【寄稿】未来を切り拓く「生きる力」 アントレプレナーシップ教育/文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室 技術参与 米田哲郎

【1】アントレプレナーシップ教育の意義
近年、社会・経済の変化は一層加速し、テクノロジーの進展、人口減少、地域の課題の多様化、そして地球規模の環境変動など、予測困難な時代に突入している。こうした不確実性の高い時代においては、既存の枠組みに従うだけではなく、自ら問いを立て、周囲と協働しながら社会に新たな価値を創造していく人材が求められている。
令和7年2月に公表された中央教育審議会の答申「我が国の『知の総和』向上の未来像~高等教育システムの再構築~」においても、「知の総和(数×能力)」の向上を通じて、持続可能で活力ある社会の実現を目指すことが高等教育の将来像として掲げられている。また、育成すべき人材像を「持続可能な社会の担い手・創り手として、真に人が果たすべきことを果たせる力を備え、人々と協働しながら、課題を発見し解決に導く、学び続ける人材」と明示している。
アントレプレナーシップ教育(以下「アントレ教育」という)は、このような人材育成に資する教育の一つである。文部科学省では、アントレ教育を通じて、「自ら課題解決に向けてチャレンジし、他者との協働により解決策を探求したりすることができる知識・能力・態度」を育むことを目指している。「アントレプレナーシップ」は、「起業家精神」と訳され、起業家だけに必要な素養であると認識されることが多いが、自ら未来を切り拓くために必要な「生きる力」であり、全ての人に必要不可欠な能力である。


【2】大学等におけるアントレプレナーシップ教育の現状と課題
近年、大学や高等専門学校等におけるアントレ教育の導入が広がっている。令和4年度科学技術人材養成等委託事業「全国アントレプレナーシップ醸成促進に向けた調査分析等業務」の調査では、アントレ教育を実施する大学等の割合は、令和4年度の33%から令和6年度には40%へと拡大した。一方、大学生等におけるアントレ教育の受講率は、令和4年度3.2%、令和6年度5.2%と依然として限定的な状況である。また、アントレ教育導入における最大の課題として、令和6年度には約72%の大学が「指導教員の不足」を挙げており、大学側の体制整備が急務となっている(図1)

このように、アントレ教育の重要性が認識されつつも、教育機会の拡充や教員育成といった教育基盤の強化が今後のさらなる醸成の鍵を握っている。
【3】文部科学省におけるアントレプレナーシップ教育の施策について
こうした現状と課題を踏まえ、文部科学省では、多層的な施策を展開している。まず、令和2年度から内閣府により選定されたスタートアップ・エコシステム拠点都市を中心に、全国約140の大学が持つ教育プログラムのノウハウを活用して、小学生から大学院生までに対してアントレ教育を実施する「大学発新産業創出プログラム(START)」 を推進し、課題解決に向けて思考法の習得や、仮説検証等を行う教育機会を提供している。さらに、令和7年度からは博士課程学生を対象にしたプログラム内容を拡充し、各専門分野の知見を活かした事業化を想定した、実践的なアントレ教育プログラムを開発・実施することとし、ディープテックを活用した起業に必要な知識や能力を座学・ワークショップ・海外派遣などを通じて体系的に提供している。
加えて、全国の希望する全ての大学生がアントレ教育を受講できる環境構築に向けて「全国アントレプレナーシップ醸成促進事業」を実施している。本事業では、学生・教職員向けのアントレ教育の受講機会創出に加え、国内外のアントレ教育の実施状況の調査、効果検証手法の整備及び情報発信のプラットフォームの構築等を行い、アントレ教育の裾野拡大と質の向上に向けた取組を実施している。
さらに、持続的にアントレ教育が実施される環境整備を行うために、教員が授業内容・方法を改善し向上させるための取組として、教職員向けのファカルティ・ディベロップメント・プログラム(以下「FDプログラム」という)として、授業設計方法を学ぶワークショップ等を行っている。特に、過年度のFDプログラム受講者が翌年度の学生向けプログラムの設計・運営に携わるなど、学びの循環を育み、実践の機会を創出する構造となっていることが特徴である。
また、令和7年3月には、アントレ教育のガイドとして「日本版Entre Comp v1」を公表した。「日本版Entre Compv1」では、幅広い年齢層を対象として数多くのコンピテンシー(資質・能力)を取り上げている「EU版Entre Comp」を基盤として、日本の教育現場に適した3個の「コア・コンピテンシー」と10個の「コア・スキル」に整理し、コア・スキルを涵養するための学習活動の事例を紹介している。各教職員が、自ら授業の設計意図を整理し、不足や偏りを可視化することで、教育の質をさらに高めることが期待されている(図2)。
加えて、令和7年3月に、文部科学省と経済産業省は、全国にアントレ教育を広く届けること等を目的として、全国の地方公共団体及び産業界と連携を強化し、各取組を全国に広く展開する官民連携の枠組である「Japan Entrepreneurship Alliance」(ジャパン・アントレプレナーシップ・アライアンス)を立ち上げた。本アライアンスを通じて、アントレ教育の質・量の拡大を図るとともに、全国のアントレ教育の機運醸成を目指している。

https://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/sangaku/mext_00027.html

https://www.mext.go.jp/entrepreneurship-education/alliance/index.html
【4】各大学の取組について
近年の大学におけるアントレ教育は、導入から定着化に向けた取組が進みつつある。正課科目での必修化やセンター設置等を通じて、持続的かつ体系的にアントレ教育を実施する大学が増えてきている。今回、既に体系立てて取り組む4つの大学(名古屋大学、千葉大学、立命館大学、武蔵野大学)の事例を紹介する。
(1)名古屋大学
名古屋大学は、令和7年度より全学的にアントレ教育の必修化が行われている。本運営の中心的役割を担う「ディープテック・シリアルイノベーションセンター(Dセンター)」は、全学部1年生を対象に基礎的なアントレプレナーシップ科目を導入し、入学初期から課題発見力・構想力・行動力を涵養する教育体系を整備した。これにより、専門分野の学修と並行して「自ら価値を創り出す学び」を全学生が体験できるようになった。同センターではさらに、学部から大学院、社会人教育までを一貫的に捉え、初歩的素養から事業化・社会実装に至るまでのステップ型カリキュラムを構築している。必修化は、単なる教育拡張ではなく、大学発のイノベーション創出を図る全学的な改革として実施されている。
(2)千葉大学
千葉大学は、令和7年度にアントレプレナーシップセンターを設置し、大学の学術研究支援と産官学金連携によるイノベーション創出を目的とした学術研究・イノベーション推進機構(IMO:Innovation Management Organization)、子会社の株式会社千葉大学コネクトと連携した教育・研究・社会実装を一体的に推進している。同センターは、医薬・理工・人文社会などの分野を超え、「深い教養に基づく課題設定力」と「社会に挑戦するグローバルな実践力」を備えた人材育成を目的とする。学部生から研究者までを対象に、教育プログラム提供、GAPファンド、アクセラレーション、Demo Dayなど、教育と実践を接続する仕組みを構築している。
また、本センターでは開発したアントレ教育の教材を用い、小・中学校及び高等学校等を対象にアントレ教育を展開している。地方公共団体や地域企業を巻き込んだ形で授業の設計から実践までを伴走支援し、地域課題をテーマに子供達のチャレンジ精神と行動力を育む教育を実行している。
(3)立命館大学
立命館大学では、社会課題の解決を志す構成員の挑戦を支援するプラットフォーム「RIMIX(Ritsumeikan Impact-Makers Inter X Platform)」を中心に、小学校から大学院までを横断したアントレプレナーシップ教育を実施するとともに、挑戦を支える学内外の人的ネットワークを形成する全学園の体制を構築している。
「EDGE+Rプログラム」では、デザイン思考に基づく価値創造と実践プロセスを学ぶPBL型プログラムを実施、「学生ベンチャーコンテスト」では全国の大学・高校の参加者が独自のビジネスアイデアにて切磋琢磨している。また、令和7年度にびわこ・くさつキャンパスに開設したグラスルーツイノベーションセンターには登記できるスペースが用意されている。このような取組を通じて、挑戦と共創が根づく仕組みを社会と共に築いている。
(4)武蔵野大学
武蔵野大学は、令和3年度に「アントレプレナーシップ学部(Entrepreneurship Musashino Campus:EMC)」を設置し、高い志と倫理観に基づき、失敗を恐れずに踏み出し、新たな価値を創造する人材を育成している。EMCでは、「マインド」「スキル」「プロジェクト」を三本柱に、アントレプレナーシップを学ぶだけでなく、実践を通して価値を創造する教育を展開している。教員にはスタートアップ経営者、ベンチャーキャピタリスト、NPO創業者など実務家が多数参画し、実社会に根差したPBL・デザイン思考・ピッチなどが実施されている。さらに、1年次には全学生が教育寮で共同生活を送り、国内外から集う仲間と切磋琢磨する環境があり、2年次には全員参加型の海外スタートアップ研修等を通じて、アントレプレナーシップを涵養する機会が設けられている。
【5】全国の高等教育機関の経営層に対する期待とメッセージ
最後に、本稿をお読みの全国の教育に携わる皆様にメッセージをお伝えしたい。
どうか、アントレ教育を、数ある教育プログラムの一つとしてではなく、次世代を左右する、全学的な基盤教育として位置づけていただきたい。人文社会、理工、医歯薬、芸術といったあらゆる分野の知と行動力が掛け合わさることで、予測不能な化学反応が起き、イノベーションが生まれるのである。
また、アントレプレナーシップ教育は、受講者が学びを受けた日だけでなく、受講後も学生が日常で問いを立て、行動を起こし続けることが真の成果であり、持続的に発展する日本をつくる原動力となる。
そのためには、学内に「挑戦を称賛し、失敗を許容する文化」を意図的に醸成することが不可欠である。学生が突拍子もないアイデアを語った時に、それを面白がり、支援する教職員がいるか。教員が新たな教育手法に挑戦し、たとえ失敗したとしても、そのプロセスを評価する制度があるか。学校の経営層にしかできない、覚悟を持った改革が求められている。
特に、学生に最も身近な存在である教職員の皆様の協力は必須である。教職員自身が、日常に対して常に問いを立て、楽しそうに挑戦する「背中」を見せること。それが、学生に対する何よりの教育となる。
全国各地でアントレ教育の機会が生まれることで、次世代を担う若者達は、変化を恐れるのではなく、変化を創り出す側に立つだろう。一人ひとりの挑戦の総和が、この国の未来を明るく照らすと、固く信じている。その実現に向け、皆様と共に歩みを進められることを心より願っている。

https://entrepreneurship-education.mext.go.jp/
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