場所の境界を越える 【事例】 飯南高校 (三重・県立)
リアルの熱量とオンラインで広がる世界の相乗効果で、
生徒の学びが自走し始める
飯南高校(三重・県立)
前列左より、五十子幸成先生(商業科)、土方清裕校長、後列左より、坂元利孝先生(2学年主任)、多賀秀徳先生(教務主任)、杉野直樹先生(1学年主任)
地域課題解決型の探究活動で
外部との交流が盛ん
飯南高校は1999年から連携型中高一貫教育を導入するとともに、総合学科として地域に貢献できる人材育成を目指してきた。しかし近年は、少子高齢化・過疎化、連携中学からの志望者の減少、総合学科の優位性の低下などの課題を抱えていた。2018年に赴任した土方清裕校長は、「対話力」「追究力」「創造力」「発信力」を育成し、地域創生の核となる学校像を目指した学校改革を推進している。
学校改革をカリキュラムに落とし込んだ取組が「地域課題解決型の探究活動」だ。それを意義のある取組とするためには、生徒たちが地元をはじめ幅広い地域の人々と関われる機会が必要と考え、産官学民の協力のもと「、地域人材育成コンソーシアム・いいなん」を形成。1年次の「産業社会と人間」、2年次の「キャリアデザイン」、3年次の「いいなんゼミ(総合的な探究の時間)」など3年間を通して、フィールドワークや地元地域でのインターンシップ、多様な働く大人による講演などを生徒に多数提供している。
しかし、飯南高校は最寄りの松阪駅からバスで50分。他地域との行き来は恵まれているとは言えない立地だ。「オンラインを使えば遠くの人々との交流にかかる時間や費用の節約ができますし、我々教員も生徒を遠方に連れ出すよりも安心できる面もあるので、本校ではコロナ禍前から、オンライン交流を取り入れていました。例えば連携協定を結んで生徒たちの探究活動に助言をしてくれる大学生たちと、初回のみ対面で会い、次からはオンラインにするなどです。コロナ禍により県からのノートPCの貸与やICT環境の整備が進んだことで、イメージしていた活動に環境が追いつき、オンライン交流が加速してきました」(教務主任・多賀秀徳先生)
AIを活用して飲食店を経営する社長が、オンライン会議方式で複数の店舗にいる社員たちと、生徒たちを交流させてくれた講演会の様子(2018年)。
遠方で今起きていることを
オンラインによって体感
一方で、2学年主任の坂元利孝先生はこう語る。
「人との交流での熱量の伝わり方は、オンラインは対面にはかなわないと考えています」
しかし、3年前に、AIを活用している飲食店の経営者を講演で招聘した際、その人が自社の取組について話すだけでなく、スマホを使って複数の店舗の従業員たちにテレビ電話をかけ、働く様子をリアルタイムでプロジェクターに投影して見せてくれたことがあった。現在ほどオンライン会議が一般的ではなく、生徒たちは瞬時に遠い場所で働く人たちの様子を目の当たりにし衝撃を受けていた。大きな影響を受け、その会社を志望して就職した生徒もいるほどだった。「三重県内にAIを駆使している飲食店があるという驚きが一番だったのですが、百聞は一見にしかずで、離れた場所の出来事をリアルタイムで見たという、映像の情報力の強さを実感しました」(坂元先生)
同校が講演やワークショップを依頼する対象は、本気の熱意をもった大人たちを選んでいる。生徒の心を動かすのは大人の本気が通じたときだからだ。実は同校はコンソーシアムの協力によって、コロナ禍中も生徒たちが地域に出て本気の大人たちと出会う、対面でのキャリア教育を継続できていた。
「こちらが躊躇していたのに、『生徒たちの成長の機会を奪うべきではない』と申し出てくれ、講演会やインターンシップを受け入れてくれた地域の方々には感謝しかありません」(土方校長)
緊急事態宣言などで遠方からの招聘が難しい講師の講演会はオンラインで実施。また、例年は生徒たちが遠方に赴き、複数の高校が対面で一堂に集まる小規模校サミットなどのイベントもオンラインで開催。中止になったイベントもあったが、県内・県外の高校生同士の交流機会も減らさない努力をしている。
今年の6月に、経済産業省の若手官僚たちと地域創生や地域活性化についてオンラインで意見交流をした。飯南高校含め全国からの8校の生徒たちが参加。
一歩踏み出した生徒たちは
自走して世界を広げていく
同校では地域課題解決型の探究活動を通して多様な立場や年代の人々との交流を経験することで、さまざまな気づきから自分のやりたいことを見つけ、主体的に自走している生徒が増えてきている。なかでも、他校の高校生との交流から、同年代が楽しそうに探究活動に取り組む様子に刺激を受けて、自分たちもやりたい、やらねばと奮起する生徒が多いという。
「一度学校外の人とつながると、外に出ることは意外と簡単なのだと気づき、生徒たちは水を得た魚のようにつながりたい人を探してつながっていきます。その成長度合いは伴走するこちらが戸惑うほどです。一人の生徒がそうなると、周りにもいい影響を与えています」(五十子幸成先生)
学校外の人との交流が始まると、生徒たちは自分のやりたいことを言語化して「伝える」スキルが必要だと理解し始める。特にオンラインでは表情が限定的にしか伝わらないので、言葉での表現が重要となる。思いに共感してくれれば協力してくれる大人がたくさんいるが、思いが伝わらないと人は動いてくれないことにも気づき、表現力を磨く努力をするようになってきた。例えば、学校のプロモーションビデオを作ろうとしている生徒が、自分の制作物に説得力をもたせるために、中学生が進路選択に何を重視するかのアンケートとともにプレゼンするなどの工夫をしている。
広い世界を見せることで
個々の生徒の興味を喚起する
少子化・過疎化の地域で育ってきた同校の生徒たちは、以前は自分たちの枠を決めてしまい、自分に対する限界感をもっていたという。
「地域や外の世界のことを知らないから枠ができてしまうのです。『飯南には何もない』と言っていた生徒が、知ることで地域を好きになります。生徒がやりたいことを見つけ、自分で学びを深めるきっかけは、彼らにいろいろな世界を見せ、彼らが思い込んでいた枠を取り払ってあげること。何がそのスイッチを入れるかは生徒個別に異なるため、学校はなるべく多くの大人や社会を見せてあげる必要があります。オンラインを使えば、場所の制約を越えて広い場所から多くの機会を提供してあげられると思います」(土方校長)。
対面だから伝わる熱量と、オンラインだから広げられる世界の相乗効果で、同校の学びが深まっている。
Voice オンラインで場所の越境を体験した
生徒たちの声
オンラインを通してどんどん人と
つながり、活動が広がった!
新菜さん:地元名産のお茶を広めるために、緑茶ラテアートをカフェで提供する活動をがんばり、消極的だった自分が積極的になれました。コロナ禍で活動中断中にオンラインで交流した他県の生徒が、コロナ禍だからこそ、困っている飲食店のためのテイクアウトプロジェクトを考えて実行していて、すごいなと。自 分ももっと地域の役に立ちたくて、地域活動の募集があると片っ端から申し込んでいます。
碧里さん:飯南地域の魅力を伝えるイベントを計画中で、先生から紹介された大学生にPR 方法を相談しているうちに、その人からNPOを紹介されるなど、オンラインを使ってつながりがどんどん広がっていきました。イベントにキッチンカ ーを出してくれる人が出てきたり、三重県の担当者が協力したいとアプローチしてきてくれたり、話が大きく広がってワクワクしています。
大人たちが協力してくれるのは私たちが高校生だから。高校生ブランドがなくな っても信頼してもらえる関係性を在校中につくる努力をしています。
青木新菜さん(左)青木碧里さん(右)
※3年生の双子の姉妹
他校の生徒の熱にあてられ、
自分もやりたい!と思った
去年、コロナ禍のためオンラインで県外の高校生が集まる交流会に参加し、他校の生徒が地域課題に対して自分たち主体で多様な活動を行っていることを知りました。みんなすごい熱量で楽しそうで。その熱にあてられて「今まで自分はいったい何をやってたんだ?」と思ったんです。自分も自校のために何かやりたいと決意し、飯南高校のプロモーションビデオを作ることにしました。高校入試の前に学校のホームページやYouTubeチャンネルで配信する予定で鋭意制作中です。飯南高校は生徒がやりたいことを叶えようと手を伸ばすと必ず先生が背中を押してくれる学校なので、自分も手を伸ばし続けたいです。
椋倉 悠さん(3年生)
取材・文/長島佳子