「地域にとっての最適解」を追求し、志願倍率11倍を実現。地域の空白マーケットを埋めた、松山大学の「スピード」と「協働」の改革

 2025年4月、松山大学は約20年ぶりとなる大規模な改組を行い、情報学部情報学科を開設した。入学定員120名に対し、志願倍率は最大11倍(一般選抜(Ⅱ期日程))、初年度入学者数は186名(充足率155%)であり、少子化が進む地方私立大学において成功を収めた。 本稿では、同大学がいかにして地域の潜在ニーズを掘り起こし、組織的な変革を成し遂げたのか、その戦略と実行のプロセスに注目した。


松山大学 情報学部新校舎10号館
2026年1月竣工、情報学部新校舎10号館(写真提供:松山大学)


POINT
  • 地域の大規模私大による、入口と出口の「空白」を狙うポジショニング戦略により、新たなマーケットを顕在化
  • 1学部1学科に13のスキルごとの履修モデルを内包するカリキュラムを設計し、スキルの内容と基準を明確化することで「理系」も「文系」も取り込むことに成功
  • 強力なリーダーシップとスピード重視の意思決定、執行部・教員・職員で一体的に設置準備に挑む

1.入口と出口の「空白」を狙うポジショニング戦略

 成功の最大の要因は、徹底的な地域ニーズの分析に基づく「ちょうどよい」ポジションの確立にある。 松山大学が立地する愛媛県において、理系志向の高校生(入口)の選択肢は二極化していた。一方は高い専門性を求める国立・愛媛大学工学部、もう一方は県外への進学である。「国立には届かない、あるいは高度な工学研究までは求めていないが、地元に残って成長分野で活躍したい」という層にとっての受け皿が空洞化していたのである。

 同時に、地域企業(出口)側のニーズも変化していた。県内のIT企業やユーザー企業への調査からは、自社でシステムをゼロから開発する技術者だけでなく、「外部ベンダーに要件を説明できる人材」や「導入されたデジタルツールを使いこなし、業務改革を推進できる人材」も不足していることが明らかになった。

 この「実用的で広範なスキル」という、入口(高校生)と出口(地域企業)双方の「ちょうどよい」ニーズを合致させたことが、カリキュラム設計の根幹となった。

2.地域ニーズの把握

 学生確保は、2段階で調査している。開設3年前の予備調査で、学部の規模、レベル感の把握。申請用調査において、実際の入学意向を確かめた。前者はサンプリング調査、後者は悉皆調査を実施している。予備調査は、新学部の定員設定の根拠となる客観的な数値を得るために主に県内の高校へ協力を要請したが、その過程で、「幅広く様々なコースで学ぶことも1つのコースで深く学ぶこともできる柔軟なカリキュラム」に魅力を感じている高校生が多いことが分かり、「自分に合ったレベルで情報系の知識やスキルを身につけ広範に活躍したい」という学生像が浮かび上がった。人材需要は、地域企業とは構想段階から意見交換を重ねている。情報系のスキルや要求レベルは、企業の事業戦略や環境によって様々であり、特定が難しい。だからこそ、地域の中核企業と愛媛の産業を支え発展させていく若者にこそ、身につけておいてほしい知識とは何か、それを支えるスキルレベルとはどの水準が要求されているのか、対話を重ね解像度をあげていった。これらの「生声」を下敷きに、県との情報交換、県が実施した「IT技術者に関する県内IT企業・ユーザー企業へのアンケート調査」の結果等を入念に分析し、同大学に求められている「ちょうどよい」を感覚的に掴むことができたのである。



(提供:松山大学)


3.「理系」を拡張し、文系にも支持されるカリキュラムと募集戦略、設置認可審査対応

 教育課程の開発にあたっては、理系だけに対象を絞ると、マーケットが小さすぎる。しかしながら文系の学生からも支持を集めるために「文理融合」や「ガチガチの工学ではない」を前面に出すことは、最も取り込みたい理系の学生に(レベルが低いと)敬遠される恐れがある。また、安易にディプロマ・ポリシーのレベルを下げることは地域が必要とする人材に適わない。これらのジレンマを念頭に、1学部1学科に13のスキルごとの履修モデル(目標別プログラム)を内包するカリキュラムを設計した。これは「入学後に興味を深め、柔軟に選択できる自由度」と「履修モデルごとの目標設定」の両立を重視したものである。 実際、入学者の声として「13の中に自分のやりたいことが複数あった」ことが決め手となっており、これが愛媛大学工学部との決定的な差別化要因となった。

 また、同大学では「工学関係」の新学部の設置が、経営上の命題であり、設置認可申請による開設は必須であった。一般論として、設置認可審査の対策は設定する「学位の分野」のうち、最も標準的な先行事例をトレースすることが王道である。工学関係の情報系学部を設置するのであれば、コンセプトの近い情報工学部のカリキュラムに「寄せ」る。その場合も、できるだけ複雑性を排除して、単純化しておくことが肝要だ。それによって、審査する側は構想内容をイメージしやすく、かつ養成する人材像とアドミッション・ポリシー、カリキュラム・ポリシー、ディプロマ・ポリシーの関連性も明瞭になるという利点もある。オリジナリティーを加えることは、完成年度の後に行い、まずは設置することを優先する。工学教育の経験を持たない大学であれば、なおさらその傾向は強くなる。しかしながら、同大学がそれをやれば、既存の工学部との同質化は避けられず、せっかく地域から集めた養成する人材ニーズとも整合しない学部ができあがってしまう。マーケットの縮小に待ったなしの状況と、審査上の難易度を天秤にかけ、「地域のニーズ」に誠実であろうとする英断がここにあった。なかでも有効だったエビデンスは、既存の経営学部に設置されていた「情報コース」のノウハウを活かし、文系学生でも必要な単元を体系的に教えれば情報分野のスキルを習得できるという裏付けがあったことであろう。このエビデンスは、設置審のみならず、高校生や高校教員への説得に奏功した。 蓋を開けてみれば、入学者には高校数学を「国立大の受験レベルまで仕上げている」理系層が半数以上を占めたものの、高校の情報コース等でプログラミング経験者、商業高校で日常的に「数字」を扱うことに抵抗がない等の意欲的な文系層も取り込み、多様な学生層の獲得に成功している。



(提供:松山大学)


4.「理系の勘所」と「運営の勘所」を融合させた組織体制

 未経験の分野への学部設置を成功させた背景には、新井理事長(当時学長を兼務)の強力なリーダーシップと巧みなチームビルディングがあった。 副学長(当時)・学部長候補であった檀教授(博士(理学))が「理系の勘所」を、池上副学長(現在学長)が認証評価経験等を通じて「大学運営・教育課程設計の勘所」を押さえ、両輪となって構想を牽引した。さらに、工学部出身の事務職員が教学と事務方(大学運営)の橋渡し役を担ったことで、抽象的なコンセプトが具体的な実施計画へとスムーズに落とし込まれた。

 また、スピード感のある意思決定も奏功した。2025年開設までの準備期間は実質1年程度と標準の半分しかなかったが、「やることもやらないことも早く決める」という方針が貫かれた。 この迅速な決断により、2026年以降に近隣他大学で計画されている理工系学部設置の動きに先んじて「先行者利益」を獲得することができたと振り返る。

5.改革がもたらした学内文化の変容

 設置構想段階では学内の反対意見もあったが、志願倍率11倍という圧倒的な「結果」が、学内の空気を一変させた。 「新しいことをやろうとしているなら応援しよう」「動くことは守ることよりも良い」というポジティブな空気が醸成され、他学部も含めた全学的な活性化へとつながっている。

 また、今回の新学部設置は、人材育成の観点でも大きな意義を持った。長らく新学部設置の経験がなかった同大学において、今回のプロジェクトに関わった教職員が「大きな仕事を成し遂げた経験」を得たことは、次なる改革への貴重な資産(人を遺す)となったのである。


まとめ

 松山大学の事例は、地方私立大学の課題に共通する。特に地域の有力私大にみられがちな「地元国立大学に落ちた学生の受け皿」の機能からの脱却を示唆している。それは、偏差値序列の高位にいれば、地元の優秀な学生が自動的に「落ちてくる」という、うまみのあるポジションに甘んじるのではなく、地域の「入口」と「出口」のギャップを埋める独自の価値提供を行うことへの転換である。そして、地域企業や行政を巻き込み、スピード感を持って組織の総力を結集することである。 一般的なマーケティング活動では、顧客を絞り込んで価値を明確化することが推奨されるが、減りゆく18歳人口を前に、大学の新学部学科の設置においては、「絞り込み」が逆効果となるケースも散見される。市場のニーズの解像度をあげることと、学問領域を絞り込むことは同義ではない。本ケースは、まさに市場ニーズの解像度をあげたからこそ、絞り込まずに、13のメニューを「整理」し「拡張」したことによって成功した好事例といえるのではないだろうか。


文/西村紗智(2026/3/10)