4階層の質保証システムで学生の成長にコミットする/茨城大学

茨城大学キャンパス


DPの達成に地域もかかわる

 茨城大学の2016年度APテーマV「卒業時質保証」では、5項目からなる全学ディプロマポリシー(DP)をターゲットに設定した。このDPのうち特に力を入れたのは「地域活性化志向」だと太田寛行学長は言う。「学生と教職員に地域の方々が加わった『三者のパートナーシップ』を教育に反映させ、地域の企業の方々も参画していただき、学生の卒業後も、ディプロマポリシーの達成度をフォローしていく仕組みを作り上げた。これがAP事業のポイントでした」。各学部に「アドバイザリーボード」の形で地元の企業人などを迎えるほか、3年次の第3クォーターを「iOP(internship Off-campus Program)クォーター」として、地域の協力を得て学外でインターンシップやサービスラーニングを実施してきた。

4階層質保証システム+IR・IE

 学内の取組体制は、教員・学科・学部・全学の4階層をとっている。教員個人の授業改善に加えて、学科単位でのFD、さらに学部でのより包括的なプログラムの点検評価を行い、その結果を全学的なFDに反映させる仕組みだ(図表)。


図 4階層での質保証


 ただし、AP事業推進の核として2016年度に設置された「全学教育機構」の嶌田敏行教授は、「『階層制』というよりもむしろ、『個からチームへ』という考え方」と言う。

 IR(Institutional Research)・IE(Institutional Effectiveness) 機能を4階層とは独立させているのも、茨城大学の取組の特徴だ。様々な調査の計画・実施・分析や参考データの収集といったIR機能を、大学戦略・IR室と教学システム・IR室(以下IR室)に集約。教員は教育活動・改善活動に専念する分業体制をとった。嶌田教授は、「IR室が欲しいデータ」ではなく、教員が議論しやすい情報を渡せば、教員の間でPDCAが回りだし、授業やカリキュラムが改善されていくという。

 「データを利用する教育改善を特別な話にせず、いかに日常的なところに組み込めるかに注力しました。そうすれば、教員はデータを精読するし、次もやりたいという気持ちになる。IR室と個々の現場との連携は、そこがポイントだと感じます」(嶌田教授)。

入学式で全員に「コミットメントブック」配布

 IR室が集約したデータは、地域・企業との「三者のパートナーシップ」を担う上でも重要な役割を果たす。「ステークホルダーを交えたアドバイザリーボードでは、データに基づいて議論することで、感覚的な捉え方だけではない、色々な意見をいただける」(太田学長)。データをコミュニケーションツールにして、地域社会とのエンゲージメントが深まるという。

 ここで「エンゲージメント」は、大学が社会や学生と互いにどんな約束をするかといった意味だが、ややわかりにくい言葉なので、茨城大学では特に学生向けを中心に「コミットメント」の語を用いている。学生と社会と大学が「かかわりあって」、学生が卒業までに5つのDPを身に付けることを「約束」するというものだ。

 新入生全員に配布される「茨城大学コミットメントブック」には、学生・大学・地域の三者が「コミットメントパートナー」であることや、5つのDPの内容がコンパクトに解説されている。

太田寛行 学長

 さらに、2017年からは、DPの理解と意識付けのため、新入生に向けて上級生が5つの能力の内容を説明する「コミットメントセレモニー」を入学式の直後に実施している。これは「ゲームチェンジ」のセレモニーでもあると太田学長は言う。「5つの学びの目標にどう到達するかを、自分たちでデザインして勉強しよう、そのためには高校までと学び方を変えなければダメだよ、ということです」。

DP達成度の自己評価が高まる

 事業の成果としては、学生の「DP達成度の自己評価」が学年進行に伴って、また経年変化において、「達成している」割合が年々高まっていることが挙げられる。また、卒業生、就職先企業、教員に対する調査結果がいずれも上向きとなっており、学生自身がDPの達成度を意識しながら努力していること、教員の教育力が高まっていることの表れだと太田学長は言う。

 日本学術振興会のAP委員会による事後評価では、補助期間終了後の事業継続を見据えた学内組織整備などもS評価の要素となっていた。事業継続に向けての施策は、大学として腐心してきたことの1つでもある。

 「教育改善にはゴールがないので、継続できる仕組みが教育マネジメントの基本です。そのためには、教員の教育志向を刺激する仕組みや、人が替わっても教育改善が進み続ける仕組みをどう整えるか。さらに洗練していきたいと常に思っています」(嶌田教授)。

卒業時には「コミットメントプラス」を配布

 嶌田教授は「どうやって茨城大らしさを出していくか」を次のフェーズの課題と捉える。「ディプロマポリシーを意識して茨城大学で過ごした『コミットメント』のストーリーを、社会に出てからも自身の中で継続していくようなアプローチをしているところです」。その試みの1つが、今年(2021年)3月の卒業生に配布した冊子「コミットメントプラス」だ。「コミットメントブック」の続編にあたるもので、卒業生と大学と地域社会とのコミットメントは続いていくというメッセージを、さまざまな形で送っている。

 今後に向けて太田学長は、個別・全体の2つの課題をあげた。個別には、3番目のDP要素「課題解決能力・コミュニケーション力」の中で達成度の低い項目である「実践的な英語能力」をどう改善していくか。全体としては、学生へのフィードバックの仕組づくりが課題である。教員だけでなく、学生自身がPDCAを回せるシステムを如何に構築していくのか、今後の取り組みに期待したい。


(文/リアセックキャリア総合研究所主幹研究員 松村直樹)


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