ルールの境界を越える 【事例】佐久長聖高校 (長野・私立)

ルールや制度をなくすことで、生徒自身が考え、創り始める。
その環境を創るのが、教員の役割

佐久長聖高校(長野・私立)
左から、堀内浩彦教頭、佐藤 康校長、佐々木美加先生


押しつけない自由な環境で
好きなものや柔軟性を育てる  
佐久長聖高校では、佐藤康校長が就任した2015年度に、ノーチャイム制や、自由な服で登校できるカジュアルデーを導入した。また、校則で禁止事項を設けて違反を取り締まるという従来型の指導は行わず、服装などが乱れた生徒がいたら個別に話し合うというスタンスを取った。生徒に「ルールを守らせる」のではなく、生徒に「自分で考えて行動する」ことを求めるようになったのだ。  

こうした取組を、佐藤校長はニつの思いを抱きながら進めてきた。  

一つは、「生徒が好きなようにできる自由な環境にすることで、成長を後押ししたい」という思いだ。  

その思いは、中学校や高校で柔道部の顧問を務めるなかで培われたという。自主性重視の指導で、のちに世界大会のメダリストになる選手や、日本一になる選手を複数人輩出。その体験を自ら検証するなかで「生徒が一番成長するのは、本人が好きで楽しくやっているときだ」と確信したのだ。

「押しつけられたのではなく、本人が『好き』でやっているときは、簡単にへこ たれませんし、自ら貪欲に学びます。『好き』を出発点に、自然にがんばりたくなる環境を整えることが教職員の役目だと思うのです」  

もう一つは「、ルールありきではなく、自分で自由に考えて決めることを通して、幅のある選択をできるようになってほしい」という思いだ。
「例えば約束時間は常にきちっと守るのがよいかというと、5分前行動や10分前行動、準備中の相手を訪ねるなら数分遅れがよいこともあり、絶対の規準はありません。そもそも『自由』とは、『勝手気ままにふるまう』ことではなく、周囲との関わりのなかで『互いに認め合える範囲を考えながら、やりたいことをやる』ことだと思っています。そうした柔軟性、バランス感覚を養ってほしいのです」

周囲との関わりから
生徒が自分で規準を考える  
カジュアルデーは月に2回。服の着こなしを工夫して楽しむ生徒も増えているという。2019年度からは年1回のスペシャルカジュアルデーもスタート。教員が「ハロウィンを真似てみたら」と投げかけると生徒も乗り気になり、仮装を楽しむようになったのだ。相当な労力をかけて、着飾る生徒も現れた。
「服選びが『面倒くさい』から『楽しみ』に切り替わると、懸命に準備するし、すると自信も生まれ、本人の成長につながるのです」(佐藤校長)  

スペシャルカジュアルデー。
先輩の仮装を見て「ここまでやっていいんだ」と感じて、翌年さらに趣向を凝らしてがんばる生徒もいるという。

  

生徒が自由を楽しみすぎて、度を越したらどうするのか。実は服装でもそれ以外でも、教員から「どのラインまでOKか、学校の方針を示すべきでは」という意見が時折出るという。しかし、その声を受け止めてきた堀内浩彦教頭は「ルールは決めない」路線を貫いてきた。

「ルールを決めて『学校の決まりだから』と指導するほうが我々は楽です。ですが、ルールで縛らないほうが、例えばある生徒の服装にしても、『それはどうなんだ』という先生から『その程度は問題ない』という先生まで出てきて、周りの生徒の反応も分かれ、本人がいろいろと感じます。継続すると、生徒自身が『これはOKで、これ以上は周りの目が冷たい』などという規準を作っていきます。その過程を大事にしたいのです」  

ノーチャイムもまた「生きる知恵」を学ぶ機会になっているという。チャイムがないので授業に出遅れる生徒もいるが、その失敗から、友達との会話の切り上げ方や、次の準備を始めるタイミングを、生徒自身が考えるようになった。「あの先生は早く来るから早めに動こう、あの先生は時間ぴったりだからまだ大丈夫」といった柔軟性も発揮するようになった。

声を拾い、背中を押して
生徒の主体性を引き出す  
ルールや制度もないところから、生徒の声を拾い上げて活動を生み出すこともしている。佐々木美加先生は「生徒がやりたいと言ったことのサポート」を重視してきた。生徒たちの同好会の設立を手伝い、保育士志望で集団面接の練習をしたい生徒がいれば、協力者を募って場をつくるというように。

5年前には沖縄戦に関心をもつ生徒から「みんなでディスカッションをしてみたい」と相談され、ほかの生徒も巻き込んで開催。生徒から「討論を続けたい」という声が出たので、場所や日時の調整で協力し、教員に頼らずとも生徒同士で評価し合えるようルーブリックを作成した。医学部志望の生徒が「医療の討論もしてみたい」というので、ほかの医学部志望者を誘うのも手伝い、ICT化で全校生徒がオンラインでつながると、生徒たちがシステムを使った討論にも乗り出すのを見守った。  

生徒が意欲的だったとはいえ、活動が広がった要因はそれだけではない。「生徒には『自分たちでどんどんやるのは憚られる』という感覚があるんです。思いをなかなか口にできない生徒もいます。ですのでアンテナを広げて、やりたそうな生徒がいれば『相談にくれば手伝うよ』と声をかけ、背中を押しています(」佐々木先生)  

ある生徒は、コロナ禍に学校の手洗い場の固形石けんをポンプ式の液体石けんに変えることを提案し、実現させた(コラム参照)。そんな意見表明も「この学校は校則もないし、普段から人任せにせず自分で考えることを歓迎してくれているので、言いやすかった」という。「勉強という物差しだけでは測れない、生徒の多様な可能性が表出するようになり、結果としてその経験が入試の面接や活動報告にも生きるようになりました」(堀内教頭)

外の世界にふれる場も作り
生徒の自走を後押ししたい
ルールという枠を越え、自らの考えでやりたいことを行動に起こすようになってきた生徒たち。その成長を一層後押しできるように、今後さらに推し進めたいのが「知らない世界」との邂逅だ。海外の修学旅行生を積極的に受け入れて交流の場を作り、企業の協力を得て、職場の企画会議への生徒の参加など「より踏み込んだ職場体験」ができないかも模索している。

「今の日本の学校は、グローバルな環境とはかけ離れていて、実社会ともズレがあります。その学校の枠を越えた世界にふれて、生徒自身が何かを感じ、自分の目標を見つけてほしいのです。そうして自走し始めた生徒を、教職員が黒子のように支えられたらと思っています」(堀内教頭)

生徒を「育てる」のではなく、生徒が「育つ」環境を作りたい。佐藤校長はそう考えているという。


Voice 自分たちで考え、創り始めた

生徒たちの声

  

カジュアルデーで
計画する楽しさを知る
カジュアルデーが好きです。友達の私服が新鮮だったりと、発見があるからです。前は親が用意してくれていた服を自分で選んで買うようになり、季節感や合わせ方も考えるようになりました。今度のスペシャルカジュアルデーはネットで服を探し、カチューシャを手作りし、9人で同じ格好をします。友達と計画するのがすごく楽しいので、大学でもこうした活動を勉強と両立させたいです。
(3年生・河野桜子さん)


学校の外ともつながり
ゼロから自分で形づくる
映像に興味があったところ、ケーブルテレビに高校生の作った動画を放送する 企画がある、と先生が教えてくださり、参加しました。1、2年次は留学生や部活動を取材。3年次の文化祭の撮影は、分刻みのスケジュールで、ノーチャイムで時間管理に慣れていても大変でした。楽しかったのは、何も決まっていないとこ ろから全部自分で形にできたこと。将来 は映像の仕事に就きたいです。
(3年生・星野華音かのんさん)


コロナ禍に課題を発見
学校のあり方を変える
コロナ禍に「学校の固形石けんは抵抗があって使わない人が多い」と思い、衛生環境向上のためにハンドソープへの変更を提案しました。先生に相談し、アンケートを取り、費用を見積もり、人生初の企画書を作って。思いを実現させる難しさを感じましたが、変えられたことが自信にもなりました。自由時間が多い大学でも「自分が何をしたいのか」を大事にしていきたいです。
(3年生・小林治比古はるひこさん)

小林さんの生徒アンケート。
固形石けんへの抵抗感の強さが明らかに。

  

学校データ:1964年創立/普通科/生徒数983人(男子540人、女子443人)/中学校を併設し、中高一貫教育を推進。生徒の「ワクワク」と「ドキドキ」をキーワードに置く。

取材・文/松井大助