STEAM教育とデータサイエンスにより、新しい価値を創生する科学技術人材を育成/愛媛県立松山南高等学校
- 愛媛県松山市にある公立高校。定員は、全日制普通科が320名、同理数科が40名。
- SSH事業初年度である2002年度より継続してSSHの指定を受け、理数科ではハイレベルな科学技術人材の育成に、普通科ではデータ利活用人材の育成に取り組んできた。
- 2023年度からは先導的改革Ⅱ期の指定を受け、教科等横断型授業やプログラミング教材の活用を通じた学びのSTEAM化や、産学連携・高大連携によるデータサイエンス等を推進し、新しい価値を創生する人材やハイレベルな科学技術人材の育成に取り組んでいる。
愛媛県立松山南高等学校(愛媛県松山市)は、文部科学省がSSH事業を開始した2002年度から現在に至るまで連続してSSHの指定を受けている数少ない学校の一つである。指定23年目を迎えた同校の取り組みについて、SSH推進課長・若山勇太氏に伺った。
ハイレベルな科学技術を持つスペシャリストと、新しい価値を創生するジェネラリストを育成
まずは、松山南高等学校のこれまでの取り組みを概観する。理数科を有し、県を代表する理数系教育の拠点として2002年度のSSH事業初年度より指定を受けた同校。第Ⅰ期から第Ⅲ期(2002年度〜2014年度)の13年間は、理数科を主な対象として愛媛大学との高大連携に注力。生徒と大学教員が互いの校舎を行き来し、講義や研究室体験、そして、科学的な課題研究に取り組む独自の科目「スーパーサイエンス」等に取り組んできた。
第Ⅳ期(2015年度〜2019年度)には、普通科も含めた全生徒が課題研究に取り組む体制を構築。第Ⅴ期(先導的改革Ⅰ期、2020年度〜2022年度)は、普通科を中心としたデータサイエンスによる課題研究を通じたデータ利活用人材(Generalist)の育成、理数科を中心とした大学接続型課題研究や国際共同研究によるハイレベル科学技術人材(Specialist)の育成、課題研究指導のための県内ネットワークの構築による地域の理数教育のレベルアップ(Leadership)を3つの柱に取り組んできた。
そして、先導的改革Ⅱ期(2023年度〜2025年度)にあたる現在は、先導的改革Ⅰ期の取り組みをSTEAM教育とデータサイエンスによって発展させる形で、教科等横断的な学習の中から課題を発見し、新しい価値を創生する未来創造型科学技術人材の育成を目指した取り組みを行っている(図表)。
図表 先導的改革Ⅱ期 松山南高等学校SSHの概要
同校が推進するSTEAM教育とデータサイエンスは、SSH事業に取り組むなかで明らかになった課題の解決策を模索するなかで生まれたものだ。まず、STEAM教育については、以前より課題発見・解決能力や論理的思考力・想像力、多面的柔軟発想力を育成する手段として取り組んできた、課題研究における分野横断型の視点の組み込み、教科等横断型授業等を強化。2022年度より3年間、愛媛県教育委員会から「えひめ版STEAM教育研究開発事業」の指定を受け、プログラミング教材「レゴ® エデュケーションSPIKE™ プライム」(以下、レゴSPIKEプライム)や3Dプリンターの支給を受けたことも後押しとなり、これらの活用を通じた学びのSTEAM化を推進している。
データサイエンスは、普通科の課題研究を調べ学習で終わらせないためにという課題から先導的改革Ⅰ期より導入。普通科ではRESASやe-Stat等のオープンデータ、そして、データマーケティング企業である株式会社TrueDataとのライセンス契約による購買データ等を用いてデータ収集・分析の基本的なスキルを身につけることを目指している。そして、理数科では、愛媛大学データサイエンスセンターによる高大連携授業等を通じて実験データの統計的分析を標準化し、課題研究の質を向上させることを目指している。
大学・企業等と連携し、データを元にした課題の発見・解決に取り組む
上述した方針のもと、理数科の生徒は「スーパーサイエンス」、普通科の生徒は「STEAM探究」という独自の科目で課題研究に取り組んでいく。
理数科の「スーパーサイエンス」では、1〜2年次に教科等横断型授業(食べ物に含まれるビタミンCのはたらきを調べる「理数化学」×「家庭基礎」の授業<2023年度実践例>等)や愛媛大学の複数の部門による高大連携授業等を通じて専門知識や実験データの統計的分析の知識・技能を磨きながら科学研究に取り組み、2年次の年度末にポスター発表を行う。そして、3年次には科学系コンテストへの出品に向けた論文執筆等、研究成果のブラッシュアップを行う。「国がSSH事業を立ち上げた当初の狙いである『科学技術人材の育成』にしっかりと軸足を残し、大学とも連携しながらバリバリの科学技術人材を育成するというのが理数科の方針」と若山氏は説明する。
個別の研究成果については「個々の生徒や教員の力量が大きく影響するため、ケースバイケース」(若山氏)とのことだが、多くの生徒に起こる変化として「にわか知識や雑学的な発想・考え方ではなく、数値データに基づいた科学的な考察ができるようになる」と若山氏は話す。加えて、プレゼンテーションスキルの伸びや、実験等の計画性や継続することの重要性・難しさの実感、国際科学交流を通じての台湾・アメリカの連携校の生徒との出会いやつながり等も生徒の大きな財産になっているという。
また、2024年に行った理数科卒業生を対象とした追跡調査では、回答者の35〜36%が研究職・技術職に就いていることが分かっている。「日本、そして世界の科学技術を支える研究者・技術者の輩出という、当初の文部科学省の期待に応える人材を輩出できていると言えるのではないか」と若山氏は自負する。
教科等横断型授業 理数生物×歴史総合「生物の進化とその歴史~科学が社会に与えた影響~」の様子。生物と歴史の教員が協働して授業を行う。
一方、普通科の「STEAM探究」においては、1〜2年次にデータの利活用をはじめとするデジタル技術の学習に加え、教科等横断型授業(レゴSPIKEプライムを用いた「ロボットカーを用いた荷物運搬プログラム」の製作、データの読み取りと伝わるグラフについて学ぶ「情報」×「芸術(美術)」等)を取り入れながら課題研究に取り組み、2年次の年度末にポスター発表を行う。そして、3年次にはアイデア系コンテスト等への出品に向けて論文執筆等に取り組む。「社会科学分野における課題の発見・解決には、多様な分野の幅広い知見を取り込みながらチームで解決していくことが求められます。ビッグデータを扱う技術を習得したうえで、幅広い知識から文理にとらわれずに問題解決していく力をつけられるようカリキュラムを組んでいます」と若山氏。
持続可能な探究型・問題解決型の学びの仕組みづくりが課題
「今、世界的に求められている、探究型・問題解決型の学びを体現しているのがSSH事業ではないかと思います。教科教育の中ではなかなかできないこの学びを国からの経済的な支援を受けて実践できるのがSSH事業の良さだと思います」と若山氏。そして、「地域とのネットワークがSSH事業によって得られた一番の財産」と続ける。
外部との連携は、地元自治体・企業等にも広がっている。例えば、松山市からは、市に修学旅行に訪れる視覚に障害のある児童・生徒の事前学習用の市内の観光名所のジオラマの製作依頼を受け、自然科学部の部員達が3Dプリンターで製作に取り組んでいるとのことだ。また、同校の校舎の建て替えに伴い、取り壊される校舎を3Dモデル化・メタバース化して保存する「南高3D博物館」の取り組みをSTEAM探究の授業から派生した普通科・理数科合同チームが進めており、地元企業から協働の声がかかっているという。
高等教育機関に対しては、入試の仕組みについて要望を挙げる。「総合型選抜や学校推薦型選抜等において、取り組んできた課題研究についてプレゼン等で披露し、培われた力について評価を受けられるような選抜方法がさらに増えてくると、本校やほかのSSH校が取り組んできたことが大学入試でも生かされるのかなという気がします」(若山氏)とのことだ。
今後の同校のSSH事業の方向性や課題については、「個人的には、持続可能なシステムづくりが一番の課題と思っています」と話す。「もちろん、上へ上へと発展させることも大事ですが、本校においては、例えば、普通科における国際性育成等、まだ十分に解決できてない課題や取りこぼしている課題があります。それらを明確にして一つずつ解決していき、質を落とさずに取り組みを継続させられることが重要だと思っています」(若山氏)
(文/浅田夕香)
【参考記事】
DXによる新たな価値創出[10]【寄稿】スーパーサイエンスハイスクール(SSH)事業による 理数系人材の育成について/文部科学省 初等中等教育局教育課程課 課長補佐 山本 悟