「たくましい知性」をもったリーダーの育成/早稲田大学 「大隈塾」

 言わずと知れた私学の雄・早稲田大学。2011年現在、13学部・22研究科に約5万4000名の学生が学び、外国人学生数も2010年には4000名を超えた。1882(明治15)年に大隈重信が設立した東京専門学校を前身とし、日本を代表する私立大学として日本社会を牽引する有為な人材の輩出に貢献してきた。

 日本社会が現在、東日本大震災をはじめ国内外の諸課題に直面し大きな転換期を迎えるなか、大学には次の時代を切り拓く確たるリーダーシップを発揮できる人材をいかに育成していくのかが問われている。早稲田大学(以下、早大)は、そうした大学としての責務を真摯に受け止め、世界に通用するリーダーの育成に挑み続けてきた。その取り組みの一つが、創設者の名を冠した「大隈塾」だ。その理念はどのようなものか。いかなるリーダーの育成を目指しているのか。コーディネーターとして中心的役割を担われてきた田中 愛治理事にお話を伺った。

Wasedaが描くグローバル・ビジョン

 まずは、早大の描く将来像を確認しておこう。

 そもそも早大には、「学問の独立を全うし、学問の活用を効し、模範国民を造就するを以て建学の本旨と為す」とした創設者・大隈重信の建学理念(教旨)が生き続けている。これら「学問の独立」「学問の活用」「模範国民の造就」の三大教旨を基本理念に、一貫して教育研究が展開されてきた。

 しかし、私立大学の約4割が定員割れに頭を痛め、大学淘汰が現実味を帯びる現在、私学の雄といえども安穏としてはいられない。時代の変化は激しく、少子化に加えグローバル化も急速に進んでいる。国内外における自らの位置と戦略を練り直すことは、早大にとっても不可欠な作業なのである。

 そうした問題意識は、2007年の創立125周年を契機に策定された“Waseda Next 125”に結実した。これは、白井前総長の言葉を借りれば、急速に変化する外部環境に対応すべく「早稲田」を「Waseda」に再構築することを目指したものだったという(白井克彦『早稲田の力』、角川学芸出版、p.33)。そこには、これまで国内で築いてきた伝統を継承しつつも、グローバル・ユニバーシティとしてアジア太平洋地域を舞台にさらに飛躍しようとする新たな早大像が含意されていた。

 さらに現在は、鎌田薫総長の下、創立150周年を迎える2032年に向けた新戦略“Waseda Vision 150”の策定過程にある。そこに描かれるビジョンは、先述の建学理念を基礎に置きつつ、「世界に貢献する高い志をもった学生」が集い、「世界の平和と人類の幸福の実現に貢献する研究」が推進され、「グローバルリーダーとして歓びをもって汗を流す卒業生」が世界各地の多様な分野で活躍するという早大の将来像だ。「Waseda」への転換を目指す早大のベクトルは明確に、グローバルな場面で活躍するリーダーの育成に向けられている。

 確かに、ここ10年ほどの早大の動きはそれを裏書きしている。2004年には国際教養学部を設置し、ほぼすべての授業を英語で行うほか、日本人学生には1年間の留学を義務づけている。さらに、ハーバード大、イェール大、北京大など世界に名立たるトップ大学と「グローバル・オナーズ・カレッジ」と銘打った共同教育プログラムも開発し、2009年から運営を始めた。協力大学(現在8大学)による国際教員チームが編成され、各国から選抜された学生が地球的課題についてグループワークやディスカッションを通して学際的に学ぶ(2011年には4名の教員と28名の学生が参加)。他にも、交換留学プログラム、ダブルディグリープログラム、英語による学位プログラム等の充実が進められている。

リーダー養成塾の先駆け「大隈塾」

 グローバルなリーダー養成を目指す早大にとって、「大隈塾」も大きなセールスポイントだ。大隈塾とは2002年、早大OBでもあるジャーナリストの田原 総一朗氏が中心となってスタートさせた全学レベルの授業科目「21世紀日本の構想」のことである。現在も田原氏が塾頭を務め、同じくジャーナリストの高野孟氏が塾頭代理として脇を固めている。学部1・2年生を中心に毎年200名ほどが受講する人気科目であり、実に10年も続く取り組みだ。大学におけるリーダー養成塾の先駆け的存在である。今では早大校友会による寄附講座として運営されている。

 田中理事によれば、そもそもの始まりは2001年だった。当時の奥島孝康総長が田原氏と話す中で、日本に元気がない、早稲田も元気がないという認識で意見が一致し、奥島総長が田原氏に早大の教育に力を貸してくれるように依頼したという。政治経済分野のリーダーを育成するということから、当時政治経済学部の教務主任の職にあった田中氏にもコーディネーターとして白羽の矢が立った。

 さっそく2001年6月から、どのような内容の授業を目指すのか、毎月田原氏や高野氏を交えた2時間ほどの話し合いを重ねていった。そのプロセスを通して共有されていったのは、著名人を集めた単なる連続講演会にするのでなく、1年にわたって同じ学生を鍛え、次世代のリーダーに育てていけるような授業にすることだった。

 折しも早稲田には2000年にオープン教育センターが設置されており、そこに全学開放のオープン科目として開講することとし、1年を4つに分けて「政治」「経済」「国際経済」「国際政治」の各分野におけるリーダーシップを学べる構成にしたという。

 2002年4月の第1回の授業は、大隈講堂に当時の小泉首相を招いての公開講演会として大規模に開催され、続いて筑紫哲也氏や寺島実郎氏ら著名人を交えたパネルディスカッションも行われている。その後の講師には、田原氏のネットワークを使って、安倍晋三氏、小沢一郎氏、菅直人氏、故宮澤喜一氏、宮内義彦氏、御手洗富士夫氏など政財界の大物が招かれ、きわめて贅沢な授業となった。当然、200名の受講枠に500名以上の希望者が殺到するほど学生の関心は高かったという。受講希望者には志望理由のエッセーを書いてもらい、社会貢献への経験や将来に対する可能性を基準に選抜していった。それが奏功し、積極的な受講生が多く、質疑の時間には何人も質問の手を挙げる熱心さだったが、重要な点は単なる著名人の連続講演会ではなく、大学の授業である以上、教員が講義内容を学問的な視座から解説しているからであると田中氏は振り返る。

背景には早稲田ならではの危機感

 いかに魅力的な授業内容を作るかに日々頭を悩ましている大学人からみれば、こうした大隈塾はやや贅沢にすぎるとも思えるだろうし、そもそもこれを真似できる大学もそう多くないだろう。しかし、早稲田がこれほどリーダー育成に力を注いできた背景には、早稲田なりの危機感があったことを田中氏は強調する。

 確かに早大は恵まれた大学だ。全国から優秀な学生を集めるブランド力をもち、それはアジア各国からの留学生獲得にもつながっている。ただ田中氏は、早大における課題は、1980~90年代、偏差値が東大の次であることに胡坐をかき、リーダー育成を疎かにしたことにあったのではないかと感じていたという。その問題意識はまさに現代の日本社会が抱える課題そのものだ。

 戦後の日本にとっての至上命題はアメリカに追いつき追い抜くことだった。目指すべき目標は明確で、リーダーに求められる能力もある意味で単純だった。早く正確に解答を出せることが優秀な人材とされた。しかし、アメリカに追いついた時から海図はなくなり、どうすればいいかを自分たちで考えなければならなくなった。折しもバブルが崩壊し、政府も負債を抱え、優秀だとされた官僚にも不祥事が見られるようになった。それは、早く正解を導き出せる人材を養成する時代は終わり、自分の頭で考えられる人材を育成する時代になったことを意味している。21世紀日本におけるリーダー教育の課題はそこにあるというわけだ。

 田中氏としても、早大が伝統的に学生の自主性を重んじる大学であり、実際に自分で考えるたくましい学生が多かったという自負はある。しかしそうした学生文化に甘えるだけでなく、大学としてもきちんと働きかけていくことが必要になってきていると感じてもいる。そこで育成すべきリーダー像は、野性味があり泥臭くて雑草的な強さをもつ早稲田らしいリーダーだと田中氏は語る。大隈塾では、答えのないところに飛び込んでいって自分で答えを探せる「たくましい知性」をもち、在野精神に溢れ、汗をかくことを厭わないエリートを育てたいという。

講師の「人生における最大の決断」から学ぶ

図表1「21世紀日本の構想(基礎編)」講師陣(2011年度春期)

 大隈塾は今年度10年目を迎えたが、講師陣の顔ぶれが充実していることは今も基本的に変わっていない。また、学生の人気科目であることも変わらず、今でも400名ほどの受講希望があり、200名に絞るための選抜が行われている。現在、「21世紀日本の構想」は基礎編(春期)と発展編(秋期)の各2単位で構成され、各界の第一線で活躍するキーパーソンから広く政治経済について実践的な話を聴くという教育スタイルになっている(図表1)。

 2011年度シラバスによれば、授業目的は「大学人では教えられない正解のない答えを、どんな勇気と判断力をもって出したのかを一流の政治家・経済人・社会起業家等に話してもらう」ことにある。また、「正解のない立場で、どうやって難局を切り抜けたかのケーススタディーを毎回お招きする各界のリーダーたちの話を直接聞いて、自分の人生の指針とする」ことが到達目標である。

 もちろん、講師の話を一方的に聴いていれば十分というわけではない。事前の資料読了や教室での討論も重要な要素に位置づけられている。1回の授業は40分の講義と40分の質疑・討論で構成され、学生は積極的に質問し議論に参加することが求められる。

 田中氏によれば、講師陣にも政治・経済・歴史・外交史に関わる細かな話よりむしろ自分の人生の中でどういうときに最大の決断をしたのか、なぜそういう決断をしたのか、それぞれの経験を話してもらうようにお願いしているという。結局のところ、答えがない時代にはどう自分なりの答えを見出すかが重要であり、自分なりの答えを出したからこそリーダーになり得た先人の経験に耳を傾けることが、いい学びになると考えている。

 それでは、大隈塾の効果はどのようなものか。田中氏は、授業を受けた受講生が、前期と後期で議論の仕方、質問の仕方、レポートの内容が大きく変化し、明らかに成長していることを実感すると語る。この授業で自分の知識の足りなさを痛感し、本来の専門以外の勉強につなげていく学生も少なくない。学生の多くは、大隈塾で学んだことがその後の学びに活きてくるという実体験をもつという。さらに、市議会議員になったりNPOを立ち上げたりした者も出てきている。ただ、開設からまだ10年、大隈塾経験者が日本社会を牽引する本当のリーダーとして活躍できるかどうかはこれからだという。教育成果はもう少し長い目で見ていく必要があるということだ。

大隈塾のさらなる展開と課題

 大隈塾は今も進化を続けている(図表2)。基礎編と発展編の両方を履修した学生を対象にして、通年4単位の「大隈塾演習:Intelligenceの技法」も開講されている。そもそもは、もっと学びを深めたいという学生の声に応え、開講翌年の2003年から高野氏がゼミを始めたことがきっかけだったという。ここではさらに30名ほどに選抜された精鋭たちの集まるゼミとなっている。

 また、2008年からはビジネススクール(WBS)で、多くの企業から協力を得て、主として社会人を対象としたプログラム(プログラムディレクターは内田和成教授)も提供されてきた。「徹底した議論と自己表現の場」として、「強靭な精神力と意思決定力を備えたリーダー候補生を養成」することを目指して、企業トップなどのゲストが話をし、内田教授が質疑・解説をするという構成だ。2011年には「大隈塾ネクスト・リーダー・プログラム」として企業から派遣されたミドルリーダーで構成されたが、2012年からは大学院生も「リーダーシップ論」という正規科目として履修できる。

 しかし、こうして着実な展開をみせる大隈塾にも課題はある。特に「21世紀日本の構想」についてみると、最大の課題は安定的な授業運営だと田中氏は指摘する。まずは、著名人講師に対する通常の授業と違ったケアが必要となるうえ、独立採算的な運営なので、講師謝礼等の問題も悩ましい。企業から寄附を募るなどしてきたという。

 さらに、大隈塾でエリートを育成する傍ら、普通の授業の中で5万4000名を超える学生のリーダーシップをどう育成するのかも課題だ。高等教育のユニバーサル化が進むなか、リーダーシップを発揮できるトップ層をいかに育て、厚みを与えていくのか。日本全体で考えなければならない課題だろう。大隈塾を始めた田原氏も大震災以降、学部段階の大隈塾にさらに力を入れるようになったという。不確実な時代に対応できるリーダー育成へのニーズは高まるばかりだ。今後も早稲田の取り組みに注目していきたい。

図表2「大隈塾」の構造


(杉本和弘 東北大学 高等教育開発推進センター 准教授)


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