教科の境界を越える 【事例】英理女子学院高校 (神奈川・私立)
生徒の興味から始めるSTEAM教育で、
文系や理系の枠も越えて学び、創造力を培う
英理女子学院高校(神奈川・私立)
左から、堺 和貴子先生、髙木暁子理事長、カート ワンダーリッチ先生
社会が求める融合的な教養と
創造する力を育めるように
英理女子学院高校は2019年度から新たなチャレンジを始めている。校名を高木学園女子高校から改めるとともに、新学部「iグローバル部」を開設。同学部では文理融合カリキュラムを編成、また、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(芸術・創造力)、Mathematics(数学)を横断的に学ぶSTEAM教育を推進しているのだ。
改革に乗り出した理由は二つある、と同校の髙木暁子理事長は語る。
一つは、「社会に出れば文系も理系もない、文理融合の教養が求められる」という自身の体験から、「高校でも文系・理系で分けず教科横断で学べるようにしたい」と考えたためだ。
「私が大学で専攻したのは経済学。文系でしたが、データ分析などで数学の必要性を痛感しました。卒業後に勤めたメーカーのマーケティング職でも、人文的発想とロジカルな数理的思考の両方が求められたのです」
もう一つは、「今後はテクノロジーも活用した『創造する力』がより重要になる」と確信していて、その力を「教科の枠を越えたSTEAM教育で育みたい」と考えたからだ。
「例えばインターネットやプログラミングを使いこなせるようになれば、家からでも世界とつながり、ビジネスから個人の表現活動まで、創造的なことに関われます。結婚や育児などライフステージによる変化があっても、状況に応じて力を発揮できます。世間一般では、女性はテクノロジーに弱いとされがちですが、本校は女子高だからこそ、その先入観を払拭し、世界中で女性が活躍していくための教育を推し進めていきたいのです」
探究活動や課外活動で
自分の興味から学びを広げる
STEAM教育の柱となるのが探究活動だ。3年間を通して、生徒が自分の興味あるテーマを掘り下げ、SDGsに関連づけて世界の課題の解決策を提言する。総合的な探究の時間がメインだが、それ以外の授業や課外活動の学びもリンクさせている。
「生徒が探究テーマに沿っていろいろな教科の先生に相談するのはもちろん、学校設定科目『情報』の授業ではプログラミングを学び、『思考力科』の授業ではアイデアの出し方や深め方を学びます。また、ビジネスの第一線で活躍する人を講師に招いたプレゼンテーション講座や、プログラミング講座も開講しています。それらの学習を個別の勉強で終わらせず、探究活動にも生かして、生徒が調査や議論を進め、資料を作成し、最終的にプレゼンテーションと英語論文の作成まで行います」(髙木理事長)
プログラミング教育の授業を担当しているのが、堺和貴子先生だ。コンピュータに考えさせるプログラムーー例えば生まれ年を入力するとコンピュータがその人の年齢を計算するプログラムを、生徒が試行錯誤しながら作ることから始め、「ゆくゆくは生徒が自分のやりたいことをコンピュータにさせるプログラムを作るところまでもっていきたい」という。
課外活動のプログラミング講座は、「生徒が自分の興味に合わせてテクノロジーを楽しむ」ことから取り組む。生徒が各種ソフトを使って3DCG制作や動画編集をする、というように。その過程で生徒が「もっと自分の思うように表現したい」と感じたら、プログラミングの知識や表現技法もレクチャーする。この活動に寄り添うのが、カートワンダーリッチ先生だ。大学ではアートを専攻し、現在、オンラインの海外の大学院でコンピュータサイエンスも学ぶ。
「19世紀に持ち運べる絵の具という〝技術〞から印象派の絵画が生み出され、21世紀に電話の操作画面という新たな〝表現〞からスマホが誕生したように、人間はどの時代もテクノロジーとアートを融合させて生活に応用してきました。そのテクノロジーやアートについて、理論や知識だけ教えても生徒には響きません。生徒が創造するプロセスを体験し、自分の解決したい課題のためにプログラミングや表現技法を学ぶほうが、多くのことを吸収します。ですので、まずは本人が何に興味があるのか、彼女たちの声を聞いたうえで、それに対してテクノロジーやアートでこんなことができるよと後押ししています。他人の用意したドアではなく、生徒が自分のドアを通って、いろいろな世界に行けるようにしたいのです」
探究活動の髙野さん(コラム参照)の発表資料。
社会の課題を調べて科学的な解決策を考える、といった教科横断的な学びが実践されている。
プログラミング講座の大島さんと宮本さん(コラム参照)による動画では制作過程も紹介。
テクノロジーの活用を楽しんでいるのが見て取れる。
教科の学びの定着が深まり
創造的な活動を楽しむように
一連の取組で、生徒たちの学ぶ姿勢にも変化が見られるようになった。
「『この課題に興味があるからこれをやりたい』と考え、実際にアクションまで起こせる生徒が増えました。自分の関心から学びに入ることの効果も感じています。各教科の学びがより前向きに定着するようになり、生徒が自ら始めたことがうまく回りはじめると、その体験が本人の自信にもつながっています」(髙木理事長)
堺先生は女子校でのプログラミング教育にも手ごたえを感じている。
「単元ごとにアンケートを取っているのですが、『めちゃくちゃ悩んだあとに解決できると気持ちいい』といった感想が多いのです。彼女たちがプログラミングで何かを生み出せていると感じ、それを楽しめているなら、学んでいる意義があるなと思います」
教科の境界もジェンダー意識も
自ら越えていく面白い学びを
学校全体ではまだ課題もあるという。「面白いことは好きでも、できあがったものを楽しむ側で、自分で何かを生み出すまではまだ至らない生徒もいます。だから授業でも課外活動でも、今の女の子が『面白い!』と興奮して取り組める創造的な活動を先生たちとさらに増やしていきたいのです。そうすることで、生徒が自分のやりたいことのために、教科の境界を越えて、また『女性は〇〇に不向き』というジェンダーバイアスも乗り越えて、幅広い知識や教養を学ぼうとする環境を実現したいと思っています」(髙木理事長)
Voice 教科の枠組を越えた活動に取り組んだ
生徒たちの声
探究活動や課外活動で
デジタルも駆使した創造を
髙野さん:探究活動で、廃棄する予定の米からプラスチックを作る研究をしました。「クジラの胃の中にプラスチック」というニュースを見て、大好きなクジラを傷つけず、海洋汚染も防ぐ、植物由来で分解されやすいプラスチックを作ろうと思ったのです。化学は得意ではなく、教科書を覚えるのも苦手。でも先生に相談しながら、自分で調べて実験を繰り返すのは楽しかったです。
大島さん:プログラミング講座で、宮本さんとコンテストに出す動画を制作しました。私の担当はアニメーション。映像編集ソフトで、原案イラストから3Dモデルを作って動かしたり、背景を加工したりしました。意識したのは、トライ&エラーを重ねて自分たちの理想に近づけること。相手目線で考える姿勢も学べたと思っていて、探究活動の発表にもすごく役立ちました。
宮本さん:私はイラストを担当しました。デジタルの絵は、顔や口をレイヤー(階層)に分けて描けるので、修正しやすいのが好きです。やり方はほぼ独学で覚えました。何かを作るときは自分の感覚を言語化する能力も必要なんだ、と感じたので、国語や思考力科の学びが生きたと思います。目標に向かって進む力もつきました。
髙野さん:プラスチックの研究で私もコンテストで発表したのですが、理科や社会の知識から、動画編集やプレゼンの技術まで必要になって。文系・理系を問わずいろいろな知識を蓄えたほうが、大好きなクジラのためにもなるのだと思いました。
左から、1年生の大島明子さん、宮本 玲さん、3年生の髙野優花さん
取材・文/松井大助