【Interview】入試や入学のためではなく、 地域で人材を育成することが目的の教育連携スキーム/佐賀大学 とびらプロジェクト
単発の高大連携ではなく継続的な連携を
佐賀大学では、「18歳人口が減少するなかで、入学者の質をどのように維持するか」という通底する課題意識のもと、以下の3つの柱で高大接続改革に取り組んでいる(※)。
まず、佐賀大学版CBT。3つのポリシーに即して入学段階で必要な素養を定義し、その評価に当たってPBT(Paper Based Testing)が適している要素はPBTで評価し、CBT(Computer Based Testing)が適している要素はCBTで補完するという考え方に基づき、システムを開発している。
次に、一般選抜における特色加点。アドミッション・ポリシー(AP)を踏まえた高校時代の活動や実績を申請し、加点評価にできる制度で、合格ボーダーライン付近の受験生の合否を学力以外の要素を加えて判断するのに用いられている。
そして3つ目が、本稿のターゲットである継続・育成型高大連携活動「とびらプロジェクト」だ。検討が始まったのは2012年頃。アドミッションセンター長の西郡 大教授は、「当時も大学教員による高校への出前授業等、単発での高大連携活動はありました。しかし、高校生は授業を受けた時は一時的に進路意識が高まるもののすぐ下落し、その後につながらない。単発的な高大連携活動の効果について疑問がありましたし,高校の先生からも継続的な取り組みはできないかという声も寄せられていました」と話す。
単発での支援ではなく、高校3年間と大学4年間で継続したプログラム設計が必要なのではないか。そうした構想について高校へのヒアリングを行ったところ賛同する高校が多かったため検討を進め、2014年「教師へのとびら」がスタートした。
学部ごとに目的の異なる5つの「とびら」を設置
プログラムの概観を図1に示した。各とびらで詳細は異なるが、「分野について知る」「考える」「やってみる」といったコンテンツの組み合せで継続的にキャリア観・学問観を育む内容となっている。最終的なポートフォリオを仕上げると大学から修了書が授与され、入学者選抜でのアピールに用いることが可能だ。
現在は5つのとびらプログラムがあるが、第3期中期目標・中期計画においては「3つ以上実施する」と明記されており、初期に想定していたのは「教師」と「医療人」、即ち職業人へのとびらだ。
「教師や医師は地域でなり手不足が顕在化しており、そうした地域課題解決に資する方策としても位置づけています」と西郡氏は述べる。医学部の場合、従来から運用されている地域枠の存在も大きい。地域枠は大学により異なるが、概ね「卒業直後より当該都道府県内で9年間以上」といった従事要件を課したうえで奨学金や専用入試枠等を設ける動きである(佐賀大学の場合は、「大学卒業後、佐賀県内において3年間の勤務(原則として2年の初期臨床研修を含む連続した3年間)に従事することを確約できる」が要件)。県内の人材育成を確実に行うための入口として「とびら」が機能することが期待されているのだ。よってこの2プログラムは、「そもそも教師とはどのような職業か」「医療現場におけるチーム医療とはどういうことか」といった職業理解を大きな軸にしている。
一方で科学は、高校での課題研究を前提に、オープンキャンパスに参加することから研究の進め方を学び、最終的な成果報告会に向けて自らの研究を深めていくという営みだ。「継続・育成型高大連携」の名の通り、高校での課題研究を通して、「研究とは何か」「研究に必要な視点」等を学ぶため、その継続性や主体性等が重要となる。
社会、アートの2つのとびらは、それぞれ「大学でこうした学問を学ぶのに必要な土台を修得する」ことに重きが置かれた先取りプログラムという設計である。社会は、「自分で問いを立て、それに応えるために文献を読了し、文章を作成し、他者と議論してアウトプットを磨き込む」という探究プロセスそのものを学ぶプログラムだ。大学入学後もこうしたアカデミックスキルのある学生であれば、教育にフィットしやすいというわけである。アートも、美術館・博物館の見学等を盛り込みながら、デザイン・工芸を学び社会に役立てるとはどういうことなのか、講義も交えて思考を深めるプログラムになっている。
高校生の目的意識醸成と県の人材課題を組み合せる
導入当時も今も大事にしているスタンスは「大学が一方的に提供するだけのプログラムではなく、高校と大学が協力して実施する高大連携活動であるということ」だという。「高校と大学で連携して1人の若者の学びをつなげようという動きであって、大学が提供するプログラムに受け身で参加すればいいということではありません。そのあたりの期待値の調整が難しい」と西郡氏は話す。
特に、最終的に目指す姿が決まっている職業教育と比べると、科学や社会は多様な視点が必要だ。参加者も、「教師になりたい」「医者になりたい」といった内的動機がある状態に比べると、科学のレベルがもともと高い高校から、何となく探究を模索している状態の高校まで、参加者のばらつきが大きい。目的意識の解像度が低ければ参加への主体性も低くなりがちである一方で、提供されるプログラムでは満足できない層も出てしまう。「だからこそ、各自が立脚する課題研究テーマを高校において設定し、大学はそこで指導する高校の先生方を支援するという形を目指しています」と西郡氏は話す。高校の授業支援に寄り添えば寄り添うほど、受け入れの幅が広くなり、最終的なプログラムの目的に到達しづらくなるというジレンマがあるようだ。プログラムの目的に対して高校・大学双方で何をなすべきかを常に協議できる関係性が理想であろうが、活動目的の異なる組織間でその設定と意識の維持はなかなかに困難だという。
なお、各とびらプロジェクトは佐賀県教育委員会との共催であり、県としての人材不足・育成課題解決にも資するものとして期待されている。
そのため、プログラム設計上心がけているのは、学内だけでまわさず、学外の連携や交流を入れることだ。現場を知る立場の人から、キャリアの先にある考え方や知識を得ることで、今の自分・大学での学び・社会でのあり方という点をつなぎ、それぞれの場所で考えさせること、つまり意識レベルで高大社をどうつなぐかという点である。この点を守るには、とびらの意図を踏まえてふるまってくれる連携先をどう確保するかが肝となる。この点においても、教師と医療は大学とその先の進路がシンプルであるため、常日頃から意見交換できる連携先があるが、多様な進路が想定される科学や社会においては開拓の余地が大きいという。
根幹にあるのは、「目的意識を持ってその分野を選び、選んだ分野で(できれば県内で)活躍してほしい」という思いだ。県内の大学進学を目指す中間層の質向上がその目的である。「良い医療人とは何か」「アートで地域にどう貢献するか」「自分が社会でどう活躍したいのか、そのために大学で何を学ぶのか」といった点を掘り下げ、自分なりのポートフォリオを作り上げること。高校・大学・社会をつなげた連携教育であり、キャリア教育でもあるのだ。
そのため、参加資格で厳しい条件を課したりはしない。文理も明確に決まっていない段階の高校1年生でもとっつきやすいようにしつつ、修了まで継続してくれることを期待し、いつでも抜けてよいというスタンスを守っている。ただし、修了要件には出席回数と課題提出等が課され、そのハードルは決して低くない。そのため、修了率は最も高い教師へのとびらでも40%程度(数年間の平均)だという。「探究授業の一環でとりあえず登録してみる、といった緩さを許容しているので、継続できない生徒もいます」。一方職業教育は最初から本人の意欲が高いケースが多い。それでも、原則として全回の出席(一部代替措置あり)を求めているため、途中都合が悪くなる等で断念する生徒も多いのだ。比較的おおらかな集団のなかで、「修了に至らなくても自分なりの目的意識を見いだす人や、同じ目的を持つ他校の生徒との交流を通して刺激を受けてぐいっと伸びてくれる人が少しでもいれば」と西郡氏は言う。
しかし、目的が県内の中間層活性化とキャリア観の醸成だとしても、大学としてそれなりの手間をかける以上、入学を期待する向きにはならないのだろうか。西郡氏は、「学生獲得を成果指標にするならこんな非効率な取り組みはしない」と述べる。「受験者数を増やすだけなら入試制度を変えるほうがよほど効果的です。とびらプロジェクトは、大学進学を目指す高校生のキャリア意識の醸成を通した志願者層の育成という教育的社会貢献であると捉えています。ただし、結果として本学志願者が増えるとうれしいです」。
とびらプロジェクトで将来への意欲やキャリア意識が醸成されたのであれば入試でそれをきちんとアピールすべきであって、ポリシーに即して多面的に評価することが目的の入試とごっちゃにしてはならないのである。
該当分野への進学や県内就職状況を効果として測定
では、プログラム参加者における実施成果を何と定めて、どのように測っているのだろうか。
「アドミッションオフィサーが県内高校をまわって、修了者の進路を全て把握しています」と西郡氏は言う。教師のとびらであれば、教員免許が取れる分野に進学したかどうか。社会のとびらであれば人文社会系統に進学したかどうか、といった具合である。そのうえで、どういうランクの大学に進学したかもチェックする。
そうした検証のなかで、「医療人へのとびらの参加者は医療系に行く人が多いが、医学部志望は医学部進学という目的を貫いた結果、浪人もいる」「科学や社会のとびら修了者には旧帝大系への進学者もおり、関係分野への進学が多い」といったファクトも見えてきているという。あくまで目的は意識面での高大社接続であり、キャリア観の醸成。目的意識が涵養された結果勉強や研究に熱が入り、学力も向上することが期待される。そのため、タテを学力、ヨコを分野として、高学力帯の該当分野進学等県内の大学進学状況に貢献しているかを評価しているという。
なお、職業人の2分野については、県内に就職しているかどうかも合わせて見ているという。地域の人材課題解決が根底にあるからだ。
継続発展に向けた課題はステークホルダーの当事者意識向上と目線合わせ
最初のプログラムである「教師へのとびら」スタートから11年が経った現在の動向について伺うと、学部別に状況が異なるという。まず、教育学部は積極的に展開したい意向を持つ学部だ。教師になりたい意識の高い生徒にアプローチして大学進学を促せており、本プログラムを経て県内の教員になっている人が多いというファクトが出ているためだという。医学部も概ね同様である。
一方で、一部のとびらでは教員負荷の重さが話題になることもあるという。学生獲得が目的ではないものの、ゴール設定が難しいこともあるだろう。また、スタートした頃は前向きに取り組んでいた高校側も、取り組む体制や人が変わることで、スタンスが変容しているところもあるという。新課程開始という好材料はあるものの、「高校の探究促進に本学の取り組みが寄与できるかどうかは高校のスタンスによるところが大きく、大学任せになってしまうと探究の深化につながらない」と述べる。課題は何か。
西郡氏が繰り返し強調するのは、「あくまで高大連携活動である」という点だ。「若者を真ん中において、高校ができること、大学ができることを、一緒にやっていこうというスタンスを大切にしたい」。特に課題研究を軸にする科学へのとびらは、現状のやり方を継続するのであれば、高校の積極的な関与が期待されるところだという。一方、県内唯一のSSH校へは大学をあげて研究支援を積極的に行っている状況もあり、トップ校から多様校の探究まで、網羅するターゲットが多彩であるのが実態だ。そのあたりも含めてチューニングが必要な時期なのかもしれない。
佐賀大学の事例から学べるのは、地域の多様なセクターとの連携において大切なのは目線合わせだということだ。県教委とは県の人材不足課題を、高校とは生徒の目的意識醸成を、それぞれ共通目標にして教育プログラムを設計・推進している。若者をど真ん中において大人達が連携の座組をどのように組めるか。西郡氏は取材の最後に、「本学以外にも、様々な地域でこういう活動が増えることを期待したい」と述べた。
(文/鹿島 梓)
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