科学と社会の架け橋となる人材を育成する/東京理科大学 理学部第一部 科学コミュニケーション学科

- 1881年に設立された東京物理学講習所を前身とし、2026年4月現在、4つのキャンパスに8学部33学科、7研究科31専攻を擁する、学生数約2万人の理工系総合大学
- 建学の精神は、「理学の普及をもって国運発展の基礎とする」
- 2026年より理学部第一部に融合系学科として「科学コミュニケーション学科」を設置。デジタル社会に必要とされる高度な科学的知識を持ち、社会に伝えることのできる人材を育成
東京理科大学(以下、理科大)は2026年に理学部第一部科学コミュニケーション学科を設置した。その設置趣旨や背景等について、学科主任の渡辺雄貴教授にお話を伺った。

複雑化・高度化する科学と社会を接続する人材を育成する
新学科の設置検討は2024年秋頃から始まったという。渡辺氏は、その背景を3点挙げる。
まず、科学が複雑化・多様化・高度化しているという点だ。「大学で教える体系的な基盤的知識は今も昔も大きくは変わりませんが、科学研究の世界では、新規性を求めて複雑化・高度化していくのが常です。学問分野が細分化し、それぞれで新たな発見を求めているので、他学科分野のトレンドは隣接学科でも把握しづらく、同学科内でも研究室ごとに異なるのが実態です」(渡辺氏)。分野のメッシュが細かくなったことで、1つの分野だけ追っても応用が利かず、幅広く学ぶ必要性が増しているという。
次に、科学と社会のギャップを埋める必要性である。かつては先端研究を担うことが社会における大学の重要な価値だったが、昨今はそうした役割も継続しながら、「市民レベルでの科学の普及が必要な時代になっている」と渡辺氏は述べる。
例えばコロナ禍で、ワクチン接種や生活面で個人が意思決定を求められ、知識をもとに判断したくとも一般人には理解しづらい専門知識が多いなか、科学的な見解から最適解がなかなか示されなかったこと。あるいは、ノーベル賞を日本人研究者が受賞した際、その研究内容の本質的な意義よりもワイドショー的な報道に終始しがちなこと。「いずれも本質的な議論や報道にならないのは、専門知を一般に翻訳するインタープリターが不在であることが原因です。ただ専門家が専門用語で語るだけでは、一般的には理解されないことも多いのです」。情報は誰でも得られる時代に、その情報の真偽を専門性から見極め、分かりやすく科学を伝え、それをもとに議論する翻訳者を育成する。「例えば生成AIや原子力、クローン等、科学技術が進展すればそれに付随する課題も出てきますから、一般の方々がきちんと考え、理解したうえで活用できるように橋渡しする役割が必要です」。
そして最後に、「理科大だからできることでやりたい」という点である。渡辺氏はこう説明する。「理科大は1881年に開学して以来、科学の教育研究のみならず、多くの理数系教員を育成・輩出してきました。理系分野の各領域においてそうしたノウハウが蓄積されていますから、それを生かし、本学らしい価値創出・人材育成をできる筋を探りました」。豊富な教員養成の実績を生かし、今回はいわゆる市民科学、社会課題解決側に広くリーチできる人材を育成する方向性だ。これまで理科大が手掛けてこなかった領域である。「大学は社会とともにあるべきで、その接点を強調する点で、新学科が学内で担うものは大きい」と渡辺氏は話す。「新学科では、3年次以降の選択科目や卒研で他学科と相互に授業を受けたり、研究したりできるカリキュラムにしています。理学部第一部の学生の流動性を高め、相互作用を生み出す役割も、新学科に期待している。社会を常に見据える視点が既存学科に波及することで、生まれる相乗効果も狙いたい」。
図1 募集広報フライヤー
科学コミュニケーション力と専門性を幅広く学ぶカリキュラム
大学HPによると、育成人材像は「多くの情報があふれるデジタル社会で、正確で高度な理学的知識を持つ総合的理系人材として、広い視野で科学知識を多面的に伝える能力を身につけ、社会に貢献できる人材」。想定進路として示されているのは、官公庁、中高等の教育職、新聞・テレビ等のマスメディア、メーカーや研究開発型ベンチャー、科学館・博物館等である。
そうした人材になるには、科学とコミュニケーションの両方に精通する必要がある。新学科は「幅広く理学を学ぶ」コンセプトで、1年次は広く科学の基礎や、科学を俯瞰的・統合的に捉えるSTEAM科目、科学コミュニケーションの土台となるデータサイエンス等を学び、徐々に軸となる専門性(情報・データサイエンス、数理(数学)、理科(物理学・化学・生命科学))を選択して高めていく。それに加えて、社会に科学を伝え課題解決を促していくインタープリターとして、サイエンスコミュニケーションのスキルを演習等で磨く。4年次には学びの集大成として卒研に挑戦するという流れだ(図2)。卒研の前には、各分野でどういう研究がなされているのか、その手法について考える授業(科学コミュニケーション研究、情報データサイエンス研究)も設置する。
専門分野の垣根はなるべく低くし、研究室間の共同研究を促進したりするほか、理学に留まらず、その隣接領域の研究分野にまたがる構成のため、基幹教員制度等を用いて他学部の教員に兼務してもらう。当然、研究テーマの多様性や社会有用性を意識してのことである。「大学のリソースをフル活用して、隣接関連分野についても横断的に学ぶことができる体制を整え、社会に科学をジョイントする役割を担う人材を育てたい」と渡辺氏は語る。
隣接分野との関連性を意識しながら横断的・対話的に学ぶ
「卒研段階でも研究室ごとに閉鎖的にならず、ほかの研究室の様子も分かるように、中間発表を合同で行ったり、ほかの研究室の教員が副指導教員になったりする等、交流を促進させたい」と渡辺氏は話す。昨今大学院科学教育専攻でも研究室ごとに分かれていた院生室をリニューアルし、全員が同じオープンスペースに集うフリーアドレス制にしたという。「それによって、自分と違う研究室の学生が何をやっているかが見えるようになり、自然な交流が生まれやすくなりました」。学生には、社会を意識した研究をしてほしいという。「自分の領域に閉じこもらず、周りの領域の共通点や類似点を見つければ、コラボレーションの機会を作ることもできる。そうやって外に視界を広げていってほしいのです」と渡辺氏は話す。
授業を設計するうえでも、一番重要なのは「関連性を意識させること」だ。「社会に科学の話をしていくには、社会で科学がどう役立っているのかを知る必要があります。それは、なぜこの学問を学ぶのかという目的に立ち返ることでもあり、社会活用の道筋をイメージしながら学ぶということでもある。だから、本学科では必ず、社会と学問の関係性を踏まえた授業を徹底します。そうすると、社会に科学を応用することが目的となり、学問は手段だと認識できるようになると思います」。社会における科学の価値発揮に主眼を置き、インタープリターとして活躍する素地が、こうした地道な授業の積み重ねで培われる。
さらに、育成する人材が「科学を伝え議論をすることができる人材」である以上、授業は極力一方的なレクチャー型ではなく、アクティブラーニング型授業を基本とする。渡辺氏は、「自分が考えた過程が外に出てくる“外化”がアクティブラーニングの第一歩ですから、授業においては、ただ聞く以上の取り組みをするように教員に要望しています。例えば対話、ディスカッション、何かしらのアウトプットを必ず盛り込むということです」と説明する。
図2:カリキュラムマップ
社会を意識した学問領域として多様な属性の受け皿に
社会からの反響にはどのようなものがあるのか。「学校の先生からは面白いと言われることが多く、進学イベント等では保護者の反響が大きいほか、高校生は女子の関心が高い印象」と渡辺氏は総括する。また、「女子が理工系に進む際のアンコンシャスバイアスは未だ強く、純粋に興味関心のある学問領域でも保護者に反対されて断念したといったことは、本学の学生からも聞く話です。本学科は、マニアックな理系学科ではなく社会を意識した学問領域だということで、そうした不安を払拭しやすいのかもしれません」と続ける。理学の基礎領域を幅広く学ぶというカリキュラム体系のため、入学段階では専門を決め切れていないといった層の受け皿にもなっているという。多様な属性の入学生が社会と科学の架け橋となる人材としてどのような成長を遂げるのか、期待が集まる。
文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2026/5/25)
