「食」領域で挑む新たな短期大学教育/新渡戸文化短期大学 フードデザイン学科


POINT
  • 東京都中野区に立地する共学の短期大学。2025年に食物栄養学科を改組し、フードデザイン学科(2コース制)を設置。特に食生活デザインコースでは資格取得に囚われない食領域の最新トレンドを広く学ぶことができるカリキュラムを展開
  • フードデザイン学科設置を中心とした短期大学の改革は文部科学省「未来を支える人材育成機能強化に向けた経営改革支援」に採択
  • 同法人内の新渡戸文化中学校・高等学校は探究教育「クロスカリキュラム」で有名

新渡戸文化短期大学は、2025年春にフードデザイン学科を設置した。全国的に募集の厳しさが際立つ短期大学というフィールドで、どのような挑戦をしているのか。学科長の山本謙治氏、常務理事で法人事務局長兼経営企画室長兼短大事務局長の清田 裕氏にお話を伺った。

佐賀大学 学環設置準備室・副室長 理工学部教授 長田聡史教授

資格ありきの風潮をあえて疑い、トレンドとリアリティに振り切ったコースを設計

 まず、新学科設置における経営的狙いと検討経緯について伺った。清田氏によると、「短大経営の厳しさ」と「家政・栄養領域の募集の厳しさ」の2点を挽回する打ち手であるという。

 新渡戸文化学園は子ども園、小学校、中・高校、短大を展開する総合学園だが、短大以外の設置校は近年探究型学習を切り口に入学者が増加しており、学園全体の教育活動収支はプラスを確保している。法人内で課題である短大の経営を上向かせることで、法人経営基盤をさらに安定させるという狙いだ。

 2024年学校基本調査によると全国の短期大学進学率は3.1%。短大設置数が最も多かったのは1995年の596校で、2024年には297校とピーク時の約半数にまで減少している。「1950年発足当初の短大は中堅技術者養成を核に男子学生の比率が高く、学科も社会系と工業系が4割を占める状況でした。それが専業主婦養成を念頭に置いた家政・人文系ニーズへの対応、女子の一般事務職養成へと役割が移り、1985年の男女雇用機会均等法を機に女性の四大志向が高まったこと等を背景に志願者数は減少、現在は教育・保健・家政系等の資格取得が可能な学科を中心とした構成が一般的になっています」と概観したうえで、「本学も資格養成校としての役割を期待されている側面は大きいわけですが、栄養士は食という可能性にあふれたフィールドのごく一部です。翻って領域の魅力を捉えた教育を提供できているのか。日本の短大が現状陥っている資格ありきという存在意義をあえて疑い、資格に拘らない新しい教育の在り方を模索しようと考えました」と続ける。

 また、家政・栄養領域は大学・短大ともに近年志願者が減少している。「栄養士資格取得後の出口である就職先がどうなっているのかを見ると、栄養士資格を前提とした集団給食の領域は減少傾向にあります。特定の企業に委託するといった動きも多い。市場ニーズが減少している以上、対応が必要と判断しました」と清田氏は述べる。この領域で資格を取得したい既存の志願者層の獲得だけではさらに先細りするのは明らかであり、従来とは違う付加価値をどう創出するかを講じる必要があったのである。

マーケットインの改革で勝負できる方策を検討

 新学科では、特に食生活デザインコースにその思想が結集されている。

 市場変化を受け、食領域のニーズに対応できる知識・技術を身に付けた人材を育成するため、今回の新増設の前段階の改革として、2022年には栄養士免許以外にフードスペシャリスト等が取得可能になるよう教育課程を再編成したところ、2024年3月卒業生の就職状況に変化が見られた。栄養士を前提としていない職場への就職が40%から60%に増えたのである。こうした検討結果は当然、今回の新学科設計の下敷きになっている。


図 食領域のマーケット分析
図 食領域のマーケット分析


 民間企業出身の清田氏は、高等教育は入口である学生ニーズと出口である社会・企業ニーズという2方向のニーズを踏まえた教育設計を考えるべきだという。「本学で言えば、栄養士資格の必修ではない『エシカルフード概論』『食空間デザイン』といった授業を選択科目として入れたところ、学生の受講率が非常に高い。また、教育の変化を効果的に学生に伝えるためにはカリキュラムだけでなくファシリティも変える必要があり、『新渡戸フードラボ(食品流通加工室)』『デジタルスタジオ』の設置といった設備投資も行ったところ、こちらも非常に評判が良い。社会の変化に呼応したカリキュラムを編成し学生ニーズにフィットしやすいような形に変えていくことが大事だと考えています」。

 さらに、生産性に関しても持論がある。「例えば、100坪をワンブランドで展開しているショップの坪効率の改善に、商品量は変えずに面積を70坪程度に圧縮し、残った30坪に新たなブランドを付加する手法があります。この場合、既存ブランドの売上は変わらず、新ブランドの売上が純増となります。今回もそうした考えで、食全体に学科の提供価値を広げつつ、栄養士資格という既存リソースはマーケット規模に合わせ圧縮し、作った余白に新たなカテゴリを展開しています」。なお、18歳人口が今以上に減少することが確定している状況を踏まえ、別のマーケットを取り込む必要性からリカレント教育の強化も行っているが、今回は紙幅の関係で詳細は割愛する。


図 フードデザイン学科2コースの展開
図 フードデザイン学科2コースの展開


食領域における最新トレンドと多様な携わり方を学ぶ

 作った余白にどのような新たな展開を設けたのか。山本氏に、食生活デザインコースを中心に内容を伺った。山本氏は農業・畜産分野での商品開発やマーケティングの傍ら全国の食を取材する農と食のジャーナリストでもあり、当然、食業界の動向や必要な人材についても詳しい。新コースが射程とするのは集団給食以外の職種が編む食業界であり、出口から発想した教育を用意したという。

 「学生に将来の進路希望を聞くとダントツで多いのは商品開発や店舗経営です。そのため、本学科では栄養士教育をベースに、栄養・調理・加工等、食ビジネスをやろうとしたら絶対必要なものを初年次にまず学び、次に商品開発とマネジメントを学び、フードプロデュースの現場でターゲット設定・ニーズ把握・企画立案といった一連の流れを体験します」(山本氏)。

 最先端のフードテック設備も備える。「この前は、餡子を3Dフードプリンターで出力して『新しい羊羹』の形をデザインするという授業をやりました。学生のリアクションも良かったですね。若者は自分の興味のフックがあるものについては主体的に使いこなしていきます」。インバウンド観光に対応した食文化論、SDGsの文脈での食課題、地域課題を食の観点から解決するといった授業もある。2年次に入ると、食に関する文章執筆や写真、動画などの撮影、それらの編集・発信等「メディア」という観点で、食産業の企画・広報業務に関するカリキュラムが用意されている。

 教育リソースの6割は既存からのものだが、4割は新規投資となる。「テクノロジー、グローバル、SDGs、メディアといった切り口の教育で教え手を確保し続けるのは大変ですが、まずは数年間教育を実施し成果を検証しながらアップデートしていきたい」と清田氏は話す。


3Dフードプリンターを用いた授業の様子
画像 学生の様子、フードプリンター


高等教育機関ならではの探究活動で学生を支援する

 こうした社会に即した教育設計の結果、「これまで栄養士コースに来ていた層とは全く異なる層が入学してきている」という。「起業意識や目的意識に加え、基礎学力も高い学生が多いように思います」と山本氏は述べる。地方出身者も増加傾向だという。食は高校の「総合的な探究の時間」等でも人気の高いテーマであり、そうした風潮に合う展開でもあったと言えるかもしれない。食領域について、日本は栄養士や調理師という職業像で対応してきた経緯がある一方、そこに囚われない可能性について多彩な最先端のオプションを提示できる学校はまだまだ少ないのが実情なのであろう。

 法人内の中高が探究で注目されているが、「短大でも探究のフィールドは実社会」と清田氏は断ずる。「例えば、短大が立地しており包括協定を結んでいる中野区とは現在嚥下障害をお持ちの方へのスイーツ商品開発やアントレプレナーシップの育成プロジェクト等、様々な形で連携を進めておりますが、こうした実社会の課題に食の技能でどう応えるかという経験は、社会貢献を通じ専門性をより磨こうという意欲の向上にもなりますし、活動自体が学生の自信になります。こうした挑戦の機会を今後も増やし、高等教育機関ならではの探究経験を学生達に多くしてもらいたい」。山本氏も、「募集初速の手応えは良いので、今後も成績優秀で食領域への志がある人材に本学の存在を知ってもらえるように頑張っていきたい」と意欲を見せる。

 資格取得に強い短大の、あえてその路線から外れた意欲的な教育改革に、今後も注目したい。



文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2025/6/25)