知の境界を越える 【事例】かえつ有明中・高校 (東京・私立)

「本×対話」で、他者の考えを通して自分の世界を広げ、
未来をつくる当事者としての意識・力にもつなげる

かえつ有明中・高校(東京・私立)
右から、副校長 佐野和之先生、教頭 足立 満先生、プロジェクト科を担当する金井達亮先生(東京大学大学院)


一律ではない本の読み方を知り
自分の世界を広げる契機に
「本は自分の世界を広げるツール」と考える、かえつ有明中・高校。短時間で数冊の新書を大まかに読んで共有する活動や、相手に合った本をお勧めし合う活動など、本と対話を組み合わせたさまざまな活動を探究や教科の授業に取り入れている。

「本は知識を得るだけでなく、著者の視点を借りて自分の思考を深めることにも効果的なツール。一律的な本の読み方にとらわれず、もっと自由な読み方でその子なりの気づきや学びを得て、自分の世界を広げてほしい。学校でも多様な本の読み方を提供し、そこから得たものを対話でさらに広げる機会を積極的に設けたいと考えています」(副校長・佐野和之先生)

同校では教員間でも共通の本を題材に対話を行うブッククラブを定期的に開催しており、最近では『問いのデザイン創造的対話のファシリテーション』(安斎勇樹・塩瀬隆之︶、﹃「探究」する学びをつくる社会とつながるプロジェクト型学習』(藤原さと)などを取り上げた。本を使うと互いの学びが深まるという実体験をもつ教員が多く、外部で学んだ手法や他校の実践も参考に、授業への本の活用が自然な流れで進められてきた。

本を手掛かりに思考を深め
自分たちがつくる社会を発想
そんな授業の例として、学校設定教科「プロジェクト」での実践を紹介したい。今年度の高校1年生のプロジェクト科(※)では、「自分たちが社会をつくる当事者として考え行動する」ことを大き なテーマとしている。その一環として、金井達亮たつあき先生が中心となり、編集工学研究所との協働で探究型読書の手法を取り入れた「じゃない世界プロジェクト(PJ)」を開発。世の中の〝あたりまえ〞から〝そうじゃない〞世界を描く全11回のプログラムを、教頭の足立満先生と共に各担当クラスで実施した。(図1)

※高校に3種類あるクラスのうち一部クラスの取組

  

「あたりまえを疑ってみることで、これまでと違う視点で世の中を見つめて発想を豊かにし、本の力を借りながら仲間と思考を深めていく。最終的に、その先に自分たちでどのような世界をつくるのかを考えていく足掛かりとするのがねらいです」(足立先生)

授業では、まず各グループが気づいたあたりまえから仮説を立てた「〇〇じゃない世界」について、それを深めるヒントになりそうな本を各自が図書館で探して持ち寄る。読前に目次から内容を想像してキーワードを抜き出してから(目次読み)、本に書かれた著者の問いとその答えに注目した読み方(QAサイクル)を各自で実施。その内容をグループで共有して「じゃない世界」のイメージを深めていき、最後はプレゼン・紙芝居・寸劇のいずれかで表現する。  

あるグループは「冷蔵庫の中が冷たい」というあたりまえから出発。初めは家電の技術という一つの観点から離れられない様子だったが、金井先生がテーマ設定の背景を聞いたところ、そもそも食べ物が腐ってしまうことに関心をもっていることに自ら気づいた。そこからは「食べ物が腐らない世界」をテーマに、「食べ物が腐るとはどういうことか?」「発酵食品や保存食とは何か?」といった科学的な問いを深めていった。  

また、「人を殺してはいけない」「なぜ死の概念があるのか」「生きるためにはお金がいる」などに関心のあったグループは、議論するうちに「自由に生きるためにはお金が必要ということは、お金がない世界では自由になれないのか?」というテーマに変容。お金があることで縛られる生き方や考え方にも議論が広がった。  

本PJは、普段本を読まない生徒にとっては、本を探すことも新鮮な経験となった。そのなかで「同じテーマの本でも著者によって内容がまったく違う。読んだ本で自分の価値観も変わるのではないか」と気づいた生徒もいる。同じテーマで本を持ち寄ると幅広い本が集まったことで、「自分だったら見逃してしまうような本と出合えた」と他者の視点を借りて世界を広げることもできた。また、いつもと違う視点で社会を見つめた経験は、他の教科の学びにも影響。ある生徒は、世界史の授業が「じゃない世界PJ」で国の枠組みについて議論したこととつながり、国同士の対立の背景を自分なりに想像し、国際協調の難しさを感じたという。
「こうした授業を通じて、本を〝使う〞ことの可能性を感じてくれた生徒は少なくないと思います。実施したクラスの図書館からの貸し出し冊数が飛躍的に上がったり、数人で自主的なブッククラブを始めたりした例もあります」(金井先生)

(左)「お金のない世界」をテーマに、貧富の差が生まれる原因や、経済がもたらす問題など多様な視点の本が持ち寄られた。
(右)効果的に自分の世界を広げていくため、あまり話したことのない生徒同士でグループをつくるといった工夫も。

  

教員がワクワク感をもって企画
安心安全の場で実践
じゃない世界PJの授業の裏側に目を向けると、実施期間中、プロジェクト科教員は毎週約3時間のミーティングを行っていた。大切にしたのは、「教員自身がワクワク感をもって企画し、〝生徒と共につくる〞という意識」(足立先生)。前の回の生徒の反応を基に、より響く内容へと修正を図りながら進めたという。

対話を多く取り入れるにあたっては、「誰しも自分の内側にあるものを出すことには怖さがある」(足立先生)と、安心安全の場づくりを重視している。同校では、入学当初からさまざまな機会を通じて生徒同士の関係性の構築に取り組んでいる。それに加えて、同PJでは、授業ごとの振り返りを丁寧に行い、そこで出た意見や感想を取り上げてクラス全体に紹介するなどして、それぞれに異なる学びを肯定。自分なりの考えを忌憚なく出すことを後押ししているという。  

社会をつくる当事者を育む取組は、ここで終わりではない。本を使った学びの次は、フィールドを実社会に拡張し、宮崎と京都に分かれて宿泊研修を行う。各地域でイノベーションを起こしている人にインタビューし、自分たちに何ができるのかを考えてチャレンジする計画だ。

来年度のプロジェクト科については、同じプログラムを繰り返すのではなく、「生徒の様子を見て、どうジャンプさせられるかを見極めながら新たにつくっていきたい」と金井先生。これからも校内外でさまざまな手法を学びながら、目の前の生徒たちがいかに自分の世界を広げていけるか、教員も探究を続けていく。


Voice 探究型読書に取り組んだ

生徒たちの声

  

思考を広げてくれる
本の面白さに気づいた
今まで「本はつまらない」と思ってあまり読んでいなかったのですが、「じゃない世界プロジ ェクト」でいろんな本に触れてみたら、やっぱり面白かった。私は正解がないことを自由に考えるのが好きなのですが、本は思考を広げてくれるとわかったからです。最近、書店に行く回数が増え、表紙や帯を見てどういう話だろうと想像して楽しんでいます。
(1年生・長尾爽央さおさん)


新たな問いをもち
読む本の幅が拡大
授業後、グループで考えた「じゃない」とは違う、「死ぬのが当たり前じゃなかったら?」という新たな疑問が頭に浮かんできました。小さい頃は死後の世界を想像することがよくあったのですが、もう一度考えてみようと、死に関する新書を読みました。誰も知らないからこそ面白い。以前から小説は好きなのですが、最近は新書も含めて読書の幅が広がってきました。
(1年生・村上佳穂さん)


いろんな本の読み方を
使い分けるようになった
本は最初から最後まで読まないと「読んでいる」とは言えない、と思っていましたが、いろんな読み方をしていいと教えてもらい、本によって読み方を変えるようになりました。月2~3冊読みますが、表現に注目して読んだり、一つの章を読んだあとに次を想像してから読んだりしています。いろんな読み方をすることで得るものが増えたように思います。
(2年生・トレンティノ J.ラファエルさん)

学校データ:1903年設立/普通科/生徒数1165人(男子666人、女子499人)/生徒と教員のフラットな関係性のもと「共感的な対話」を重視した教育を展開している。

取材・文/藤崎雅子