【interview】事業採択や認可申請は改革の目的を達成するための手段

理系人材育成に関して、令和4年度第二次補正予算で始まった文部科学省事業「成長分野をけん引する大学・高専の機能強化に向けた基金による継続的支援」(以下、支援事業)。大学経営や認可申請の現場をよく知る立場から、現状と課題を聞いた。

株式会社大学経営コンサルティング 代表取締役

加藤 雄次 氏

2001年より全国の高等教育機関等の大学・学部学科・大学院等の新増設・改組転換等に係る設置認可申請・届出等の申請・構想に関するコンサルティングを幅広く手がけ、学校法人の永続的経営と大学の学部学科等の教育研究組織の最適化や教育研究活動の水準向上を支援している。



分野の偏りを是正したい国、構造的に理工系が少ない日本の大学業界

 成長分野をけん引する大学に支援をしたい国の意向は、成長分野転換、理系転換と示されています。既存の人材育成に少し加える程度ではなく、抜本的な育成方針の転換が求められているわけです(図1)。


図1:令和4年度時点事業概要と令和5・6 年度公募の選定結果


 ただし、この「転換」の具体は示されていない。理工農の学位分野を対象とし、デジタルやグリーン、つまりIT人材や脱炭素社会における活躍人材、という例示はありますが、それが具体的にどのようなスキルセットを持つ人材か、専門分野や学位を持つのかといったことまでは示されていません。どう作るのかの裁量が極めて大きいことを、大学は十分認識したうえで設計する必要があります。

 軸となるのは、「どのような理工系人材を、なぜ本学は育てたいのか」という問いです。現実には、育成人材像の解像度が粗いまま、事業採択を目的とした計画が散見されるように思います。

 特に支援1について、国としては、どの大学が作るかではなく、文系に対して相対的に少ない理工系学部を増やすことで分野の偏りを是正するのが目的です。それは、将来的な労働需給予測等から、理工系人材が圧倒的に不足することが見えているからです。

 しかし、日本に理工系学部が少ないのは構造的な問題です。国の資料によると(図2)、学部段階の理工系分野の入学者割合は17.0%。日本は私大が全体の約8割を占めますが、私大の多くは人文社会科学系が中心です。理工系大学を除き、大規模私大でもなければ理工系学部を持っていない。特に地方に行くとその傾向は顕著で、理工系に進もうとすれば国立しか選択肢がないという状況も。理工系が国立に多く私学に少ないという構造である以上、市場の広がりようがないのです。


図2:大学学部入学者に占める理工系分野の入学者の割合


社会が求める理工系人材と大学が作りたい理工系学部の距離

 そうした文系しかない私立大学に理工系学部を作れとなると、ゼロから理工系学部を作るという壮大な構想は難しく、現状を起点にできることを考えざるを得ません。現状の体制を完全に見直すような「転換」ではなく、自校の教育資源を起点に事業にのるように発想すると、自分たちの強みと求められる理工系(事業のターゲットである理学・工学・農学)の専門性を掛け合わせるといった案件が増えます。自校の特色だ、強みだ、と思っていることで勝負することになるわけで、当然の発想です。

 しかし、「それは本当に社会に必要な人材なのか」という点において、大学の経営資源起点での発想では圧倒的に解像度が足りないのです。本当に求められている人材かは分 からないが、既存資源に理・工・農がくっついた何かを作らなければ採択されないわけですから、そうならざるを得ません。手段が目的化してしまうのです。支援事業に採択された案件の学位分野を見ても、既存分野ありきになっているものが多いように感じます。もちろんそこに勝ち筋があるのならばよいですが、大抵の場合、理学・工学・農学分野の既存ありきは届出改組、つまり看板の付け替えレベルで新しい市場開拓には至らないケースが多いです。設置認可申請の場合も既存組織との組み合わせによるものがあり、大学都合のマイナーチェンジではなかなか募集力にはつながりません。作ったはよいが集まらないとなれば、大学経営には確実にマイナスです。

 自校の教育資源に基づく本学だけの魅力、といった独自性は確かに差別化につながりますが、唯一性は、極めてコアな魅力である希少価値か、市場ニーズがないからどこも作っていないだけか、どちらかであることが多いです。認可申請の現場では、理工系に限らず、このあたりの設計で苦戦するケースが多い。特色は大学経営や募集上必要ですが、認可申請において大切なのは、大学設置基準をクリアしているか、本質的に整合の取れた計画であるかどうかです。

 例えば、きちんとした基盤を4年間みっちり積み上げるほうが、動きの速い社会の動向に対応できる人材になるのではと個人的には思います。

事業採択された計画をどのように「教育設計」に落とし込むのか

 構想自体がリソース起点なのに加えて、支援事業は非常に採択率が高い。それは、国として理工系人材を増やすための仕組みとして設計されている事業であるからです。しかし、通った以上、認可申請や届出という設置のシステムに落とし込む必要があり、そこで躓く大学が非常に多い。そもそも理工系の認可申請自体が、過去を見ても事例が少ないのですが、それは文系主体の私立大学が、理工系の学部申請をあまりしてこなかったからです。大学設置基準に基づき教育設計の整合性が厳しく問われる認可申請システムは、大学教育としての設計が設置基準においてきちんと整合性が取れているのか、大学教育としてふさわしいかをチェックすることが目的であり、支援事業の採択とは全く異なる理屈のプロセスです。そのため、構想案で支援事業に通った案件が当初計画から大きく変更せざるを得なかったり、設置を中断・断念したりするというケースも散見されます。

 逆に言えば、支援事業も認可申請もきちんと通している大学は、今の延長線上ではなく、教育展開を抜本的に改革するという経営判断をして、成長分野で人材育成をやっていくのだという覚悟を持っているところです。人文社会科学系を減らしてでも理工系を増やそうとする国の目的から考えれば、各大学に求められるのは今あるものを温存・改良してやりすごす経営ではなく、ひっくり返す強い意志です。

 理系の高校生が劇的に増えているわけではない現状で、大学の学部を先に一気に増やそうとする時間軸も、大学経営的にはリスクです。支援事業で学部学科完成年度まで補助が出るというのは画期的ですが、その後は大学側の手弁当での継続になります。供給源が確保されるまでは設置しても学生が集まらず、大学の寿命が縮みかねない。こうした状況で果たしてどのくらいの数の案件が、実際に社会で必要な理工系人材を育成する持続可能な仕組みとして機能していくのかは、読めません。

 関連して、今の社会動向をベースに学部を作っても、設置から卒業生を出すのに4年かかるなかで、社会ニーズが変容するのは見えています。学生募集が厳しくなる前にこうした領域拡大の判断をした大学はよいとして、問題は学生募集状況が悪化しているなかでこうした方向性に広げようとする大学が決して少なくないことです。経営資本が乏しいなかで先の読めない計画を遂行するのは大変です。

構想しやすい「情報」系の設置形態

 既存リソースを起点に構想する結果、圧倒的に多くなっているのが情報系です。理由は3つです。

 まず、費用面。基本的に電気系統のインフラとPCがあれば教育が成立しますから、理工系の投資としては設備投資が比較的楽な部類に入ります。

 大学で新増設が行われる場合、その教育研究が安定的・持続的に行うための設備投資と財政的基盤があるかどうかが厳しくチェックされますが、その指標となるのが「標準設置経費」です。施設(校舎等建設費)、設備(教具・校具・備品)に大別され、いずれも原則として自己資金等で確保されているかが問われます。この標準設置経費は、人文社会科学関係、自然科学関係、その他の3つしか区分がありません(医学関係と歯学関係を除く)。費用としては高い順に自然科学関係(理学関係、工学関係、農学関係、獣医学関係及び薬学関係)、次いでその他(教育学・保育学関係、家政関係、美術関係、音楽関係、体育関係及び保健衛生学関係)、人文社会科学関係(文学関係、法学関係、経済学関係及び社会学・社会福祉学関係)という順番になります。

 従来、情報系は理工系として自然科学関係に入っていました。機械工学等、実習施設も豊富に必要な工学部を作るのも設備投資がそこまで必要ない情報系を作るのも同じ金額という状態だったのです。それが近年、情報関係は複合的な分野として「その他」に区分変更があり、投資が抑えられることで作りやすくなりました。

 次に、情報系という学問の特性です。近年は情報・デジタル化社会の進展に伴い、情報・デジタル等に関する資質・能力が「これからの社会の読み書きソロバン」と基盤能力視されています。汎用性が高い領域なので専門性と掛け合わせて価値発揮しやすく、既存学部学科とのコラボレーションも発想しやすい。一方で、機械や電気電子といったいわゆる伝統的な工学分野は、専門特化型です。費用もかかる。こうした対比から、情報系が選ばれやすい状況があります。

 最後に教員です。情報系は民間でも学術的な研究や学会活動をしている研究者が多い分野で、情報通信系企業の社内研究者を招聘しやすい。そうした方々と協働することで企業ニーズを踏まえた教育設計にもなる等、大学としてもメリットが大きいです。とはいえ現状、情報系が増えているため、人材は不足感が否めません。

 一方で、前述した通り理系高校生という供給源が潤沢なわけではない現状では、大学は志願段階では間口を大きく開き、文系学生を取り込む設計にならざるを得ない傾向があります。もちろん社会課題解決において技術をどのように使うかという観点で文系アプローチは有効です。ただ、社会で求められる理系人材といったときに、技術を理論で理解するための素地である数学や科学の一定の資質・能力を入学段階で問うというのは、DPを達成するためのAPとしては当然と言えます。数学がポリシーや受験科目に入っていない場合、本当にその学部が掲げるDPに到達できるのかは、認可申請プロセスで厳しく確認されると思っておいたほうがよいでしょう。

 新学部学科は作って終わりではなく、そこからが始まりです。作りやすい方向性を自前起点で発想するのではなく、本当に社会に必要とされる人材を育成するという期待値を大学はどのように設計に落とし込んでいけばよいのかまで見据えて、計画を練らなければなりません。

改革はあくまで目的を達成するための手段

 大学経営においては厳しい時代が続きます。一つひとつの改革が何を目的としたものなのか、その目的を果たす道筋になっているのかを精査して展開していく必要がありますし、今後に備えたストック勝負になってきている実態があります。しかし、未だ経営的に拡張や拡大志向が多いのは驚くべきことです。もちろん勝ち筋や中長期的ロジック・財務的根拠に裏打ちされたものであればよいですが、市場が縮小しているのに縮小均衡を選択肢に入れてもいない大学が多い。一つひとつの改革には費用のみならず教職員の工数が多くかかるわけですから、そのリターンが見込める改革でないものに多くをかけるべきなのかどうか。必要なのは経営の健全化なのに、改革や補助金獲得という手段が目的化し、「改革している感」に現場が振り回されている大学もまた多いのです。

 よい教育をしているだけで人が集まる時代ではありません。社会ニーズを見据えた教育を作らなければ大学の存在意義に関わる一方で、「社会ニーズ」というよく分からないものの解像度が決して高くはないことが多い。また、社会ニーズが高ければ高校生に刺さるかというと、そういうわけでもない。このギャップを埋めるのは、高校生の目線で見たときの魅力作りや、丁寧で分かりやすい募集コミュニケーションです。有名大学の改革で人が集まるのは、有名大学の認知度やブランドが社会的信頼を得やすいからです。中小規模校はそれ以上に「まず伝わらないものだ」という前提で取り組んでいく必要があります。直感的に分かりやすい伝え方になっているか。よく「一見分かりにくいようだが、説明すれば分かってもらえる」という声を聞きますが、説明が必要な時点でアウトだと思ったほうがよいです。実際は、きちんと自ら理解をしてくる志願者だけで入学者が構成されるわけではないからです。

 こうした状況を冷静に踏まえて、各校の実りある改革が進むことを望みます。


(文/鹿島 梓)


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