私立大学等における新増設・改組の現状まとめ(入学定員の充足状況_後編)
リクルート進学総研
研究員 西村紗智
私立大学等における新増設・改組の現状まとめ(入学定員の充足状況_前編)はこちら
前編では、現状把握を目的にデータ整理を行い、新学科設置における定員充足状況が著しく悪化していることを確認した。後編は、新学科設置における学生確保マーケティングの観点について考察したい。
- 大学進学者が増加・大学進学率が上昇するフェーズでの新増設から大学進学者減少フェーズにおける新増設に移行し、市場の奪い合いが熾烈に
- 既存マーケットが縮小するなかで新増設・改組には「新規性をどう打ち出し、これまで自学に来ていない新規開拓にどの程度の比重を置くか」という命題が大きくのしかかる
- 高校生の進路選択行動の早期化へ対応した申請行動と継続的な改革により「改革校」としての体質改善を
1)これまでとの前提の違い:「大学進学者数減少フェーズ」での新増設
2004年度の設置届出制度の開始以降、例年100~300件の新学科が設置されており、大学進学率は上昇、大学進学者数も増加してきた。18歳人口は既に減少フェーズに入っていたが、女子や地方の大学進学率の向上、専門学校で養成されていた領域を大学が担う等、大学進学ニーズの余白を埋める新学科設置が行われていた。いわば皆で市場を共創しながら、パイを増やし全体の拡大を進めてきたのである。しかし、大学進学率もいよいよ頭打ちとなり、大学進学者数は減少フェーズに入った。これがこれまでとの前提の大きな違いである。
設置申請も、かつては「通りにくい」ことが課題であったが、近年は大学設置室や各大学のHPで申請書類や審査意見対応履歴の情報公開が進み、ノウハウが流通しやすい状況にある。審査が緩やかになったわけではないが、先行する類似事例を参考に申請準備を進めることが容易になった。一方で、定員管理の厳格化を背景に、2025年度設置以降は十分な学生確保の見通しを持ったうえでの設置申請が求められるようになった。入学定員充足が継続的に見通せるかどうかが、審査において非常に重要視されているといえよう。(リンク:【動画】大学等の新増設・改組 設置申請用学生確保の見通しを記載した書類・アンケートのポイント)。筆者に寄せられる相談も、申請準備(含む「申請用アンケート」)と広報、学生募集を一体的に設計する点に課題が多いことや、構想から学生募集の開始までの準備期間が短い案件が増えていることから、新学科設置構想(学部学科再編)の緊急度が上がっているのであろう。
このような状況下で、新学科を設置するとどうなるか。地域で進学者増が見込めなければ、競合となる学校間でパイを奪い合うか、賢くパイを分け合う新たな共存共栄関係の構築が必要になる。24年度の新学科の入学定員の充足状況を俯瞰すると、充足状況が極めてよい学校とそうでない学校のバラつきが大きかった。現状は、学校間で激しいパイの奪い合いが起こっていることが推察される。
2)新規性をどう打ち出すか
新学科を認可申請で設置するか、届出で設置するかは、本来は手段の選択にすぎない問題ではあるが、現実的には手段を選べないケースも多々あろう。それぞれの手続きの特徴を表1にまとめ、そのうえで共通的な課題となる「新規性」について考察したい。
表1 認可と届出の違い(設置申請)
学位の分野に変更を伴い、教員審査が付される「認可申請」による設置は、ターゲットとなる受験生は新規層である。自学にとっての新規層を、学問分野の新規性をもって開拓する。既存学部とは切り離して設計されることが多いため、カリキュラムに新規性を盛り込みやすいメリットがある。ただし、新規層の開拓には相応の労力がかかる。実績がないため具体的な情報を提供しにくく、かつ認可されるまで不確実な状況下での広報、学生募集活動を行う心理的なハードルが高い。
「届出」による設置は、学位の分野の変更を伴わない設置形態で、既存の学位の分野を活かした発展的な改組が可能だ。既存のマーケットを残しつつ新規層を開拓できるメリットがある。ところが、一見安定的に見えるこの方法での充足状況に、急速な悪化が確認された。即ち、自学にできることありきでその組み合せを変える、看板の掛け替えに終始しているにすぎない等、新規性に乏しい構想内容では学生募集力の改善は難しいことが示唆された。大学進学者減少期においては既存層の減少が著しく、これまで以上に「新規層の開拓」に比重を置かねばならない。
では、どのような方法で「新規層」を開拓するのか。それには「学外の変化」と「学内で起こすべき変化」の2軸を捉える包括的な視点での構想が欠かせない。特に人材需要は、地域(社会)の産業シフトのみならず、雇用慣行や個人の働き方等の変化を押さえる必要がある。現在構想中の新学科の完成年度を2032年ごろに仮定すると、出口の観点では日本型雇用慣行(新卒一括採用・終身雇用)は瓦解に向かい、ジョブ型雇用や人材流動化への移行が始まりつつあるだろう。新卒の初期配属に学生の専門スキルや専門知識と希望をどう接続させ、早期活躍に繋げるのか、かつ人材流動化に対応できる「エンプロイアビリティー」の獲得に大学段階でどのようなキャリア観を身につけさせておくか、分野ごとの特性を踏まえて設置構想に織り込んでおくことが必要である。(参考:ジョブ型雇用 新卒採用の今後の方向性と高等教育機関に求められる変化 白井正人)
新学科を設置するとは、この変化を捉えて自学のリソースが有効活用できる新たな分野や方法を特定することである。扱う分野が新しくなると、そこで必要になる高校までの学習経験や、要求する水準といった「入口(入試)の設計」と、教員の教え方や学生の学び方にも従前のやり方とは異なる「中身の設計」が必要になる。これら「学外の変化」と「学内で起こすべき変化」の真ん中に新学科の構想がある。
それらを往来しながら一体的に練り上げた設置構想には、新たな学科を興す必然性と、新たな学科で養成される人材像の市場におけるニーズ蓋然性が、「明瞭」であることが多い。このような新学科の登場が大学業界全体の活性化を支えてきた。新たな教員や、卒業生が社会や地域でどのような変化を起こしてくれるのか、期待をもって受け入れられているからである。
3)高校生の進路選択行動時期から外れない需要アンケートを
「入口の設計」と密接に関係するのが、申請時に必要な「進学需要アンケート」である。25年度開設案件より「学生確保の見通し等を記載した書類」の記載事項や、見通しを示すために必要な根拠データの種類や要求水準が大幅に変更されている。設置認可・届出いずれにおいても設置申請書類は開設の約1年前に提出するため、学生確保のマーケティング活動はその1年前から、つまり開設の2年前から実施する必要がある。これが、申請時に「高校2年生を対象にしたアンケート」が必要だといわれる背景だ(図1)。
図1 新増設改組におけるスケジュール概観
高校生の進路選択行動は年々早期化しており、高2の夏は志望校の情報集めのピークだ。この時期に情報開示が「間に合っている」かは母集団形成に重要なタイミングである。
アンケートでは「アドミッション・ポリシー(AP)」の提示が必須となっているが、3つのポリシーの三位一体の検討のほか、APに基づいた入試方式、科目・日程、作問できる教員のリソースの確保等もある程度想定しておく必要がある。早ければゴールデンウィークごろから始まるこのアンケートとそれに伴う情報開示(広報)に、関係者が頭を悩ませることが多い。対外的な広報は早いに越したことはないものの、未確定情報が多い中で部分的な情報開示に踏み切ることで事後に整合性がとれなくなる等、心配は尽きない。
特に入試科目は志願者の増減へ直接的な影響が大きいため、できるだけ慎重に検討したい事情は理解できる。しかし、高校生は既に高2の段階で文理コース分けされており、遅くとも高2秋までには高3の選択科目を決める。特に、理系の新学科で数学や情報を必要とする入試を展開するのであれば、この選択科目から入試科目が外れてしまうのは致命的になる(図2)。
図2 理系文系の「志向」の変化
「Society 5.0の実現に向けた 教育・人材育成に関する政策パッケージ」22年6月20日資料より抜粋
これらの検討が不十分であると、結果的に既設の学部学科と入試科目は同じ(あるいは減らす)ことになり、思ったような新規開拓には繋がらない。既設学部学科との被りも懸念される。少なくとも、入試で必要となる「中核的」な知識・技能の開示が高2夏までに行われることには、高校生の進路行動との整合性が高く、これらを念頭に設置申請のスケジュールを組めるかが重要である。
4)改革は一度にまとめず連続的に行い、継続的に社会にニュースを展開する
既設の学部学科の学生募集と並行させながら、新学科の構想、学生確保マーケティングのプロセスを丁寧に展開することは容易ではないだろう。それに加えて、新規開拓の比重はこれまで以上に重くなっている。図3は、新学科設置時に起こりがちな、いわゆる「メンタルブロック」や「つまずき事例」の一例であるが、これらを克服しながら、しかも緊急度高く進めていくことが現場には求められている。
図3 新増設広報・募集活動においてよく起こるポイント
新たな1学科の設置でも相応のパワーをかけなければ定員充足がままならない状況下で、複数の学部学科の同時設置(改組)は力が分散しがちであり、個別の取組の希薄化が懸念される。完成度の低い計画をいくつか束ねたとて、「束ねた一撃」にはならないのである。それであれば、一つひとつの計画を丁寧につくりあげ、計画の精度を上げる。社会には連続的にニュースを提供する。それらを「まだ手遅れにならないうちに」「まだ体力があるうちに」繰り返すことで、改革の経験則が積み上がり、改革の勘所を押さえた大学に体質改善を図れるであろう。
新規参入がない、あるいは新陳代謝の悪い業界の衰退は必至であるが、これまでの20年間で大学進学者増や、新たな学問分野の創出に私大の新増設が貢献してきた功績は大きいと筆者は考える。進学者増のフェーズから、18歳人口の急速な減少期への準備フェーズへと、対峙する社会環境、競争関係は激変するが、業界全体で積み上げてきた改革力のさらなる向上に期待したい。