学校法人小山学園が取り組む「工業系分野における高専連携の5年一貫教育プログラム開発・実証」

小山学園 校舎s

 テクノロジーの急速な進化、グローバル化、環境問題など、社会の変化に伴い、産業もまた大きく変化している。自動車業界を例にみても、EV、自動運転など最先端の専門知識・技能を備えた技術職のニーズは高まっている。

 にも拘わらず、現状の技術者不足は深刻だ。そもそも、技術職を目指して工業高校や専門学校に入学する若者が減少している。

 また、大学卒の新卒就職者の約3割が3年以内に離職している*。「何となく」で選んだ、進路意識の希薄さも要因の一つだ。

 こういった背景に対し、高校及び、業界企業と連携した「高専一貫教育」で、技術職の魅力訴求、高校生のキャリア観を涵養し、スキルとマインドを持った技術職の育成で課題解決を目指すのが学校法人小山学園だ。文部科学省委託事業「専修学校による地域産業中核的人材養成事業」において「工業系分野における高専連携の5年一貫教育プログラム開発・実証」に取り組み、今年で4年目になる。学校法人小山学園 成長戦略推進本部 本部長 影山裕介氏にお話を伺った。

*厚生労働省 新規学卒就職者の離職状況(令和2年3月卒業者)より


学校法人小山学園 成長戦略推進本部 本部長 影山裕介氏


高校と専門学校の5年間で技術職のプロを育成

 高校と専門学校が教育連携を図ることで、高校生のキャリアの選択肢を広げ、職業意識の醸成、学習意欲を高めるのが本事業の目的だ。

 業界と連携した本物の授業を通して、高校1年時から仕事の魅力を伝え、社会で活躍するイメージを醸成する。高校生は企業の現場で実際に使われる工具や器具、ITツールを使って手を動かし、仕事の面白さを体感する。キャリア教育でよくある「社会人講話」では叶わない経験だ。

 工業高校の中退も問題視される中、「目の前の学びが将来の仕事につながっているイメージや、何のために学ぶのかというモチベーションの維持に寄与できる」と影山氏は話す。

 高校時から職業への意欲を持って専門学校に入学した後は、より専門力を高度化し、資格取得、就職へと導く5年一貫プログラムだ。


※クリックで画像拡大


 令和4年度は、高校1年生を対象としたプログラムを開発。分野への興味関心を醸成する「ワクワク」をキーワードに、専門学校の強みである先端技術や企業連携といったプログラムで進路の意識づけを図った。

 令和5年度は高校2年生向けのプログラムを開発。進路選択が前倒しになる中、進路決定に役立つ、より具体的なプログラムが必要であると判断し、「リアル」をキーワードに授業を設計。工業系6職業分野(自動車、プログラミング、建築、データサイエンス、インテリア、環境)で開発した下図の実証授業を、4高校において実施した。


図表 開発したプログラム(6分野)


写真 実証授業の様子


 そして4年目となる令和6年度は、高校3年生を対象にプログラムを開発する。専門学校に入学予定の学生を対象に、「専門学校0年生向け」の入学前授業を実施予定だ。(取材9月上旬時の情報)

 プログラムの目玉は、専門学校を卒業して業界で活躍するOBが語る「推し授業紹介動画」。社会に出たからこそ分かる、仕事に生きる授業について現役のプロが語る。業界を志す高校生が、「早くその授業を受けてみたい!」と期待を持って入学し、学ぶ意欲を高めるのが狙いだ。推し授業に関連したワークも実施し、入学後の学びへの心構えを促す。

 「専門学校はほとんどの学科が2年という限られた時間の中で、専門知識・技術を身につけなくてならないため、履修科目が予め決められている。そのため、一つひとつの授業に対する自己決定感は、履修科目を自分で選択する大学生と比較すると薄い。それゆえ、モチベーションの波があったり、時には中退したりする学生もいる。社会に出た今だから分かる専門学校の授業の重要性をOBが語れば、学んだことがどう仕事で生きるかの意味づけができたり、自己決定感が強まったりして、主体的に学べるのではという思いでプログラム開発を進めている」と語る影山氏。意識や行動変容を促せる仕掛けのほか、授業の難易度が「簡単すぎず難しすぎず、将来専門学校でもっと学んでみたい」と思えるように、毎回チューニングしているという。

高校生、高校、企業から見た成果とは

 高校1・2年生への実証授業の反応は良好だ。受講した高校生に実施したアンケートの「期待指数」は、授業を受ける前と後とでは大きく好転した。

 「将来の選択肢としてインテリアコーディネートもいいなと思った」「本物のエンジンに初めて触れたことで整備士の仕事について知れた」さらには「専門学校の授業がどんなものか知って、進学の選択肢として検討したい」といった意見も見られ、高校生の進路の選択肢を広げ、技術職の魅力を伝えることに一定の成果を上げていると言えよう。


画像 アンケート結果(全体)


 高校からの評価も高い。「生徒募集に苦労する工業高校にとっては、高専連携によって、技術職を目指して工業高校に入学した先の就職や進学のルートを示せる。募集広報の観点、職業教育の質向上の観点からも、期待を寄せていただいています」(影山氏)。

 また、探究学習にも一役かっている。先述の通り社会人講話だけでは伝わらない、職業観を涵養できるのは専門学校の授業ならではだ。

 加えて、急速にIT化が進む高校現場において、それらを使いこなし、学生の知識や技術を高める授業としてアウトプットする難しさに直面する高校も少なくない。他方専門学校は、テクノロジーに明るい教員が指導にあたるうえに、「コマシラバス」「授業シート」など、学生の理解・定着を促す独自の教育ノウハウ「コヤマ式教育システム」を持つ。高校からは、「これまでに見たことのない生徒の生き生きした表情を知れた」といった声も寄せられ、連携の相談が増えているという。

 深刻ななり手不足にあえぐ企業からも、早期からの職業観育成、技術職の魅力を伝える必要性について、共感の声が上がっている。

高専連携と社会人教育の両輪で、長期視点での技術者育成を推進

 影山氏は、「高専連携が高校に根付き、成果となるには時間がかかるもの」と話す。この事業以前から提携を行い、本事業において初年度から実証授業を行っている工業高校では、提携当初に比べて専門学校進学者数が増えている一方で、取り組みが新しい高校ではまだ顕著な成果にはつながっていない。「行動変容を促すには時間が必要だと改めて認識している。ゆえに高専連携は単発の出前授業のようなものでなく、5年かけて意識や行動を変容できるよう、日々のコミュニケーションも含めて点から線となるプログラム開発を行う。事業が終了した後には、プログラムを汎用化し、他の専門学校への展開や、専門学校の事業の広がりに繋げていきたい」と意欲をみせる。

 業界の求める人材像からバックキャストでプログラムを策定するのではなく、積み上げ式で設計した本事業。「興味のある分野を絞り、学校を1つ選択し、就職先を決める、というプロセスではフェーズが進むごとに選択肢の幅は狭くなっていく懸念がある。積み上げ式で設計することで、進路選択の裾野を広げ、キャリアの可能性を広げるのが狙いです」(影山氏)。

 上昇する大学進学率、売り手市場の高校卒業者就職の間で、改めて専門学校の立ち位置やブランドを再定義する必要があると、影山氏は課題視する。「これまでの進路選択、進路活動、進路指導の既定路線だけで考えていては、専門学校の状況が大きく変わることは期待できない。変化への機会の一つが“リスキリング”など社会人教育です」(影山氏)。

 現在、小山学園は大和ハウス工業株式会社と「技術者育成プロジェクト」に取り組んでいる。工業高校卒業後、大和ハウス工業に入社した高卒新入社員が、最初の2年間を東京テクニカルカレッジ建築科で学び、実務に役立つ専門技能や経験を習得した後、3年目から企業で現場配属される、という流れだ。プロジェクト始動から5年が経ち、社員、企業、専門学校の三方に良い影響が生まれ始めている。


画像 入社後の流れ・キャリアステップ


 「企業の人材課題は採用にとどまらず、入社後の定着、そして育成。活躍する人材に成長してほしいという企業ニーズに対し、2年間で専門知識や技能を身につけさせ、プロに仕上げていく『コヤマ式教育システム』をはじめとする専門学校の教育ノウハウは貢献できる。結果、専門学校で学んだ社会人が自信を持って社会で働くことができれば、人材育成の一助になるのではと考えます。

 同時に、専門学校のあり方も従来の高校卒業後の進路先に限定されることなく、社会人がいつでも学び足しできる場所となることで、新しい価値発揮をしていければと感じています」(影山氏)。


(文/武田尚子)