ジョブ型雇用 新卒採用の今後の方向性と高等教育機関に求められる変化 白井正人


マーサージャパン 白井正人氏


人材を社会に輩出する高等教育機関にとって、ジョブ型への移行をどのように捉えていくべきか、教育あるいは学生のキャリア支援にどのように向き合うべきなのか。組織・人事領域の経営コンサルティングの専門家であるマーサージャパンの白井氏に寄稿頂いた。

世界的に見てユニークな雇用システム

 日本の新卒採用慣行は、日本独自の雇用システムの重要な一部を成しており、世界的に見てもユニークである。しかし、その雇用慣行を長く当然のものとして捉えてきた多くの日本人にとっては、何がユニークなのか理解が難しい。

 「今の新卒一括採用は問題だ」という論調は良く耳にするが、ある特定のタイミングで大量採用していることが問題なのだろうか、ある特定のタイミングで大量入社することが問題なのだろうか、はたまた、採用時に何をするかが決まっていないことが問題なのだろうか。

 ここでは、日本における新卒採用にどのような問題があるのか、今後はどのような方向に向かって行くのか、またそれが、高等教育機関にどのように影響を与えるのか、について考察したい。まずは、日本の新卒採用のユニークな点を理解するために、新卒採用活動の持つ特徴や構造を明らかにしてみよう。

優秀人材との一期一会の機会~新卒採用

 日本の新卒採用活動は早い。2021年現在、最も早く動く企業群では、大学3年生の夏に採用活動を開始する。インターンという名目がある場合は、実質的により早く活動を開始しているケースもある。海外では違う。もちろん、早めのアクセスを企業側、学生側共に行うことはあるが、卒業間際、ないしは卒業後に就職活動することも珍しくなく、そのタイミングは学生個人の判断であり、受け入れる企業側も様々なタイミングで採用をしている。私自身、修士取得のタイミングで留学をした経験があるが、皆、就職活動に熱心ではあったものの、卒業1年半前に就職活動が盛り上がる、というようなことはなかった。

 新卒一括採用は第二次世界大戦以前からあった慣行だが、戦後盛んになった。近年、中途採用比率は増加しているが、依然として新卒採用が大手日本企業の人材確保の最大の手段であることにかわりはない。さて、ではなぜ日本企業の人材確保は新卒採用の比重が高いのだろうか。その理由は戦後、解雇が難しくなったことに起因する。第二次世界大戦直後、職を得ることが難しい時期に、GHQの方針もあり組合活動が活発になり、それを契機に徐々に解雇が難しくなっていった。企業としても、労働争議を避け安定的に人材を確保する、という観点から、それを徐々に受け入れていったように思える。戦後しばらくは就職が難しかったこともあり、解雇が制限されつつある中、中途退社・中途入社は起きにくくなり、長期雇用が習慣化していった。このように、もともと人材が外部流出しない傾向があるなかで、優秀な社員に関しては社内で相対的に良い取り扱いを受けるため、外に出る可能性はさらに低くなる。結果として、中途採用市場が質量ともに発展しなかったと言える。そこで、質量ともに優秀な人材を確保することができる事実上唯一の機会であり一期一会の機会、即ち、新卒採用が重要性を増したのだ。

どんどん早くなる新卒採用

 雇用保障という文脈の中で、新卒一括採用が人材確保の中心的な役割を占めると何が起こるのだろう。長きにわたり既に起きていることだが、採用タイミングがどんどん早くなる。その理由は、トップクラスの人気を保持する企業以外は一般的に先に動いたほうが得だからだ。先に内定を出せば、同じ程度の志望度の企業を受けなくなるかもしれないし、より志望度が高い企業がある場合でも、内定者に働きかけることで自社への志望度を高め、他社を第一志望としていた優秀な学生を獲得できる可能性もある。ここで後手に回ると接触をすることもできなくなるため、原則として先にコンタクトしたほうが有利になる。その結果、長期的トレンドとして採用活動は早まり続け、現在、採用活動が早い企業群は3年生の夏休みから新卒採用を開始する。このような環境下で、新卒採用が人材確保の生命線を握るメンバーシップ型雇用の企業は当然のこと、ジョブ型雇用を採用している企業ですら、周囲との競争に勝つために新卒採用の早期化を加速せざるを得なくなっている。日本においては中途採用の労働市場が未成熟であるため、ジョブ型雇用の企業においても新卒採用は非常に重要であり、新卒採用早期化が必要なのだ。

 新卒採用はいわゆる大量採用であるがゆえに、効率を考え採用活動時期も入社タイミングもできるだけ一時に合わせる傾向が出る。雇用保障に加えてもう一つのメンバーシップ型雇用の肝である“会社裁量による異動・転勤”も日本企業の新卒採用活動を特徴づける。即ち、採用された学生の入社後の配置や担当業務は予め決定されない。どんな仕事をするのか分からないので、職種別採用でなく、職種を区分しない一つのプールとして一括採用することが多いのだ。

入試偏差値が高ければ就職に有利

 これらの、「入社後の職種を特定しない」「卒業タイミングより相当程度前に採用活動が行われる」という新卒採用の特徴は、大学にも大きな影響を与えてきた。大学の専門教育のレベルが就職に直接的に影響しにくい構造ができ上がったのだ。職種別採用でないため、企業側の採用基準は、具体的に何かを知っていたりできることではなく、地頭が良くロジカルシンキングに優れる、リーダーシップや協調性がある、柔軟性があり素早く学ぶことができる、等の基礎的な能力やパーソナリティーになる。これらの能力は大学で鍛えられる部分はあるが、大学の専門教育と直接的な関係は低い。となると、面接でこれらの基礎能力レベルやパーソナリティーを最終的に判断するにしても、これらの基礎能力とある程度相関関係があるように思える大学入試時の学力、すなわち、入試偏差値(≒大学名)で一定程度スクリーニングする、という現在新卒採用で良く行われている慣行に行き着く。

 就職という観点で、学生から大学を見ると、就職の成功に関係するのは入試の難しさ(≒大学名)であり、大学の専門教育のレベルではないのだ。故に、学生はより偏差値が高く良いとされる大学に入学したがる。また、企業としても業務に適合した専門能力は無い前提での採用のため、大学の専門教育にあまり多くを期待しない。そんな状況が長年にわたり続いており、大学教育に対する変革やレベルアップへの産業界からの圧力は恒常的に低かったといえる。



図 メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用の違い



デジタル人材の輩出量が増えない

 近年のデジタル人材の輩出に関する国内・国外の大学における対応の差は、産業界の要望に国内の大学群が積極的に反応していないという傍証の一つとなるだろう。例えば、需要が大きなデジタル人材の中でも、近年特に企業が重視している職種の一つとしてData Analystがあげられる。Webで検索すると一目瞭然だが、日本のトップ校でそれに類する学科やコースを設けているケースは多くない。従来の学部、学科体系の中で一部の教授が手掛けているくらいである。

 一方、海外に目を向けると、多くのトップ校で既に当該専門領域に関する学科やコースが設定されていることが良く分かる。これは、産業界からある特定のスキルや職種が求められると、その要請に応じて大学教育の内容を素早く変化させていることを垣間見ることができる事実だ。日本では出口(就職)と教育内容の関係が強くないため、このようなことに感度が低くなりがちであるが、海外の大学は、企業サイドの教育ニーズに応えることが就職に直結し、大学の評判、ひいては経営状況につながる構造があるのではないか。

高度専門教育が就職に直結

 さて日本企業においてジョブ型雇用が一般的になると何が起こるのだろうか?

 ジョブ型雇用とは、ジョブを介した会社と個人の労働市場取引である。市場取引をするのだから仕事内容を明確にしたうえで、職種別の採用をすることが普通になる。場合によっては職種別に報酬水準が変わるだろう。職種別採用になることで採用の個別性も進む。また、長期的には高度なエンプロイヤビリティーをベースにした人材流動化が進み、新卒採用の位置づけが優秀人材と巡り合える一期一会ではなくなるので、恐らく採用タイミングや入社タイミングについても多様化が進んでいくことだろう。

 このような文脈の中で就職における大学の専門教育は変わらざるを得なくなる。今までは職種を限定しない一括採用であったため、具体的な専門スキル・専門知識よりも、一般的な地頭や柔軟性等の基礎能力が求められた。基礎能力は、書類・オンラインベースの適性試験や面接で確認ということになるが、スクリーニングの際は基礎能力の代理指標として大学名がものをいった。しかし、これからは違う。職種別採用になると、事業運営に必要な専門能力の付与を企業は大学に求めることになる。学生の基礎能力も潜在力を見る指標として重要だが、それに加えて専門能力・専門スキルのレベル、即ち大学教育の質が就職の際に評価されるようになるのだ。

 言い換えると、大学における高度専門教育により、各個人がどれだけの専門スキル・専門知識を身につけることができるかが、就職活動において採否を決める鍵になりつつあるといえる。現在は就職における大学教育の重要性が高まり始めるタイミングだ。なお、学問の領域によってはその性質上、産業界との直接的な結びつきが強いケースと弱いケースがあり、産業界に相対的に近い、経営、経済、法律、工学、理学、薬学等の分野では、変化の必要性は高いだろう。

ジョブ型雇用は高等教育機関にも必要

 大学は研究機関であるとともに教育機関としての側面を持つ。ジョブ型雇用という文脈の中で教育機関としての大学は、企業が必要とする職種を担うことができる人材の供給者としての役割が求められる。これを実現するにはいくつかの要件を満たす必要がある。

 第一に、企業が必要とする人材を認識する能力を高めることだ。そのためには、学問分野と関係性が強い企業とのリレーションを強くし、必要とされている具体的な職種に関する情報収集が重要だ。先端技術を扱っている学部では、企業から必要な職種を調査をするだけでなく、社会に影響を与えうる有望な技術から、これから求められる人材を予測することができるかもしれない。

 第二に、必要とされる人材を輩出するために、産業界のニーズに合わせて素早く教育プログラムを再編する能力を持つことだ。再編の程度は学部・学科・コースレベルのこともあれば、カリキュラムレベルのこともあれば、各講座レベルのこともある。その参考情報として学生からカリキュラムや授業に対するフィードバックを受けることも有用だろう。さらに、再編した教育プログラムを提供するために、必要に応じて講師陣を再編することも重要だ。ただ、日本の大学は日本企業と同様に環境変化に対応し、自らを変化させることが得意ではない。カリキュラムに合致した講師陣を集め、また、時には代謝させる必要が出てくるが、そのような経験・スキルは高度専門教育機関にはあまり無いように思える。これらは非常に高いハードルだが、この変革無しでは、徐々に就職が悪くなり、学生の質が落ち、大学の格自体を落としてしまうだろう。

 第三に大学と企業間の人材の往来を盛んにすることだ。欧米、特に北米ではプロフェッショナルスクールと産業界のつながりが強く、双方向に人材交流が行われている。この人材交流は、相互理解や緊密な協力関係につながり、大学が産業界に有為な人材を供給するための基盤となるだろう。

 日本企業がメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への変革を進める最大の理由は、環境変化に対応すべく、雇用形態を変え、オープン化し、人材の流出入とリスキル・スキルアップを促すことにあるが、高度専門教育機関においてもその問題の本質と求められていることは同じなのではないだろうか。




(文/マーサージャパン 白井正人)



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ジョブ型雇用 新卒採用の今後の方向性と高等教育機関に求められる変化 白井正人