【寄稿】地方大学・地域産業創生交付金事業の現状と 課題について/内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局 内閣府地方創生推進事務局 参事官 塩田剛志


地方創生10年のあゆみ

 本年(令和6年)は、人口減少の歯止めと東京圏への過度な人口集中の是正を掲げた「まち・ひと・しごと創生法」が施行され、地方創生の取組が本格的に始まってから10年の節目を迎える。内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局・内閣府地方創生推進事務局では、これまでの取組による成果や課題、今後求められる取組の方向性を示すため、本年6月、「地方創生10年の取組と今後の推進方向」を取りまとめた。この文書では、この10年間の地方創生の取組について、「各自治体においては、地域の課題を自ら把握し、その解決に向けて行政と民間、住民等が連携した取組が行われ、暮らしやすさの向上に加え、地域によっては人口増加や、2013年当時の人口推計の値を上回るところもあり、この中には地方創生の取組の成果と言えるものが一定数あると評価できる」としつつ、「国全体で見たときに人口減少や東京圏への一極集中などの大きな流れを変えるには至っておらず、地方が厳しい状況にあることを重く受け止める必要がある」と指摘している。

 「東京圏への一極集中」については、まち・ひと・しごと創生法が施行された2014年における東京圏への転入超過数は約10.9万人であったが、その後、東京圏への人の流れが強まり、2019年には約14.6万人に増加した。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、2021年には約8万人まで減少したが、2022年は約9.4万人、2023年は約11.5万人となるなど、再び東京圏への人の流れが強まりつつある(図1)。特に、進学や就職を契機として10代後半及び20代の若者の転入超過が続いており、その傾向は男性よりも女性において顕著である。加えて、我が国全体で生産年齢人口の減少が急速に進む中、あらゆる産業において労働力の不足が顕在化しており、特にデジタル人材などは、概して東京圏に集中しており、地方で確保することは困難になっている状況である。


図1 東京圏への人口転入推移


 このため、これまでの施策の効果等の検証を更に深め、これまで以上に効果的かつ積極的な施策を展開していくことが必要である。ここでは、大学を中核とした地方創生の取組である地方大学・地域産業創生交付金事業の現状と課題について説明したい。

地方大学・地域産業創生交付金事業

(1)地方大学・産業創生法

 地方大学・地域産業創生交付金事業は、地方大学・産業創生法(H30.6施行)に基づくものである。本法は、急速な少子化の進行や地域の若者の著しい減少によって地域の活力が低下していることに鑑み、「地域における大学の振興」や「若者の雇用機会の創出」のための措置を講ずることを掲げている。推進する施策の中核として大学を位置づけ、基本理念として、大学、地方公共団体、国の密接な連携の下で施策を進めることを求めている。

(2)事業概要

 地方大学・地域産業創生交付金事業は、地方公共団体の首長のリーダーシップの下、地域の産官学の連携によって、全国から学生が集まるような「キラリと光る地方大学づくり」や、地域の中核的産業の振興、専門人材の育成などを行う優れた取組を重点支援するものである。大学進学と就職を契機として若者の転出が生じていることを踏まえ、地域に、魅力的な大学と魅力的な雇用を創出し、若者の地方定着を促すことを目指している。

 地方公共団体には、10年間の計画を作成していただき、原則として最初の5年間を交付金で支援する。ただし、特例的に6-9年度目まで追加支援する制度(展開枠)もある。補助率は、対象経費によって異なるが、概ね3分の2程度であるが、特別交付税が措置される。

 地方公共団体が策定する計画には、必ず、当該計画に関連する5つのKPI(「産業の生産額等の増加額」、「雇用者数の増加数」、「受講生の地元就職又は起業数」、「大学組織改革の実現」、「大学と事業者が連携して行う取組(共同研究等)の増加数」)を設定していただいている。なお、5点目のKPIは、大学と事業者との連携を促進するため、今年度より新たに追加したものである。

(3)実施地域数(図2)

 平成30年度の事業開始以来、本年度で7年目となるが、これまで12件の取組を支援してきたうち、平成30年度支援開始の5地域(岐阜県、島根県、広島県、徳島県、高知県)と令和元年支援開始の2地域(秋田県、神戸市)が、展開枠に移行している。また、本年第1回公募において、新たに、静岡市・静岡県の共同提案を採択し、今年度から支援を開始する予定である。


図2 採択自治体(R6.7時点)


(4)KPIの達成状況

 展開枠に移行した平成30年度支援開始の5地域の直近のKPI達成状況を見ると、当該計画に関連する「産業の生産額等の増加額」については、多くの地域で目標を達成しているものの、当該計画に関連する「雇用者数の増加数」や、本事業による人材育成プログラムの「受講生の地元就職数」については、達成に至らなかった地域が多い。ただし、「受講生の地元就職者数」については、すべての地域で数自体は増加している。また、「大学組織改革の実現」についても、すべての大学において、魅力ある教育・研究拠点が形成されている。

 上記については、新型コロナの影響が少なからずあったと推測されるため、今後、達成状況の更なる向上が期待される。なお、KPIの達成・未達成に関わらず、いずれの地域においても、地方公共団体のマネジメントの下、地域の大学と産業界等が密接に連携した取組が積極的に展開されている。

(5)事例紹介

島根県・島根大学「先端金属素材グローバル拠点の創出-Next Generation TATARA Project-」(平成30年度~)

 「たたら」製鉄をはじめとする地域の資源・特性を活かし、「先端金属素材の中心『島根』」の創出を目指している。

 島根大学は「次世代たたら協創センター(NEXTA)」を設置し、センター長にオックスフォード大学のロジャー・リード教授を迎えるなど、世界レベルの金属材料分野の研究を、地域の金属関係企業の中核を担う(株)プロテリアルや、地元中小企業グループSUSANOOと連携して実施しており、地元企業との共同研究件数は、事業開始時と比べて約2.7倍に増加している。また、(株)プロテリアルとの超耐熱合金に関する共同研究が、実用化に向けた企業主体の研究へ移行するなどの成果が生まれている。また、地域が必要とする専門人材を輩出するため、令和5年度には、新たに「材料エネルギー学部」を設置している。本プロジェクトに関連する学部の入学生については、地元出身者割合が増加している。

高知県・高知大学「IoP(Internet of Plants)が導く「Society5.0型農業」への進化プロジェクト」(平成30年度~)

 高知県が優位性を持つ施設園芸分野において、AIやIoT等の最先端技術を活用したIoP(Internet of Plants)クラウドによるデータ駆動型農業の実践を目指している。

 高知大学は、IoPの研究拠点となる「IoP共創センター」を設立し、農学分野で世界一のワーヘニンゲン大学(オランダ)や京都大学などから研究者を招聘、九州大学、北海道大学との連携による両大学内の研究拠点設置といった取組を進め、教育研究体制を強化している。高知県、高知大学、高知県農業協同組合などが連携して構築したIoPクラウドSAWACHIの利用農家数は、県内農家の約20%(R6.4末時点)と着実に増加しており、高知県内にデータ駆動型農業が広がっている。また、高知大学は、スーパー・リージョナル・ユニバーシティ(SRU)を標榜しており、本取組の成果を教育課程に反映した学部改組や、生産者や関連企業の技術者を対象とした「IoP塾」の開講といった取組も展開している。

徳島県・徳島大学「次世代“光”創出・応用による産業振興・若者雇用創出計画」(平成30年度~)

 世界有数のLEDメーカーをはじめLED関連企業が多数集積する強みを生かし「次世代の光」をテーマとした魅力ある大学づくりと、光関連産業の振興に取り組むことで若者が集う徳島の実現を目指している。

 徳島大学は「ポストLEDフォトニクス研究所(pLED)」を設置し、次世代光研究の強化・充実及び医療分野等とのシームレスな連携を目指しており、令和5年度には企業への技術移転を促進する「次世代光インキュベーション機構」を創設した。従来より100倍以上迅速かつ好感度に検出可能な光バイオセンサーチップの開発に世界で初めて成功、県内企業が本事業の成果である「深紫外LED」を活用し商品化、といった事例が生まれている。

(6)本事業の課題と今後の方向性

 平成30年度に事業を開始して以来、これまで13地域を採択し、事業実施地域においては、「キラリと光る地方大学づくり」や若者の雇用創出に向けた取組が具体化している。

 一方で、ここ数年、地方公共団体からの申請件数が、私どもの想定を下回って数件程度にとどまっており、また、前述のとおり、全体として東京圏への人の流れを変えるには至っておらず、本交付金の活用の広がりに課題がある。

 地方公共団体と大学に本事業を活用していただくためには、地方公共団体における地域の中核的産業を振興するための戦略と、大学における機能強化の方向性のすり合わせが必須であり、地方公共団体と大学間の密接な連携が必要となる。内閣府においては、本事業の活用を促進するために、地方公共団体での計画作成段階(申請書準備段階)から伴走支援を実施しているが、地方公共団体と大学間の調整がうまくいかず、申請に至らないケースが見受けられる。

 こうした状況を踏まえ、本事業の参考とするため、昨年度、都道府県、政令指定都市、中核市、県庁所在市を対象に、地域における産官学連携の取組等についてアンケート調査※1を行ったところ、133団体中、123団体から回答をいただいた。本調査によると、大学と連携した産業創生に係る予算事業は約7割の地方公共団体にあり、そのうち、8割を超える地方公共団体が順調に進展していると回答している。また、幹部職員が、産業創生に関して、地域の大学とコミュニケーションをとっていると回答した地方公共団体は約7割であり、当該団体は、産業創生の取組が順調に進展している割合が高い。更に、地域の大学と、多様な役職間でコミュニケーションをとっている地方公共団体ほど、大学と連携した産業創生に係る予算規模が大きい傾向にある。また、約9割の地方公共団体が、今後、地域の大学・高専と連携した新たな取組を行う意向があると回答している。

 このように、本調査からは、地方公共団体の地域の大学に対する高い期待とともに、地方公共団体と大学間の密接なコミュニケーションの重要性が伺える。本交付金を、多くの地方公共団体・大学に活用いただき、若者の地方定着を図っていただくための一つのポイントは、地方公共団体と地域の大学間のコミュニケーションの促進ではないかと考えている。

地方大学に期待すること

 大学は「学術の中心」であり、期待される役割も様々であるが、地方創生の観点からは、地方大学には、地方公共団体や地域の産業界と密接に連携し、全国から若者を惹きつける“強み”を発揮していただくとともに、その“強み”によって、地域における産業・雇用の創出や専門人材の育成といった地域課題の解決に重要な役割を果たしていただくことを期待したい。

 そのためには、特に、地域の振興戦略を立案する地方公共団体との連携は不可欠であり、学長・首長間を筆頭とした様々な階層での密接なコミュニケーションが重要と考える。

 地方大学や地方公共団体におかれては、連携を深化する一つの契機として、地方大学・地域産業創生交付金の活用について検討いただけると幸いである※2。


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