【寄稿】日本のアントレプレナーシップ教育を どう設計するか/東京大学 FoundX ディレクター 馬田隆明 プログラムマネジャー 冨田佳奈


東京大学 FoundX ディレクター 馬田隆明 プログラムマネジャー 冨田佳奈



日本のアントレプレナーシップ教育の現状と課題


 世界的にアントレプレナーシップ教育(以下、文字数の関係で「アントレ教育」と略す)が注目され、日本でも急速に広がりつつある一方、教育現場では次のような課題が起こっている。

  • アントレ教育の授業設計をどうすればよいか分からない
  • アントレ教育の授業をどう改善すればよいか分からない

 これらの背後には、(1) 概念の混乱とそれによる教育内容の混乱、(2) 不明瞭な授業の目標、 (3) 授業改善の指針の不足、といった複数の課題が隠れている。

(1)概念の混乱とそれによる教育内容の混乱

 まず、アントレプレナーシップという概念は世界的にも多義的かつ曖昧であり、日本では翻訳過程でその混乱がさらに増している。

 アントレプレナーシップは起業家精神と訳されることが多いが、英語ではentrepreneurshipと書かれ、リーダーシップ等と同じ “〜ship” の語が示す通り、教え・練習し・観察して評価しうる資質・技能を含む概念である。ところが、起業家「精神」という訳語に引き寄せられ、教育できないと誤解されたり、知識やスキルが軽視されたりする。そのため、アントレプレナーシップを「起業家性」として訳す提案がなされている(※1) 。

 また、広義と狭義のアントレプレナーシップの混同も散見される。Lackéus(2015)(※2)では、アントレプレナーシップを広義と狭義に分けて議論することが提案されている。

 狭義のアントレプレナーシップは個人がビジネスを創出する能力を指し、広義のアントレプレナーシップは個人的な開発やイニシアチブを取ることといった、一般的な場面に応用できるより広い知識やスキル、態度が含まれる。

 対象者により授業内容はビジネスを扱うか、そうでない内容を扱うかを配慮しなければならないが、これらの概念の混同により、教育内容が混乱する傾向にある。



(2)不明瞭な授業の達成目標

 通常の教科は、発達段階や専門科目の学習状況に応じて、「何を (What)」「いつ教えるか (When)」がおおよそ定まっており、教員は「どう教えるか (How)」に注力すればよい傾向にある。しかし、アントレ教育はいずれも自由度が高い。

 そうした自由度の高さは、教員の創意工夫を促す良い面もある。一方で、教員自身が「何を授業の到達目標とするのか」を強く意識してコースを設計し、しかもその内容が的確でなければ、学生の学習には結びつかない。例えば、一般的なビジネスの方法を教示したところで、アントレプレナーシップが身につくとは限らない。

 本来、コースをデザインする際には、望ましい結果を特定し、次に評価の基準や方法を決定し、最後に具体的な授業内容を設計するという逆向き設計が望ましい。すなわち、最初に「どの資質・能力をどの水準まで育てるか」を定め、その達成を測る評価観点・評価方法を先に設計し、最後に実際の授業の内容を設計すべきである。しかし現状は、その達成目標が曖昧なまま授業設計が進められることが多い。

(3)授業改善の指針の不足

 達成目標がはっきりしないことは、学生の評価や、授業自体の改善の難しさへとつながる。

 本来であれば、学生の学習状況を適切に評価し、もし目標に達していなければ、授業内容を改善していくべきであるのに、学習の評価ができなければ、達成状況が分からない。その結果、便宜的に授業直後の学生からの「参考になった」「楽しかった」といった感想や満足度をもとに授業の良し悪しを評価しようとしてしまう。しかしこうした満足度調査では、学生にとって新規性の高い授業や楽しい授業に対して高い評価がつきやすく、たとえ教育内容に問題があろうと問題に気づけないため、授業の改善も行われづらい。

 アントレ教育はこうした要因により適切な設計や改善が行われづらいという、構造的な問題を持っていると考えられる。この状況に対し授業設計や評価を行いやすくするために、アントレ教育を通じて涵養するべき標準的な「アントレプレナーシップのコンピテンシー(資質・能力)」として、日本版EntreComp(※3)v1を定めることを試みた。


日本版 EntreComp v1
開発の経緯と特徴・狙い


 日本版EntreComp v1は、教職員が自らプログラム設計を行う際に参照できる枠組みとして、アントレ教育で伸ばしたいコンピテンシー(資質・能力)を整理したものである。EUが2016年に定めた EntreComp(Entrepreneurial Competence Framework)を参照しつつ、日本の高等教育の現場で使える最小単位へと再設計している。

 EntreCompは初等教育から高等教育までをカバーする見取り図で、包括的である一方、伸ばすべきコンピテンシーの観点が 15と多かった。日本のアントレ教育は発展途上であるため、全てを提示すると実装が難しくなると議論し、 15のコンピテンシーの中から、日本の授業設計にとって核となる3つの資質・能力を日本版 EntreComp v1のコア・コンピテンシーと定義した。

 さらに、EntreCompでは15のコンピテンシーに対して60のスキル(EntreCompではスレッドと説明)が定められているが、数が多いため、日本版EntreComp v1では3つのコア・コンピテンシーに対して10個のコア・スキルと整理した。その際には行動を通じた経験を経ることで、態度の涵養や知識の習得につながるとの前提に立ち、まずは行動を促し、ひいては行動の成功確率を高めるスキルの伝達に注力する構成とした。

 3つのコア・コンピテンシーと10のコア・スキルは次の通りである。

  • 機会の発見
    「問いを立てる」「情報を探索する」「アイデアを作る」
  • 資源の動員
    「今ある資源を認識する」「今ある資源を活用する」「足りない資源を獲得する」
  • 不確実性、曖昧さ、リスクへの対処
    「不確実性、曖昧さ、リスクを見極める」「試してみる」「意思決定をする」「学びを得る」

 総じて日本版EntreComp v1は、「目標とするコンピテンシーの数を減らして使いやすくする」「行動に焦点を当てる」点を意識して作成しており、教育現場における実用性と持続性の向上を狙っている。

高等教育機関における日本版EntreComp v1の具体的な活用法

 実際にアントレ教育のコースを設計する場面では、日本版EntreComp v1の10のコア・スキルを見取り図として用い、時間制約の中で「どのコア・スキルを主に伸ばすか」を選択する。なお、1つのコースだけで全てのコア・スキルを伸ばすのは難しいため、コースごとに強弱をつけるのが望ましい。

 次に、選んだコア・スキルに学習活動を紐づける。日本版EntreComp v1では各コア・スキルを伸ばす具体的な学習活動を提示し、活動にハッシュタグを付けて可視化する運用を提案している。例えば「情報を探索する」というコア・スキルには、取材やインタビュー、現場の観察等を学習活動として例示している。それぞれ、#インタビュー調査、#観察調査といったタグで整理する。タグにより、学生は自らの学習行為をメタに把握しやすく、教職員も活動の設計や説明を行いやすくなる。

 加えて学習活動を設計する際には学生の具体的な行動へ分解して指示することを推奨している。例えばインタビュー調査を行うという学習活動だけでは、学生が具体的にどのような行動をするかが分かりづらい。そのため、インタビュー調査で行う活動を細分化し、「インタビュー相手をリストアップする」「インタビュー項目を考える」というように、より細かな行動の設計を行って、学生が迷わずに行動できるようにすることが肝要である。

 以下は日本版EntreComp v1を活用したクラス設計の例である。それぞれ涵養するコア・スキルには強弱がつけられている。

【活用例1】全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム

 全国アントレプレナーシップ人材育成プログラムは2日間という短期集中型の構成となっている。ここでは「試してみる」「意思決定をする」「学びを得る」を重点に置き、実践→振り返り→改善→再実践に時間を配分する。「問いを立てる」「今ある資源を認識する」は時間の都合で簡略化することがある。「アイデアを作る」は既存アイデアの改良に絞るため、コア・スキルとしては重視せず、触れる程度に留まる。「足りない資源を獲得する」では、インタビュー相手の獲得等を学生が担う。

【活用例2】政策を題材にした4日間のワークショップ

 アントレ教育は決してビジネスにとどまるものではない。そこで『公民』とアントレ教育を接続し、「社会課題を政策で解決する」という活動の中でアントレプレナーシップを涵養する試みも行われている。このワークショップでは、国や地域の社会課題を題材とし、社会課題の調査→課題の特定(仮説構築)→住民インタビュー(仮説検証)→解決策となる政策の立案→行政担当者・議員へのピッチ→振り返り、という流れで構成されている。コア・スキルとの対応関係としては、社会課題を深掘りするところに時間をかけるため「問いを立てる」「情報を探索する」に重きを置いている。一方、立案する解決策については既存政策の参照や転用が前提のため、「アイデアを作る」は弱い。


今後のアントレプレナーシップ教育の展望と、高等教育の教職員への期待


 ここまでアントレ教育について述べてきたが、アントレ教育に関わる授業の設計の基本は、ほぼ全て通常のインストラクショナルデザイン(ID)や教育学の知見に基づいている。アントレ教育の設計を学ぼうとする際には、まずIDや教育学の書籍を読むことをお勧めする。

 また、アントレ教育は、ビジネス教育とは異なる設計をするべきだとも強調したい。新たにアントレ教育が求められてきたのは、商学部やビジネススクール等で行われてきた従来の教育では成せなかったことがあったからこそだと考えれば、それらと異なる教育ができて初めて、アントレ教育はその意味を持てるようになる。そしてもし今後、アントレ教育が広く市民権を得られるとしたら、それは「ビジネスでの起業ができる人を育てる」という目的を超えて、「様々な状況で起業家性を発揮できる人を育てる」ことができる教育として評価されるときであると考えている。

全国の高等教育機関の経営層に対する期待やメッセージ

 アントレ教育を適切に行っていくためには、ここまで議論してきたような概念を峻別したうえで、自校の学生にとって本当に望ましいアントレプレナーシップとは何なのかを明確にする必要がある。そのうえで、アントレ教育を受けた学習者が、どうなっていてほしいかをきちんと考えてほしい。

 ビジネスの起業に関する講義を1コース用意し、15時間程度学習すれば、アントレプレナーシップを身につけられるかというと、決してそんなことはない。数年をかけてどう涵養していくのか、また正課外の活動をどう用意していくのか等も重要な視点である。そうした意味でも、より広い視点でアントレ教育を考えてほしい。

 アントレ教育は、単なるビジネススキルを教えるものではなく、人間の成長や可能性を伸ばす全人的な教育の側面に近い。そのため、その概念はしばしば捉えどころがなくなりがちであるが、逆に言えば、決して特別なものではない。IDや教育学の知見が使えるのもそのためである。

 その意味で、自校でのアントレ教育の実装を考えることは、「自校の教育とは何か」を問い直す良い機会となるだろう。アントレ教育の検討を通じて、自校の教育の成果とは何か、学習者に何を身につけてもらうべきかを深く考える機会として活用してもらいたい。




  • 田辺大. (2022). ソーシャル・アントレプレナーシップ(social entrepreneurship)の日本語訳の研究. ノンプロフィット・レビュー , 21(1+2),71–80. https://doi.org/10.11433/janpora.NPR-D-21-00005
  • Lackéus, M. (2015). Entrepreneurship in education: What, why, when, how.(OECD Local Economic and Employment Development (LEED) Papers, No.2015/06). OECD Publishing. https://doi.org/10.1787/cccac96a-en
  • European Commission. Joint Research Centre. (2016). EntreComp: the entrepreneurship competence framework. Publications Office. https://doi.org/10.2791/593884




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