入試女子枠の現在地(前編)
女子対象定員を持つ入試(以下、便宜上「女子枠」と称する)を設定する大学が増えている。その動向について、背景を含めてまとめたい。
- ジェンダー不平等解消のアファーマティブ・アクションとウーマノミクス振興、及び各校の多様性確保等の目的で女子枠の導入が進む
- 導入状況は偏差値上位校からが多く、既存の女性志願者層の受験機会増加に資する状況
- より一層の推進には、新規層獲得のため、既存システムのままでは動かない中間層を動かす戦略が必要
1)現状認識:日本のジェンダー不平等(男女格差)の実態
最初に現状認識として、日本のジェンダー不平等の実態について、いくつかのファクトを見ておきたい。
世界経済フォーラム ジェンダーギャップ指数(2024年6月12日発表)
ジェンダーギャップ指数(GGI)とは、毎年世界経済フォーラムによって公表される各国の男女格差を表す指標である。経済・政治・教育・健康の4分野で指標化されており、0に近いほど完全不平等、1に近いほど完全平等を示すものだ。近年の日本の値は、2022年0.650(116位/146カ国)、2023年0.647(125位/146カ国)、今年は0.663(118位/146カ国)と、残念ながら不平等の大きい低水準の常連国となっている。分野別に見ると、教育分野の値は0.993、健康は0.973と完全平等に近い一方で、政治は0.118、経済は0.568と低い水準にあり、改善の余地が大きいのが特徴だ(図1参照)。
図1 ジェンダーギャップ指数(GGI)2024年
出所:内閣府男女共同参画局
https://www.gender.go.jp/international/int_syogaikoku/int_shihyo/index.html
文部科学省 学校基本調査(令和5年度)
文部科学省学科系統分類表に基づく分類では、大学の学科系統別学生数より、女子比率を見ることができる。全体の女子比率は45.7%である(学科別学生数のうち男性142万8469名、女性120万4306名)ことに留意して、分野ごとの値を見ておきたい(図2)。
女子比率が高いのは、家政(90.4%)、芸術(68.5%)、人文科学(64.3%)、保健(63.5%)が上位。一方で低いのは、工学と商船(同率・16.1%)、理学(27.9%)、社会科学(36.7%)が並ぶ。家政は女性の学問だろう、工学は男性が多いだろうといったジェンダーバイアスがそのまま反映されている結果になっているように見受けられる。
また、工学系の女子比率が低い一方で、医学・歯学・薬学・看護学・医療保健学を含む「保健」は高く、同じ理系科目受験でも差があり、理系女子の進路選択で理工系を選ばず保健系を選ぶケースも多い可能性がありそうだ。
図2 学科系統別男女比率
出所:文部科学省学校基本調査2023より加工
内閣府 男女共同参画白書(令和元年)
ここでは、「教諭に占める女性割合」を見ることができる。教育現場のジェンダーギャップはどうなっているのだろうか。以下、文章・図版を引用のうえ考察したい。
まず就学前の職種の女性比率を見ると、保育士97.1%(2015年)、幼稚園92.7%(2016年)、幼保連携型認定こども園93.7%(2016年)であり、小学校就学前の段階で子どもが接する教諭や保育士の大多数を女性が占める状況である。
初等中等教育段階になると、小学校62.2%(2018年)、中学校43.3%、高等学校32.1%と、教育段階が上がるにつれて女性割合が低下しているのが分かる(図3)。
なお、同じ初等中等教育段階における「管理職(教頭以上)に占める女性割合」を見ると、小学校22.9%、中学校9.7%、高等学校8.8%と、未だ低い水準に留まっている。
また、高等教育段階における全教員に占める女性比率は、短期大学52.3%、大学・大学院24.8%であり、特に大学・大学院の教授等に占める割合は16.7%とまだまだ低い状況だ(図3)。
最後に、教科別の教員の男女比率を見ると、中学校では国語や英語で女性教員が多く、数学や理科・社会では男性教員が多いことが分かっている。いわゆる文系科目に女性教員が多く、理系科目及び社会科に男性教員が多いという状況で(図4)、高校でも同様の傾向があるという。これは「好きな科目の男女の傾向」と一致しており、教えてもらった教員の性別がその後の進路にも影響を与えている可能性があると分析されている。
図3 本務教員総数に占める女性の割合(教育段階別、平成30(2018)年度)
図4 担任教科別・教員免許状別教員構成(中学校)
出所:内閣府 男女共同参画白書(令和元年)26P
2)実施背景・根拠
女子枠は、現状認識を踏まえた政策を根拠に工学系で導入が進んでいる。では、現状女子枠導入の根拠として挙げられている行政動向等はどのあたりか、ピックアップしたい。
内閣官房 教育未来創造会議第一次提言(令和4年5月10日)
まずは教育未来創造会議第一次提言の「1.未来を支える人材を育む大学等の機能強化」における「(3)理工系や農学系の分野をはじめとした女性の活躍推進」である。具体的には以下3点について、必要性が記載されている。
①女性活躍プログラムの強化
・女子学生の確保等に積極的に取り組む大学への基盤的経費による支援強化
・大学ガバナンスコードの見直し、女性の在籍・登用状況等の情報開示の促進 等
②官民共同修学支援プログラムの創設
③女子高校生の理系選択者の増加に向けた取り組みの推進
国はいわゆる「ウーマノミクス」という意味でも、「未だ活用されていない資源の最たるもの」として女性の力を挙げており、これまで女性の人数が少なかった領域における女性活躍を推進する必要があるとしている。
図5 女性の理工系分野における現状
出所:内閣官房 教育未来創造会議第一次提言パンフレット
文部科学省 令和7年度大学入学者選抜実施要項(令和6年6月5日)
次に、入学者選抜における多様性確保も直接的な根拠となっている。以下の箇所である。
第3 入試方法
1(略)
2上記1(1)から(3)の入試方法【補記:一般選抜、総合型選抜、学校推薦型選抜】において、各大学の判断により、
入学者の多様性を確保する観点から、入学定員の一部について、以下のような多様な入学者の選抜を工夫することが望ましい。
(1)高等学校の専門教育を主とする学科(以下「専門学科」という。)または総合学科卒業生及び卒業見込みの者
(2)帰国生徒(中国引揚者等生徒を含む。)または社会人
(3)家庭環境、居住地域、国籍、性別等に関して多様な背景等を持った者
この場合は、家庭環境、居住地域、国籍、性別等の要因により進学機会の確保に困難があると認められる者その他各大学において入学者の多様性を確保する観点から対象になると考える者(例えば、理工系分野における女子等)を対象として、入学志願者の努力のプロセス、意欲、目的意識等を重視した評価・判定を行うことが望ましい。その際には、こうした選抜の趣旨や方法について社会に対し合理的な説明を行うことや、入学志願者の大学教育を受けるために必要な知識・技能、思考力・判断力・表現力等を適切に評価することに留意すること。
なお、文科省は上記に加え、属性を理由に一律に取り扱いの差異を設けることは公平性・公正性を欠く可能性があることに言及し、実施に際しては「選抜主旨や方法について合理的な説明ができること」「同一選抜区分内においては公平な条件での実施が不可欠であるため、選抜区分(枠)を分けて実施すること」といった配慮を求めている(令和6年度大学入学者選抜・教務関係事項連絡協議会配布資料「入学者の多様性確保に向けた選抜について」)。
産業界ニーズ 経産省「IT人材需給に関する調査」
そして、導入大学が根拠として挙げることが多いのが、産業界の人材育成ニーズである。女性エンジニアの必要性は様々な場で言われており、各地域の経済団体等から直接要請されているケースも多いが、一般的に根拠として挙がるのは、経済産業省「IT人材需給に関する調査」(2019年3月)である。特に有名なのは、図6に示した「IT人材の『不足数』(需要)に関する試算結果」であろう。2030年には高位シナリオで79万人ものIT人材が国内で不足する予測だ。そもそもエンジニアが大量に不足しており、当面その状態が続くという予測に対して、これまでとは異なる人材として女性エンジニアの採用がその解決策の一つになるのではと期待されている。
また、産業界からの女性エンジニアへの期待は人材不足解消だけではない。多様な人材が活躍できるようになり、多様化が推進されれば、各自の生産性向上や、商品開発等におけるイノベーション創出の可能性も高まる。こうした数と質両面での変化が期待されているのである。現状は企業内のOJTや研修等で育成している女性エンジニアが、大学段階である程度の専門知識とスキルがセットアップされている状態で輩出されてくれば、企業側の人材育成においてもメリットが大きいというわけだ。
図6 IT人材の「不足数」(需要)に関する試算結果
出所:経済産業省 「IT人材需給に関する調査報告書」(平成31年4月)
文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2024/09/25)