ダイナミック・アジアⅡ(9)韓国の高等教育改革と留学生政策 塚田 亜弥子 太田 浩

成均館大学
成均館大学


政権交代と高等教育の課題

 2017年5月の文在寅大統領の就任から早くも1年以上が経過した。その間、平昌オリンピックや南北首脳会談と世界的に注目を浴びている韓国であるが、現政権下ではどのような高等教育政策が進行しているのであろうか。韓国では大統領の任期である5年間に照準をあわせて政策が打ち出され、その下で各種施策が実施されることが多い。前大統領の罷免により、5年を待たずして次の政権がスタートしたが、新大統領就任の2カ月後には「100大政策課題」が発表された。このうち高等教育に関する課題としては、大学生の授業料や住居費等の経済的負担緩和、大学入試制度の改善、大学進学時の社会的弱者への配慮、学閥・学歴主義の撤廃、大学の自律性拡大、専門大学の質的向上、生涯学習活性化、産学連携活性化、大学ガバナンスの改善といった内容が盛り込まれている。

韓国の高等教育を取り巻く環境

 韓国の高等教育機関数は大学189校、専門大学(2年制または3年制の短期大学)138校を含む430校(2017年)で、そのうち私立の占める割合が8割と高い。高等教育進学率はピーク時よりやや下がってきたものの68.9%(2017年)と高く、2015年には30歳以上の国民に占める大卒人口(1260万人)が高卒人口(1207万人)を逆転した。しかし大卒者向けの職は限られており、求人とのミスマッチも生じていること等から若年層の就職難が社会問題となっている。2017年の青年(15-29歳)失業率は9.9%と2000年以降最悪となった。これは、アジア通貨危機の際に次ぐレベルといわれており、文政権の選挙公約の1つである若年層の就職対策は未だ功を奏していない。対策として大学生の海外就職が「K-move」の名の下で推進されており、韓国の大学で3年間、日本の大学で1年間学んだ後に日本で就職させる「3+1」というプロジェクトも進められている。

 韓国では1996年に大学設立認可基準が大綱化されたこと(準則主義※1の導入)で大学数が増加した。一方、少子化が進み(出生率1.05、2017年)、18歳人口の減少に伴って地方の大学をはじめとする大学の定員未充足が問題となっており、これまでも様々な大学改革と定員削減が行われてきた。前政権で始まった「大学構造改革評価」では、定員削減や廃校処分を含む厳しい対応が取られてきた。2000年から2017年までに、廃止命令を受けた大学は9校(大学7校、専門大学2校)、自主廃校した大学は3校に上る。

 文政権ではまず、選挙公約に掲げた大学入学金の廃止が2017年夏より進められ、大学関係者に波乱を巻き起こした。物価上昇率に連動した「大学授業料値上げ上限制※2」や関連の規則によって、授業料値上げが実質的に凍結されているなかでのことでもあり、大学側の反発は少なくなかったが、政府による大学支援予算拡大の約束により、2022年までの入学金廃止が2018年に決定した。韓国の場合、これまで私立大学を対象とした政府による財政的支援は競争的資金事業のみであった。しかし、文政権では、既存の競争的資金事業の一部を転換して「大学革新支援」と称する一般財政支援(経常費補助)が導入されることになった点が注目される。

地方大学と留学生受入れ

 韓国では根強い首都圏志向による地方の人材流出もあり、地方大学の質低下や地方大学出身者の就職難が問題とされ、歴代政権においても「地方大学革新力量強化事業」や「教育力向上事業」等地方大学の改革を推進する政策が進められてきた。

 前政権では、地方大学の活性化と地方における人材育成のための基本計画として「地方大学育成方案」が2013年に立案され、翌年には地方の大学を主たる対象とする競争的資金事業「大学特性化事業(CK: University for Creative Korea)」が開始された。本事業では、支援が特定の地域、大学、分野に偏らないよう配慮され、国内の均衡発展が狙いとされている。さらに、韓国政府は定員未充足に苦しむ地方大学の解決策の一つとして留学生受入れの促進が必要であるとの認識から、2014年、地方大学育成委員会で、5年間に地方大学へ留学生を3万人誘致するという計画を発表した。そして先の「大学特性化事業」において、留学生誘致を目的とする3つのプログラムを立ち上げ、いずれにも誘致の目標人数を設定した。そのうちの一つである「地域先導大学育成プログラム」では、留学生誘致のノウハウを持つリーダー格の大学を中心に地域の5校程度がコンソーシアムを構成し、留学生のリクルーティングや留学生受入体制の整備に取り組む。それによって、地域の大学が共に発展することを目指すもので、全国各地で6つのコンソーシアムが採択された。

 コンソーシアムは国立と私立の両方の大学を含むが、なかには留学生受入れに関する問題から新規受入れの制限(ビザ発給制限)措置を受けた大学も含まれていた。過去に問題のあった大学であってもコンソーシアムの一員として近隣の優れた大学と情報を共有して支えあうことで問題を克服し、目標達成に向けて事業を推進するという仕掛けである。また、留学生が在籍していない大学でもコンソーシアムの一員として、独自の強みや特徴を生かし、留学生教育プログラムの改善に寄与する形で参加するといった大学も見られた。それまでの競争的資金事業では、地域のトップ大学にノウハウや資金が集中して周囲の大学には行き渡らず、地方大学が停滞する一因ともなったが、「地域先導大学育成プログラム」では、上述のように地域ぐるみの発展が意図されている。大学が廃校になることで在学生や地域に与える負の影響を考えれば、このような大学間連携によって底上げをする施策は、日本でも検討されるべきではないだろうか。

量と質を追求する外国人留学生政策

 韓国における外国人留学生誘致政策は、海外留学する韓国人の圧倒的な多さに比べ、外国人留学生の受入れ数が少なかった※3ことから生じた大幅な教育貿易収支の赤字(2478百万米ドル、2004年)を契機としてスタートした。

 韓国政府が2004年に留学生誘致拡大計画「Study Korea Project」を開始した後、国内大学ランキングの国際化指標に留学生数が含まれたことや留学生は定員外で受入れられることもあって、大学の留学生受入れ数は急増し、目標の5万人を予定より2年早く2008年に達成した。しかし、受入体制が十分整わないまま急激な量的拡大を行った結果、留学生の不適応や不法滞在、反韓感情といったひずみが生じ、海外での韓国高等教育の評判悪化につながった。韓国政府は大学の留学生誘致と受入れの質を向上させる必要に迫られ、「外国人留学生誘致・管理力量認証制(IEQAS: International Education Quality Assurance System)」(以下、認証制)を2011年の試行実施を経て翌年より本格導入した。認証制は留学生の適切な誘致と支援体制の整備を大学に促すことを意図し、留学生受入れ状況の良好な大学には認証というお墨付きを与えながら、問題のある大学に対しては大学名を公表の上、ビザ発給制限によって1年間の新規留学生受入れを制限する措置を課した。韓国政府は、このような留学生受入れの質を向上させる制度を導入するとともに、2012年には20万人の留学生受入れ目標数を掲げた「Study Korea 2020 Project」を新たに発表し、質と量の両方を追求する方針を打ち出した(後に目標達成年は2020年から2023年に延期)。

 認証制の導入後は、韓国語能力の高い留学生の増加や留学生の不法滞在率改善といった一定の効果が見られた。ただし、大学の認証取得が任意であったこと、お墨付き(認証)のインセンティブ効果が薄かったこと、認証制の知名度が国外で低く留学生募集には特にプラスにならなかったこと、大規模校では認証制が求める多くの指標への対応に時間がかかったこともあって、認証校の増加は緩やかなものであった。また、中国の未登録留学エージェントを通じた質の伴わない留学生の一括大量誘致が問題となったことから、認証制では一つの国からの留学生比率が全体の95%を超えないように制限する指標が当初含まれていた。しかし、これが大学の留学生募集に少なからぬ負の影響を及ぼすこととなった。中国1カ国からの誘致に過度に依存していた大学をはじめ、多様な国々からの留学生募集にまで至らない大学では留学生数が減少したことから、認証制導入後3年間、韓国全体の留学生数は停滞する結果となった。事態の打開を図るため、韓国政府は語学力の条件緩和、並びに不法滞在率1%以下の認証を受けた大学の留学生にはビザ発給審査の簡素化やアルバイト許可時間の延長等の対策を取ったこともあって、留学生数は再び増加に転じ、2016年には留学生数が10万人に達した。

 韓流人気、韓国語能力試験(TOPIK)の実施国拡大(2017年現在74カ国)、韓国語教育機関「世宗学堂」の設置国拡大、在外同胞のための韓国語教育機関である「韓国教育院」の留学生誘致センターとしての指定等も、留学生の誘致の追い風となった。さらに、留学生誘致先の多様化を図るためアフリカや中東での韓国留学フェア開催、アセアンからの留学生に地方大学の理工系学部を体験させる「ASEAN優秀理工系大学生地方大学招請・研修事業」、欧米等先進国20カ国を重点国とする交換留学生対象の韓国政府奨学金の支給、認証された大学の大学院課程留学生を対象とした電子ビザの導入等、各種施策が次々に展開されている。

 認証制については、2016年に名称を「教育国際化力量認証制」と改め、第2期がスタートした。第1期では、大学の留学生受入れ体制を整備することに主眼が置かれていたが、第2期では「国際化力量が優れた大学を『認証』することにより、高等教育機関の質保証及び優秀な外国人留学生の誘致拡大」を目的とする旨、認証制の便覧に明記され、受入体制の整った大学における留学生受入れの拡大が明確に打ち出された。


表1 「教育国際化力量認証制」指標項目


 また、韓国政府は、留学生の場合、韓国人学生よりも教育と生活支援のコストがかかることを勘案し、留学生の授業料は先述した「大学授業料値上げ上限制」の対象外とすることを2016年に決定した。これにより、大学が自主的に留学生の授業料を決めることができるようになったことから、ソウルの大規模私立大学では、留学生の授業料を3~8%程度引き上げる動きが広まっている。入学金廃止と授業料抑制により大学はますます財源確保に窮しており、今後、留学生を新たな収入源とみなす傾向が強まることが予測される。

停滞する海外留学とトランスナショナル教育

 韓国人の海外留学生数は、2011年に26万2465人と最多を記録した後は、停滞気味である。その理由について、韓国での就職を考慮すると留学が国内でのネットワーク作りに不利だという判断や留学経験の希少性が薄れたとの認識によるものという報道が見られる。また、妻子を海外留学に送り出し、韓国に残って支える父親を「キロギアッパ(渡り鳥お父さん)」と呼んだ早期留学についても、同様に、国内大学卒に比べて海外大学卒の方が就職や進学に有利とは言えないという認識が広まり、2006年の2万9611人から2014年には1万907人まで大きく減少している。


図1 外国人留学生数、韓国人海外留学生数、及び教育貿易収支推移(韓国)


 韓国人の海外留学生数は、2011年に26万2465人と最多を記録した後は、停滞気味である。その理由について、韓国での就職を考慮すると留学が国内でのネットワーク作りに不利だという判断や留学経験の希少性が薄れたとの認識によるものという報道が見られる。また、妻子を海外留学に送り出し、韓国に残って支える父親を「キロギアッパ(渡り鳥お父さん)」と呼んだ早期留学についても、同様に、国内大学卒に比べて海外大学卒の方が就職や進学に有利とは言えないという認識が広まり、2006年の2万9611人から2014年には1万907人まで大きく減少している。

 それでも教育貿易収支の赤字は未だ解消されておらず、韓国政府はその対策とグローバル人材育成を意図して、仁川国際空港近くの仁川経済自由区域に「仁川グローバルキャンパス(IGC: Incheon Global Campus)」と称する海外大学村を造成した。そこに外国の大学を誘致(2018年6月現在、アメリカの大学3校、ベルギーの大学1校がブランチ・キャンパスを開校)することで海外留学の代替策を提供している。しかし、韓国では海外留学経験者が多く、実際に外国に行って学ぶことの価値の重要性が浸透しているだけでなく、少子化の影響で国内の高等教育が供給過剰というべき状況にあり、誘致された外国大学の授業料の高さも相俟って、それらの大学は十分な学生数を確保できていない。韓国政府はさらなる教育貿易収支の改善と優秀な留学生の誘致を念頭に、韓国の大学の海外進出を促進するため、2017年から2018年にかけて関係法令の改正を行った。これにより、海外分校の設置や海外の大学との共同教育課程の運営に加え、フランチャイズ方式による大学の海外進出が可能となった。

 以上のように、韓国では政権交代によって高等教育政策にも大きな変化が見られるものの、18歳人口減少が進行するなか、高等教育が供給過剰状態にあることには変わりなく、大学改革は待ったなしの課題となっている。政府、大学、地方自治体は、それぞれ教育貿易収支の赤字解消のため、人材獲得のため、大学存続のため、財源確保のためと、異なる目的や意図を抱えながら、大学国際化の名の下、留学生の量的拡大と質的向上を両立させるという難しい目標を掲げて、世界の熾烈な留学生誘致競争に参画している。

  • 韓国の教育部は、1996年に大学設立基準を最小化して特性化された多様な大学の設立を促進する目的で大学設立準則が盛り込まれた「大学設立運営規程」を制定して公布した。
  • 直近3年間の平均消費者物価上昇率の1.5倍以内に授業料値上げを抑制する制度。
  • 2004年の韓国人海外留学生数18万7683人に対して、韓国の外国人留学生数は1万6832人であった。

【主な参考文献】
馬越 徹(2010)『韓国大学改革のダイナミズム ワールドクラス(WCU)への挑戦』東信堂。
塚田亜弥子(2017)「韓国における外国人留学生受入の質向上に関する分析」『比較教育学研究』第54号,66-87頁。
塚田亜弥子・太田 浩(2018)「日韓における留学生10万人達成と留学生政策―留学生受入れにおける量と質の両立を中心に―」『比較教育学研究』第57号。


塚田 亜弥子 東京大学 教育学研究科 博士課程大学院生
太田 浩 一橋大学 国際教育センター 教授


【印刷用記事】
ダイナミック・アジアⅡ[9] 韓国の高等教育改革と留学生政策 塚田 亜弥子 太田 浩