DXによる新たな価値創出[最終回]【寄稿】大学・高専機能強化支援事業による 成長分野をけん引する人材の育成/文部科学省 高等教育局 専門教育課 情報教育推進第二係長 菊谷達也


文部科学省 高等教育局 専門教育課 情報教育推進第二係長 菊谷達也


大学・高専機能強化支援事業の背景と概要

 大学・高専機能強化支援事業は、令和4年度に文部科学省が3002億円の予算を得たことにより、独立行政法人大学改革支援・学位授与機構に基金を創設し、令和5年度から同機構により公募を開始した。基金創設の背景には、近年のデジタル化の加速度的な進展や、脱炭素を促す世界的な潮流がある。これらの「成長分野」は労働需要の在り方にも根源的な変化をもたらすことが予想される。このような変化の担い手の多くを占めるのは、いわゆる「理系」の人材だが、日本は理系を専攻する学生割合が諸外国に比べて低い( 日本35%、仏31%、米39%、独40%、韓44%、英46%/ 出典:文部科学省「諸外国の教育統計」令和6(2024)年版)。これらの状況を踏まえ、文部科学省では、デジタル・グリーン等の成長分野をけん引する人材の育成のために、意欲ある大学や高等専門学校(以下、「高専」という)が予見可能性をもって成長分野への学部転換等の改革を行えるように基金を創設し、安定的かつ機動的な支援を継続的に行っている。

 本事業ではふたつの支援を実施している。「学部再編等による特定成長分野(デジタル・グリーン等)への転換等(支援1)」と、「高度情報専門人材の確保に向けた機能強化(支援2)」である。支援1は公立・私立大学を対象に、学部学科をデジタル・グリーン等の成長分野へ転換することを目的としている。具体的には、理学関係・工学関係・農学関係のいずれかに分類、もしくは前述のいずれかが含まれている融合・学際(工学関係+経済学関係など)への転換が対象となる。支援1は学部転換そのものの支援のみならず、新学部の検討・準備段階から、転換後の取組の定着までを3つのフェーズに分け、継続的に支援することが大きな特徴である。検討段階から支援を受けられるため、転換を考える大学にとって大きな後押しとなる。支援額は転換の規模等に応じた定率補助で20億円程度までとしている。支援期間は原則8年以内( 最長10年間) である。

 支援2は国公私立大学に加えて高専も対象とし、デジタル分野のなかでも特にAI・DX等の専門知識や高い能力を有する「高度情報専門人材」の育成を目的としている。大学においては情報系の学部・研究科の定員増等に伴う体制強化、高専においては情報系の増員を伴う学科・コースの新設や拡充に必要な経費を支援する。支援2を実施する背景には、早期により多くの高度情報専門人材を社会へ輩出するという狙いがあるため、定員増を選定後約2年以内に行うことを必須としている。支援2のうち、大学を対象としたものには3つの区分があり、定額補助で10億円程度まで支援する一般枠のほかに、計画の規模や質において極めて高い効果が見込まれる計画に20億円程度まで支援するハイレベル枠、研究科の新設等の取組または学部の定員増から大学院段階の定員増までの期間が長期(4年を超過)となる取組に4億円程度まで支援する特例枠がある。一方、高専への支援は定額補助で10億円程度まで支援する。どの区分においても支援期間は最長10年としている。

これまでの選定状況の概況

 本事業はこれまでに令和5年度公募と令和6年度公募において2回の選定を行った。申請件数及び選定件数は以下の通りである。

<令和5年度公募>
・支援1 申請数:67件/選定数:67件
・支援2 申請数:57件/選定数:51件

<令和6年度公募>
・支援1 申請数:62件/選定数:59件
・支援2 申請数:43件/選定数:38件

 2回の公募とも多くの大学・高専に申請いただいた。これまでの選定件数は支援1で126件、支援2では89件となっており、多くの大学等が本事業を活用し、積極的に改革を検討・計画していることが分かる。

学部再編等による特定成長分野(デジタル・グリーン等)への転換等(支援1)の選定状況

 ここからは支援1の選定状況を深掘りしたい。本事業では先述の通り理学関係・工学関係・農学関係を支援の対象としているが、具体的には以下の分野が特に多く見られた。

<デジタル分野(組織名に「情報」「デジタル」「データ」を含むもの)>
 令和5年度:約64%(43件)/令和6年度:約68%(40件)

<グリーン分野(組織名に「環境」「グリーン」を含むもの)>
 令和5年度:約19%(13件)/令和6年度:約25%(15件)

<食・農分野(組織名に「食」「農」を含むもの)>
 令和5年度:約13%(9件)/令和6年度:約15%(9件)

<健康分野(組織名に「健康」を含むもの)>
 令和5年度:約7%(5件)/令和6年度:約8%(5件)


図1 支援1の支援スキーム


 学部再編等の分野については近年のデジタル人材需要の高まりを反映し、デジタル分野への転換が2回共に60%を超え、最も多い結果となった。次いでグリーン分野、食・農分野、健康分野と続くが、令和5年度と令和6年度を比較すると、分野の割合等に大きな変化はない。今後の申請における分野の動向に文部科学省としても注目している。

 なお、「デジタル・グリーン学部」や「健康工学部」のように複数分野にまたがる組織への転換を行う大学も多く、特にデジタル分野はその他の分野と融合するケースが多く見られた。このこともデジタル分野が最も多くなった理由といえる。

 このほかにも、「建築」「デザイン」「スポーツ」「医療」「ロボティクス」「エネルギー」「メディア」「地域創造」「芸術工学」「技能工芸」など、本事業による転換の分野は多岐にわたる。幅広い分野を対象とできることが多くの申請につながったと考えられる。

 もうひとつ特筆すべきこととしては、選定校のうちこれまでに理系学部を持たなかった大学が、本事業により理系学部を設置する割合が、令和5年度で約3割、令和6年度で約5割となったことである。一般的に、理系学部は文系学部に比べて実習・実験に要する施設や機材等に費用がかかることなどから、新設のハードルが高くなる。本事業は施設及び設備整備の費用も支援しているため、そのハードルを飛び越えようと挑戦する大学が多く現れたのではないかと推察する。

高度情報専門人材の確保に向けた機能強化(支援2)の選定状況

 次に支援2の選定状況を見ていきたい。支援2は高度情報専門人材の育成を目的としているため、全ての選定校において情報系の定員増等に伴う体制強化を行うこととなるが、選定件数は以下の通りである。

<大学(一般枠)>
 令和5年度:36件/令和6年度:26件

<大学(ハイレベル枠)>
 令和5年度:7件/令和6年度:1件

<大学(特例枠)>
 令和5年度:3件/令和6年度:0件

<高専>
 令和5年度:5件/令和6年度:11件


図2 大学・高専機能強化支援事業 令和5年度及び令和6年度公募の選定結果


 大学を対象とした3つの区分を見ると、その多くが一般枠での選定となっている。支援2は大学院段階、具体的には修士課程15名以上または博士課程5名以上の入学定員の増員を必須としており、学部の入学定員増員は各大学の判断により行われている。同じ一般枠の中でも、修士のみの増員を行う大学、修士と博士の増員を行う大学、修士と学部の増員を行う大学などと、その内容は様々である。各申請大学において、段階別に検討の上、実情に応じて本事業を活用していることがうかがえる。

 ハイレベル枠は「計画の規模や質において極めて高い効果が見込まれる計画」を対象としており、博士課程の増員を含めつつ、海外連携や他大学・高専への展開、産業振興への貢献等、一般枠よりも多くの要件を定めている。ほかの枠より高いレベルの要件となるにも関わらず意欲的な申請が多くあり、令和6年度までに8件を選定している。

 特例枠は次の2つの取組が対象となる。ひとつは、情報系の学部を持つものの情報系分野に係る研究科等を持たない大学が、研究科の設置を行う場合である。令和5年度に選定した3件は全てこれに該当する。もうひとつは、学部の定員増から大学院段階の定員増までの期間が長期(4年を超過)となる取組である。これまでにこのケースでの選定はない。

 高専の選定件数は、令和5年度の5件から令和6年度の11件へと倍以上の増加となった。その計画をみると、情報系の学習をメインとしつつも、機械や建築等情報系以外の分野も学ぶ学科・コースの体制強化が多くあった。支援1でも見られた情報と他分野の融合が、高専でも見られた。

初等中等教育段階との連携

 本事業は成長分野をけん引する人材の育成を目的としているが、大学、大学院、高専等の高等教育段階の機能強化のみならず、中学や高校等、初等中等教育段階からの取組を併せて行うことが、目的の実現に欠かせない。

 このような課題に対応するために、文部科学省では令和5年度補正予算にて100億円の予算を得て、高等学校DX加速化推進事業(DXハイスクール)を実施している。この事業では公私立の高等学校等を対象に、1校あたり1000万円を上限に補助を行い、以下のような取組を求めている。

・ 情報Ⅱや数学Ⅱ・B、数学Ⅲ・C等の履修推進(遠隔授業の活用を含む)
・ 情報・数学等を重視した学科への転換、コースの設置
・ デジタルを活用した文理横断的・探究的な学びの実施

 この事業を活用しても各高校が独自に取り組むことには限界があり、多くの知見を持つ大学、大学院、高専が支援を行うことでより大きな効果を発揮できる。そのため、大学・高専機能強化支援事業の選定校には、高等学校DX加速化推進事業の採択校との連携を求めている。文部科学省は、選定校が提供できる支援と、採択校が求める支援に関する調査を各校に実施しており、調査結果を双方に共有することで相互連携を促す予定としている。2つの事業の相乗効果により、成長分野をけん引する人材がより多く育成されることを期待している。

大学・高専機能強化支援事業の今後

 これまで215件を選定した本事業だが、今後の公募においても多くの申請を期待したい。特に支援1は原則として令和14年度まで公募を行う予定としているとともに、一定の要件を満たせば既選定校も2度目の申請が可能な仕組みとなっているため、積極的な申請を期待している。

 なお、選定校に対して事業選定委員らによるフォローアップや、情報交換の機会となる機能強化会議を実施する等、計画の履行を適宜サポートする仕組みを設けている。文部科学省では申請の事前相談も行っているため、規模や質に優れた計画を多くの大学等に検討いただき、成長分野をけん引する人材の育成を推進していただきたい。




【印刷用記事】
DXによる新たな価値創出[最終回]【寄稿】大学・高専機能強化支援事業による 成長分野をけん引する人材の育成/文部科学省 高等教育局 専門教育課 情報教育推進第二係長 菊谷達也