日本流イノベーションエコシステムを情報学で打ち立てる/東京理科大学 創域情報学部 情報理工学科

- 1881年に設立された東京物理学講習所を前身とし、2026年4月現在、4つのキャンパスに8学部33学科、7研究科31専攻を擁する、学生数約2万人の理工系総合大学
- 2026年4月より野田キャンパスに創域情報学部を設置。「融合と共創でイノベーションの創出を目指す新しい情報系学部」をうたう
- 理学の理論と工学の社会実装の融合、企業連携によるスピーディーな社会実装の循環で、学生が主体的に多様に学ぶ場を形成
東京理科大学(以下、理科大)は2026年4月に創域情報学部を設置した。その設置趣旨や背景等について、学部長の滝本宗宏氏にお話を伺った。

情報学の理工融合で目指す高次のベクトル
新学部の冠である「創域」は、野田キャンパスのもう1つの学部「創域理工学部」と共通する。滝本氏は、「創域の“域”はリサーチフィールドのことです。新たな研究分野を創り、イノベーションにつなげていくというベクトルの名称です」と説明する。「情報学は多様な研究の基盤であり、分野同士の接着剤としても機能している領域です。そこについて、学科名である情報理工学の方向性で革新を起こしていくことで、多様な研究分野にイノベーションを起こすことができると見立てています」。
情報理工学の方向性とは、情報において理学の理論と工学の社会実装を融合させていくことだという。「日本は、工学はリチウムイオン電池等の世界的成功事例があり、理学でもノーベル賞を受賞するような功績があります。一方、情報分野は往々にして欧米諸国の後塵を拝してきました」。原因は様々あるが、1つは、日本においては情報分野の理と工がうまく連携できてこなかったこと。そして、大学が育成する高度な専門性を持つ人材について、企業の期待とずれがあることも一因だという。「例えばアメリカでは大学が鍛え上げた博士人材への期待値が高く、彼らが構想した内容を実装する費用を企業が負担して社会変革につなげていきます。情報学分野は、構想から実現・検証のスピード感が他分野に比べて段違いに速いのが特徴で、起点となる構想を担う人は重要です」。だから知的生産性の高い博士人材は重宝される。
一方、日本の企業の人材育成はOJT等を前提とし、自社で育てる意識がまだまだ強い。また、ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の差の表れでもあるかもしれないが、博士人材はどちらかというと育成しづらいと思われがちだ。「そういう社会にアメリカの流儀をそのまま移植しても、持続可能に機能することはないでしょう。だから、本学部は日本流のあり方を模索し、情報学の分野で打ち立てたいのです」。その方策が、企業と協働するシーンを多く配置し、理と工が結びつくシーンとスピーディーな実装への流れを作ることだという。「一緒に教育研究を進めていく仲間として企業を迎えたい」と滝本氏は話す。
イノベーション人材育成のための融合的教育設計
企業連携の目的は、社会課題解決のためのニーズ把握等だけではない。「現在の生成AIを見るとよく分かりますが、ある程度の実装までならばお金をかけなくても実現できます。が、現在爆発的に広がっているLLMと言われる生成AIは、数億程度の投資では実現できません。これからの情報学は、大学や助成金だけでイノベーションを起こしていくことは難しい。企業と連携して共同教育・共同研究をしていってこそ、社会で使える技術になるのです」。
また、生成AIは課題があって、その解決のために研究しようとなったものではなく、技術ができてから何に応用できるか考えた結果生まれたものであり、そうした道筋が今後のヒントになるのではと滝本氏は話す。「生成AIの根源には、人と同じように話せる機械・プログラムができないかという問いがあるわけです。課題を見つけてそれを解決する手法を考えるという従来の研究手法だけでは後手にまわる。課題と解決がone to oneではなくなってくる以上、特定の課題解決によらず、試行錯誤する必要がある。その場として、後述の研究会があり、その先にイノベーションがあるという教育設計にしました」。
情報系の学部学科は既に多くあるなかで、理科大だからできる情報学のあり方は何か。真のイノベーション人材を育成するには、どのような仕組みが必要か。学内でフラットに議論を重ねたという。「本学部は、創域理工学部にあった経営システム工学科と情報計算科学科がもとになっていますが、前者が社会実装を、後者が理論を担っています。理論と社会実装を融合させることが大事です」。
なお、創域情報学部・創域理工学部がある野田キャンパスは、変遷をたどると学際的なテーマに取り組む風土があり、専攻をまたぐ横断型コースの設置等、多くの施策は現場の教員からのボトムアップで生まれたという。そうした環境で、学生は問題を見つけてそれを解決する従来型の研究の道筋ではなく、試行錯誤からイノベーションを生み出す力を身につける。そのために大学は多くの試行錯誤の場を用意する。それが新学部の前提なのである。
専門人材と融合人材、その間のグラデーション
新学部が育成したい学生像は、専門人材というこれまでの大学が輩出してきたタイプの学生と、融合人材の2つの方向性があるという。「あらゆる研究の基盤や社会と技術の接着剤を担う情報学を支えるのが専門人材。既存分野の組み合わせを考案していくのが融合人材というイメージです。どちらの人材も新たな価値創造を目的としますが、アプローチが異なります」。また、学生はこのどちらかになってほしいというより、2つの人材像の間にあるグラデーションの、どこかを目指してほしいという。「専門人材育成に関しては、大学院まで6年一貫で学ぶコースを用意しています。3年次に研究室配属となり、専門性を磨きます。一方で、本学部は2年次で4つのコース(知能メディアコース、コンピュータ科学コース、社会システムコース、データ科学コース)に分岐するカリキュラムですが、融合人材育成の観点から必修科目は共通で、どのコースの選択科目も履修できるような仕組みにしています。自分の志向に合わせて自由な履修が可能で、自然に他分野と融合できるのと同時に専門を突き詰めることもできるカリキュラムを用意しています」。地に足がつくようコースで縛りつつも、学生は自らの志向に沿った学びを設計することができる。(図)
図 カリキュラム概観
また、「教員の言うことに従順であるよりも、研究会を通して世の中のニーズや動向をつかみ、教員に『先生の研究はこうやったらもっと社会の価値になるじゃないか』と意見するような、謀反気のある学生を育てたいと思っています。学生には学びを面白がってほしい」と滝本氏は述べる。360名一体的な学部環境、自分を基軸に多様な価値観と交じり合うカリキュラム構成に加え、研究会という学外につながる場で、偶発的出会いを楽しみ、刺激を大いに受け、存分に試行錯誤してほしいという。
5つの仕組みで実践的なイノベーション人材を育てるカリキュラム
カリキュラムでは5つの取り組みが特徴的だ。
まずは「研究会」。教員と学生、企業が協働する試行錯誤と共創の場で、企業主催の研究会では1年次から先端企業の求める方向性に触れられるほか、学生主体の研究会では起業やプログラミングコンテスト等に挑戦。取り組みの姿勢や成果が卒業単位に認定される。
研究会で培った資質・能力を発揮するプロジェクトにチームを組んで主体的に取り組み、成果発表するのが「プロジェクト実験」。3年次には4コースの学生が融合チームを組み、約3カ月にわたって1つのプロジェクトに挑戦する。
そして、「ダブルラボ・横断型コース」。他分野との協働・融合の仕組みで、同じキャンパスにある創域理工学部の研究室で学ぶ「ダブルラボ」や所属するコースとは異なるほかの専攻と学ぶ「横断型コース」を通じて、多様な価値観や技術を体験。専門性を磨きながら、異分野をつなぎ新たな融合を生み出す力を養う。
通称「毎日英会話」は、1年次全員が、毎日45分英会話の授業を受ける。2年次はプレゼンや論文英語を身につけ、3年次研究室配属以降は国際会議に参加したり、国際的なプロジェクトに参画したりできるような「使える」英語を戦略的に習得する。研究を主としたときにツールとして使える英語力を重視した。滝本氏は、「最新の情報を得るために、かつ日本が国際的な場面でより際立った存在に立っていくために英語の習得は理系人材にとって欠かせない能力です」と述べる。
最後に、36の研究室(クロスアポイントメントの2研究室を含む)だ。豊富な教員と先端企業との連携で、社会で求められる研究を極めていく。
研究軸の教育に対する好意的な反響
高校の教員からは「情報系で社会実装を明確に打ち出しているのは期待できる」「留学を推進するだけの英語ではなく、研究軸で戦略的に英語を位置付けているのは好印象」といった声が多かったという。さらに反響が大きいのは企業からで、滝本氏は「大学連携のステップとして研究会があり、そこで共に教育をするなかから信頼関係を構築し、その後自然な形で共同研究に進めるという流れに好意的な反響が多いです」と手応えを覗かせる。
1期生の状況を聞くと、「主体的な学生が多い」と滝本氏は話す。3割程度が女子で、帰国生も多く、多様な属性が集まっている印象だという。「多くの意見が出て集約するのが難しいくらいが面白いと思うので、学生それぞれが独自の視点を持って活躍してほしい」と期待を寄せる。新学部は、日本の情報学独自のエコシステムを創るための第一歩を確実に踏み出したようだ。どのような人材が育成・輩出されるのか、引き続き注目したい。
取材・文/研究員 鹿島 梓(2026/6/10)
