「組織」対「組織」の産学官連携を成功に導く9つの要諦


ボストン コンサルティング グループ(BCG)マネージング・ディレクター&パートナー 折茂美保氏


産学官連携の拡大に向けた課題とは

 2024年5月、文部科学省が「研究大学における外部リソースの更なる獲得に向けた効果的な産学官連携活動等に係る調査分析」の成果報告書である「産学官連携の良好事例集」を公表した。そこに示されている「組織」対「組織」の産学官連携を成功に導く9つの要諦と具体的なノウハウは、研究大学のみならず、地域との連携・共創を模索する大学にも大きな示唆を与えるものとなっている。

 そこで、この調査・分析事業を文部科学省から受託したボストン コンサルティング グループ(BCG)の担当である折茂美保氏に、各要諦の概観と、大学と地域との共創に転用できる点等についてお話を伺った。

─「産学官連携の良好事例集」(以下、事例集)をまとめられた背景にある課題意識とは何でしょうか。

 日本の研究大学の研究力向上において、産学官連携のあり方にはまだまだ改善の余地があるだろうというのが、この調査・分析の出発点です。産学官連携の課題のありかと好事例について、9つの大学へのヒアリングをもとにまとめました。

─事例集の冒頭には、背景として「民間企業との共同研究は依然小規模なものが多い」「1000万円以上の共同研究は、民間企業と大学等で実施される件数の総数の5.4%にとどまっている」との記載もあります。

 企業の方々にお話を伺うと、日本の大学への大規模な投資に踏み切れない理由の一つとして「投資に見合う効果を得られるかどうか不透明だから」との声が挙がってきます。大学は、自らが持つ知の価値についてもっと伝えていく必要があるということではないでしょうか。この課題意識から、経済産業省が2023年に公表したのが、大学が持つ知見やその価値を可視化する手法をまとめた「産学協創の充実に向けた大学等の『知』の評価・算出のためのハンドブック」です。今回の調査分析は、文部科学省の事業として「望ましい産学官連携を実現するための要諦」について紐解いていきました。

産学官連携の推進プロセスにおける要諦

 事例集では、「産学官連携の推進プロセス」における要諦が4つ(図2)、「推進プロセスを支える体制・仕組み」における要諦が5つ(図3)、合計9つの要諦が示されている(図1)。まずは「産学官連携の推進プロセス」から、各要諦の概観を折茂氏に伺った。


図1 事例集全体像、図2 産学官推進プロセスにおける4つの要諦


図3 推進プロセスを支える体制・仕組みにおける5つの要諦、要諦①


【要諦①】戦略的なパートナーとの関係構築:ビジョン共有とテーマへの落とし込み

─まず、パートナーとの関係構築の方法を様々に模索し、トップ対トップの継続的なコミュニケーションで関係を深化させて大型共同研究のきっかけ作り等を図ることが示されています。

 関係構築のパターンは大きく2つあります。1つは「新規コネクションの獲得」で、企業候補を探してアタックし、少しずつ関係を構築していく流れです。企業候補探しやコンタクト方法の模索は、研究者だけでなく、例えばURA(ユニバーシティ・リサーチ・アドミニストレーター)や産学連携コーディネーターと協働して取り組むものではないかと思います。

 もう1つは、「既存のコネクションの深化」で、小規模な共同研究や学術指導から規模を大きくしていく流れです。その際にポイントになるのが、トップのコミットメントです。あるタイミングで社長や学長も巻き込み、トップ対トップの対話を通じたビジョンの共有や、共通のビジョンに基づき企業と共同でテーマ探索を行う仕組みを構築することが、大型案件の創出には有効です。

【要諦②】企業とwin-winの関係になる契約方法の提示

─要諦②には、企業側のニーズを理解し、大学ならではの提供価値を訴求して企業とwin-winの関係になる契約方法を模索することと、その際の訴求ポイントとして、「人材」「施設・設備」「コスト」の3つが例示されています。

 企業とwin-winの関係になる契約を結ぶために重要なのが、「企業は何を付加価値に思えるのか」について考え、提示することと、その付加価値をしっかりと金額に反映することです。

 例えば、大学の施設・設備を使えること自体が企業にとってプラスであるにも拘わらず、その費用を金額に反映していないケースや、研究者・コーディネーターなどの人件費を安く設定してしまっているケースが見られます。「お金の話をするなんて節操がない」と考えるのではなく、「付加価値に見合った金額を頂く」ということをしっかりと示すことが重要です。

 他方で、企業からは、「何にどれだけお金がかかっているのかいまいち分からない」という声を聞くことがあります。大学は、勘定科目ごと、あるいは目的・用途に応じた費用を明示し、金額の理由・背景を企業に説明することも大切です。


要諦②、要諦③


【要諦③】トップ~現場まで密に連携できる体制を構築

─要諦③には、プロジェクトの運営中、トップ層を定期的に巻き込んで透明性の担保と意思決定のスピードアップを図るとともに、現場レベルでは密に対話を重ねて信頼関係を構築することが示されています。

 プロジェクトをうまく進めている大学では、企業側の社長や役員クラスの方が定期的に進捗確認を行っているケースが見られます。企業にとって億単位のプロジェクトの進捗確認は当然のことですし、大学からすると、社長や役員クラスの方とのディスカッションの機会は研究に緊張感を持たせます。また、トップの関心のありかや目指しているビジョンについて対話することで、研究者の目線や研究の質も自ずと上がってきます。特に大規模な産学官連携にはこういった「投資対効果」を意識する緊張感が必要です。そこまでの規模でなくとも、企業トップにとって有意義な場であるという感覚ができてくれば、企業の投資意欲も向上すると思います。

 同様に、現場レベルでも高い頻度でコミュニケーションをとることも、非常に重要なポイントです。

【要諦④】新規パートナー探しと既存パートナーとの関係の深化

─要諦④には、創出した「知」や構築したスキームを活用して新たなパートナーを獲得することや、既存パートナーと新規テーマ探しの枠組みを構築することが示されています。

 共同研究を1回で終わりにするのではなく、成果を次につなげるということです。創出した「知」や構築したスキームを最大限活用できる新しい企業を獲得していくには、研究者はもちろん、産学連携コーディネーターやURAが「この『種』があるならば、次はどこに行けるだろうか」という目線でパートナー企業候補を探していくことが重要です。日頃から成果を可視化して発信し、それをもとに市場を俯瞰する役割の人間が連携相手を探すことが大切になります。また、既存のパートナーとは研究成果をもとに、「次の『種』はどこにあるだろうか」という目線で、別のテーマや研究領域をプロジェクトの期間中から、継続的に探索していくことも大切です。


要諦④、要諦⑤


産学官連携の推進プロセスを支える体制・仕組みにおける要諦

 次に、体制・仕組みにおける5つの要諦(図3)である。

【要諦⑤】トップダウン+現場レベルの密な連携による産学官連携の文化醸成

─要諦⑤には、組織間でトップが密に連携し、情報を各組織へ落とし込むこと、現場で密なコミュニケーションがとれる仕組みを用意することが示されています。

 ポイントとなるのは、産学官連携に関する全学戦略、例えば「産学官連携を◯件増やす」「今後◯年間で外部資金の獲得金額・件数をこれだけ伸ばす」「そのためには◯◯の領域でこういう取り組みをしていく」といった具体的な戦略と、「組織」対「組織」の産学官連携が紐づいていること。そして、それと連動した取り組みについての方針を大学執行部が示していくことです。

 加えて、取り組み方針に沿った組織をしっかりと作り、各組織がサイロにならずに横串を通せるような情報連携やコミュニケーションの場を設けることも重要です。

【要諦⑥】社会実装への意欲を持った研究者に事業化に向けた支援を提供

【要諦⑦】研究企画~知の収益化まで一気通貫で支援する体制の構築

─要諦⑥、⑦には、「知」の収益化に向けて研究者が提供するべき要素として「卓越した研究力・『知』のアセット」が、URA・職員が提供するべき要素として「事業化の支援体制」が示されています。

 研究者については、私たちが言うまでもないことではありますが、しっかりと研究実績を出していきましょうという話です。また、「世界で見てもこの大学にしかないデータが◯年分揃っている」といった、民間企業や他大学と差別化できる要素があることも重要です。

 ただし、これらは研究者だけで実現できることではなく、URAや職員といった研究者の右腕となる人々や、研究者とは異なるビジネス目線での付加価値などを考えられる人々による支援体制も重要になってきます。必要に応じて外部人材の獲得も検討しましょう。

 また、組織強化は一朝一夕にできるものではありませんから、まずは小さくてもいいので産学官連携組織を立ち上げ、時間をかけて拡大していくことが重要です。現状は外部人材が豊富とは言えないため、場合によってはポスドク(博士研究員)にURA になってもらうような工夫もしながら、外部からの採用と内部での育成の両面から取り組んでいく必要があるでしょう。加えて、これらの人材に報いる人事制度や、給与面の財源確保も重要です。


要諦⑥、要諦⑦、要諦⑧


【要諦⑧】全学的に産学官連携を推進・拡大していくための制度・仕組み

─要諦⑧には、産学官連携を全学的に推進・拡大していくための制度・仕組みとして、「研究者、産学官連携部門の職員への金銭的/非金銭的なインセンティブ」「自学の強みを分析・理解し、戦略的に組織強化・大型案件獲得を推進」の2つが示されています。

 金銭的なインセンティブとしては、外部資金を獲得してきた研究者やそれを支援したURAには、給与に反映して貢献を認めるといったものがあります。

 また、非金銭的なインセンティブも重要です。例えば、得られた外部資金を次の研究に使いやすくするといった柔軟な予算配分ができる仕組みや、教育には携わらず研究に専念するリサーチトラック、若手研究者がスター研究者から外部資金の獲得手法や企業との関係構築の手法を学ぶ場、URAをはじめとした職員の無期雇用への転用制度や早期昇進制度などが挙げられます。

 そして、組織強化のためには、自学の強み・弱みの分析や大型案件の獲得に向けた体制整備、業界動向をふまえた候補企業・組織の検討、そして、戦略実行後の振り返りを継続的に行っていくことが重要です。

【要諦⑨】キーマンをアサインすることによるプロジェクトの円滑な推進・拡大

─要諦⑨は、企業側が取り組むべきこととして、大学側の視点も理解しているキーマンをリーダーに据えることが示されています。

 企業も、大学と共に価値を創出していくスタンスでリーダーシップを持って参加するなど、もっと大学とのつながりを積極的に活かす意識を持っていただきたいということです。

 例えば、コンソーシアム形式のプロジェクトにおいてある大学との取り組みをさらに次の展開につなげていくなど、企業の担当者が触媒となって新しいパートナーとの関係を構築していくような動きができると、企業にも利があるでしょう。企業では担当者が数年で異動してしまうパターンが多いですが、同じ人がある程度長い期間担当することも大事になってくるのではないかと思います。

まとめ:教育・人材育成に軸足を置く大学への示唆

─事例集は研究大学を視野に入れたものですが、教育・人材育成に軸足を置く大学においても、地域との連携・共創を図る上で示唆的な内容だと思います。それらの大学がこの事例集から学び取れることとは何でしょうか。

 まずは、「我々は何をもって地域・社会に貢献していくのか」「どういう人材を社会に輩出したいのか」「そのために、どのような取り組みをしていくのか」という視点で全学ビジョンと戦略を明確にし、学内に浸透させること。加えて、戦略の実行にあたっては地域社会とのコミュニケーションが大事になります。首長や地元の産業界の名士といった地域社会のトップと学長とがしっかり四つに組んで議論し、進めていくということです。この2つは、「組織」対「組織」の産学官連携においてトップ同士がコミュニケーションをとることや、全学戦略を浸透させることと構造的には同じだと思います。

─トップ対トップのコミュニケーションによって課題認識を共にし、体制づくりやプロジェクトを実行できている大学はそう多くないように思います。ボトルネックはどこにあるとお考えですか。

 大きくは、アカデミアの方々のマインドセット(基本姿勢)と体制面の2つに課題があるように思います。

 まず、マインドセットの課題として、研究者の方々は自身の興味・関心を追究することを第一に考える傾向にあります。もちろん、だからこそ新しい発見が生まれるのであり、研究という側面では非常に大事なことです。一方で「民間企業や社会が知の付加価値をどこに見出すのか」という観点については疎かになっている場合が少なくないと思います。教育についても同様で、自校教育で育成した人材が輩出される社会には、どのような関心や課題があるのかを熟知する必要があるのではないでしょうか。

 体制面の課題としては、こうした意識を教員に浸透させる、あるいは、こういった意識を持つ教員を雇用する必要があるということです。自校にできる価値提供を磨きつつ、先に挙げた外部人材の活用、市場を俯瞰する機能を担う人材配置などを合わせて行うことで、自校の価値が客観的に評価され、地域や社会への貢献との間に橋が架かるのではないでしょうか。



(インタビュアー/鹿島 梓 文/浅田夕香)




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