リカレント教育最前線[8]奈良国立大学機構 なら産地学官リカレント教育プログラム
統合で誕生した法人の経営方針を具現化。
専門組織を設け、地域ニーズに適ったプログラムの持続的な開発・更新を図る
産官学金25の機関がプラットフォームに参画
リカレント教育・リスキリングでは、産業界や地域のその時その時のニーズを把握し、それに応えるプログラムを開発し、更新を続けていく必要がある。一般の学位課程とは異なり、応えようとするニーズが異なれば、各プログラムの内容はもちろん、期間や費用、教育方法も大きく変わってくることになる。そのため、リカレント教育を提供する各教育機関は、持続的な経営を可能にすべくそれぞれ工夫をこらしている。奈良国立大学機構もその一つだ。
奈良国立大学機構は、2022年に奈良女子大学、奈良教育大学という二つの大学の法人統合により誕生した国立大学法人である。その経営方針の一つに「地域の自治体・産業界等との組織的な連携を構築し、人材の養成と輩出、地域の課題解決に貢献」という項目があり、リカレント教育への進出はその具体的な取り組みの一つとして位置づけられている。
「奈良のためにできること、奈良だからできること。地域の課題解決に本格的に取り組もう、と。二つの大学が統合して研究分野の幅は広がりましたが、奈良には他にも様々な高等教育機関があり、さらに奈良国立博物館をはじめとした研究施設も集積していて、連携すると非常に強力なプラットフォームができあがります。そこで機構に設けられた『奈良カレッジズ連携推進センター』が主体となり、2023年、文部科学省委託事業『地域ニーズに応える産官学連携を通じたリカレント教育プラットフォーム構築支援事業』に応募、採択。11月に産業界、地方公共団体などとともに『なら産地学官連携プラットフォーム』を発足させたのです。その中に設けられたリカレント教育タスクフォースには、現在(2024/8/15時点)25の機関が参画しています」。これまでの経緯について、同センターの副センター長である松田文雄特任教授はそう語る。
同事業では、県内企業の人材育成ニーズの調査、県内学術機関の教育コンテンツ(シーズ)のデータベース化、トライアル講義の実施などに取り組んだ。その取り組みを踏まえ、この2024年10月からはいよいよ、「なら産地学官リカレント教育プログラム」の提供が開始される。
プログラムのテーマである「新産業創出のための戦略」「教育イノベーション推進」「人生100年時代の戦略」「ならの歴史・文化・地域課題探究」はそれぞれ、人材育成ニーズの調査結果をもとに、プラットフォームに参画した企業と検討を重ねられたものだ。昨年、対面、オンライン、オンデマンドと様々な講義形式を用いて実施したトライアル講座での結果をうけ、デモンストレーションやワークショップなども組み合わせ設計されている。
持続的なプログラムの開発と更新に向け専門組織を設置
奈良の課題に応えるリカレント教育プログラムをいかに開発し、どう継続させていくか。その主体となるのが、2024年5月に新しく設けられた「リカレント教育推進部門」である。同部門の部門長、伊﨑昌伸特任教授は言う。「大学側の都合に合わせてプログラムを作るのではなく、産業界、地域のニーズに応えることを優先します。奈良国立大学機構だけではなく、ほかの機関にそれに適合する研究者がいらっしゃるならその方にお願いするのです」。
そうしたプログラム企画の基盤となるのが、昨年から構築している「教育研究データベース」だ。新たにプラットフォームに加わった奈良先端科学技術大学院大学などを加え、研究者の情報は800件以上にのぼる。
例えばアジャイルな試作や多品種少量生産において今後ますます活用が見込まれる金属3Dプリンター。高額で中小企業が自社だけで導入するのは難しくても、奈良工業高等専門学校や県の試験場にあるそれを使用することはできる。「私はもともと技術系の教員ですので、そういう情報を提供しつつ、実際に役立てることができるよう、解析であったり、データの処理であったり、必要な知識をストーリーを持ったかたちで講座化します。そのために、リカレント教育推進部門の中に『教育プログラム企画開発ワーキンググループ』が設けられました」(伊﨑氏)。
「いちど作って終わりというのではなく、毎年見直してスクラップ&ビルドしていかなければなりません。持続的に運用していくという意味で、専門の『リカレント教育推進部門』が新設されたのは大きい。今後、プログラムの有用性の評価や収益構造の確立に取り組んでいくことができますから」(伊﨑氏)。
地域一体で学びの環境整備に取り組む
「同部門には『学びの環境整備ワーキンググループ』も設けられました。目指すのは、企業全体で『どんどんリカレントにいってこい』と応援してもらえるような環境づくり。もちろん、一企業だけでは限界がある。そこで県や市、経済団体にも入ってもらい、既存の制度の周知はもちろん、ベストプラクティスの共有、中小企業のためのガイドライン作成などに取り組んでいきます。ゆくゆくは、人材育成に積極的な企業の認証制度や表彰、優遇措置といった制度の整備へとつなげていきたいと考えます」(松田氏)。
「奈良の中で若者が定着して、女性が活躍して、そして奈良自体が元気になる。リカレント教育の推進により、奈良国立大学機構がしっかり役割を果たしていくことができると考えています」(伊﨑氏)。
(文/乾 喜一郎 リクルート進学総研主任研究員[社会人領域])