一般選抜における主体性等評価の手法開発/調査書評価、構造化面接、ペーパー・インタビュー/長崎大学
- 医学部、歯学部、薬学部、多文化社会学部、教育学部、経済学部、工学部、環境科学部、水産学部、情報データ科学部の10学部を教育研究展開する総合大学
- 1857年オランダ軍医ポンぺ・ファン・メールデルフォールトが設置した医学伝習所で幕府医官らに医学講義を開始したことを医学部医学科の起源とし、官立医科大学から国立大学になった旧六医科大学の1つ
- 2021年度入試の一般選抜において、全学部共通で面接(またはペーパー・インタビュー)導入等の方針を公表
長崎大学(以下、長大)は2021年度一般選抜において、全学部共通で以下3つの方針を公表した。
- 個別学力検査に思考力・判断力・表現力を評価するための高度な記述式問題を導入する
- 調査書を配点の対象とする(配点は合計の10%以下とする)
- 面接またはペーパー・インタビューを課す
いずれも学力の3要素を多面的・総合的に評価するための方策であるが、このうち②③について、テスト設計・開発・分析等がご専門である、アドミッションセンターの吉村 宰教授にお話を伺った。
一般選抜で主体性等評価を可能とするためにまずは調査書に着目
主体性等評価をどう行うかの議論は未だ多くの大学では総合型選抜が中心であり、手法は大半が面接だ。受験生が圧倒的に多い一般選抜における主体性等評価は、大学側には物理的な困難が大きく、受験生や高校は対策負荷が大きいというのが一般的な解釈であろう。
主体性等評価全般に関する長大の考え方について、吉村教授はこう話す。「高大接続に関する一連の議論を受けて、国として学力の3要素の多面的・総合的評価実施が決定しました。最終報告では、一般選抜においても主体性等を適切に評価するために、調査書や学習履歴・学修計画書等の資料を積極的に活用するよう求めています。ただし、その具体は示されていない。そのため、そうした書類のどこに着目すれば主体性等評価が可能かを検討する必要がありました」。
図1に示す通り、調査書は表裏で記載内容が異なる。表面は各教科科目の単位数と評定、評定平均と全体評定平均、学修成績概評(A・B・C・D・E)がある。裏面は出欠や特別活動の記録、指導上参考となる諸事項(5項目)、総合的な学習の時間の内容・評価等が記載される。2021年度からは裏面の「指導上参考となる事項」が拡充され、情報量が無制限の様式に変更された。そのため、増えた情報量を大学が適切に評価できるのか、調査書作成に係る高校側の負荷をどうするのかといった問題が顕在化している。
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図1 調査書フォーマット ※文部科学省「入学選抜実施要項」より抜粋
調査書の各項目について入試での評価を細かく検証する
長大を含めた国立六大学連携コンソーシアム教育連携機構入試専門部会事業(以下、六大学事業)では、こうした調査書の内容について、誰がどのように作成するのか、何を基準に評定をつけるのか、ほかにも高校での面接指導ではどのようなことが行われているのか等、高校ヒアリングを実施した。また、長大でも入学後の成績と調査書の関連を高校の入学偏差値も考慮して分析したところ、表面の成績評価部分は大学の成績との関連があると判明した。つまり、高校時代の評定が良かった学生は大学での成績も良い。また通常、評定は定期考査の成績と平常点(学習に向かう態度と意欲)で構成されており、模試の成績等は考慮されないため、指標としては受験対策的な点数というより、真面目に勉強したかどうかが表れる。即ち、自律学修が求められる大学での学修態度や成績と相関する傾向がある。よって、調査書の表面は大学教育との接続の観点からも評価対象とすべきとの結論を得た。
一方、裏面は主に活動の様子が記載されるが、例えば同じ部活でも吹奏楽の活動とサッカーの大会成績について比較して優劣をつけることは困難だ。また、調査書に記載されるのは学校が把握している活動のみであり、そうでない学外の優れた活動は記載されない。「相対比較ができないこと、記載内容が限定的であることは、入学者選抜で用いる資料として適切ではないと言えます」と吉村教授は言う。また、高校での取り組み自体も高校間格差があるうえに、自由記述は、記述者である高校の先生の筆力ややる気、生徒との相性等の影響を受ける。加えて2021年度からのフォーマット変更は、「今まで以上に『どれだけ書くか』の競争になってしまう懸念があり、高校に追加の負担を強いることは避けたかった」と吉村教授は言う。
大学教育に必須の学習態度を調査書で、それ以外の要素は面接で評価する基本方針
こうした検証を経て、長大は「調査書を配点の対象とする。ただし調査書記入担当者の主観で記入する箇所は配点の対象としない」という基本方針を固めた。また、表面で評価できる学習態度以外の素養を多面的に評価するために、全入試で面接を導入することを決めた。「国が全入試で学力の3要素を評価するべしと言っていることなので従ったまで」と吉村教授は謙遜されるが、この「やることを決めた」ということが重要なのだ。「できるかどうかをいつまでも議論する」のではなく「やると決める」ことで、周囲は方針を知ることができるし、学内では「どうすればできるか」という検討に本腰を入れることができる。
長大は医療系学部学科では従前より一般選抜で面接を実施していた。「学力試験では表れない医療従事者としての適性を評価するため」である。そして、学力試験の点数がいくら良くても面接の評価が著しく低い場合は不合格という判定基準があった。「面接という評価手法に対する理解があることは検討の追い風になった」と吉村教授は振り返る。
構造化面接の代替手段としてのペーパー・インタビュー
こうして基本方針は決定したが、吉村教授はここでもう一段踏み込む。「重要なのは、面接も教科科目同様にテストであるという認識を共通化することでした」。面接試験は学力では測れない要素を見るという趣旨からか、運用がファジーであり、問答も試験官の主観に任せるところがあった。吉村教授はそうした風潮に対して「教科科目試験として構造化する必要性」を訴えたのである。「面接官の主観に基づく評価手法を入試で用いることは適切でない。できるだけ客観的であろうとしなければならない」。2005年の着任以来こうした課題意識のもと、「面接の構造化」について、以下3点を面接の構造化に際する必要要素とし、何度もFDを開いて理解を浸透させていった。
- 評価したい資質についての共通認識を持つ
- 資質の評価に資する情報を収集することを面接の目的とする
- ルーブリックを用いて評価する
即ち、アドミッション・ポリシーに即して入試で評価する資質を定め、その資質を引き出す手段として面接を客観的に再構築した。これが構造化面接である。
さらに、一般選抜の受験者数が多い学部では面接実施の物理的な困難を不安視する声も多かったため、筆記による構造化面接として考案されたのが「ペーパー・インタビュー」という手法だ。構造化面接を一斉実施するための代替案である。そのサンプル問題を図2に示した。
「ペーパー・インタビューには試験官との問答がありません。そうした点も予め想定して問いに練りこんでいる。評価に資する情報を引き出すためには、問いの立て方が非常に重要です」と吉村教授は言う。作題は学部学科で担当教員がつき、ほかの教科科目と同様に扱われる。全学としての方針は全学入試委員会で揃えつつ、作題は学部のアドミッション・ポリシーに基づき各学部で行う。そのために、何度も学部に出向いて意義を説明し、FDを実施して手法についての共通理解を図り、足並みが揃うように尽力されたという。
図2 ペーパー・インタビューのサンプル問題
実証実験では、高校生からは「面接と違って緊張しないのがよい」「書き直せるのがよい」等、高校の先生からも「面白い」と、概ね高評価を得た。大学教育に必要な主体性等を一般選抜も含めた全入試で「評価」するための方策として、ペーパー・インタビューの有用性が広く示されることを期待したい。
カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2020/11/4)