Case “生徒の可能性を拓く”高校実践事例①津山東高校(岡山・県立)

【総合的な探求の時間】
地域に飛び出し、失敗や成功経験を経て、自走する生徒を育てる

津山東高校(岡山・県立)

【目指す生徒像】自分で考え、他者と協働し問題解決できる生徒

岡山県津山市に立地し、普通科、食物調理科と五年一貫の看護科・専攻科をもつ多様性が魅力の津山東高校。「行学一如」を校是とし、机上の学びだけでなく実践に重きを置く教育が 特徴。10年以上前から地域での社会貢献活動に積極的に取り組んでいる。2011年、2012年には県教委の総合的な学習の時間の推進校に選ば れ探究学習に力を入れてきたが、地域活動への参加は一部の有志にとどまっ ていた。これを、全員参加の取組とするため、2015年度に委員会を立ち上げ、総合的な学習の時間を再編成。2016年度から、地域で学ぶ課題発見解決型の探究学習「行学ぎょうがく」を、1年 から3年まで全員参加でスタートした。

「『行学』をスタートするにあたり、全教員で育てたい生徒像を議論して導き出したのが、『カラを破ろう!人とつながろう!』というスローガンです」と園田哲郎校長。主体的な学びと協働的な学びにより、社会に貢献できる人材を育成したいという思いが込められている。その背景を、主幹教諭・進路支援部長の久常宏栄先生はこう語る。「本校に入学する生徒は、〝素直でまじめ〞。ポテンシャルはあるのにがんばりきれない、『勉強も部活もそこそこで、高校生活が楽しければいい』という生徒が多かった。もっと突き抜けてほしかった」

そのためにどんな仕掛けが必要なのか。鍵となったのが地域連携だ。これまで有志を中心に行ってきた地域連携活動で、「教室ではおとなしくて目立たなかった生徒が、学校の外では大人と上手に接したり、活動を通して自己肯定感を高め、大きく成長する姿を多数見てきました」と久常先生。この活動を全員参加の探究学習にすれば、生徒たちは必ず変わるという確信があった。
「学校という狭い世界にとどまっていないで、外に出ていろいろな価値観をもつ大人と出会う、そこで自分の意見を言う、地域の人たちと一緒に何かを創り出す。その過程で、自分にもできる、自分も社会を変えていけると実感してほしい。そこから自分のやりたいことを見つけ、『なんとなく大学を選び、なんとなく就職する』という流れを変えたかった」

過去に、進学・就職した卒業生が、思いと現実のずれを感じて進路を変更する姿を見てきたという久常先生。「社会に出る前に外の世界と関わり、成功や失敗も経験しながら仲間と協働し、問題解決できる力を身につけさせたい」と、「行学」の狙いを語る。

後列中央:園田哲郎校長、右:久常宏栄先生、左:地域コーディネーター三宅康太さん

【実施内容】地域に出向き、地域の課題や魅力を発見

「行学」は、生徒が地域に出向いてフィールドワークを行い、そこで見つけた地域の課題や魅力について、課題解決あるいは魅力発信の方法をグループで考え、中間発表でのアドバイスを基に実践し、ポスターにまとめステージで発表を行う。このプロセスを通して、コミュニケーション力、深く考える力、さまざまな視点から考える力、協働する力、実践する力、課題発見解決力、論理的思考力、発信力、変化に対応する力を育てていく。これまで、地域の子どもとお年寄りが集う「段ボール釜でピザつくり」、観光客集めのための「地元特産のきゅうりを使ったジェラートづくり」など、さまざまな取組が実現している。

企業や地域の人にアポイントを取るのも、インタビューを行うのも生徒。教員は、事前の下準備や必要に応じたサポートはするが、基本的に手を貸さない。「同行すると先生の顔色を見たり頼る気持ちが出てしまうので、同行もしません」と久常先生。グループ分けはランダムに行い仲良しでかたまらないようにしている。知らない生徒とも協働できる力を養うためだ。

「行学」のフィールドワ ークに参加する生徒たち。現地に出向き、住民から地域の魅力や課題を直接聞く

フィールドワークによって集めた情報を整理分析して企画書を作成し、全校生徒、市の職員、教育委員会、地域の方々も見守るなか、体育館の檀上に立って発表を行う。「得意な生徒だけでなく苦手な生徒にこそ発表させる。最初は原稿を見ながら話していた生徒も、最後には原稿なしで堂々と発表ができるようになります」と久常先生。しかしゴールはそこではない。
「例えば町おこしイベントを提案したらそこで終わりではなく、スケジュールを決め、予算を立て、地域の人と協働して実行するまでを生徒たちに求めます。思い通りに進まず、計画変更せざるを得ないこともある。それらを乗り越えることで、初めて自分ごとになるし、実現できたという経験は大きな自信になる」
「行学」には、教員が日頃から地域の人との人間関係を築いておくことが不可欠だ。久常先生は市役所、商工会、公民館等にも足を運び、ネットワークを培ってきた。そして、地域コーディネーターの協力も欠かせない。
「地域コーディネーターが関わることで、外の視点が加わり、地域人脈も格段に広がる。また、教員は異動があるが、『行学』の全体像や経緯を知る地域コーディネーターがいることで、持続可能な取組にすることができる」と久常先生は期待を寄せる。

証券会社を退職し、現在は地元岡山で地域活性化に取り組む地域コーディネーターの三宅康太さんは、生徒と年齢が近いこともあり、よき相談役になっている。「教師とは違った視点を示すことが自分の役割。生徒が行き詰まったときは『何が問題だろう?』『どうしたらいいと思う?』と声掛けはしても答えを与えることはしない。悩んだり失敗を経験して乗り越えた経験が多いほど生徒たちは成長するからです」

1年次は学校内でのリサーチや企画づくりが中心。2年次には地域にフィールドワークに出かけ、地域と協働して企画を実行・運営する。消極的だった生徒も外に出ることで自走し始める

【生徒の変容】論理的に話す力が向上進路選びも主体的に

1年生から3年生まで、「行学」に取り組む生徒の姿を見てきた射場麻梨沙先生は、「最初は、フィールドワークを『面倒だ』ととらえる生徒も多い。しかし、学校の外に出て地域の人たちと活動をし、自分の意見を大人が真剣に聞いてくれる、自分の提案が形になるという経験をすると、変わり始める。特に大きな変化は、自分の意見を言うようになったこと。現状分析・課題の設定・解決策と、論理的に組み立てて話すことができるようになり、大人数の前で発表するときにも動じなくなりました」

進路選びにも変化が表れている。「主体的に進路を選ぶようになった。
地元に残って地域活性化に尽力したい、大学進学で外に出ても将来は学んだことを地元で活かしたいという生徒も増えています」(射場先生)
「今年はコロナの影響で予定変更も相次ぎましたが、生徒たちは自分でできることを考えて行動しています。『行学』をきっかけに、自走する生徒が増えていくことが理想」と久常先生。生徒の変化は、教師にも元気を与えている。


生徒インタビュー

自分でもやればできるんだと実感
津山の観光を盛り上げるために、ぼろぼろの看板をリニューアルする「看板革命」を津山市に提案しました。以前は大人相手に自分から意見を言うなど考えられませんでしたが、「行学」によって意見を言って話を進めていく力がすごくついたと思います。最初は「計画倒れになるのでは?」と半信半疑でしたが、実際に形になり、自分もやる気になれば何かできるんだと自信になりました。 (2年生・安樂萌愛もえさん)

人に流されるタイプから意見を言い実行できる自分に
プレーパークというイベントを実行。最初は「高校生にできるわけがない」と思ってい ましたが、地域の人たちと何度も話し合い、役割 分担をして進めていくうちに、少しずつゴールが見えてきて、「できるかも」という気持ちに。苦労し ましたが、終わったあとの達成感が大きかったです。人に流されるタイプでしたが自分の意見も言 えるようになりました。この経験は将来もきっと役に立つと思います。 (2年生・岩崎妃真里ひまりさん)

失敗の原因を考え立て直すことの大切さを学んだ
奇抜なアイデアで観光客を集客しよ うと、きゅうりジェラートを作りましたがあまり売れま せんでした。季節が冬だったこと、皮ごとミキサー にかけたから青臭かったことなど、失敗の原因を 導き、失敗してもそこからどう立て直すかが重要だと学びました。最初は「行学」のことを「面倒」と思っていましたが、主体的に動くことで「面白 い」に変わりました。「行学」でアイデアが形になる楽しさを知りました。 (3年生・渡邊清香さやかさん)

学校データ:1948年に設立/普通科(単位制)・食物調理科・看護科・専攻科/生徒数659名(男子180人・女子479人)

取材・文/石井栄子