【TOP INTERVIEW】言語は、世界を変える力を持つ建学の精神を現代に実装し、外国語大学の次の姿を切り拓く/京都外国語大学 理事長・学長 北 寿郎 氏


京都外国語大学 理事長・学長 北 寿郎 氏

京都外国語大学 理事長・学長 北 寿郎(きた としろう)氏
1952年生まれ
1976年 日本電信電話公社(現NTT株式会社)
2001年 NTTコミュニケーションズ株式会社
2004年 同志社大学大学院ビジネス研究科教授
2013年 同志社大学大学院ビジネス研究科長
2014年 株式会社ナカヨ社外取締役
2022年 同志社大学名誉教授
2025年 学校法人京都外国語大学理事
学校法人京都外国語大学理事長
2026年 京都外国語大学・京都外国語短期大学学長
創立80周年、建学の精神を見つめ、原点回帰

工学とビジネスの知見を、教育の現場へ

 1947年に創設された学校法人京都外国語大学は、外国語学部・国際貢献学部の2学部に大学院、短期大学、専門学校、高等学校を擁する総合学園です。在籍する学生・生徒は約5300人。その数字が示す規模よりも、80年をかけて積み上げてきた歴史と使命の深さこそが、本学の真価です。

 2025年6月、理事長を拝命し、本年4月より学長を兼務しています。理事長として戦略の方向を示しながら、学長として執行に責任を持つ——構想と実行の間に空白を生まない体制が、今この大学に必要だと判断したからです。「議論する大学から、実行する大学へ」。それが就任にあたって掲げた言葉です。

 私の出発点は工学です。日本電信電話公社(現NTT)に入社後、NTTコミュニケーションズで住民基本台帳ネットワークシステムの構築を主導し、その後、同志社大学大学院ビジネス研究科でイノベーション・マネジメントの教育研究、研究科長も務めました。工学者として研究開発とビジネスの現場を知り、経営学として組織と戦略を研究してきた。その両輪が、今の私を支えています。

「平和の解像度」を上げる──建学の精神を現代に実装する

 本学の建学の精神は「PAX MUNDI PER LINGUAS —— 言語を通して世界の平和を」です。戦後の混乱のなかでこの言葉を掲げた創立者の覚悟は、単なる理念宣言ではなく、言語が対立を対話へと変えうるという深い確信でした。その精神が80年近く受け継がれてきたことを私は尊敬します。そのうえで、この理念の「解像度を上げる」——平和を語るのではなく、平和を生み出す人材をどう育てるかを、教育の設計に具体的に落とし込むことが今の私の責務です。

 「話し合えば平和になる」という楽観的な話ではありません。人類の歴史を俯瞰すれば、紛争こそが常態であり、真の平和は極めて稀で壊れやすいものです。戦後80年余り、私達が享受してきたこの稀有な時間をいかに長く保ち、次代へ繋げるか。そのためには、相手の文化や背景を深く理解するための「言語」が、欠くべからざる核となります。平和を語るのではなく、平和を生み出す人材を育てること——それが本学の、そして私の使命です。

 教育の具体的な特色として、外国語学部に9言語学科を擁することが挙げられます。国連公用語を全てカバーするという創立者達の信念がこの学科構成に反映されており、2020年のロシア語学科設置もその延長線上にあります。言語の多様性は、世界の多様性への敬意の表れにほかなりません。

 2018年に設置した国際貢献学部は、グローバルスタディーズ学科とグローバル観光学科の2学科で構成します。理論と実践の統合を軸に多文化共生の実現力を養う社会科学系の学部として、語学の枠を超えた学問領域の広がりを本学に加えました。言語を学ぶことは、世界を学ぶことと同義でなければならない——その信念の制度的な表現です。

既存資源を深耕し、「実行する大学」へ転換する

 イノベーション・マネジメントの研究を通じて確信していることがあります。業績が好調な時期に新規事業へ投資した企業が長期的な強さを保つ。逆に業績低迷の局面で焦りから新規事業に走った企業の末路は、例外なく厳しい。不調の時期にこそ、既存の経営資源を深く耕すことが正道です。だからこそ私は、理事長就任当時、流行の学部を新設する道を選ばず、ガバナンスの整備と教育の質の再強化に徹しました。2026年4月には学長を兼務し、4人の担当副学長制を導入して執行体制を一新。誰が何に責任を持つかを明確にすること——それが「実行する組織」への最初の一手です。

 この方針を共通教育の再設計に具体化しています。言語・思考・AI・倫理を統合したリベラルアーツを全学の共通基盤として構築し、ビジネス・情報・宗教・社会科学・自然科学を横断的に学べる体系を整えつつあります。語学教育とリベラルアーツは対立するものではなく、互いに深め合うものです。言語で世界を知り、教養で世界を読む——その統合こそが、本学の教育の核心です。

 加えて、「京都」というブランドをこれまで十分に活かしてこなかったことは、率直に認めなければなりません。千年の都が持つ、伝統と革新が交差する知的環境は、本学にとって他に代えがたい教育資源です。地域や企業と連携するコミュニティエンゲージメントプログラムをさらに強化し、課題発見と解決の実践の場とします。全授業を英語で学べるグローバルスタディーズ学科の特色は留学生にとっても大きな誘因となり、京都を軸にした国際的な学びの場を広げていきます。

AIに代替されない力を育てる──言語教育の本質的使命

 生成AIは言語学習の強力な支援ツールであり、積極的に活用すべきです。しかし、AIが翻訳・通訳・文書作成を担えるようになった今こそ、「なぜ言語を学ぶのか」という本質的な問いに向き合わなければなりません。コミュニケーションの成否を左右するのは言葉そのものよりも、相手の文脈や背後にある歴史・価値観への深い理解です。文化を読み取り、異なる価値観を持つ人々の間に信頼を築く力——その力はAIには宿らない。本学が育てるべきは、まさにその力を持つ人材です。

 コミュニティエンゲージメントプログラムやリベラルアーツ教育は、まさにこの力を養うためのものです。京都という世界に類を見ない文化都市をキャンパスと捉え、地域や企業との連携を通じて、学生には実社会での実践力を磨いてほしいと考えています。

5万人の卒業生を、学び直しと再出発の場へ

 大学の真の評価軸は、入試の偏差値ではなく卒業生が社会でどう活躍しているかにあります。本学の卒業生はエアラインやホテル・観光分野への就職が多い一方、海外売上比率が7〜8割を超える京都のものづくり企業から、語学力と多文化への感受性を持つ本学卒業生への需要が高まっています。高いコミュニケーション能力で自社の価値を世界に訴求できる人材を、産業界は強く求めているのです。

 この認識を踏まえ、本学では語学・リベラルアーツ・ビジネスを軸としたリカレント教育とセカンドキャリア支援を本格的に整備します。かつて前職で実践した「卒業生への授業開放」の仕組みを本学でも実装し、5万人の卒業生と現役生が共に学び高め合うコミュニティを築きます。卒業で終わる大学ではなく、卒業後も学び続ける場として本学を機能させることが目標です。

 イノベーションとは、新技術の導入ではなく「経営資源の新しい組み合わせ」だとシュンペーターは定義しました。有能な教員、まじめな在学生、172の海外協定大学、そして80年で積み上げた5万人近い卒業生ネットワーク——京都外国語大学には多くの私学が羨む資源があります。この組み合わせを変えることで、本学の新しい姿を示せると確信しています。2027年の創立80周年を、祝賀の節目としてではなく、創立100年に向けてのステッピングボードとして迎える——それが今の私の責務です。


(文/能地 泰代 撮影/児玉 あかね)



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