入試女子枠の現在地(後編)

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女子対象定員を持つ入試(以下、便宜上「女子枠」と称する)を設定する大学が増えている。その動向について、背景を含めてまとめたい。

POINT
  • ジェンダー不平等解消のアファーマティブ・アクションとウーマノミクス振興、及び各校の多様性確保等の目的で女子枠の導入が進む
  • 導入状況は偏差値上位校からが多く、既存の女性志願者層の受験機会増加に資する状況
  • より一層の推進には、新規層獲得のため、既存システムのままでは動かない中間層を動かす戦略が必要

3)大学経営上の意義

 こうした政策等を背景に女子を対象にした入試を実施することで、改革の正当性が担保されていると言える。一方、大学経営に資する要素としては、以下のように整理されると考えられる。

① キャンパスの多様性確保→教育・研究の振興、イノベーション創出

② 輩出人材の多様性→産業界への貢献

③ アファーマティブ・アクションとしての女子枠導入→D&Iに積極的な大学であるというブランドの獲得
 人種やジェンダーに積極的に配慮する措置として、「積極的格差(差別)是正措置」とも言われるアファーマティブ・アクション。女性を優遇するのではなく、それまでの慣行や経緯で生じてきた格差により、女性が相対的に能力を発揮しづらい状況に置かれている状況を是正しようとするアプローチである。女性参画は徐々に増加しているが、特に「指導的地位」における女性比率が低い(図7)ことが、日本の女性活躍における大きな特徴だ。それを打破するにはジェンダーバイアス(無意識の固定的意識や偏見)へのアプローチが必要であり、それを入試に入れることには一定の意義があると言える。

④ ①~③による募集好影響


図7 「指導的地位」等に女性が占める割合

出所:内閣府男女共同参画局_女性活躍の推進について(H27.3) 7P


4)導入区分は総合型・学校推薦型が大半

 旺文社(2023年12月)によると、2024年度入試では34校・39入試区分が女子枠を導入済である。国公私別に見ると、国立 12校・公立 3校・私立 19校(合計34校)という内訳だ。入試区分別で見ると、総合型選抜導入件数 13件(33.3%)・学校推薦型導入件数 23件(59.0%)・その他特別選抜等 3件(7.7%)となっている(合計39入試区分)。

 導入校の取材より、新規で入試を設計するよりも、既存の総合型・学校推薦型選抜のスキームを利用した設計が多いことが分かっている。総合型・学校推薦型選抜の主な評価方法は「提出書類に基づく丁寧な面接」であり、「主体性」「意欲」「志願度合い」の高い学生の選抜に位置づけられているのが現状である。

5)現状の課題と今後について

 女子枠導入そのものは日本の女性活躍推進において大変意義があることは間違いない。それを前提にしつつも、取材等から得られた所感を中心に現状の課題と今後について考えたい。

□この施策による新規層獲得ができているかどうか

 現状は学校推薦型選抜や総合型選抜を中心に「主体的な女性志願者」を評価する入試が多い。多様性を確保する目的でマイノリティを丁寧に選抜するという趣旨に合う選抜である一方で、主体性を前提にしている以上、「既に来ている・女子対象入試がなくても(既存制度のままでも)来る」女性の受験機会の増加に寄与する面が大きいのではないかと思われるのも事実だ。そうした層は「マイノリティであることを認知しながら工学系を選ぶ」という主体性や目的意識の高い層であるため、学校推薦型選抜や総合型選抜の選考方法にも馴染みやすいのではないだろうか。

 「2割の優良顧客が売上の8割を占める」パレートの法則、あるいは「組織への貢献度が高い人が全体の2割、並みが6割、低い人が2割」とする262の法則等を見ても、トップランナーである2割の確保に資する方策になっているように見受けられるものが多い。どんなシステムの中でも理系進学を選べる2割と、そうではない(既存のシステムに違和感や抵抗感を覚える)8割に分かれることに留意したうえで、どちらの獲得を狙っての打ち手なのかを冷静に見る必要があるように思われる。

 既に来ている女子の受験機会拡大ということ自体を否定するものではないが、多様性確保を目的にするならば、動かすべきは既存の制度では動きづらい層、即ちパレートの法則で言うところの「8割」のほうであり、「主体的では必ずしもないが理系でもいいと思っている」中間層ではないだろうか。

(観点例)
・同じ理系を選びながら「保健系」に進んでいる女子生徒の進路変更を促すことができているか
・文系を志望していた女子生徒が女子対象入試をきっかけに理転するケースをどれだけ作ることができたか

□偏差値上位校から導入が進むことの意味

 多くの政策動向が後押しする、大義名分が立たせやすい改革であるからこそ、現状産業界で不足する女性リーダー層を輩出することを人材育成の軸に置く難関校のポリシーには馴染みやすい。言い方を変えれば、難関校を目指す受験生の受験機会の増加である点に留意が必要だ。難関校のやり方をそのまま模倣するだけでは、一般校は志願者が集まりづらいかもしれない。現状、徐々に偏差値中位の大学でも導入が進んでいるが、単に女子枠定員を設けるだけではなく、「啓蒙」「高大接続」等の動きを絡める学校が多い。「文理選択において女子生徒が理系を選択しない」「理系を選んでも保健医療系を選んでしまい理工系に来ない」といった状況を打破する意味でも、丁寧に育成するタイプの入試区分が馴染みやすそうだ。

□正当性だけではなく、大学教育や環境への整合性を

 前編で挙げたように、「入試の位置づけの明確化」「合理的配慮の必要性」及び「マイノリティ対象への評価観点」等が入学者選抜実施要項で定義されているからこそ、実施の正当性を担保しやすく、これまでの年内入試のノウハウを利用した入試として展開しやすい傾向がある。だからこそ、「なぜこの入試を入れるのか」をどれだけ実質化できるかが肝となるのではないか。単に「男子が多い環境への女子の間口を広げた」だけでは、相対的にマイノリティである女子が活躍できるような状況にはなりづらそうだ。大学教育や環境との整合をどれだけとれるかまで目配りできているだろうか。

(観点例)
・女性技術者不足に対応→入学後も女性技術者ならではの育成スキームを持っているのか
・理系女子の増加に寄与→入試だけではなく啓蒙的なプロセスを経て入試を設計しているか
・キャンパスの多様性に寄与→女性向けの施設やセレンディピティを高める仕掛けを合わせて設計しているか

□多くの大学が目標に掲げる「女子比率3割」をどう達成するのか

 取材によると、現状、工学系で10%台(全国平均16.1%)の女子比率を20%台へ、可能であればその先に30%を見据える大学が多い。前述したパレートの法則をそのまま当てはめるなら、どんなシステムの中でも理系進学を選べる2割を呼び込むことができれば、20%の目標は達成できるであろう。そのため、女子枠を導入する大学が多く主張されるように、初等教育段階では理科の実験を楽しいと思うのに中等教育に差し掛かるあたりでは態度変容してしまっている状況へメスを入れることや、文理選択で理系を選びづらいジェンダーバイアス等の問題を克服する必要がある。もちろんこれ自体、非常に難易度は高い。高いが、まだ既存のやり方の延長線上で取り組むことは可能だろう。

 一方、「既存のシステムに違和感や抵抗感を覚える8割」をいくらか呼び込めなければ、30%の目標は達成できない。こちらのほうが難易度はより高い。なぜなら、この中間層は、既存のやり方では動かないからである。2割を3割に引き上げるには、システムそのものの見直しが必要だ。

 国が国策として掲げる「理系女子を増やす」際のターゲットはこの8割のほうであり、元から来ている2割の強化で留まっていては、既存のシステムのままの対応となり、大きな動きにはなりづらいのではないだろうか。



文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2024/09/25)