教科の境界を越える 【事例】八幡高校 (福岡・県立)

生徒も教員も「面白い」と感じる教科・科目横断型授業で
多角的・総合的な思考を深め、課題解決や創造にも挑む

八幡高校(福岡・県立)
後方左から時計回りに、上掛かみかけ靖良先生、大野辰晃たつあき先生、廣濱一郎先生、中尾貴里恵先生、新開しんかい三重子先生


一つの物事を多角的に
総合的に思考する力を育む
福岡県立八幡高校では、2019年度より教科・科目横断型授業を全校的に展開している。以前から有志の取組はあったが、現在はすべての教員が年1回以上、担当クラスで教科の境界を越えた授業を実践しているのだ。  

その取組のねらいを研修部長の廣濱一郎先生は次のように語る。
「教科・科目横断型授業で、社会に出ても一つの事象について多角的かつ総合的に思考を深めていける資質・能力を育みたいと考えています。また、横断型授業を協働的な学びによって行うことで、コミュニケーション能力や情報発信能力の育成も目指しています」

各教科の視点を組み合わせ
興味を喚起し、思考を揺さぶる
具体的にはどんな授業をしているのか。国語科の上掛靖良先生は、一つの題材について「異なる言語、時代、学問」の見方まで追ってみるという授業を昔から行ってきた。
「現代文で『山月記』を読み、古典で元になった中国の『人虎伝』も読む。『徒然草』や『枕草子』を読んで、英訳にもふれる。言語学と生物学の視点から『動物は考えるか』というテーマで議論する。そうして別角度からも捉えると、内容の理解が深まり、ニュアンスが違う面白さにも気づき、生徒の食いつきが違ってくるのです。他教科の先生と組むことで、国語の題材から、英語や歴史、生物などに興味がふくらむ生徒も見られるようになりました」  

家庭科の新開三重子先生は、他教科の学習内容を「実生活の視点」に結びつけて興味を引き出そうとしている。「生活習慣病の学習では、理科の先生が血糖値やナトリウムとカリウムのバランスの解説をし、そのあとで生徒が穀物や野菜、肉の食べ方を考えました。食べることや美容・健康には生徒も興味があるので、科学を暮らしに生かすことを『今日からやってみる』と宣言してくれました」  

英語科の中尾貴里恵先生も、英語学習で「実生活の視点」を重視。また、英文読解には「背景知識」も重要だという見方を育もうとしている。
「授業では人文社会から自然科学まで多岐にわたる英文にふれますが、生徒は他人事と感じ、私も専門知識がなく話を広げられず、訳して終わりになりがちです。そこを教科・科目横断型授業で、例えば平和や人権がテーマの英文を学ぶときに、社会科の先生に歴史的背景を語っていただくと、その時代の人の生き方についての英文に対する生徒の内容理解は深まり、実生活に結びつけて考えるよう促すことで感じ方も変わってくるのです」  

すると授業で感じたことを「伝えたい」と生徒は思うが、ペアワークでも記述でも、語彙力や知識の不足から「伝えられないもどかしさ」を味わい、「英語や歴史をもっと勉強しようと思った」という感想が出てくるという。横断型授業で思考を揺さぶると、表現したい気持ちや学習意欲も高まるわけだ。

面白いことに取り組むなかで
学びを深め、創造もするように
授業づくりのために各教員がまず行うのは、年間の学習内容を見通し、「この題材をほかの教科の先生と組んでやると教育効果が高まるのでは」という点を見出すことだ。そのうえで他教科の先生に相談し、指導案を完成させ、当日は協力して授業を行う。その際に理科の大野辰晃先生は「自分が面白いと思うものを題材に選ぶ」ことを大事にしているという。

「自分が感じた面白さを生徒とも分かち合うにはどんな背景を共有するとよいだろう、と考えて展開を練ります。『土星の衛星に生命が?』という英文記事に惹かれたところから英語の先生と話し合い、天体と神話の話も入れて、地球外生命の可能性を生徒と話し合う授業も行いました」
「自分も面白がる」という感覚は、ほかの先生も同様だ。準備は必要だが、他教科の先生と物事を多角的・総合的に掘り下げて新たな知を創造するのは「楽しい」と口を揃える。大野先生は、その実感がまた授業にもプラスに働いているように感じている。
「生徒の授業の感想を読むと『、いろいろな分野をつなげると見えてくるものがあって面白い』という声とともに『、先生たちが楽しそうだから興味が湧いた』という声も結構あるのです」  

授業を重ねるなかで、生徒自身も教科の枠にとらわれない思考で学びを深め、創造にも向かいだした。ある生徒は、英語や国語で難解な文章にぶつかると以前は萎えていたが、今は文章の内容に興味を向け、自然科学や社会のことを自ら調べて視野を広げるようになった。また別の生徒は、国語と英語の横断授業で表現する楽しさを知り、理数系の知識も生かして形や機能を表現する、というデザインの世界を志すようになった(コラム参照)。

社会課題も横断的に考え
生徒の好奇心を刺激する
探究活動や課題研究など、生徒が自分の興味から始める活動を各教科の授業で後押しすることも進めている。同校の探究活動『夢現∞プロジェクト』では、SDGsの17の目標を参考に生徒ができることを考えるのだが、その取組も意識して、英語と社会科の横断授業で水問題を考えたり、保健体育と家庭科の横断授業で循環型社会を考えたりする、というように。  

上掛先生は今後の授業で「数学の∞の概念と、理科の宇宙の無限、国語の無限を題材とする詩を組み合わせて、生徒が∞について考える」こともやってみたいという。  

研修部長の廣濱先生は、そうして先生たちが見出した各教科のつながりを整理し、その知見を全教員がより生かせる環境にしていきたいそうだ。
「授業を見学すると、私自身楽しいのです。今進めている学びそのものが、学校の財産になると感じています」

  

教科・科目横断型授業を実施する際は、事前に指導案の概略版を全教員に配布して情報共有。教員同士でも授業見学を積極的に行っているという。


Voice 教科・科目横断型授業で気づきを得た

生徒たちの声

  

文理を問わず興味をもって
読解力を高め、世界を広げる

「英語×生物」と「国語×社会科」の授業が心に残っています。身体機能にふれた英文や、社会を論じた現代文を読んだのですが、難しく感じたのに、生物や社会科の先生の解説を受けてから読み直すと、内容がすっと頭に入ったのです。文字ばかり追わず、書かれた内容を想像することが大切なんだと思い、読んで気になったことは科学でも社会学でも自分で調べるようになりました。大学では経営を学びたいのですが、その勉強でもこの考えを生かしていきたいです。
(3年生・福永妃里ひかりさん)


英語で科学の知見を広げて
多分野の知識で研究に挑む

私は理系科目が好きで、英語が苦手です。ただ、英語と生物の横断授業でクラゲの生態の英文を読んだときは、興味をもって読めたんですね。そこから「英語で世界の科学の知識を学ぼう」と考えるようになり、英語のニュ ースも見るようになりました。英語の論文も読めるようになって、将来は創薬の研究をしたいです。課題研究で殺菌作用を調べたとき、化学の研究でも生物やほかの知識が必要になると感じたので、視野を広くして学ぶことも大事にしたいと思います。
(3年生・宮前祐奈さん)


「国語×英語」で学んだ表現に
理数系の力を掛け合わせる

印象的だったのは国語と英語の横断授業です。「はるはあけぼの」の詩を自分で現代語訳し、英訳もして、発表したのですが、「どうやったらわかりやすく伝えられるか」を考えるのが楽しかったのです。また、課題研究では光の屈折を研究したのですが、「予測のつかないことを自分で考える」ことも好きだと思いました。それらの体験を通して、目指したいものもできました。人が使いやすいものを試行錯誤しながら表現していく、デザインの世界に進みたいと思っています。(3年生・進藤 はるさん)

学校データ:1919年創立/普通科・理数科/生徒数829人(男子389人、女子440人)/全校的な教科・科目横断型授業のほか、普通科は探究活動を、理数科は課題研究を推進。

取材・文/松井大助