【寄稿】2040年を見据えて社会とともに歩む
私立大学の在り方検討会議
審議のまとめ
文部科学省高等教育局私学部私学行政課長
三木忠一
【1】はじめに
日本社会の急激な少子化の進行や科学技術の進展など社会や産業構造が大きく変わりつつある中、高等教育需要や社会の要請に応えた教育を大きく担ってきた私立大学の在り方が、大きな転換点を迎えている。その際、私立大学は、これまで以上に、社会とともに歩む視点を大切に、建学の精神に基づく強みや持ち前の機動力を生かしつつ、教育や研究、地域貢献を充実することが期待される。
この度の検討会議では、中教審の答申をもとに、私立大学の振興のための政策の方向性について、大学関係者のみならず、自治体や経済界の方々に参画いただき、経産省や総務省の担当官もオブザーバーとして参加いただきながら、議論を行っていただいたものである。
【2】背景、私立大学を取り巻く環境や課題意識
我が国を取り巻く環境は様々変化をしているが、とりわけ、今後の私立大学の在り方を考えるうえでは、次の三つの視点を重視していくことが欠かせない。
第一は、産業構造・労働需要の変化である。デジタル化の加速度的な進展と脱炭素の世界的な潮流は、これまでの産業構造を抜本的に変革させ、労働需要の在り方にも変化をもたらすことが予想されている。現在の人材供給のトレンドが続いた場合、職種間、学歴間によってミスマッチが発生するリスクが指摘されている。具体的には、職種間のミスマッチとして、AI・ロボット等の活用を担う人材が約340万人不足するリスクが、学歴間のミスマッチとして、事務職で需要が減少し大卒文系人材は約80万人の余剰が生じる可能性があるとされている。
第二は、人口減少である。地域別の人口推計では、南関東(埼玉、千葉、東京、神奈川)においては、今後も一定水準を維持すると見込まれる一方で、それ以外の地域では人口減少が続くことが見込まれており、特に、四国、北海道・東北、北陸では減少割合が高く、2050年時点では2020年時点の3/4弱程度まで減少すると見込まれている。大学進学者数については、2021年の62.7万人から、2035年には約59.0万人に、2040年には約46.0万人にまで減少すると見込まれており、地域別の人口推計を踏まえると、地方においてその影響は顕著となることが予測される。
第三は、大学の分野別割合の現状である。産業構造・労働需要の変化等に対応していくための理工農系人材が求められる一方、国公私立を通じた大学の理工農系入学者の割合は17%であり、この水準は、諸外国の中でも低位にあるとともに、OECD平均の27%よりも大幅に低い状況にある。特に私立大学は、人文科学及び社会科学が約半数を占めており、文系に偏っている状況にあり、地域の人材ニーズや将来的な就業構造の変化、労働需要等も踏まえた文理のバランスのある構造転換が求められる。
こうした背景等を踏まえ、中央教育審議会答申「我が国の「知の総和」向上の未来像~高等教育システムの再構築~」(令和7年2月21日)においては、「知の総和」を向上することが必須であり、「知の総和」の向上のためには、教育研究の質の向上、社会的に適切な規模の高等教育機会の供給、地理的・社会経済的な観点からのアクセス確保等によって高等教育の機会均等の実現を図ることが必要であることが示された。
この知の総和答申を踏まえ、令和7年3月に「2040年を見据えて社会とともに歩む私立大学の在り方検討会議」を開催し、地域の人材育成に向けた私立大学の役割や急激な少子化を見据えた大学経営の在り方、国際競争力の強化に向けた私立大学の役割等について集中的に議論を進め、同年12月に最終回を迎え、審議のまとめをとりまとめたところである。

【3】私立大学振興のための方策について
学部学生の約8割の教育を担うとともに、エッセンシャルワーカーや産業人材等の育成、国際競争力強化に資する研究振興、地域創生など様々な観点で重要な役割を果たす私立大学の教育研究の充実は、「知の総和」の向上に資するとともに、経済社会・国民生活の向上にも貢献している。このため、基盤的経費をはじめとする支援の拡充は不可欠であるとしたうえで、地域経済の担い手となる人材の輩出やエッセンシャルワーカーの養成、研究環境の充実、理工農系分野における人材育成、大学の教育研究の質の向上に向けた取組等の、観点に応じたメリハリ・重点化への転換を図ることも必要である。
こうした背景・基本的認識を踏まえ、審議のまとめでは、以下に示す4つの柱に基づく転換を進めていくべきことが提言されている。主なポイントを紹介する。

(1)地域から必要とされる人材育成を担う地方大学の重点支援への転換
地方大学は、地域社会の存立に不可欠であり、大学の偏在も指摘される現在においては、特に地方における高等教育のアクセスを確保するための施策を講ずる必要がある。そのためには、それぞれの地域における地方公共団体と高等教育機関の連携が不可欠であり、国は、地域構想推進プラットフォーム等への支援・関与を行いながら、各地域の生活・産業基盤の維持向上のための人材需要等を踏まえた実効的な地域アクセス確保のための取組や地方創生の取組の創出のための高等教育の将来像等の認識を共有していくことが求められている。地域構想推進プラットフォーム等において、大学等、地方公共団体、産業界等の地域関係者が一体となって、地域の人材育成や高等教育のアクセスの在り方を検討していくとともに、地域経済の担い手等を育成する地方中小規模大学への私学助成の重点化や地域の高等教育の将来像に基づく取組を行う私立大学への支援を実施する必要がある。
(2)日本の競争力を高める教育研究を担う大学の重点支援への転換
最先端科学技術立国の実現を目指し、我が国の国際競争力を強化していくにあたり、私立大学が独自の建学の精神に基づき創意工夫を凝らす中で新たな領域を開拓していく力は極めて高く、その潜在的な力を最大限に伸長するとともに、国立・私立の設置者別ではなく、研究力や専門人材の養成を期待される大学が切磋琢磨し、世界をけん引するイノベーションを創出する環境の構築が必要である。イノベーション創出の源泉となる若手研究者が量・質ともに充実するよう、裾野の拡大に向けて、大学院の教育研究環境の充実や産業界等との連携による幅広いキャリアパスの開拓等による修士・博士課程等の学生の増加や若手研究者のポストの拡充を図るとともに、研究環境の充実に向け、設備・機器等のアクセスを容易にすることや研究に専念できる環境を構築することなどが必要である。加えて、産業界のニーズに応じた人材育成や国際競争力の強化につながる研究開発を推進していくために、産学連携から産学融合による共同研究・共同教育を実現していくべきである。
また、主として学部卒で就職する学生を輩出する大学等においては、文理のバランスある構造転換を図り、産業ニーズや就業構造の変化に適切に対応した教育を実施し、地域の経済成長に貢献していくことが求められる。また、デジタル・グリーン等の成長分野や国土強靱化に資する分野における人材不足に対応し、我が国の持続的な成長・発展を実現するため、理工農系に対する重点支援を通じて十分な教育研究環境を構築し、私立大学における理工農系人材の育成機能の強化を図ることが必要である。
(3)再編・統合等による規模の適正化に向けた私立大学の経営改革強化への転換
学校法人の経営力を強化するため、学校法人の経営方針や経営状況を踏まえた計画的な資産運用や寄付金収入の拡充、産業界等との連携による受託事業収入の増大等による財源の多様化が必要である。この点は、学生納付金収入への依存を下げ、いわゆるマスプロ教育から脱却する観点からも重要であり、ST比の改善等を通じたPBLや少人数の指導等を実現していくことにも資するものである。また、法人経営の持続的な健全性を確保するとともに、大学が、社会的な要請に応えていく観点から、学校法人経営の特殊性を踏まえたうえで、理事長をはじめ、理事、監事、評議員が、私立学校法等の法令の理解を深め、運営していくことが重要である。
経営状態が大きく悪化した段階では、社会の変化に対応した学部への改組等の経営改善に向けた改革手段を取り得るだけの余力がないことが想定されるため、経営改善のためには経営悪化の兆候が見られ始めた早期の段階からの検討・取組が重要である。このため、文部科学省の経営指導をより充実・強化する観点から、学校法人の経営状況の評価指標を再検討して、経営指導の対象とする法人数を拡大するとともに、評価段階に応じた体系的な経営改革のシステムを構築することが必要である。併せて、組織経営やコンプライアンスに通じた弁護士等の専門家を学校法人の学外理事として起用していくよう促していくことも求められる。文部科学省は、今後、私立学校の自主性を尊重する姿勢は維持しつつも、他法人との連携・合併及び撤退に向けた支援や、撤退により学生・卒業生が不利益を被ることがないような仕組みの構築など、円滑な縮小・撤退等に向けて様々な備えを用意しておく必要がある。
(4)教育研究の質の向上に向けた重点支援への転換
AI・ロボット等の技術革新に対応し、将来的な産業構造の変化に応じて、職種間、学歴間のミスマッチを解消していくためには、理系転換、文理横断・文理融合教育を推進していくことが重要である。また、大学と、高等学校段階までの教育機関や産業界、地方公共団体等とが、人とAIとが共創するための人材をどのように育成するのかといった教育の将来像を共有し、各教育段階を一体的に設計し、一貫した改革を推進するとともに、各主体が連携・協働して、我が国全体や地域の生活・産業の向上に向けて取組を進めていくことが求められる。
大学院の拡充に当たっては、ともすれば研究者養成に力点が置かれていた既存の大学院とは一線を画して、修士・博士人材が、その深い専門知識と汎用的能力をもって社会や地域の課題発見・解決のリーダーとして多様なフィールドで活躍する社会の実現に向け、産業界と大学との共同教育の導入や産業界からの実務家教員等の導入促進等、産業界のニーズも踏まえた高度人材の育成を進めるべきである。
その際、大学においては、技術が短命化し、技術革新が早まる中で、現在の産業構造に適合するのみでなく、新たな価値の創造等、将来を見据えた戦略を持って取り組むべきである。大学と産業界とが、人材像や必要な教育内容、体制等について議論・共有し、目的実現のために、産業界から大学等への人的・財政的支援につなげていくための検討の場の構築も求められる。

【4】今後を見据えて私立大学に期待すること
審議のまとめの「さいごに」の部分には、私立大学への大きな期待が示されている。すなわち、学部生を中心に最も多くの学生が在籍しているのも私立大学であり、私立が動くことで高等教育が動くと言っても過言ではなく、その改革については、各大学において時期や目標が設定され、成果を取組に反映していくプロセスが確立されることが重要であり、文部科学省は、私立大学の挑戦がスピーディーに着実に進むよう、大学の現場の柔軟な視点も持って、施策を行っていくべきと提言いただいた。
現在、文部科学省では、中教審答申や審議のまとめに沿って施策の実行を進めているところであり、さらには、政府全体の成長戦略の実現に向けて、関係省庁とも連携しつつ、高校から大学・大学院を通じた教育改革の議論を行い、人材育成方策について取りまとめていくこととしている。
検討会議での議論を行っていただいている間、様々な方からご意見をいただいた中で、私は、ある大学経営者の方が、私立大学の「不易流行」の重要性をおっしゃっておられたことが印象的であった。私立大学がそれぞれの強みを問い直し、強化・特化しつつ、国内外の社会の変化と期待に応えるように果敢に実行していく。このような私立大学を国も社会も応援していきたい。
2040年代やその後も、私立大学が、社会とともに歩む存在として、引き続き高等教育アクセスや人材輩出について重要な役割を担うとともに、地域の知の拠点としての機能を十全に発揮していくことを期待する。
