DX、GX、半導体産業の発展がどのような変化をもたらすのか/産業界から見た理工系人材ニーズのギャップと今後

社会が求める理系人材のニーズとは何か。社会の視点から見た実態について、『スキル可視化で開く日本の労働市場』を公表している三菱総合研究所の山藤昌志氏と薮本沙織氏に伺った。同社はマクロな視点での人材需給推計に加え、タスク単位での分析を通じ、単なる人数不足ではない「スキルのミスマッチ」という本質的な課題を提起する。


三菱総合研究所 政策、経済センター 主席研究員 山藤昌志  氏


❶ 今後顕在化するのは単なる人数不足ではなくスキルのミスマッチ

図1:2020~35にかけての労働需給バランス(MRI推計)/働き手の減少が避けられないが確実にやってくる

 日本の労働市場は今、人口減少という抗いようのない構造変化の渦中にある。三菱総合研究所(MRI)の山藤昌志氏は、2020年から2035年にかけての労働需給バランスの変遷をこう説く。「日本の人口減少、労働力の減少というものが、いよいよ顕在化して深刻化します。退出するシニア層に対し、新規流入する人材の数が圧倒的に足りなくなってくるのです」。MRIが2023年9月に公表した推計によれば、この15年間でリタイア等により労働市場から退出するシニア層は2280万人に達する一方、新たに流入する新卒人材は1780万人に留まり、そこには500万人もの開きが生じる。2015年頃からは女性やシニアの労働参加率向上が供給を支えてきたが、もはやそれも限界に近づいており、250万人の就業者増を見込んだとしても、トータルの供給力は240万人減少する見通しだ。

 一方で、労働需要は日本経済の一定の成長を見込んだ場合、新たな産業領域で拡大を続ける。経済活動の維持に200万人、GX実現に270万人、DX実現に470万人、そして経済安全保障の要たる半導体産業再生に20万人の人材が必要となる。これに対し、生成AIを含むDX雇用影響による省人化効果(970万人減)や、GX実現に伴う就業者減(30万人減)というマイナス要素を差し引いた結果、2035年にはトータルで190万人の人材が不足する計算となる。山藤氏は、「この総体としての190万人不足以上に深刻なのが、単なる数ではなく質、つまりスキルのミスマッチ、人材のミスマッチの部分です」と語る。

労働力人口の減少と新たな産業ニーズの台頭がもたらす190万人の深刻な需給ギャップ

図2:2040 年に予測される職種間・学歴間の需給ミスマッチ/大卒・院卒で理系が124万人不足、文系は76万人余剰

 経済産業省のデータ(図2)を紐解くと、2040年に予測される職種間・学歴間のミスマッチはより鮮明になる。専門職全体では181万人が不足し、その内訳を見ると「AI・ロボット利活用人材」は339万人もの大幅な不足に陥る。学歴別でも「大卒・院卒(理系)」が124万人不足する一方で、「大卒・院卒(文系)」は76万人の余剰が生じるとされており、理系人材の確保が国家の成長を左右する事態となっている。需要の内訳を細かく見ると、DX実現に必要な470万人の背後には、省人化というマイナス方向の効果と、DXを実現するために新たに生まれるプラス方向の需要という、巨大な二つの力がせめぎ合っている。

 さらに山藤氏は、より直近の試算についても言及している。「2023年の推計時点では考慮していなかったAIエージェントの進化やロボティクスの実装効果を盛り込んだ最新の試算では、2040年時点でむしろ人が総体として余ってくるという、より極端な結果も出ています」。日進月歩の技術進歩が省人化を加速させ、単純な人手不足から「求められるスキルが急変し、古いスキルを持つ人材が余る」という状況への転換が早まっているというのだ。この予測の変動そのものが、理工系教育が目指すべき方向性の難しさと重要性を物語っている。

生成AIの進展により浮き彫りとなる「人間ならでは」のコミュニケーション能力の価値

図3:同じ理系職種でも生成AIのインパクトは大きく違う

 現在進行中の変化のなかで、最も注目すべき変数は生成AIの影響である。「同じ理系の職種でも、生成AIのインパクトは大きく違います」と山藤氏は指摘する。図3に示す比較は象徴的だ。コンピュータシステムアナリストは、プログラムコードのエラー修正やシステムのトレーニング、新しい機器やソフトウェアの推奨といった全23タスクのうち9タスクがAIによって遂行可能とされ、就業時間ベースで実に50%が代替される可能性がある。山藤氏は「いわゆるプログラマー的な人材はいらなくなる、という状況が既にIT業界では顕在化し始めています」と語る。

 対照的に、ITプロジェクトマネージャーの代替率はわずか6%に留まる。この差を分けるのは「コミュニケーション」や「対人折衝」タスクの比重だ。山藤氏は「何が人間のスキルとして残るのか。意思決定を伴うものや、倫理的な判断が求められるタスクは、最後は人間が担うことになるでしょう」と分析する。ただしAIの進化は止まらず、「意思決定をサポートする情報収集や、意思決定に近いことまでAIができるようになってくる。境界値は徐々に移っていく」ため、人間がどこで存在感を出すべきかを常に問い直す必要がある。

 また、プロジェクトマネジメントのような職能について、山藤氏は「部下との対話や働き方の調整といったタスクは、AIができるから即代替させるという単純なものではない」と述べる。AIによる業務侵食によって人間が不安を覚える状況を察し、人間とAIの役割分担を調整する役割は、技術知識以上に人間への深い洞察力が求められる。「理系の知識以外のところが、実はそこでも求められ、重要になってくるのです」と山藤氏は説く。

 さらに「単純な計算や分析といった昔ながらの理系スキルだけに依存していると、AI時代には市場からあぶれてしまう懸念があります。これからは専門的な技術力に加えて、コミュニケーション能力やポータブルスキルといった『理系知識以外のところ』を掛け合わせ、人間対人間の働き方を調整できる人材こそが求められるのです」という。教育機関は、AIを排除するのではなく、AIに任せられる部分と人間が注力すべき高度な判断業務を随時切り分けられる、柔軟な適応力を持った人材の育成を急がねばならない。状況変化に対応して「明日から俺達はこっちをやろう」と舵を切れる判断力こそ、次世代の理系人材に不可欠な素養と言えるだろう。

❷ 人材不足が予想されるDX、GX、半導体。ポータブルスキルがより重要に

 「デジタル」「グリーン」「半導体」という成長3分野を牽引する理工系人材には、単なる技術的専門性を超えた、より高い解像度の資質が求められている。まず、DX人材の需給について山藤氏は、現在日本で最も需要が高く、かつ決定的に不足している人材類型として「ビジネスストラテジスト」を挙げる。

 これは、単にプログラミングやシステム構築ができる人材を指すのではない。山藤氏は「自社のビジネス構造や課題を分析し、デジタル技術をどう活用して価値を作るか。そこをリードしていくビジネスノウハウを持った人材が必要です」と、その本質を語る。プログラマーのような技術職と比べ、スキルの可視化や資格化が困難ではあるが、IPA(情報処理推進機構)が定める「デジタルスキル標準」においても、現在整備が進められている。MBA的な議論を通じて戦略を自分のものにし、テクノロジーをビジネス価値に転換できる力が問われている。

問われるのはビジネスとデジタルを接続する戦略的思考と多領域を統合する力

 次にGX分野である。図1ではGX実現に270万人の人材が必要と推計されているが、その内訳を山藤氏が詳細に分析すると、意外な事実が見えてくる。山藤氏は「GX人材の要件を分解してみると、実は情報系・IT系人材の要件がかなり多く含まれています」と指摘する。

 各企業の脱炭素化、特に製造業における取り組みは、まず排出量の「可視化」から始まる。このプロセスを担えるのはデジタルの知識を持つ人材であり、GXとDXは実態として強く重なり合っている。山藤氏は、GX分野のコア人材について「細分化された現場の専門知識に精通していることも重要だが、それらを取りまとめてインパクトを測定し、社会全体の課題へと接続できる統合的な人材こそが求められている」と説明する。ここでも、対面での調整や合意形成を行うコミュニケーションスキルが不可欠な要素となっている。

 半導体分野においては、高度な設計を担う専門技術職と、工場の「生産工程人材(現場人材)」の両面で深刻な不足に直面している。三菱総合研究所のシミュレーション(図4)によれば、他業界から類似スキルを持つ人材を流入させる試みを踏まえても、最も需給が埋まらないのは生産工程の人材であるという結果が出ている。

図4:2035年にかけての半導体セクターへの人材流入(MRI試算)/専門技術職と生産工程人材の両面で深刻な不足に

 山藤氏は「短期的、かつ大きなロットで必要となるのは現場人材です。そこでは従来の理工系知識に加え、輸出管理やコンプライアンスといった、これまで理系スキルとは見なされなかった分野の重要性も高まっています」と述べる。米国のデータ分析でも、現場のエンジニアに対してこうしたコンプラ系のスキルが強く求められる傾向が確認されており、理工系教育においても「法制度や社会ルール」という視点の導入が必要となっている。

理工系知識にコンプラ等の汎用スキルを掛け合わせた「現場の高度化」への対応

 自動車産業等他業界の経験者を、研修プログラムを通じて半導体現場へ再配置する動きも出ているが、業界をまたぐ流動化には依然として高いバリアが存在する。山藤氏は、どの成長分野においても「AIに代替されないポータブルスキル」の掛け合わせが生き残りの鍵になると強調する。

 例えばプロジェクトマネジメント業務では、AIがタスクの一部を担うことで現場の人間が不安を覚えることもある。そうした人間心理や働き方の変化までを視野に入れ、人間とAIの役割分担を調整する力は、技術知識だけでは補えない。山藤氏は「理系人材であっても、人間ならではのタスクとは何かを常に自問し、最新のAI技術をツールとして使いこなしながら、高度な判断に注力できる人材像」を目指すべきだと結論づける。専門領域を深掘りするだけでなく、それを実社会やビジネスの課題へと「接続する力」こそが、今、産業界が理工系人材に求める真のニーズなのである。

❸ 理系人材の流動化を図るには「スキルの可視化」が大きなポイントに

図5:技術者活用を踏まえた都市・地方別の労働需給率の見通し(MRI試算)/地域・都市によって異なる労働需給ミスマッチ

 人材需給のミスマッチは、単なる産業間の問題に留まらず、地域間でも大きな格差を生んでいる。三菱総合研究所の試算(図5)によれば、政令市を中心とする大都市圏と地方では、将来の労働需給率の見通しが対照的である。山藤氏は、その背景にある生成AIの影響を次のように分析する。「大都市圏においては、事務職や管理職といった、生成AIやAIエージェントによる代替が可能なタスクを持つ職業が集中しています。そのため、2040年には理論上、人が余ってくるという推計結果が出ています。一方で、物理的な所作を伴う生産職やサービス職が多い地方では、機械による代替が進みにくいため、人材不足はより深刻化するのです」。この歪みを解消するために、地方大学が果たすべき役割は極めて大きい。しかし、現状では地方の大学を卒業した人材がさらなる就職先を求めて大都市圏へ流出する構造が定着してしまっている。山藤氏は、「大都市と地方の間に大きな賃金格差が残る中で、人材流出を止めることは容易ではありません。しかし、地方大学には、地元の産業課題に対応し、フィジカルAI等を活用して現場の生産性を上げられる理工系人材を定義し直すことを通じて、地方に人材を留める努力が求められます」と提言する。単にITスキルを教えるだけでなく、地域産業の現場知識と最新のテクノロジーを掛け合わせ、地域に還元される形で活躍できる人材を育成する教育カリキュラムへの適合が不可欠である。

地域産業の課題に即した理工系人材の再定義と地方大学が担うべき新たな教育カリキュラム

 ミスマッチ解消を阻むもう一つの大きな壁は、企業間や産学間で「スキルの概念」が共有されていないことにある。山藤氏は、「これまで日本の企業は、個々の社員が何ができるのかをスキルベースで十分に可視化・棚卸ししてきませんでした。その結果、リスキリングの方向性も見えず、人材の再配置が進まない状況に陥っています」と指摘する。

図6:「理念の共有」と「スキルの可視化」を両輪とする情報開示・共有の枠組み

 図6が示すように、日本版ジョブ型人事を推進するうえでは、「理念の共有」とともに「スキルの可視化」が経営の重要な柱となる。山藤氏は、より広域なスキルの共通化の必要性を強調する。「個社レベルでのスキル体系化は不可欠ですが、それだけでは業界を超えた人の移動は生まれません。国が主導する『job tag(日本版O-NET)』等を活用し、産業界全体、さらには教育セクターとも同じ目線で話ができる『スキルベースの共通言語』を構築・シェアしていくことが必要条件となります」。

 これに対応し、高等教育機関には、産業界が求めるスキル体系と学位や単位を接続する柔軟なカリキュラム開発が求められている。特に社会人を対象としたリカレント教育において、特定の講座を履修することでどのようなスキルが証明され、どのポジションに繋がるのかを明示することは、人材流動化を促す強力なインセンティブとなる。

 山藤氏は、「教育セクター側が産業界の求める学びにピンポイントで応えられるよう、産学の接続を深めていかなければなりません」と語る。

産学官が連携し「スキルベースの共通言語」を構築することで実現する高度な人材流動化

三菱総合研究所 組織、人材戦略本部 主任研究員 薮本沙織 氏


図7:スキルベース共通言語の構築・連携・活用に向けた6つの提言

 さらに、理工系の高度専門人材である博士人材と、潜在能力の高い女性人材の活用は、日本の競争力維持に直結する課題である。博士人材について、教育政策の調査に携わる薮本沙織氏は、企業側の博士人材の解像度の低さと、産学間の情報共有不足を指摘する。「企業トップは博士活用に関心を持っていますが、採用現場では『修士で十分』『学部で十分』という意識が根強く残っています。しかし、博士が持つ『未知の領域で問いを立て、ゼロからイチを生み出す研究プロトコル』は、産業界のあらゆる場面で通用する高度な汎用能力です」。

 薮本氏は、文部科学省が推進する「ジョブ型研究インターンシップ」の取組を評価しつつ、より緻密なマッチングの必要性を強調する。「登録学生の研究分野をみると、最多であるのが生物学系であるのに対し、企業のインターンシップ求人では情報科学が最多となっています。しかし、同じ生物学でも、実験・シミュレーション中心の手法で研究する(いわゆるドライ・ラボ系の)研究者は、企業のDXニーズに合致するポテンシャルを持っています。このように博士人材についての解像度を上げ、産学で情報を共有していく必要があります」。

 女性人材の確保についても、山藤氏は「コミュニケーション能力に長けた女性が理工系の専門知識を掛け合わせれば、AI時代に最も存在感を発揮できる可能性があります」と期待を寄せ、大学側が募集段階から女性を増やすための特別な投資を行う必要性を説く。

 最後に、薮本氏は「産学連携によるカリキュラム検討には、来年企業が採用したい人材育成を議論するのではなく、5年、10年先の企業の未来を見据えた議論が必要です。時には挑戦的な教育プログラムも、政府が中長期的な政策目標を示し、それを産学で解釈しながら、時には挑戦的な教育プログラムを実装していくことが求められる時代となりました」と締めくくった。産学が共通言語を持ち、未来を議論し続けること。それこそが、スキルのミスマッチを解消し、日本の理工系人材育成を前進させる唯一の道である。




【COLUMN】イノベーション創出のカギを握る博士人材・女性理工系人材への産業界のニーズ

 日本経済団体連合会(経団連)が2024年2月に実施したアンケート調査(図8-10)によれば、理工系女性従業員や博士人材に対する産業界のニーズは、現段階で極めて高いことが裏付けられている。理工系女性従業員の採用方針について、企業の63.9%が今後5年程度を見通して「拡大する」と回答しており、「減らす方向」と答えた企業は0%であった。特に学士から博士まで一貫して、理学、工学、そして数理・データサイエンス・AIといった成長分野の専攻人材を積極的に採用したい意向が明確に示されている。

図8:理系博士人材の採用選考基準として専攻分野の専門性以外に重視すること(最大5つまで複数回答)/ゼロからイチを生む力を重視

図9:今後5年程度先を見通した、理工系女性従業員の採用方針/6割以上が女性採用を強化

図10:特に積極的に採用したい理工系女性の専攻分野/成長分野の専攻人材への採用意向が強い

 また、理系博士人材の採用選考基準において、専攻分野の専門性以外に重視することとして「課題設定・解決能力、探究力(82.8%)」や「研究遂行能力(73.7%)」が上位を占めている点は注目に値する。これは、企業のイノベーション創出において、博士課程で培われる論理的思考力や、困難な課題を自ら定義し解決に導く「研究プロトコル」そのものが高く評価されている証左である。

 薮本氏は、「企業側も、博士人材がもたらす『ゼロからイチを生む力』の価値に気付き始めています。博士が持つ、ハイレベルでユニークな能力・経験を、アカデミアの研究者のみに適したものとして捉えるのではなく、産学が密に連携して多様なキャリアパスを提示していくフェーズに来ています」と語る。

 さらに図8に示される「主体性(62.6%)」や「チームワーク、リーダーシップ、協調性(49.5%)」といったソフトスキルへの期待も大きく、高度な専門性とポータブルスキルを兼ね備えた人材の輩出が、産業界の切実な願いとなっている。大学と企業がより高い解像度でニーズを共有し、5年、10年先を見据えた対話を常態化させることが、日本の競争力を支える礎となるだろう。



【印刷用記事】
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