大学を強くする「大学経営改革」[104]サステナビリティの追求と大学の課題 吉武博通

吉武博通 学校法人東京家政学院理事長・筑波大学名誉教授

持続可能な社会・経済・環境の実現に向けて

 サステナビリティ(Sustainability)の追求は、今や人類社会にとって、また我が国において最重要のテーマと言って過言ではない。

 地球温暖化は、中緯度の陸域に住む私たちが異変を感じるまでに現実のものとなりつつある。海洋での変化は陸域以上と言われ、北極と南極という極域ではより深刻な事態が進行していると報告されている。

 日本国内に目を転じると少子化は加速する一方で、本稿執筆時点で2024年の出生数は初の70万人割れが確実視されている。国立社会保障・人口問題研究所(以下「社人研」)が2023年4月に公表した「日本の将来推計人口」によると、2050年の総人口は1億469万人、うち生産年齢人口(15〜64歳)は52.9%、65歳以上は37.1%で、15歳未満はわずか9.9%の1041万人にとどまる。さらに総人口は2070年に8700万人まで減少するとされている。(いずれも出生中位・死亡中位仮定)

 まさに人類社会と日本社会の両方において、持続可能性が問われる事態に陥りつつあると言えよう。

 このような中、2015年9月、国連において193カ国の合意で「持続可能な開発目標(SDGs)」(Sustainable Development Goals)が採択されたことは承知のとおりである。

 我が国においても、民間の有識者により結成された人口戦略会議が、全国1729自治体リストから人口減少要因を明らかにするとともに、2024年1月に緊急提言「人口ビジョン2100」を公表している。

 サステナビリティはビジネス領域においても重視されており、持続可能な社会・経済・環境の実現を目指して「サステナブル経営」を掲げたり、国際的なガイドラインに沿った情報開示としてサステナビリティレポートを公表したりする企業が増えつつある。

 投資家の要求や顧客・消費者の期待などに促された面もあり、社会的課題の解決を自社ビジネスの発展に結びつけるまでの道程も決して平坦ではないと思われるが、このような動きが広がることの意義は大きい。

 高等教育分野においてもサステナビリティ教育が広がりを見せているが、多くの大学の関心は学生や予算の確保に向きがちである。短期利益志向と見られてきた企業がサステナビリティを経営の前面に押し出す一方で、大学の視線が目先の問題ばかりに注がれるとしたら状況は深刻である。

 大切なことは、持続可能な社会・経済・環境の実現なしに大学の未来はあり得ず、教育、研究、社会貢献の全ての面において大学は先導的役割を果たし続けなければならないという点である。

 以下、地球温暖化とSDGs、国内における人口減少の順に状況の整理を行った上で、これらの問題に大学がどう向き合うべきかについて考えてみたい。


表1 日本の総人口及び年齢3区分別総人口の推移


1.5度以内の目標を超えて上昇する世界平均気温

 地球温暖化問題は、1960年代から70年代にかけて気候変動に関する科学的研究が進展したことを契機に世界的なテーマとしてクローズアップされるようになったと言われている。米国で研究を重ねてきた眞鍋淑郎博士が大気中の二酸化炭素濃度の増加が地球温暖化に影響することを実証した業績により2021年にノーベル物理学賞を受賞したことは記憶に新しい。

 その後、国際的な関心の高まりを受けて、国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)は、1988年に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)を設立。1992年にはリオデジャネイロで国連環境開発会議(地球サミット)が開催され、「気候変動枠組条約」を採択。持続可能な開発と気候変動に関する国際的な合意が形成された。

 同条約に基づき、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)が1995年から毎年開催されるようになった。また、各国政府の気候変動に関する政策に科学的な基礎を与えることを目的に設立されたIPCCは、世界中の科学者の協力の下、定期的に報告書を作成し、公表している。

 2024年現在29回を数えるCOPの中で重要とされているのが2015年12月にパリで開催されたCOP21であり、2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな国際的枠組としてパリ協定が採択された。その中で「世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べて2度より十分低く保ち、1.5度以内に抑える努力をする」という世界共通の目標が掲げられた。

 その後、2023年3月に公表されたIPCC第6次評価報告書は、「1850〜1900年を基準とした世界平均気温は2011年〜2020年に1.1度の温暖化に達した」とし、「大気、海洋、雪氷圏、及び生物圏に広範かつ急速な変化が起こっている。既に世界中の全ての地域において多くの気象と気候の極端現象に影響を及ぼしている」と述べている(政策決定者向け要約の気象庁による暫定訳より)。さらに2024年の世界の平均気温は観測史上最高だった2023年を上回り、産業革命前の水準より1.5度以上高くなることが確実と報じられている。

全員参加による変革がSDGsの基本コンセプト

 地球温暖化にとどまらず、貧困の終焉を含めて、地球上の「誰一人取り残さない(Leave No One Behind)」持続可能でより良い社会の実現を目指す活動がSDGsである。

 17のゴールと169のターゲットが示されているが、17のゴールは、人間(People)、繁栄(Prosperity)、地球(Planet)、平和(Peace)、パートナーシップ(Partnership)の5つのPに関連づけられている。

 貧困の終焉、飢餓・食料・栄養、保健、教育、ジェンダー平等、水と衛生の6つが人間に関連する目標であり、気候変動、海の生物多様性、陸の生物多様性が地球に関連する目標となる。

 人間が生活していく上でどれだけの天然資源に依存し、生態系に負荷をかけているかを数字で示すものとしてエコロジカル・フットプリント(Ecological Footprint)という概念があるが、2019年時点で地球1.7個分のバイオキャパシティ(生物生産力)を必要としていると言われている。ちなみに世界中の人々が日本と同じ生活をしたら地球2.9個分が必要になり、米国並みであれば5.1個分になるという。サステナビリティの追求が人類社会にとって如何に重要な課題であるかが理解できる。

 2015年9月に国連総会で採択されたのは、SDGsを含む「我々の世界を変革する: 持続可能な開発のための2030アジェンダ」である。その前文では「我々は、世界を持続的かつ強靭(レジリエント)な道筋に移行させるために緊急に必要な、大胆かつ変革的な手段をとることに決意している」(外務省による仮訳より)との考えが述べられている。

定常化戦略と強靭化戦略による未来選択社会の実現

 次に国内における人口減少問題について考えてみたい。

 社人研は2023年4月の「日本の将来推計人口」に続き、同年12月には2020年から2050年までを推計期間とする「日本の地域別将来推計人口」を公表している。

 その中で、2050年において、11県で総人口が2020年に比べ30%以上減少すること、25道県で65歳以上人口割合が40%を超えること、総人口が2020年の半減未満となる市区町村は約20%に達すること、65歳以上人口が総人口の半数以上を占める市区町村が30%を超えること等が示されている。

 2020年を100とした指数でみると、2050年の秋田県は58.4、青森県は61.0、岩手県64.7、高知県65.2、長崎県66.2となる。また、全国の総人口に占める地域ブロック別割合をみると、2020年に対して増加するのは南関東のみであり(29.3→33.7%)、北関東を含めて他は全て減少するとされている。

 この地域別将来推計に基づき、人口戦略会議は地方自治体の持続可能性について分析を行った上で、取りまとめられたのが、前述の緊急提言「人口ビジョン2100」である。

 同ビジョンでは、2100年を視野に据えて、安定的で成長力のある「8000万人国家」を目指すとし、「定常化戦略」と「強靭化戦略」という2つの戦略を掲げている。前者は、人口減少のスピードを緩和させ、最終的に人口を安定させること(人口定常化)を目指す戦略であり、後者は、各種の経済社会システムを人口動態に適合させ、質的に強靭化を図ることにより、多様性に富んだ成長力のある社会の構築を目指す戦略である。

 そして、2つ戦略の推進によって実現を目指す、未来として選択し得る望ましい社会の姿として、①一人ひとりが豊かで、幸福度が最高水準の社会、②個人と社会の選択が両立する社会、③多様なライフスタイルの選択が可能な社会、④世代間の「継承」と「連帯」を基礎とする社会、⑤国際社会において存在感と魅力のある国際国家、の5つを挙げている。

 なお、本提言において、人口減少を補完するための、いわゆる「(補充)移民政策」はとるべきではないとした上で、労働目的を中心とする永定住外国人に関する総合戦略の策定は喫緊の課題としている点を付記しておきたい。

サステナビリティの追求にどうコミットするか

 地球規模問題と人口減少問題という持続可能性に係る2つのテーマに大学はどう向き合うべきか。

 まずは、理事会や学長・副学長・事務局長などトップマネジメントを形成する人々の関心がこれらの問題を直視すること、そして状況を正しく認識した上で、大学の役割や自校の未来について思考を巡らすことである。

 学校法人経営に携わる筆者の目下の関心事は学生・生徒の確保であり、意識は未来よりも足元に向きがちである。同様の感覚のトップマネジメント層も少なくないと思われるが、高等教育に携わる身として、人類社会や日本社会の持続可能性よりも、自校の持続可能性が大事と言い切れるのだろうか。

 これまでも戦略や戦略的思考の重要性について言及してきたが、どう生き残るかに主眼を置いた「生存戦略」に加えて、サステナビリティの視点から高等教育や自校の役割を再定義した上で、あるべき姿とそこへの道筋を示す「未来志向戦略」の両方を持つ必要があると考えている。

 後者の戦略は、トップマネジメントを形成する限られた者で構想し、直ちに学内外に示す性格のものではないが、未来志向戦略を念頭に置きながら、足元の生存戦略を立案・遂行することがこれまで以上に重要になってくるものと思われる。

 未来志向戦略において不可欠なことは、サステナビリティの追求にどうコミットするかという視点である。持続可能な社会・経済・環境の実現に資する大学機能の発揮とは如何なるものか、自校の強みやリソースを問い直し、それぞれを新たな次元に引き上げていく必要がある。

 教育面においては、サステナビリティを冠した科目の開設にとどまらず、市民社会の一員としてサステナビリティ追求に参画する人材をどう育てるかが問われることになるだろう。持続可能性という視点でカリキュラム体系や教育内容・方法を見直すことでより豊かな学修機会を提供できる可能性もある。教育を未来志向で問い直す好機でもある。

 研究は、教員個々の興味・関心に基礎を置くことが基本だが、サステナビリティの視点から個々の学問の意義や方法を問い直すこと、既存分野を超えた学際融合や多様なセクターとの対話・協働を促すことが一層重要になってくる。機関としての大学にはこれらを後押しするとともに、それに相応しい場を整えることが求められる。

適正規模への縮小と大都市圏・地方圏の大学連携

 人口減少下における規模の適正化は避けて通れない課題であり、東京一極集中の是正と地域の教育研究力の確保も併せて検討されるべきある。これらは国に促されるのではなく、個々の大学が10年先、20年先を見通して、地域を含む多様なステークホルダーと対話を重ね、自ら構想すべき課題である。

 そのポイントは適正規模への縮小、大都市圏と地方圏の大学連携、地域における大学間及び大学と多様なセクター間での協働である。

 初等中等教育では学校数が大幅に減少しており、企業も統合再編や海外展開などで存続・発展を目指している。大学のみが数を増やし、学部を増やし、大学間や地域間で学生を奪い合う状況が許されるだろうか。

 18歳人口の減少は学生だけでなく、教員、職員に加えて大学の活動を支える多様な労働力の確保が難しくなることをも意味する。需要面だけでなく、供給面でも大きな制約が加わることになる。それらのことを踏まえて、将来のある時点において教育研究の質を維持・向上できる自校の適正規模をどこに置くか、今から考えておくべきであろう。

 大都市圏、とりわけ東京都とその周辺の大学がその立地から受ける恩恵は計り知れない。それを地方における持続可能性の追求に活かすことは大都市圏の大学が果たすべき社会的責務でもある。連携・協力の方法についてはここでは触れないが、このような志や使命感で具体的な行動を起こすことが期待されている。

 地域における大学間及び大学と多様なセクター間での協働については、地域連携プラットフォームや地域活性化人材育成事業(SPARC)などによる取り組みが始まっている。その成果が注目されるところだが、地域における持続可能性の追求につなげるために克服すべき課題は多い。

 最後に付け加えておきたいのは、将来推計人口には日本に住む外国人が含まれているという点である。表1に付記した通り、その数は2040年で585万人、2070年では939万人である。出入国在留管理庁公表の2023年度末現在の在留外国人数341万人から大きく増加することが見込まれている。

 2040年で総人口の5.2%、2070年で10.8%に達する外国人との共生社会をどう作り上げるか、大学を含む教育機関の大きな課題である。

 企業が公表する統合報告書やサステナビリティレポートには、組織にとっての重要課題を意味する「マテリアリティ」の記載がある。例えば、森永乳業は、健康への貢献、食の安全・安心、気候変動の緩和と適応、環境配慮と資源循環、持続可能な原材料調達、人種と多様性の尊重、地域コミュニティとの共生の7つを掲げている。

 大学の外では大きな変化が起きつつある。これらの変化に目を向け、未来志向の変革に本気で取り組まなければ、その存続基盤は危うくなるばかりである。

 大学にはまだ活かしきれていないリソースが十分にある。


【参考文献】
人口戦略会議編著『地方消滅2- 加速する少子化と新たな人口ビジョン』(中央公論新社,2024)
杉山慎『南極の氷に何が起きているか - 気候変動と氷床の科学』(中央公論新社,2021)
松島斉『サステナビリティの経済哲学』(岩波新書,2024)
南博・稲場雅紀『SDGs- 危機の時代の羅針盤』(岩波書店,2020)



【印刷用記事】
大学を強くする「大学経営改革」[104]サステナビリティの追求と大学の課題 吉武博通