場所の境界を越える 【事例】郁文館グローバル高校 (東京・私立)

〝人1校1年間〞の全員留学で、
生徒たちの自立心と自己肯定感が育まれる

郁文館グローバル高校(東京・私立)
左から、南光秀人先生(理科)、都筑敏史先生(教頭)、山田顕規先生(国語科)、紺野彩織先生(数学科)


日本語をシャットアウトし
孤独の中で真の国際性を育成
生徒全員が2年次に、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのいずれかに1年間という長期留学を体験する郁文館グローバル高校。留学期間中に現地で取得した単位を同校の単位として認定するため、帰国後はそのまま3年生に進級できる留学制度だ。  

特徴的なのは、同じ学校に一人ずつしか留学させない「1人1校1年間」、一つのホストファミリーの受け入れは一人限定とするなど、日本語を使える環境を徹底してシャットアウトしていることだ。日本にいる家族とのメールや電話も基本は禁止し、家族と連絡を取る場合は手紙を推奨している。

こうした厳しい制度を設計した理由は、留学によって「世界で通用する英語力」はもちろん、「自立心「」タフネスさ」を身につけさせようとしているからだ。「本校が育成したいのは、国境を越えて活躍するグローバル人材です。そのために必要な自立心は孤独で厳しい環境の中でこそ育まれ、成長できると考えています。帰国した生徒たちは脳の言語回路が英語中心に変化していたり、自信に満ちあふれ飛躍的に成長しています」(都筑敏史教頭)

「1人1校1年間」は成長のための負荷をかけるためだけでなく、生徒によってはリスタートのきっかけにもなるという。
「周りからどう見られるかを気にしすぎることなく、自分らしさをもっと表に出したいと思っている生徒も少なくありません。まったく知らない人たちの中に飛び込んでいくことによって、新しい自分になれる機会でもあるのです」(山田顕規先生)

異国の地で確かな成長を
後押しする多様な仕組み
生徒全員が厳しい環境に入るからこそ、生徒たちの越境を支援し成長を遂げる後押しをする仕組みを同校では手厚く配備している。

第1に、留学先の選定は、生徒が何を学びたいか、将来どうしたいかの希望を担任が細かくヒアリング。その内容に合わせて各生徒が一番成長できる連携校を先生たちがマッチングしていく「オーダーメイドの留学」を実現している。帰国後の3学年では生徒たちが自分のテーマで課題研究を行うため、研究テーマに近い内容を学べる学校を選んだり、研究テーマが未決の生徒でも、興味関心や得意なことなどと関連のある学校や地域を選定し、生徒たちがやりたいことを見つけられる可能性を高めているという。  

留学前の1年次の学習では、英検Ⓡ2級まで取得するよう指導。また、異文化の中で戸惑うことがないよう、宗教などに基づく生活習慣や振る舞い方などの指導も実施。心のケアのために、専門のカウンセラーが生徒に寄り添い、折れない心を育む「レジリエンス教育」も行っている。  

留学中も常に担任とのやり取りがある。コロナ禍ではオンライン面談になったが、通常は担任も年に3〜4回、長期間現地に渡って個別にカウンセリングを行い、生徒の生活や学習状況を把握しフォローを行う。また、エージェント契約している日本人アドバイザーが現地に常駐して生徒たちの心身とものケアをし、日本にいる担任と密接に連携している。  

さらに、現地への適応という最初の壁をうまく乗り越えた生徒たちには、成長速度を上げる負荷もかけている。「例えば、学業や生活を支えてくれている現地の学校やホストファミリーに対し、してもらうばかりでなく、自分はどんな貢献ができるかという問いを投げかけたり、〝留学生の一人〞ではなく固有名詞で、どんな人として現地のコミュニティに記憶してもらいたくて、そのために何ができるかを考えてごらん、など声がけしています」(山田先生)

日本語を完全に絶った環境で飛躍的な成長を遂げる2年次の留学(左)。
1年生と、留学から帰国した3年生が共に学ぶ協働ゼミ(右)。

  

飛躍的な成長を遂げ、
0から1を創り出せる人材に
こうした留学を経て、先生たちから見ても飛躍的な成長を遂げて帰国する生徒たち。特に発信力、自己表現力が顕著に高まってくるという。
「留学先の国々では、学校でも日常生活も基本的にお客さま扱いはされません。自分からアクションを起こさなければ友だちづくりも、授業で存在感を出すこともできないことから、生徒たちは自ら動き自己表現する手立てを身につけていきます」(紺野彩織先生)

学びの自由度が高く、やりたいと言えば高校生だからという理由で止められることがないという海外の高校の空気と、前述のような同校の先生たちからの働きかけにより、生徒たちは0から1を創り出すことを考え実行してくる。例えば、現地校の紹介映像を制作したり、ニュージーランドではゴミの分別がされていなかったことに疑問をもった生徒が、現地の役所に直訴してゴミの分別のプロモーションをしたり、海外で起業したいと日本の担任宛に手紙で直訴してきた生徒もいる。
「単なる発信力ではなく、自分の意見を論理的に伝え、相手の意見もくみ取れる、リーダーとして活躍できる力も養われていると感じます」(都筑教頭)

帰国後の「協働ゼミ」で
留学経験をさらに自分の力に  
留学制度と並ぶ同校の特徴のひとつに、1年生と3年生が共に学ぶ「協働ゼミ」がある。興味のあるテーマごとにグループで学び合うもので、テーマに対して具体的に何についてどのように学んでいくか、授業設計はゼミ長を中心とした生徒たち自身に任されている。座学やディスカッションだけでなく、学外の官公庁、企業、NPO、大学、地域の商店街などの協働先と連携して実践的な学びを深め、新しい価値を創造することが目的だ。

「3年生たちは留学経験で身につけた発信力や、自分から働きかけて動く主体性を発揮してゼミを運営していきます。ゼミ長希望者も多数出ます。留学先で認めてもらうために現地に貢献しようとしてきたことを、今度は自分の学校や後輩にしてあげたい、郁文館グローバル高校をどうしたいかを自分たちで考えて、主体的に学校をよくしていこうという意識をもつようになるのです」(山田先生)

「それは3年生自身が1年生だったときに、先輩たちからしてもらったことで、ゼミや留学に役立ったり、助けられた経験が多々あるからです。厳しい留学を乗り越えてきた成功体験から、今度は自信をもって自分たちが後輩に経験を伝えることができるようになっています。協働ゼミで縦のつながりをもつことで、留学経験を軸とした自己肯定感の連鎖が学校の文化になっています」(南光秀人先生)


Voice 自分たちで考え、創り始めた

生徒たちの声

  

新しい環境で新しい自分を発見!
1年間やり遂げたことで自信がついた

小さいころからタヒチアンダンスを習っていて、ポリネシアン文化に興味があり、ハカがやりたくて留学先はニュージーランドを希望し叶いました。しかし、渡航直後はホームシックにかかり毎日泣いていました。1年後の自分が想像できず辛くて…。でも、1年生の時にたくさん助けてくれた3年生の先輩たちのことを思い出し、「先輩たちみたいになりたい! 目標を達成してみせる!」と考えることで、留学への思いが折れずに乗り越えることができたと思います。  ところが、コロナ禍で留学先の学校でハカの練習がなくなったんです。ハカが私の留学の目的。絶対にやりたかったので、ハカをやっていた小学校の授業を受けたいと直訴して、週1回、高校の授業を抜けさせてもらい受けることができました! 以前は自分の言いたいことを言えなかったのですが、この体験で新しい自分を発見できました。自分から働きかけ、やり遂げてきたことで自信がつき、人と関わる際の最初の一歩の踏み出しがまったく変わって考えがラクになりました。
吉田小春さん(3年生)


留学中のコロナ禍で長い休校を体験
その時間でやりたいことが見つかった

カナダのオンタリオ州に留学していました。留学前はやりたいことが決まっていなかったのですが、スポーツが得意だったので、推薦してもら った留学先はスポーツが盛んで自然豊かな学校でした。  留学して最初の授業が体育で、しかも得意なサッカー。英語力はまだまだでしたがサッカーを通じてすぐに友だちができました。でも留学2カ月後にコロナ禍でしばらく休校に。学校に行けない期間、家でできることをやろうと、日本の先生にも相談して、オンライン授業や学校からの課題と並行して独自でプログラミングや動画編集などをやっていました。実は自分は理系でありながら1年生の時の授業が大変で文転も考えていたのですが、この活動で理系の自分に目覚め、「音の性質」を研究してみたくなったんです。カナダの自然の中で聴いた音がきっかけです。自分と向き合い、学びたい研究テーマを見つけられました。コロナで想定外の留学となりましたが、困難があっても乗り越えようとする継続力が身につき、自信になっています。
中島 嶺 ディエゴさん(3年生)

学校データ:1889年創立/普通科(Liberal Arts Track、Global Science Trackの2コース)/生徒数271名(男子137名、女子134名)/2年生全員の1年間留学のほか、海外研修も実施するなど、グローバル教育が充実。

取材・文/長島佳子