私立大学等における新増設・改組の現状まとめ(入学定員の充足状況_前編)
リクルート進学総研
研究員 西村紗智
2020~2024年度に新設された大学・学部・学科(以下、新学科等)の入学定員の充足状況について、リクルート進学総研「入試実態調査」のデータを使い、分析を行った(専門職大学を除く、分析単位は学科)。
- 2024年度に私立大学で新設された学科(N=111)の充足率は81.1%、過去最低水準
- 過去5年間の定員充足状況を見ると、大規模校(入学定員1000人以上)、南関東エリア、「理・理工・工・農」系統のみ高位安定
- 開設初年度から完成年度までの間に、充足率は緩やかに低下
1)2024年度入学定員の充足状況(全体・新学科)
➡全体の充足率は98.6%(24年度)、新学科は89%(24年度)。
新学科等の分析に入る前に、全体傾向を確認しておきたい。入学定員の平均充足率(以下、定員充足率)は2020~2024年度の5年間で、101.6%→98.6%へ3ポイント低下している。設置者別に見れば、国立大・公立大が102~105%と高位安定しているのに対して、私立大(以下、私大)が100.8%→95.1%と、5.7ポイント低下している。私大は2023年度は98.4%であったため、1年で3.3ポイント低下したことになる。
表1 設置者別入学定員の充足率の推移
新学科の初年度の入学定員の充足状況を、同様の年度で整理した。20年度は全体で99%の充足率だったが、24年度には85.0%と、90%を切る結果となった。特に私大は、98.8%(20年度)から81.1%(24年度)に5年で17.7ポイント低下している。2021年度が88.3%であったのは、コロナの影響で認可が全体で2カ月後ろ倒しとなり、制限の多い状況下で学生募集を行う影響が大きかったと推察される。また、この年度は認可申請による医療系の新学科設置が例年よりも多く、コロナ初期のエッセンシャルワーカー養成課程は全体的に学生確保の難易度が高かった点も特筆しておきたい。その後は94.0%(22年度)、92.0%(23年度)と若干上向いたが、直近の充足状況は81.1%(24年度)であり過去最低水準まで低下している。
表2 新設学科の初年度入学定員の平均充足率(右はN数)
2)設置形態、手続別、新学科の入学定員充足状況
➡大学設置、設置認可の場合は、低水準。設置届出による学部学科設置は、22年度までは高位安定していたが、直近で大幅に低下。24年度は77.4%。
設置形態(大学設置・学部設置・学科設置)や手続き(設置認可、設置届出)の違いによって、定員充足状況に違いがあるかを見ていきたい。
大学設置(認可申請)の場合は、設置の絶対数が少ない。充足状況は83.1%(20年度)→112.9%(21年度)→81.6%(22年度)→(2023年度は該当なし)→92.3%(24年度)であった。短期大学や専門学校を有する法人による新規参入が主な設置者である。
学部設置、学科設置、その他(専攻設置)の充足率は、20年度から22年度まではほぼ同程度の水準で推移しており、設置形態別に差は見られない。ただし、学科設置は、93.5%(22年度)→88.8%(23年度)→77.4%(24年度)と、3年間で大幅に低下した。学科設置は学部の規模拡充を目的に行われる。
表3 設置形態別_私立大学の新設学科の初年度入学定員の平均充足率(右はN数)
手続き別の傾向を見ていこう。認可申請の場合は、93.1%(20年度)→59.3%(21年度)→81.8%(22年度)→89.4%(23年度)→86.5%(24年度)であり、全般的に低水準である。認可申請は、既設学部等の学位の分野にはない新分野を設置する際の手続きであり、マーケットへの「新規参入」を企図して行われる。
設置届出の場合は、99.8%(20年度)→95.7%(21年度)→96.6%(22年度)→92.5%(23年度)→79.6%(24年度)と急速に低下した。これまでは認可申請に比べて充足状況は良く、申請手続きが簡略化されるが新規性を打ち出しにくい点が課題であったが、直近の1年で12.9ポイント低下し、充足見込みを立てやすい改組とは言えなくなった。
表4 設置手続き別_私立大学の新設学科の初年度入学定員の平均充足率(右はN数)
変化の背景を考えてみたい。大学設置(認可申請)の場合は、認可まで(開設前年の8月末)は「設置審査中」のステータスで学生募集のPR活動を実施しなければいけない。不確定な状況下で、積極的なPR活動を実施する心理的ハードルは高いであろう。また、卒業生や就職実績等のアピールができないため、卒業後の進路イメージに説得性を持たせにくい。専門学校進学層を大学進学に動機づけなおす必要がある等、個別の事情が存在するケースもある。学生募集活動(推薦入試の調整等)は、認可後でないと実施できないため、指定校推薦や公募制、総合型選抜等の調整や出願受付が短い等、募集活動時期や期間の制約が、初年度募集へ与える影響は大きい。
学科設置は、新学部設置に比べて、相対的に目立ちにくい。また、既設学科の教員やコース等の「編み直し」に留まっているケースも散見される。教育の中身の刷新や、入試、卒業後の進路等、「新組織ならでは」の特色(新規性)に乏しく、適切な募集広報予算が付されない等、学生募集の好転のための、十分な計画(準備)が伴わなかったのではないかと推察している。
設置形態や手続きに拘わらず、新学科の設置には、既設の学部学科の受験とは異なる志向を持った受験生へのアプローチが欠かせない。いわゆる「新規開拓」である。既設ルートからの流入確保に終始してしまい、新規層獲得の計画や十分なリソースの確保が伴わなければ、大学進学者の減少期において定員の確保は難しくなる一方であろう。
また、再編の対象となるのは「学生確保」の観点で、何らかの課題を抱えている既設学科が多く、募集力が低下している状態で再編構想に着手することになる。募集状況が「まだ手遅れにならない」うちに、打ち手をとれたか否かも重要なポイントであったのではないだろうか。
届出による学科設置は、既設分野の発展的な改組を、簡略化された手続きで設置できるため既存のマーケットを残しつつ、発展部分を開拓できる方法である。しかしながら、24年度には79.6%まで充足状況が悪化していることをみると、既存マーケットの減少幅が想定以上に大きく、新規開拓で相殺することの難しさが伺える。既設の学部学科ではできないことをやるために、「新たに」学部学科を設置する必然性、またその蓋然性を、「明瞭」に訴求し、新規層へのアプローチにリソースを割く意思決定が必要になってくるだろう。
3)エリア、学問系統別
➡南関東のみ、高位安定(24年度、90.8%)。
➡「理・理工・工・農」系統のみ高位安定、かつ継年で上昇傾向。
「法律・政治・経済」系統は低減、「スポーツ・医療・健康」系統は安定、「工学・建築・技術」系統は上昇。
エリアによる傾向の違いは、地域と開設年度別のN数の収集状況のバラつきが大きく、データ分析は困難であったため詳細の掲載は見送った。そんななか南関東は、101.2%(20年度)→88.8%(21年度)→96%(22年度)→100.1%(23年度)→90.8%(24年度)と、相対的に高い水準で充足しており、比較的安定した地域であるといえよう。
学問系統別においても同様にN数の確保の関係で詳細の掲載は見送るが、N数が一定数以上収集できている代表的な分野のみ紹介する。「経済・経営」系統、「文・人文・外国語」系統は、全体傾向にほぼ同じく、低減。「理・理工・工・農」系統は比較的高位安定。「保健・衛生」系統も堅調といえよう。経年による上昇傾向がみられたのは、「理・理工・工・農」系統のみである。
4)大学規模別
➡大規模(1000人以上)は高位安定。規模による充足状況の差が広がる(24年度)。
大学の入学定員の規模を5段階に分け、規模別の傾向を確認した。最大規模(3000人以上)の場合、100.3%(20年度)→104.5%(21年度)→100.4%(22年度)→101.6%(23年度)→(24年度は該当なし)であり、高位安定している。2番目の規模(1000人~2999人)の場合も、93.9%→91.0%→107.8%→100%→86.5%と、ほぼ同様であった。一方、最小規模(~299人)の場合は、92.7%→67.3%→72.8%→58.5%→89.7%と、バラツキが大きい。N数は例年10~20件程度あり、一定規模の新学科が設置されるも、定員充足が容易ではない状況にあるといえる。
表5 大学規模別_私立大学の新設学科の初年度入学定員の平均充足率(右はN数)
5)開設年度別、完成年度までの充足率
➡20年度開設案件は初年度99%であったが、完成年度で92%まで低下。初年度の募集力の持続は困難かつ、初年度の充足状況がその後に大きく影響。
開設年度別の、初年度からの1年ごとの充足状況を経年で確認した。20年度開設の初年度は98.8%、2年目に95.0%、3年目も95.3%、4年目(完成年度)に92.3%となった。21年度開設の場合は、同様に88.3%→90.5%→88.7%→87.4%と、20年度の開設学科同様に漸減(または低位維持)し、初年度の募集力が緩やかに低下していくことが窺える。21年度(コロナ禍)を除いて、学年進行中に充足率が上向くことはあまりなく、初年度の充足率とほぼ同水準(または漸減)で推移しており、初年度充足率でその後の募集状況がある程度想定されてしまうことを示している。
表6 開設年度別_私立大学の新設学科の完成年度までの入学定員の平均充足率(右はN数)
以上、前編では現状把握を目的に、全体傾向、設置形態別、手続き別、エリア別、規模別のデータの確認を行った。後編では、新学科設置における学生確保マーケティングの観点について考察したい。
※後編は11月下旬掲載予定