リカレント教育

リカレント教育と日本の大学⑩/社会人向けプログラムの創設・成長事例~日本女子大学リカレント教育課程

リカレント教育⑩イメージ(プログラム実施風景)
(授業風景 左:2019年撮影、右2020年撮影 写真:日本女子大学リカレント教育課程)



「課程の修了要件は280時間ですが、実際に受講生が履修する平均の時間数は約350時間に達します。皆さん本当に真剣で、400時間以上になる方も決して珍しくありません」(茂木知子氏・日本女子大学 リカレント教育課程担当課長)

「大学で学ぶということに慣れてない方ばかり。毎日の通学、100分という授業時間、提出物が毎回あって、文章を構成しレポートを書かなくてはならない。ITリテラシーも今から身につけようというのですから、始まったばかりの4月・5月は、受講生の皆さんはまさに『ひいひい』言ってます。ハードなんです」(藤井路子氏・日本女子大学 通信教育・生涯学習事務部生涯学習課リカレント教育課程)


 政府においてリカレント教育推進策が検討される際、解決すべき課題としてまず挙げられるのは「費用」「時間」の問題だ。費用の面では、給付の対象者や対象講座、給付額等まだまだ多くの制限があるものの、受講料の最大7割が給付される専門実践教育訓練給付金が創設された。そして、「時間」の課題を解決するためには、先進的なプログラムの開設を支援するための各種事業において、「社会人の学びやすさ」がその選定の条件となっている。焦点が当たるのは「時間の短縮」と「eラーニングの活用」だ。昨年には履修証明プログラムの条件が最低120時間以上から60時間以上へと緩和され、対面授業と同じ扱いとなるeラーニング授業の範囲も広がっている。

 今回とりあげる日本女子大学の女性のための再教育・再就職支援プログラム、「リカレント教育課程」は、安定して受講生を確保しているプログラムである。定員は40人だが、受講する準備ができるまで「お待ち頂く方もいらっしゃいます」(坂本清恵教授・日本女子大学生涯学習センター長)。海外を含め遠隔地からの問い合わせも多く、毎年、受講するため東京に転居する地方在住者もいると言う。

 冒頭の通り、修了要件は280時間。(現時点ではコロナ対策でオンラインとなっているが)1年間通学し、対面・双方向の授業への参加が必須である。スペック的には、「社会人の学びやすさ」はないように見える。

 では、なぜ、受講生に選ばれるのか。

 筆者はその理由を、「ターゲット」「提供価値」が明確に設定され、首尾一貫したプログラムを設計し実行することにより、確実にその価値の提供を実現してきたことだと考える。時間が短ければ良いのでも、通学の必要がないから良いわけでもない。目標を実現するため学び手にとって何が課題となっているかをしっかりと観察し、それを解決するために最適なプログラムを提供することが大切なのである。具体的に見ていこう。

 日本女子大学リカレント教育課程が文部科学省の委託事業に採択され開講したのは2007年9月。同年12月の制度創設に伴って履修証明プログラムとなり、受託期間が終了した2010年に同学生涯学習センターに移管されて現在に至る。日本で初めて大学が「リカレント」という言葉を正式に冠したプログラムである。「ターゲット」は「4年生大学を卒業し、就業経験がある」結婚・出産によりキャリアの中断を余儀なくされた女性や、不安定な雇用形態から脱け出したくとも抜け出せない女性。彼女達に再教育を行い、それによって再就職を実現することが、このプログラムの「提供価値」である。

 この提供価値は、18歳入学者を対象とした学部と同じ科目を展開しても実現できない。そこで、プログラム全体がリカレント教育課程の独自科目によるオリジナルプログラムとして編成されている。担当する教員もこの課程のために採用された実務家教員が中心だ。一人ひとりのキャリア課題に向き合ってその解決に伴走する再就職支援、提携企業の開拓によって実現したインターンシップの実施も大きな特徴である。

 離職期間の長いターゲット女性の再就職を実現するには、プレゼンテーションとディスカッションを組み込んで知識・スキルを獲得させるだけでは十分ではない。就労不安の解消、消費者感覚からの脱却が不可欠である。プログラムの設計は、そのために首尾一貫している。

 「ちゃんと時間に合わせて学ぶ、きっちりと締め切りを守る…そうしたことが全て、組織で仕事をするためのシミュレーションになっています。受講生の方にとっては大きなキャリアチェンジ。環境や生活習慣、自分そのものを変えるわけですから、簡単なことではありません。そのために、1年間集中して学ぶことが必要になるのです」(坂本教授)


坂本清恵教授
坂本清恵教授・日本女子大学生涯学習センター センター長


 近年、「リカレント教育」という言葉は社会人の学習を示すものとして幅広く使われるようになってきた。企業人の発言の中には、教育研修を格好良く言い換えるために使用しているかに見えるものも多い。しかし本来は、仕事を離れ一定期間集中して学び、次のキャリアを実現するための高等教育を示す言葉である。「創設者であるソーントン先生(ソーントン不破直子・同学名誉教授)が課程の名称に『リカレント』を採用されたのには、そういう意味合いが含まれていたのだと思います。集中して学ぶというあり方は、創設時以来変わらないものですから」(坂本教授)

 一方で、教育内容やキャリア支援の方法そのものは、毎年更新を繰り返していると言う。「毎年、授業評価や修了時にアンケートを実施しているほか、修了生との懇談会を行っています。そこでは現在の活躍ぶりを聞くだけでなく、就職後の視点からプログラムの良かった点、改善すべき点を伺っています。加えて、連携企業や東京商工会議所、文京区といった他のステークホルダーから寄せられた情報も、非常に役立っています」(坂本教授)

 2019年より入学前の説明会を必修としたのも、こうした改善の一環だと言う。「自分から積極的に学びとっていく姿勢がなければ、キャリア課題の解決にはつながりません。座ってるだけで先生が教えてくれる、スタッフがお世話してくれるというわけではない。入学前からそのことを理解し、そのうえで受講してもらう。自分の状況を確認し、受講後の再就職支援につなげる大切なコミュニケーションの機会となっています」(茂木課長)

 そうした工夫の成果は、修了生の進路のデータにしっかりと現れている。修了生の就職率は90%を超えており(2016~2019年度92.7%・就職者179名)、彼女達が不安定な雇用形態を脱出していることは、被社会保険者の率が就職者の9割近くに達する(2016~2019年度・非社会保険者161名)ことからも分かる。

 採用担当者となって、自ら求人票を持参する修了生もいると言う。「過去同時に3人の修了生が就職した企業の経営者の方は、『社内で新しく研修を実施したら真っ先に取り組んだのは彼女達だった、この課程はまさに人材の宝庫だ』と言ってくださいます」(坂本教授)。

 こうした実績は、女性活躍、そして働き方改革を推進する政府からの評価へとつながった。坂本教授は何度も政府の各種委員会での説明を求められ、茂木課長は修了生・受講生と共に安倍総理(当時)との意見交換会に出席した。2017年には内閣府「女性のチャレンジ支援賞」を受賞。経済再生大臣の視察はテレビでも広く報道された(写真下)。


経済再生大臣の視察の様子

 そして、2016年の「職業実践力育成プログラム」への選定・「専門実践教育訓練給付金講座」への指定、2018年の「男女共同参画推進のための学び・キャリア形成支援事業における実証事業」、2019年の「持続的な産学共同人材育成システム構築事業」、2020年の「女性の多様なチャレンジに寄り添う学びと社会参画支援事業・普及啓発事業」への採択…近年の同課程の積極的な展開は目覚ましい。それは、坂本教授だけではなく、リカレント教育課程主任の片山伸也准教授、通信教育・生涯学習事務部の本西友成部長・茂木氏・藤井氏をはじめ事務方スタッフがこの課程の影響力拡大に力を尽くせる環境が整えられているということでもある。

 社会人学習マーケットへの進出は、短期的に採算が取れる戦略ではなく、将来を見据えた投資である。教員の積極的なコミットメントが得られる体制を作るのも容易なことではない。その点で、こうした社会からの評価は、リカレント教育課程を運営していくうえで大きな力となっていることが推し量られる。

 「本学の場合、2010年に全学組織として『リカレント教育委員会』が立ち上げられていて、各学部からそれぞれ担当の先生方に出て頂く体制が整えられていたということも大きかったと思います。リカレント教育課程がうまく大学全体で周知されるようになって、リカレント教育委員の先生方には非常に大きなご協力、ご活躍をして頂いているのです」(坂本教授)

 2019年からリカレント教育課程の主任を務める片山伸也准教授は言う。「リカレント教育委員として携わったときには、私自身、最初は学内に数多ある委員の中の一つが回ってきたな、というのが最初の印象でした。それが、入学説明会、入学式、企業への合同の相談会、受講生への面接…一つひとつ参加していくなかで理解が深まっていったのです」。

 建学の理念に適っている、創立者が提唱した価値が実現されている…もちろんそれが前提である。しかしそれだけではなく、同課程の場合は、そのことがちゃんと学内に浸透する仕組みが整えられていることが、大きな意味を持っていると考えられる。

 コロナ禍の中、同課程はさらに2つの新たな挑戦を行っている。

 一つは、2019年12月に発足した「女性のためのリカレント教育推進協議会」。女性を対象としたリカレント教育プログラムを持つ全国6校(同学のほか、関西学院大学、明治大学、福岡女子大学、京都女子大学、京都光華女子大学)が参加し、会長には坂本教授が就任した。大学間での連携を進め、リカレント教育に関心を持つ全国の女性達がより求める教育が受けられるよう、問題点の共有とその解決に向けた検討、社会的認知の拡大のための啓発活動を行っていくという。既に2020年10月から、8回シリーズの連続講座「女性のためのリカレント教育に関わるネットワーキングの構築」がオンラインにより展開されている。

 そして2021年度からは、新たに「働く女性のためのライフロングキャリアコース」が開講する(これまでのコースは「再就職のためのキャリアアップコース」と改称)。こちらは、就労中の女性が効率的・低負担で知識・スキルを獲得できるようにすることが狙い。そのため、オンラインによる60時間の課程であり、再就職支援は含まれていない。ターゲットが異なるから提供すべき価値も違う、だから、教育内容も教育方法も違ってくる。こうしたプログラム設計ができるのも、修了生や提携企業等幅広いステークホルダーからの情報収集の賜物なのだろう。

 「リカレント教育に対する社会からの認知度は、まだまだ非常に低い状態にとどまっています。特に企業からの理解は十分ではありません。どういうところでリカレント教育が必要とされていて、私達に何ができるのか。これからも積極的に、働きかけ続けていかなければなりません」(坂本教授)



文/乾 喜一郎 リクルート進学総研主任研究員(社会人領域)
(2021/1/26 取材日2020/11/24)