ダイナミック・アジアⅡ(6)岐路に立つラオスの高等教育改革 廣里恭史

写真 ラオス国立大学本部棟
ラオス国立大学本部棟


はじめに

 2015年7月、首都ビエンチャンで、今後のラオスの高等教育の行く末を占う象徴的な会議が開催された。ラオスの2つの公立大学を含む大メコン圏のCLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)4カ国、タイと中国(雲南省及び広西チワン族自治区)の24大学をメンバーとする「大メコン圏大学コンソーシアム(Greater Mekong Subregional University Consortium:GMS-UC)」が発足した。GMS-UCは2018年以降本格的な活動が開始される見込みであり、アセアンの有力30大学をメンバーとするアセアン大学連合(ASEAN University Network:AUN)を補完しつつ、GMS-UCメンバー大学がアセアン水準に近づくことを目指す新たな大学間ネットワークであり、人的資源面におけるアセアン域内格差の是正に貢献することが期待されている(※1)。

 ラオスでは1975年の社会主義革命以来、ラオス人民革命党による一党体制が続いている。1986年以降、「新思考(チンタナカーン・マイ)」に基づく市場経済化を志向してきた。1997年のアジア経済危機や2007年のリーマンショック等の影響により、経済成長の停滞を余儀なくされたが、近年は年平均で7%台の経済成長率を維持しており、2020年までに最貧国から脱却することを国家目標としている。

 ラオス政府は、市場経済化に伴うスキル・知識を伴った人的資源開発を重視し、1995年以降の高等教育改革に取り組んできたが、市場経済化や社会経済開発を主導する人材が未だ絶対的に不足しており、ラオスの高等教育に期待される役割は大きい。しかし、ラオスの高等教育を巡る改革の速度と実績は、ベトナムやカンボジア等、同じく市場経済化路線を取る近隣諸国の高等教育改革に比べれば、その停滞感を否定できない。2015年のアセアン共同体の発足による域内統合やメコン経済回廊の整備によって連結性を強める発展プロセスにおいて、ラオスの高等教育改革の遅れは一国の問題だけではなく、域内格差是正の隘路となるリスクがある。そこで、ラオスの内なる高等教育改革の遅れは何が制約となっているのか、また開発協力機関等外部からの支援に加え、AUNやGMSUC等の大学間ネットワークへの参加による外からの影響が、高等教育改革を加速化する契機となり得るのか。本稿では、岐路に立つラオスの高等教育改革の現状と課題について考える。

高等教育システムの形成と位置づけ

 まず、主な高等教育関連政策・計画・法令・案件承認文書(1995年-2016年)に言及しつつ(表1)、高等教育システムの形成と位置づけを確認したい。ラオスで高等教育改革が本格的に着手されたのは1995年、旧ソビエトの影響を受けた単科大学や高等教育機関の統合を果たしたラオス国立大学の創設に端を発する。ラオス政府は、アジア開発銀行(以下、アジア開銀)に支援を要請し、1995年にラオス国立大学のキャンパス整備と大学運営を軌道に乗せるため「中等後教育合理化プロジェクト」を策定した(※2)。ラオス国立大学は1996年より学生を受け入れ、ラオスで最初の総合大学が誕生した。


表1 主な高等教育関連政策・計画・法令・案件承認文書(1995年‐2016年)


 教育省(当時)は、ラオス国立大学の整備とともに、国内における高等教育アクセスを拡大するため、2002年に南部のチャンパサック県に設立したチャンパサック大学を皮切りに、大学の地方展開を推進する方針を取った。2014年時で、ラオスには教育スポーツ省(2011年教育省から改編)が管轄する4つの公立大学と保健省が管轄する保健科学大学から成る5つの公立大学、11の公立カレッジ、及び69の私立カレッジを含め、合計で85の高等教育機関がある(※3)。

 1995年より、私立カレッジの設立が奨励されることになったが、設立が激増したのは2000年以降であった。私立カレッジは公立の総合大学が提供できない実践的なプログラムを提供する傾向がある。特に、公立大学では、労働市場で求められる英語・経営・IT・コンピュータ関連の教育を提供できる教員が不足しており、私立カレッジの設立は、学生のニーズに応えるものであった(※4)。

 しかし、一方で、1990年の「万人のための世界教育会議」以降、国際的関心が基礎教育に集中し、ラオスにおいても、教育予算配分や開発協力機関による支援の重点が基礎教育にシフトしていった。このような潮流は、2000年の「世界教育フォーラム」において定着した。ラオス政府は高等教育への支援要請を行っていたが、基礎教育支援を優先する開発協力機関が案件形成を行うまでには至らなかった。

 そこで教育省は、2007年にまず韓国の輸出入銀行からの借款によって、ソパノボン大学の整備に着手した。当時の韓国政府は、基礎教育支援を優先する国際的潮流を重視するよりも、要請主義に基づく職業教育や高等教育に重点を置いていたことが背景にある。さらに教育省は、2011年から2020年の「高等教育マスター計画」を策定し、高等教育開発ビジョンと政策・戦略を打ち出した(※5)。この計画では、2020年までの最貧国からの脱却を目指した工業化と近代化に取り組むなかで、高等教育改革が社会経済発展と人的資源開発に欠かせない要件となっている。また高等教育の水準も地域・国際水準に近づけることが謳われている。この計画を支援する目的で、アジア開銀と教育省は、「高等教育強化プロジェクト」の合意に至った(※6)。本プロジェクトの主な目的は、チャンパサック大学の整備と大学入学制度改革の支援であった(※7)。続いて、アジア開銀は、2016年に「第2次高等教育強化プロジェクト」(※8)を承認し、アジア開銀が仲介する「大メコン圏経済協力プログラム」の中核であるメコン東西経済回廊において、ラオス側の拠点であるサバナケット大学の整備を行っている。

 このように、公立の総合大学の整備を中心とする高等教育開発は、市場経済化に必要な人材を育成する要と位置づけられた。2011年のラオス人民革命党による「第8回党中央委員会による第9回党大会への報告書」において、人的資源開発におけるブレークスルーを含む「4つのブレークスルー」と称するスローガンが公表された(※9)。「第8次社会経済開発計画(2016年-2020年)」においても、優先順位が高い目標として、人的資源開発のターゲットが設定されている(※10)。

高等教育開発の現状:アクセスと質

 次に、ラオスの高等教育開発の現状について、アクセスと質に注目し、その傾向を指摘する。図1は、2005/06年から2014/15年までの学部レべルの高等教育機関(公立大学、公立カレッジ、私立カレッジ)の学生数の推移を示している。合計では、2005/06年の約30,500人から2012/13年に至る約78,500人をピークとして、2013/14年以降は減少傾向にある。公立大学の学生数の減少傾向は2009/10年から始まっている。主な理由は、①2009/10年以降に実施された「5(初等)+3(前期中等)+3(後期中等)」システムから「5+4+3」システムへの変更により学士課程が5年から4年に短縮されたこと、②パンカム教育大臣(当時)が、急激に増加する学生数に対し、高等教育機関の質低下に懸念を表明したこと、③2011/12年より、入試制度改革の一環として特別夜間コースが廃止されたこと、④2012/13年に教育スポーツ省の教育基準・質保証センターが、「高等教育機関の最小教育基準」(※11)に基づき、25の公立大学・公立カレッジ及び29の私立カレッジを対象に行ったガバナンス、運営、カリキュラムの評価結果によって、6つの公立高等教育機関を除き、2013/14年から新規学生募集と学士号の授与が停止されたことにある。2015/16年以降、この最小教育基準に適合すると評価された高等教育機関は徐々に新規の学生募集と学士号の授与を再開している。高等教育機関の学生数が過去2-3年間は安定してきており、社会の高等教育への進学需要に対応し、今後は学生数の増加傾向が見込まれている。2015年に教育スポーツ省が策定した「教育スポーツ部門開発計画、2016年‐2020年」(※12)によれば、2020年までに教育スポーツ省が管轄する4つの公立大学の学生数予測が45,000人となっている。2014/15年の学生数が約36,500人であることから、約20%の増加が見込まれている。


図1 ラオスの高等教育機関の学生数(学部レベル)


 さらに、高等教育の質に関しては、高等教育機関における学習達成度を吟味する必要がある。しかし、ラオスでは学習達成度に関する信頼できるデータや情報が入手できないことから、教育の質として5つの公立大学の教員とスタッフの学位の取得状況を確認したい。2014/2015年において博士号取得者が156人、修士号取得者が1,131人、学士号取得者が1,871人、及び他の学位取得者が277人となっており、合計としては学位取得者が3,435人となっている(※13)。教育スポーツ省の高等教育機関における教員の学位取得割合である「1(博士号取得者):6(修士号取得者):3(学士号取得者)」というバランスを達成するにはほど遠い現状がある。約50%の教員が学士号のみの取得者であり、この割合を30%に減らすことが目標である。博士・修士号取得者を大幅に増やす必要があるが、相当な時間、労力、費用(直接・機会費用)を要することから、早期の実現が非常に難しい。

高等教育改革の課題:ガバナンス

 このようなラオスの高等教育改革の遅れの背景には、いくつかの根本的な高等教育ガバナンスの諸課題があることを指摘したい。

 第1に、行政組織では、教育スポーツ省や公立の高等教育機関の幹部がラオス人民革命党員を兼任しており、党の意向に従うことが絶対的な前提である。高等教育行政において政治的ハイアラキーが存在し、従属的な上下関係が存在することを示唆している。即ち、意思決定において上司の意向に従うことであり、上司が同意しないであろう決定を避ける傾向がある。このことが高等教育改革ペースを遅らせている。

 第2に、大学における最高意思決定機関である大学評議会が、本来の役割を果たしておらず、形骸化している。学部・学科の創設、財務省に提出する年次予算の策定等、重要な決定事項は大学評議会ではなく、学長が招集する理事会やアカデミック委員会に委ねられている。

 第3に、ラオス国立大学の自治化を例にとれば、教育スポーツ省の管轄下ではなく、首相府の内閣に直属する特別な法的ステータスを得られるかどうかが課題である。近隣国では2つのベトナム国家大学(ハノイ校とホーチミン市校)に見られる例である。

 第4に、公立の高等教育機関の年次予算の未消化部分やコンサルティング活動による収入は、内部保留や翌年への繰り越しではなく、財務省に返納・上納しないといけないことがネックとなり、高等教育機関の収入を高めるインセンティブか欠如している。

 第5に、公的な高等教育機関の教員給与水準の低さがある。かつて特別夜間コースで教えることによる副収入は財務省のコントロール外に置かれていたが、特別夜間コースの廃止によって、副収入を得ることができなくなった。しかも、前述した2012/13年からの新規学生募集と学士号授与の停止によって、教える機会が激減し、副収入の道が閉ざされてしまった。

 このような高等教育ガバナンスの課題を鑑みれば、内からの高等教育改革の速度や実効性には懐疑的にならざるを得ない。翻って、外からの改革として、AUNやGMSUCへの参加によってもたらされる影響が高等教育改革を加速化する契機となり得るのかを検討したい。

おわりに:ASEAN域内格差の是正と大学間ネットワークの可能性

 2015年12月にアセアン共同体が発足した。連結性の強化を含むインフラ整備と域内の格差是正を目指す共同体である(※14)。域内格差が共同体形成の進捗を妨げかねないことから、ラオスを含むCLMV諸国の持続的な経済成長はアセアン統合の成否に係る課題である。

 冒頭に紹介したAUNでは、ラオス国立大学がラオスからの唯一のメンバーである。GMS‐UCにおけるラオスのメンバー大学は、ラオス国立大学と東西経済回廊の要所に位置するサバナケット大学である。

 ラオスが2020年までに最貧国から脱却し、アセアン共同体において相当の地位を築いていけるかどうかは、高等教育改革ペースを加速化させ、今以上に高等教育機関の水準において域内格差が拡大しないことが肝要である。学位の相互認証、質保証、単位互換制度の調和化を目指すアセアン共同体にとっても、ラオスの高等教育改革が進展することが、将来的にアセアン内の域内格差の是正に関わることを十分に認識する必要があろう。

 今後の内からの改革の行く末はいかなるものであろうか。高等教育改革の政治的意思や必要な改革を行う能力自体が備わっているのだろうか。AUNやGMS‐UCのメンバーとしてアセアン水準に至るかどうかの試金石は、例えば海外大学での取得単位を認可する意思決定を行えるかどうかであろう。アセアン域内及びアセアンと東アジアの学生移動を促進させることを意図して準備されている「アセアン+3留学のための成績証明ガイドライン」の正式採択(2018年度中の予定)は、ラオスにおける外からの高等教育改革を促すものであり、内からの意思決定を導く契機となりうるかどうかを注視していきたい。



  • GMS-UCの能力開発に関して、2017年12月に、アセアン事務局が所管するJapan-ASEAN Integration Fund(JAIF)による助成が承認された。GMSUCの事務局は、東南アジア教育大臣機構 高等教育開発センター(Southeast Asian Ministers of Education Organization Regional Center for Higher Education and Development:SEAMEO RIHED)に置かれている。
  • Asian Development Bank(ADB)(1995). Report and Recommendation of the President to the Board of Directors. Postsecondary Education Rationalization Project. Manila:ADB.
  • Ministry of Education and Sports(MOES)(2014). Annual Report, 2014. Vientiane:MOES.
  • 瀧田修一・乾美紀(2008)「ラオスにおける高等教育の改革の現状と課題―教育機会拡大の動向を中心に」『大学教育研究』(神戸大学 大学教育推進機構)、第17号、1-30頁。
  • Ministry of Education and Sports(MOES)(2010). Higher Education Master Plan, 2011-2020. Vientiane:MOES.
  • ADB(2009). Report and Recommendation of the President to the Board of Directors, Lao People's Democratic Republic:Strengthening Higher Education Project, Lao PDR. Manila:ADB.
  • 詳細は、廣里恭史(2012)「ラオス―大学入試制度改革と効率性・公平性の問題」北村友人・杉村美紀共編『激動するアジアの大学改革―グローバル人材を育成するために』上智大学新書002、165-181頁。及び乾美紀・オンパンダラ、パンパキット(2013)「ラオスにおける高等教育の質保証」山内乾史、原清治編著『学生の学力と高等教育の質保証II』学文社、119-142頁、に詳しい。
  • ADB(2016). Report and Recommendation of the President to the Board of Directors, Lao People's Democratic Republic:Second Strengthening Higher Education Project, Lao PDR. Manila:ADB.
  • The Government of the Lao PDR(2011). Report of the 8th Party Central Committee to the IXth Congress. Vientiane. [In Lao language]
  • Ministry of Planning and Investment(MPI)(2016). 8th Five-Year National Socio Economic Development Plan, 2016-2020. Vientiane:MPI.
  • MOES(2013). Minimum Standards of Higher Education Institutions. Vientiane:MOES.
  • MOES(2015). Education and Sports Sector Development Plan, 2016-2020. Vientiane:MOES.
  • MOES(2015). Annual Report, 2015. Vientiane:MOES.
  • ASEAN Secretariat (2010). Master Plan on ASEAN Connectivity. Jakarta:ASEAN Secretariat

廣里恭史(上智大学 総合グローバル学部教授 ASEANハブセンター長)

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ダイナミック・アジアⅡ[6] 岐路に立つラオスの高等教育改革 廣里恭史