ルールの境界を越える 【事例】大槌高校 (岩手・県立)
身近で切実な校則の見直しを通して「変えられる」実感を手にし、
自分たちで社会のあり方を考え、つくっていく姿勢を育む
大槌高校(岩手・県立)
左から、指導教諭 熊谷一郎先生、生徒指導課 小田原理香先生
「与えられたものを守る」から
「自分たちで考えて決める」に
岩手県立大槌高校は、頭髪や服装の整容指導を毎月行うなど、校則が厳しいことで知られていた。しかし、同校は2019年度に大きく舵を切る。生徒会と有志の生徒、20数名からなる校則検討委員会が発足したのだ。
「本校が学校魅力化を進めるなかで、校則が時代に合うかという話も出て、見直すなら当事者である生徒にも参画してもらおう、となったのです。過去に教員だけで校則を見直したこともありますが、これからは、生徒が『与えられたものを守る』のではなく、『自分たちでルールを考え、自分たちで決めたものを守る』のが大事だと考えました」(生徒指導課熊谷一郎先生)
今年度より校則検討委員会の主担当となった小田原理香先生は、有志の生徒を募る際に「経験値を高めてほしい生徒」にも積極的に声をかけた。「本校の生徒は、素直さが魅力である一方で、与えられたものを疑問をもたずに受け入れてしまいがちな面もありました。校則の検討を通して、髪型一つとっても『こう思う人もいれば、反対にこう思う人もいる』などと、物事を多角的に見て深く考えることを経験してほしかったのです」
生徒が学校の理想像を描き
そこに向かうルールを考える
具体的には何をどう変えたのか。
「最初に生徒たちに『どんな学校にしたいか』を話し合ってもらい、生徒宣言というものを作りました(写真)。いろいろな意見が出たときに、『宣言したような学校にするにはこういうルールがいいんじゃないか』と皆で立ち返ることができるように」(熊谷先生)
校舎の昇降口に飾ってある「大槌高校生徒宣言」。
生徒たちが「学校生活を送る上で拠って立つべき理想」をまとめたものだ。
校舎に足を踏み入れた人は、まずこの生徒宣言と対面することになる。
以降は、検討委員会の生徒一人ひとりが変えたい校則を出し合い、頭髪や服装などグループに分かれて議論し、自分たちの意見をまとめた。学校外の人の意見も知りたいと考え、地域の人や企業への聞き取り調査も行ったという。その活動を先生たちは「生徒から考えが出るのを待つ」「出てきた意見を否定しない」「こう見たらどう、などと別視点の考えも引き出す」という姿勢で見守った。
2020年度には、生徒たちが校則の見直し案を数回にわたり職員会議で提案。ツーブロックの髪型解禁、靴下の色や長さの自由化、下校時のジャージ解禁などを実現させた。
2021年度には、伝統であった校歌・応援歌の練習も見直した(コラム参照)。同校では、応援団の生徒が春に新1年生に校歌や応援歌を教えていた。ただ、その教え方は威圧的、強制的で、コロナ禍で一時中止となったのを機に、続ける必要があるのかという声が生徒からも先生からも出ていたのだ。「教員の判断で止めることもできましたが、やはり生徒の活動なのだから、生徒たちの話し合いで決めてもらうことにしたのです」(熊谷先生)
「変えられる」という自信と
熟慮する姿勢を手にして
活動を通して、生徒たちは以前よりも自信をもつようになり、物事の背景を推察する力も高めていった。
「厳しい校則を変えたいと『切実な自分ごと』として取り組んだだけに、本当に変えられたことが自信になったようです。何十年も続く伝統を変えることには、怖さもありました。でもその怖れがあるから、生徒たちも今だけのノリで決めず、『その伝統はなぜあるのか』まで考えて校則を見直せたように思います」(熊谷先生)
「校歌・応援歌の練習にしても『、帰属意識が高まる』『上下関係を学べる』側面があることまで生徒同士で議論したうえで、『こうすればもっと良くなる』と提案していました。伝統だから従う、嫌だからやめる、ではなく、伝統ができた理由まで考えたうえで、大事な本質を残す形で見直してくれたのです」(小田原先生)
学校全体の変化もあった。生徒の自由度が増し、雰囲気が明るくなったという。無茶をする生徒が出るかと思いきや、「生徒主体で決めたルールなので、どのラインまで大丈夫かをおのおのが自分で考えて行動しようという意識があるようです(」小田原先生)。
熊谷先生には印象的だった言葉がある。頭髪・服装指導を教員は「就職や進学の面接に備えるため」とも説明してきたが、ある生徒はこう言ったのだ。「自分たちはそんな馬鹿じゃない。面接の時は面接用の恰好をするし、TPOは自分でちゃんと考えます」
学校のルールを通して
社会のあり方も考えていく
生徒も交えた学校制度の見直しは、今後も続くと熊谷先生は考えている。「学校にしても、社会にしても、常に課題は出てくるもので、そのつど制度の見直しは必要になりますよね」
実際、探究活動でLGBTQのことを考えた生徒から、女子がズボンの制服も選べるようにしたいという提案もあったそう。小田原先生はその思いに耳を傾けながら、ルールの議論にとどまらない、より本質的な話になっていくのかな、と今から感じている。
「校則で女子がズボンを選べるようになっても、みんなに受け入れる心の準備がなければ、周囲の目を気にして選べない生徒や、からかわれる生徒が出るかもしれません。地域の人がどう受け止めるかも考える必要がありそうです。ルールありきではなく、そうしたことまで生徒と話し合っていけるといいな、と思うのです」
学校のルールを見直すことが、ひいては社会のあり方を考えることにつながっていく。校則検討委員会は次年度も引き続き活動する見込みだ。
Voice 学校のルール見直しに取り組んだ
生徒たちの声
自分を出せるようになり
やりたいことに挑むように
瑚雪さん:私と麗天さんは1年次から校則検討委員会に入り、髪型や靴下などの校則の見直しに携わりました。最初は自分の意見をなかなか言えず…。でも先輩が優しく話をふってくださって、段々と発言できるようになりました。
麗天さん:話し合ってみると、ある校則の見直しにメリットを感じる人もいればデメリットを感じる人もいて、意見が食い違うのが難しかったです。いろいろな考えを知りたくて、先生や地域の人にもアンケートを取りました。
姫歌さん:私と彩華さんは2年生からの参加です。校歌・応援歌の練習の仕方を見直し、職員会議で提案しました。自分たちも大人も納得できる形にするのに頭を使いました。
彩華さん:校歌・応援歌練習は『厳しいのが伝統』という意見もあったんです。じゃあその伝統の中身は何なのかと、問題点や意義を出し合って。そのうえで、威圧的な練習は生徒宣言の『毎日通いたくなる学校』にも反するので止めよう、という結論を出しました。
姫歌さん:でも校歌を覚えることには一体感を生む良さもあるので、別の機会をつくることにし、そのやり方を今話し合っています。
麗天さん:私は、中学校まで自分の意見をみんなの前で言うことができなかったんです。でも靴下の校則を変えてからは、若干言えるようになったかな、と。言わないより言った方が、自分の意見を取り入れてもらえるので。
彩華さん:私も人前で意見を言うのをずっと避けてきたんです。でも、立場が違う人とも伝え方を工夫すれば話し合えることがわかり、人と向き合う力がついたように思います。
瑚雪さん:視野が広がり、周囲や先のことまで考えながら行動できるようになったのかな、と思います。『私はこう思う』『こうなりたい』とか、昔は恥ずかしいと感じていた自分の話も友達とできるようになりました。
姫歌さん:私は、自分たちの力で学校を変えられるのがすごく面白いと感じていて。だから校則に限らず、これからもみんなと、今しかできないことをめいっぱいやりたいです。
後方右から時計回りに、2年生の照井姫歌さん、岩間彩華さん、中村麗天さん、中村瑚雪さん
取材・文/松井大助