産業界の人材育成ニーズを背景に30年間実施する女子対象入試/名古屋工業大学 学校推薦型選抜(女子推薦)
名古屋工業大学(以下、名工大)は1994年度から実施している女子推薦入試の対象学科を2024年度より拡大した。30年にわたり同取り組みを展開する立場から、その趣旨や経緯について、副学長(学務・入試担当)の前田健一氏、入試課入試企画係係長の平井 真氏にお話を伺った。
- 1905年創立の官立名古屋高等工業学校を起源に持ち、中京圏の産業界と共に歩んできた伝統校
- 産業界の人材育成意向を受け、1994年度より機械工学科(現 電気・機械工学科)で女子対象の推薦入試を開始
- 2024年度入試より対象学科に物理工学科、情報工学科、社会工学科(環境都市分野)を加えて拡大し、2.0~6.0倍の志願倍率をつけた
建学以来の産業界・社会と一体化した人材育成
1994年度に女子対象入試が導入された背景について、平井氏は「産業界からの要望が直接の要因です」と述べる。名工大は憲章で「日本の産業中心地を興し育てることを目的とした中部地域初の官立高等教育機関として設立されたことを尊び、常に新たな産業と文化の揺籃として革新的な学術・技術を創造し、有為な人材を育成し、これからの社会の平和と幸福に貢献することをその基本使命とする」とその使命を定めており、産業集積地である中京圏において、産業界の要望を踏まえた人材育成を行うDNAを持つ。「社会とリンクして学問を追究するのが本学120年の伝統です。『教育においても研究においても、従来の大学のごとく孤高におちいらず、産業界または実際技術家と緊密な連携をし(中略)活きた教育、活きた研究をする』という初代学長の清水先生の言葉にあるように、学部段階から社会を見る機会が多く、企業との共同研究も多い。必然的に、産業側の動きを下敷きに会話することが多いと思います」と前田氏は補足する。
2022年度からの第4期中期目標期間においても、「中京地域産業界との共創」をビジョンに掲げ、戦術の1つとして「ダイバーシティ&インクルージョン環境」の整備を挙げている。名工大にとって社会と一体化した人材育成はごく自然なことなのだ。
世の中を変える役割を担う
当時は1985年に男女雇用機会均等法が制定され、自動車関連産業を核とする中京圏でも「女性技術者の活躍が急務」となるなか、企業で育成しようにも大卒の理工系女性がほとんどいない状態であり、輩出要望が強まった時期であった。「当時の機械工学科(現電気・機械工学科)は学年の定員140名のところ、女子は1名程度という状態でした。そのため、一定数の女子学生を確保できるように、関係省庁と相談して女子推薦制度を設計したと聞いています」と平井氏は説明する。
また、当時製造業の潮流が大きく変化したことも影響が大きかったという。前田氏は、以下のように話す。「当時は進学率が50%を超え、女子の大学進学者も増える等、社会構造が変わってきた時期です。機能重視の精緻な日本のものづくりが、ユーザーの声を反映しないと売れなくなってきた時期でもありました」。中京圏の基幹産業である自動車でも女性ユーザーの存在感が増し、育児・介護といったライフイベントに即した日常使いを含め、性能よりもライフスタイルを軸足においた設計へとシフトしていく。家電等も主な購買層である女性が使いやすく、買いたいと思うデザインでなければならない。ユーザーの声をどのようにものづくりに反映するかを真剣に考える必要が生じた。「こうした多様な観点がものづくりに入ることで、従来にないイノベーションにつながります」。現代は製造現場の人手不足で、AIやDXといった変化が起こっている。「社会変化に即応した人材育成については、大学が起点となるべきでしょう。大学の教育・研究が社会とつながって、その教育を受ける学生を入試で選ぶわけですから、そこが変われば、その前段階である中等教育や初等教育に影響が大きいのは道理です。中京圏でそうした踏み込みをできる大学の1つとしての期待も多く、気概を持って取り組んでいます」(前田氏)。
高校との関係の積み重ねで実現した30年の道のり
30年継続の成果として、近年名工大の女子学生比率は18%にまで向上した。しかし、「まだまだ十分とは言えません」と前田氏は言う。平井氏も、「全体数の何%というより、クラス単位になった時、日常的に女子が当たり前にいるかというと、現状そこまで達しているとは言えません」と述べる。今回は入試の対象に物理工学科、情報工学科、社会工学科(環境都市分野)の3つが加わり、募集人員は15名から28名へとほぼ倍増したが、少ない女子にとっての居心地も考えれば、もっと「マイノリティが不安なく自然に過ごせる状態」を目指したいという。自然増では難しいからこそ、名工大は長らく制度でそれを創出し、継続しているのである。
30年継続できた要因は様々あろうが、平井氏は「学校推薦の枠組みで、高校の先生と話を重ねてきたから続けられたと思います」と述べる。国公立大学は私立と異なり学校推薦型も公募制のみの設定である。そんななかでも例年概ね高い倍率をつけることができているのは、高校でこの制度が認知されているからこそであろう(図表1)。質に関しても高校側と会話を重ねているからこそ、優秀な層が集まっているという。もちろん、技術系女性労働者が少ないことが中京地域で共有されていたのが下支えにもなった。社会と高校との丁寧なコミュニケーションがあったから長く継続できたと言えそうだ。
「最近は教育未来創造会議の提言にあるように、女子工学教育の重要性が認知されてきています。本来、学力や実力に明確な男女差はない。以前に比べて社会がフラットになり、社会情勢と大学の指針が漸く揃ってきました」と前田氏は述べる。
なお、名工大は社会人や留学生といった女子以外の多様な属性についても多く受け入れている実績がある。特に大学院では社会人向けの1年修了コースを作ったり、博士課程の1/3が社会人であったりと、多様な人材の集う場を実現している。こうした実績もあり、女子獲得への取り組みも進んでいるのだ。
図表1 2024年度出願状況:高度工学教育課程・女子推薦
教育への接続を踏まえ、学科ごとのポリシーに即した総合的評価を実施
女子推薦は大学入学共通テストを課さない学校推薦型選抜である。入試内容は図表2に示す通り2段階選抜で、各評価方法の結果を総合して判定する。女子対象だからといってほかの推薦系入試とことさらに変えている点は多くなく、学科ごとのポリシーに即した評価を行うのが本質だ。導入当初は口頭試問中心のテスト設計だったが、近年は筆記試験を入れる等、時代やほかの入試区分とのバランスも踏まえてチューニングしているという。
図表2 入試概観
「最近のオープンキャンパスで、お母様が初期の女子推薦で入学したという男子学生と会いました。母親が薦めない大学には来ないでしょうから、当時お母様は良い教育や研究をできたということなのでしょう」(平井氏)。こうしたことが起こるのは長く取り組んでいるからにほかならないだろう。女子推薦で入学してくる女子の特徴としては、「敢えてマイノリティに飛び込む気概ゆえか、リーダー役に率先して手を挙げるようなしっかりした学生が多く、思考力や主体性に優れている傾向があります」と前田氏は述べる。昨今は意思を持って工学領域を選択する子の意向を、社会で働く立場から理解する親が増えている感覚もあるという。
平井氏は、「本来あるべき姿を考えると、女子推薦という制度自体はあくまで一時的な措置で、将来的に解消されるべきものだと思います」と述べる。特に措置を講じていない一般選抜等でも女子が安定的に高い比率が受験するようになることを目指し、社会全体のダイバーシティ確保の一翼を担いたいという。
前田氏は、「翻って高校の文理選択や科目選択において男女の差なく、フラットに本人の意向や能力に沿って選択がなされることを期待したい。本学としてもそうした支援にこれからも注力していきたい」と話す。工学領域でD&Iをどれだけ実質化できるか。まさに過渡期である。
文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2024/05/24)