生徒の意欲と基礎学力、学部学科とのマッチングを叶える育成型入試/九州産業大学

POINT
  • 産学一如(さんがくいちにょ)を建学の理想とし、近年学部等の新増設とKSU基盤教育等を中心に改革を推進してきた大学であり、現在9学部21学科を擁し、在籍者は1万名を超える総合大学
  • 中退率の低減、高大接続型入試への対応という課題に対して2018年度から育成型入試を導入
  • 中退防止に必要な意欲・基礎学力・学部学科のマッチングを強化するための入試プロセスを設計
  • キーとなるのはWCVとKSUアドミッションオフィサーによる面談及び面談内容の高校へのフィードバック
  • 初年度はプログラム登録者239名、面談者235名、出願者208名、合格者78名、志願倍率2.67倍となった

 九州産業大学(以下、九産大)は産学一如(さんがくいちにょ)を建学の理想とし、一ノ瀬理事長・山本学長の強力なリーダーシップのもと、近年学部等の新増設とKSU基盤教育等を中心に改革を推進してきた大学であり、現在9学部21学科を擁し、在籍者は1万名を超える総合大学である。小誌でも教育改革については別途取材させて頂いている(詳細はこちら)。
 今回は今年度から始まった育成型入試について一ノ瀬教務係長にお話をうかがった。

中退率の低減という課題感から生じたAO入試改革

 育成型入試導入に際しては、主に2つの課題感があったという。1つはどの大学にも求められている2020年からの高大接続型入試体制への移行、もう1つは中退率の低減であった。九産大全体の中退率は5.0%程で、全国平均の3.0%をやや上回る水準だが、入試種別で見ると、AO入試入学者の中退率が9.0%程であり、他の入試と比較して突出して高い値であった。しかし、AO入試は他の入試制度に先行して実施されるという性格もあり、入学者は増加の一途をたどっていたという。こうした問題に本格的に取り組み始めた2016年段階でAO入試入学者は429名だったが、2014年は276名、2015年は325名であった。AO入試は本来、学力以外の視点で、特に意欲面を重視した多面的評価による選抜である。そのAO入試入学者の中退率が高いということは、経営の基盤が揺らぎかねない事態であり、入試制度内容の見直しが必然とも言える状況だったのである。

 この「中退率の低減」は大学経営上優先順位の高い重点テーマとされ、学長直下の横断組織である高大接続推進に関するワーキンググループ(以下、WG)の一課題として議論された。学長を主査としたこのWGの構成員は、副学長、常務理事2名、教務部長、入試部長、事務局長、総合企画部長、教務部事務部長、入試部事務部長、短大事務部長、語学教育研究センター事務室長(兼)基礎教育センター事務室長に一ノ瀬係長を加えた、計13名であった。既存の部署に課題を紐づけず、全学横断テーマに高大接続推進を据えたことで、議論は加速する。

中退予防のために必要な要素を備えた入試設計へ

 WGの議論において、中退率の低減に必要な要素を何としたのか。
 一ノ瀬係長は「意欲と基礎学力、そして学部学科とのマッチングです」と話す。その3つが揃っていれば、少なくとも大学を辞めるという判断をする学生は減り中退予防につながる。だからこそ、AO入試はその3つを確実に引き出し、九産大で学ぶ意欲の高い受験生を求めるべきだと考えた。
 こうした背景から現行のAO入試改革として生まれたのが「育成型入試」なのである。

 WGでは中退に至るプロセスを以下のように分析した。自分の志向が分からない高校生が安易な情報収集や学部学科名だけで進路選択をしてしまい、ミスマッチを起こす。多忙な高校教員は入試制度の多様化への対応や進路指導時間の不足により個々に適した進路指導がしばしば困難であり、その是正が難しい。学生は意欲が低いまま大学を受験し入学するが、ミスマッチを起こした状態なので意欲は喚起されず、出席不振が成績不振につながり、やがて中退してしまう。このプロセスのどこを改善すればよいか、との問いに、入試を変えることで入学時点の状況を変容させることができるのではとチャレンジしたのが育成型入試である。その内容は、受験生を「育成する」という観点で生徒の学ぶ意欲や姿勢を確認した上で、大学の学びに接続するものである。以下、具体的に見ていこう。

 中退予防のため、入試改革以外に13もの施策が実行に移されたが、その中で2014年度から導入されたのがWCV(Weekday Campus Visit)だ。高校生が大学の通常授業に参加し、大学生として一日過ごすプログラムである。オープンキャンパスと異なり、普段の大学の学部授業を受講し、雰囲気も含めてどっぷり大学につかることができるため、高校生にも好評で、2017年度には参加者が1945名(NPO法人NEWVERY発表:2年連続参加者数日本一)に達したという。また、ガイダンスを受けて授業を受講した後、必ず振り返りワークを実施し、大学の日常や授業に参画したことによる意味づけを行っているという。育成型入試受験者も図表1に示した通り、①でプログラム登録後、②でWCVへの参加またはWebでの模擬講義の受講が必須となっている。これは一ノ瀬係長の言うところの「意欲」を喚起し、「学部学科とのマッチング」を測るプロセスでもある。

KSUアドミッションオフィサーによる育成プロセスと高校へのフィードバック

 このほかに、この入試制度特有の仕組みとして、KSUアドミッションオフィサーの存在がある。コーチ・コントリビューション(株)と提携したプログラムで2~3カ月のトレーニングを経て、認定試験をもって与えられる資格で、育成型入試で肝となる「育成」を担う存在である。現在所属部署を問わず11名の職員がこの役割を担っている。具体的には、プログラム登録者との面談で「何に興味があるか」「これまでどういうことをやってきたのか」等から本人の意欲と想いや考えを引き出し、方向性を定めることで受験生の育成に寄与する。入試判定は、こうした面談後の出願を経て行われる入試において、学部の教員が行う。KSUアドミッションオフィサーが行うのは面接ではなく面談であり、評価するのではなく「引き出す」のが役目である。そのあたりはしっかり訓練されていないとできないのだという。

 また、KSUアドミッションオフィサーにはもう1つ大事な役目がある。面談結果を高校に出向いてフィードバックするというのがそれである。これは、高校教員が普段向き合っている生徒に対する大学側の見立てを接続する意味合いで、大学側から見てその生徒がどのような意欲や考えがあるか、学部学科とのマッチングや成長の方向性等、面談によって明らかになった事実を高校と共有するものである。双方が生徒の将来を思い、高校教員と大学職員がコミュニケーションするこの場こそ、まさに高大接続ではないかと九産大は考えているという。普段高校の進路指導を行う教員からすると、その生徒の外部評価的な意味づけにもなるため、高校からも歓迎されるという。「KSUアドミッションオフィサーを担った職員からは、このフィードバックにやりがいを感じたという感想も出ました。やはり高校の先生方と共に生徒の進路について真剣に対話ができるからですね」と一ノ瀬係長は話す。

 育成型入試は、面談時点では評価を行わない。面談結果を高校にフィードバックすることで、進路指導に活かしてもらうのである。そのため、フィードバックから出願までに一定の期間を置いている。出願するかどうか、その学部にするかを含め、高校側に指導を任せるのである。このあたりにも、「高校と協力して同じ生徒を多角的に育成する」という入試のスタンスが表れている。

 今回の入試結果は、図表2にまとめた通りである。合格率は37.5%、志願倍率は2.67倍となった。昨年の通常AO入試が1.2倍~1.3倍だったのに比べ、大きく伸びたことが分かる。そのあたりに高校や高校生の期待値を見ることができるように思う。

入試が担う高大接続とは

 高校教育と大学教育を接続する位置づけにある大学入試は、高大接続の役割を積極的に担うように期待されている。入試が変わらないと高校教育は変わらないと言われて久しい。では入試における接続とは何を指すのか。大学教育で求められるスキルやスタンスと高校までの経験を接続するべく、各大学が工夫を凝らしているが、九産大の取り組みは「高校側からのバトンを受け取った大学側が評価ではなく育成に徹し、その状況を高校にフィードバックする」というプロセス設計で生徒個人の成長を担う役割を循環させている、稀有な在り方である。肝となるのは職員力であり、職員が自らの通常業務の生産性を上げ、こうした経営課題に時間を割いてほしい、と、一ノ瀬係長は話す。

 取材を通して感じたのは、九産大の面倒見の良さ等という曖昧なものではなく、学生を預かって育てるという明確な責任感・使命感である。WGの一課題である中退予防から議論が始まったというのも興味深い。中退とは、学生が何らかの理由で大学教育になじめずに離脱してしまうことであると考えると、高校段階での進路指導がいかに重要か分かる。しかし高校側からしても、大学の教育そのものへの理解が深くなければ生徒に本当に向いているかどうかを判断することは難しい。だからこそ、双方に精通した存在が必要となる。進路指導に高校に利するかたちで大学も介在し、面談での対話と高校へのフィードバックを通じて生徒の進路選択を見守るという今回の仕組みは、複数の大人が生徒の将来を思い、方向性を共有するという、温かくも確かな人生のガイドとなるものなのではないかと思う。

 当初の目的に照らし、九産大で学ぶ意欲の高い学生を創り出すプロセスとして設計された育成型入試が成功かどうかは、実際に入学者が中退せずに修学できるか、どの程度成長できるかを見ないと評価することはできないであろう。九産大としてはこれからIRを通じて成果を可視化し、今後の方策を練るという。新たな方策による学生支援の循環が根づき、九産大ならではの価値が多く創出されることを期待して、今後も注目していきたい。

編集部 鹿島梓(2018/3/16)