言葉をタイミング良く使い分けたいですね。進路指導とは、相手にとって適切な言葉を選んで生徒の背中を押す仕事です。相場観や一般論に照らしてではなく、目の前の生徒に適切な言葉を探すのが進路指導の仕事です。
土方 学力はさほどではないし、目的意識も薄い。保護者の意識も高くないという生徒は少なからずいます。私達は彼らの視野を広げるため、進路検討会等の場を利用し教員同士で意見を出し合いながら、色々な提案法を検討しています。また、探究学習を通じて生徒の考えをまとめさせ、実行させる試みについても、もっと力を入れたい。それによって、自信や前に進む力を身につけさせることは、教員にとって非常に大切な仕事だと思うのです。
舟越 そうですね。そのためには、教員のスキルをどうやって高めているかということも大事だと思います。私が普段からご指導頂いている先輩方は、そのあたりの引き出しがとても豊富な方が多い。私達もそれに触発されて、色々な知見を調べては、生徒達に還元しているところです。
今は教員にも働き方改革が求められ、私達は「できるだけ早く帰って下さい」と言わなければならない立場です。そうした中、上手にバランスを取りながら、教育のシステム化や教員のスキルアップを実現していかなければなりませんね。
(編集/鹿島 梓、 文/白谷輝英)