県外から学生が集う教育力にこだわる地方小規模大学/美作大学

美作大学キャンパス


 大学は、最終学歴となるような「学びのゴール」であると同時に、「働くことのスタート」の役割を求められ、変革を迫られている。キャリア教育、PBL・アクティブラーニングといった座学にとどまらない授業法、地域社会・産業社会、あるいは高校教育との連携・協働と、近年話題になっている大学改革の多くが、この文脈にあるといえるだろう。

鵜﨑実学長

 この連載では、この「学ぶと働くをつなぐ」大学の位置づけに注目しながら、学長及び改革のキーパーソンへのインタビューを展開していく。各大学が活動の方向性を模索するなか、様々な取り組み事例を積極的に紹介していきたい。

 今回は、地方の小規模私立大学として教育力強化に取り組み続ける美作大学で、鵜﨑実学長にお話を伺った。

中国山地の“陸の孤島”でスペシャリストを養成

 美作大学が立地するのは岡山市からJRで1時間40分ほどの津山市。鵜﨑学長は「しかも津山線は1時間に1本程度。中国山地の“陸の孤島”」と言う。とても周辺地域からだけでは入学定員を満たせない。県内でも岡山市等の人口密集地域は自宅通学圏外であるため、地域外からの学生を積極的に募集し、約75%が県外出身者となっている。

 美作学園の沿革をたどれば、1915年(大正4年)に裁縫技術者・小学校裁縫教員養成を目的として設立された津山高等裁縫学校に行きつく。その後、1951年に短大、1967年に大学を設置。2003年に共学化して現名称となり、現在は、生活科学部1学部3学科(食物学科、児童学科、社会福祉学科)に約900名の学生が在籍している。

 管理栄養士、社会福祉士、保育士、小学校教員、介護福祉士等、地方社会の暮らしを支える人材育成に特化した大学として、「食」「子ども」「福祉」の3つの分野で活躍するスペシャリストの育成に力を注いでいる。

徹底的な教育力で他県から学生を募集

 他県(地元以外)からの学生募集を成功させる基本戦略として、次の4つの取り組みを行ってきたと鵜﨑学長は説明する。

 戦略1は、圧倒的な教育力を持つこと。「圧倒的」とは、類似する学科を持つ国公立大学の実績を上回ることを意味する。例えば、社会福祉士や管理栄養士の国家試験合格率は、全国の国公立大学の平均を上回っている。

 戦略2は、専門職への就職率ならびに故郷(出身県)へのUターン就職の実現。「ふるさとに戻すという、地方人材の育成をコンセプトにしています。Uターン就職率を高めるために、全学を挙げて教員が就職開拓訪問を行い、高知、島根、鳥取、愛媛の各県との就職開拓協定も締結しています」。

 また、資格取得に必須の学外実習・臨地実習を、学生の出身県で実施する取り組みも行っている。しかも、高知県、沖縄県といった遠方でも、その実習先まで教員が実習指導に赴くという手厚さだ。

 戦略3が、「個々の学生に寄り添う面倒見の良い学生指導」。「教員が学生の相談に応じる『オフィスアワー』を文科省が推奨したことがありましたが、本学ではそんなものは必要ない。学生はいつ教員のところに来てもいいのです」。退学率が年間1.6%と全国平均2.7%に比べて低いことも、「面倒見の良さの見える化」だと鵜﨑学長は言う。

 戦略4は、広報宣伝による知名度のアップで、これらの結果、「教育の美作」と評判を呼ぶようになってきた。

食・子ども・福祉のスペシャリストを養成する“教育力の美作”

地方小規模大学だからこその密接な関係性

 「陸の孤島」であることは大学運営上のハンディだが、「逆に大きなアドバンテージかもしれない」と鵜﨑学長は言う。学生それぞれが地域とつながりやすく、学生同士の距離も、学生と教員との距離も自然と近くなるからだ。交通事情もあって、県内出身者を含めほとんどの学生が津山に住み、アルバイト先も津山市内。「みんなが地域とつながりながら生活している。津山がキャンパス、学びの場になっている」。

 しかもその中心は、人間関係の濃密な大学だ。ここは地方の小規模大学ならではの良さだろう。例えばクラブ、サークルの加入率も8割以上で、2つ3つと入っている学生も少なくない。その活動で、授業が終わってもキャンパスにとどまる。それだけ居心地がいいのだろう。

 「簡単に言えば、アットホームという言葉が本学の特徴。学習面でも、集まってお互いに学び合う、分からないところを聞き合うグループ学習の風土がある。得られるものは知識だけではなく、友達の頑張りを見ることです」。

 加えて教員も、学生との距離が近い。鵜﨑学長は、関係が密であることの効果をこう説明する。

 「学生が気楽に『先生これ、やりましょうよ』と言ってくる。言われれば教員は『よし、一緒にやろうか』となるものです。つまり教員は、学園の管理職に働かされているのではなく、学生によって働かされている。そこにあるのはやらされ感や義務ではなく、自主性です。

 この良さは、絶対に損なってはいけない。学生と共に歩む教員という基盤があって初めて、『教育の美作』は成り立っていると思っています」。

具体的取り組み内容(就業観)

 美作大学の学生は、「家の近くのあの保育園に就職したい」「あの病院の社会福祉士になろう」というふうに「働く」の具体的なイメージを持っていることが多いという。その一方で、仕事の中身という意味での職業理解には甘いところがあると、鵜﨑学長は課題感を抱いている。

 「例えば保育士になるためには、子どもがかわいいだけではすまないし、食べ物を作るのが好きだとかいうだけでは、栄養士になることとは距離がある。ですから、その職業のために大学でどういう学びをしなければならないかを、学生自身に理解させることが、まずもって先決だろうと考えています」。

 ここでも「地域」「学生同士」「教員」の密な関係性が活かされる。地域の中は、暮らしを支える専門職の人達の話を聞くことができる。現場経験者が多く揃う教員も、仕事に即した教育ができ、1年次から仕事の意義等を徹底的に教え込む。そのことで、学生は学びの大切さを理解し、意欲を高めていく。

 さらに効果的なのは学生同士の関わり、とりわけ先輩の語りかけだという。「先輩の声は、自分の明日なんですね。自分も明日の姿をイメージしながらいますので、教員が語りかけるより格段に説得力が高い。伝えることは、地域の人達の健康であるとか、あるいは福祉のサービスをいかに届けるかというような、仕事に臨む思いがまず一つ。もう一つは、大学の学びがどう今につながっているのか。1年生の時から『先輩講話』を比較的多く、なるべく全体に取り入れるようになっています」。

資格取得対策は委託せず、理念を1年生から

 美作大学が、社会福祉士、管理栄養士等の資格取得対策を本格的に始めたのは15 年ほど前だ。「資格対策」というと、外部に委託する大学も多いなか、美作大学はそれとは異なり、大学の教員が1年生から4年生まで対応している。「管理栄養士なら管理栄養士の学びは、1年生から始まっている。国家試験に合格するための学びは、その延長線」という考えからだ。例えば福祉がいかにこの世の中に求められているかの理念を1年生2年生に教え込むのも教員であり、4年生になって試験に合格させる責任を持つのも教員だ。

 「現場経験のある教員に教え込まれた理念は根っこになり、幹となる。学生達がグループ学習でお互い学び合うことで、枝葉が伸び、大きな茂みを作っていく」と鵜﨑学長は表現する。

 共に試験に臨む仲間だけでなく、先輩の役割も大きい。「先輩講話は1年生にも行っていますが、4年生への講話になると、国家試験のこの時期は何を勉強していた、模擬テストの点数はまだ5割台だった、焦っていたというグラフまで出てきます。そういう生の話を先輩から聞くと、すごい刺激を受けるんですよ」。

 こうした指導は合格率だけでなく、高得点での合格にもつながっている。以前は合格ラインの6割ギリギリの合格がほとんどだったが、近年は平均点が8 割近いという。「人の体を預かる仕事が、7割とか6割でいいと思ってるの、8割取らなかったらプロにはなれませんよという話を学生にぶつけるようになった。結果、ギリギリ合格はなくなりました」(鵜﨑学長)。

 とはいえ、国家資格の取得課程には多くの条件があり、自由度が低い。美作大学のカリキュラムも、他大学と大きな違いはない。だとすれば、入学者の学力に幅のある美作大学が、卒業時には国公立を上回る成果をあげている秘訣は何なのか。

 「それが知りたいとよく聞かれますが、結論は『まねできるものではない』。やはり、教員と学生との距離と、学生間の密なる距離なのです。人間関係が形成されているということです」。

津山高専と共同で社会課題にチャレンジ

 地方小規模大学ならではの強みを活かして教育成果を上げてきた美作大学だが、今後の課題や抱負もまた、地方の小規模私立大学が生き残れる方法の模索につきると鵜﨑学長は言う。

 「地方は要するに官尊民卑です。少子高齢化に向かい、地方の18歳人口がますます減っていくなかで、国立大学は収容定員を減らさない。さらに、公立大学の新設ならびに定員増が進行している。どうなるかというと、わずかな私学進学者を私学が奪い合っている。これはもっと顕著になっていくでしょう。そうなればつぶれるしかない。公財政補助も官民で大きな差があり、現行制度においては、公立化しか選択肢がないということにもなりかねません」と鵜﨑学長は危機感を募らせる。

 「だから、どういう手があるか地域の人と一緒に考えていかなければ。地域が設立した経緯から特定のオーナーのいないこの大学を、地域の人達がどのように守っていくのかという話を、公立化の議論も含めてしている最中ですが、なかなか難しくて」。官尊民卑の風土が追い打ちをかけ、地域活性化でも国立の岡山大学を頼ろうとしがちで、地元私立の美作大学を活用する発想になかなかならないのも、悩みの種という。そして大学それぞれに地域貢献の役割に違いがあって、それを活かしてもらいたいという。

 鵜﨑学長は、「困難な課題を抱えており、その解決に工夫が必要な地方こそが、国際的な広い視野を持って社会に貢献できる人材を育成する必要がある」と、グローバルにも目を向ける。その観点から2018年、津山工業高等専門学校と共同で、世界の共通目標SDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けて取り組むことを宣言した。

 鵜﨑学長は、「地方の人材を育てるとはなんぞやということが背後にはあります」と話をしめくくった。


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


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