2025年に向けた留学生動向と日本の高等教育機関の国際化

今日、世界の留学生総数は450万人(Project Atlas & OECD, 2014)となり、留学生政策は各国の政治経済的戦略として外交・文化政策のもとに展開されるようになっている(図表1)。経済協力開発機構(OECD)によれば、2025年には世界全体の高等教育需要は2億6200万人になるとしており、そのなかで世界の留学生総数は800万人になると予測している。本稿ではこうした近未来の留学生の動きと政策動向をふまえ、日本の高等教育機関の立ち位置を考える。

新興国の台頭が目立つ、世界の留学生動向

 世界の中で最も多くの留学生を受け入れているアメリカの受け入れ留学生数は、国際教育協会(IIE)によれば2013/2014年度に88万6052人であった。これは前年比から8.1%の増加であり、留学生を受け入れた経済効果は260億8800万米ドルであると試算されている。しかしながら、アメリカの世界における留学生占有率に目を向けると、2001年に全体の28%であったのが、2014年には20%に落ちており、ほかの受け入れ国の台頭を意味している(図表2)。その証拠に、2001年にはアメリカに続き、イギリス、ドイツ、フランス、オーストラリア、日本、ベルギー、スペインが上位8カ国であったのが、2014年にはイギリス、中国、フランス、ドイツ、オーストラリア、カナダ、日本に変わっている。

 この背景には、欧米を中心とする受け入れ国のなかで、アメリカが2011年の同時多発テロ事件以降、留学生の受け入れに慎重になったのに対し、イギリスとオーストラリアはそうではなかったこと、また留学後の就業機会が、アメリカに対して特にオーストラリアは多いといったことが留学生を惹きつけている要因になっているとする分析がある(Choudaha & de Wit,2014)。他方、新たな受け入れ国として台頭が目覚ましい中国の存在を無視することはできない。中国は2001年には上位国には含まれていなかったが、この10年ほどの間にアメリカ、イギリスに続いて世界の留学生の8%を受け入れるまでになっている。

 中国は留学生の送り出し国としても既に筆頭にあり、アメリカにおける中国人留学生の数は27万4439人(2013/2014年度)とアメリカにいる留学生全体の31%を占めている。この数値は2位のインドが10万2673人で前年比6.1%であることと比較しても突出しており、しかも前年度と比べて16.5%の伸び率となっている。このように世界の留学生移動は急激に変容しつつある。ちなみに今日、世界中の留学生の30%を占めるのは、中国、インド、韓国、ドイツ、サウジアラビアであり(図表3UNESCO, 2014)、こうした留学生送り出し新興国の登場によって世界の留学生地図は塗り替えられつつある。

 地域別に見ると、ヨーロッパは世界全体の留学生の24%を送り出しているが、ヨーロッパの学生はEUが展開してきた留学プログラムであるエラスムス計画※の影響もあり、ヨーロッパ地域内に留学している者が多く、現在2020年までの予定で展開されているエラスムス・プラス※により引き続きこの傾向は続くものと考えられる。また最近ではアメリカからヨーロッパへの移動も顕著になっている。特にドイツは、英語コースの開設と授業料の低さから多くの留学生を惹きつけるようになっており、トルコ、中国、ロシア等からの留学生がヨーロッパへ多く留学するようになっている。

 中東及び北アフリカ諸国は、アメリカ留学をはじめ、フランス、イギリスといった欧米先進国人気に加え、中東諸国の政府が留学奨学金を付与して送り出す事例もみられるようになっている。またここ数年はアジアを中心とする非欧米圏への留学も急増しており、特に東南アジアのマレーシアへの留学は、同国がとるイスラム文化圏との交流拡大と留学政策によりイラン、イエメン、イラン等からの留学が顕著である。

 サブ・サハラアフリカでは英語圏の国々が南アフリカに留学生を送り出し、逆にセネガルやカメルーン、ガボン、ギニア等のフランス語圏の国はフランスに留学する傾向が強い。

 中南米は最近、メキシコとアメリカの間でそれぞれ10万人と5万人を相手側に送り出す協定が結ばれるなど、北米との留学交流はより密接なものとなりつつある。また特にブラジルは科学人材育成の留学プログラムに力を入れ、日本を含めイギリスやカナダへの留学も増加している。

オセアニアは圧倒的にアジアからの留学生が多く、中国、インド、韓国のほか、東南アジアのマレーシア、ベトナム、インドネシア、シンガポールあるいはスリランカやネパール等、南アジアからの留学生が多い。逆に送り出しは先進国の英語圏やドイツ、フランスが中心であるが、近年オーストラリアが進めている新コロンボプランでは、日本を含むアジア太平洋地域との留学生交流や関係強化が奨励されている。

 活発化する世界の留学生動向のなかでも量的拡大が著しいのは中国、インドといった留学生送り出し大国を擁するアジアである。アジアからの留学生は引き続きアメリカを中心とする欧米志向が強いが、前述の通り中国の受け入れ国としての台頭は、韓国やアメリカのほか、インドネシア、ベトナム、インド、カザフスタン、パキスタンから中国への留学増加という新しい流れも生んでいる。

2025年に向けた動向を左右する4つの要因

 以上概観したように、世界の留学生の動向は、従来の途上国から先進国、あるいは先進国同士の移動という方向にとどまらず、アフリカ域内あるいは中東からアジアへの地域間移動、さらには南北間の旧来からある序列を越えた新たな動きが見られる。留学生移動の要因について、学生の側の移動理由からまとめると地理的要因、政治的要因、教育的要因、社会の安定度、経済的要因の5つが指摘されているが(De Wit ほか, 2008)、学生移動をとりまく社会的課題という点からまとめると、2025年に向けての動向を左右する要因として以下の4つが指摘される。

 第一に知識基盤社会の形成発展が求められる中で、経済発展を担う人材育成政策及び雇用の動向を反映した経済的要因である。今日、各国政府は、留学生数もさることながら、より優秀な人材の確保と育成に焦点をあてるようになっており、学生もまた、留学による学びが就職を含めた将来のキャリアにどう役立つのかという点を非常に重視する傾向にある。留学先として、留学終了後の就業の機会をめぐり、アジア諸国でオーストラリア留学に注目が集まったり、アメリカ留学を終えた中国人、インド人学生が、卒業後もかつてのようにそのままアメリカに残るわけではなく、本国に戻り起業したりするのはその典型例である。

 第二は、送り出し国と受け入れ国を含む国際関係の動向と戦略としての留学政策である。アメリカで起きた同時多発テロ以降、イスラム圏にとどまらずアメリカへの留学ビザ規制が強化され、特に中東諸国からの留学生移動に影響がでたのはよく知られているが、近年では中国がアフリカや南アジア、中南米との関係強化を図る中で、奨学金付与による人材育成支援として留学生を誘致する例などがみられる。逆に、中国の言語文化普及を目的とした国家プロジェクトである孔子学院の活動がアメリカで批判されたり、軍事・防衛に関連する科学技術と留学政策の関係等は学生移動を制限する動きである。

 他方、こうした政治的経済的要因が重視される中で、移動を加速させているトランスナショナル高等教育の進展は、第三の要因として連携や協力という新たな可能性を高等教育に付与している。2大学間だけの交流ではなく3大学以上の連携や、政府主導型の連携、さらに地域機構が主導する連携等、留学生移動がもたらした新たな交流のあり方は、MOOC(Mass Open Online Course)といった新たな高等教育の展開にも及び、学生だけでなくプログラムや教育機関そのものが移動するようになっている。

 今日、学生移動の動向は、それら様々な移動の相関によって決まる。東アジアにおけるキャンパス・アジアやEUの一連のエラスムス計画のように、国や地域を単位としたプログラムにとどまらず、例えばオーストリアの大学がマレーシアや南アフリカに分校を設け、南アジアのスリランカに同大学への予備課程が設けられている関係から、スリランカからマレーシアへの留学の流れが生まれているのはその例である。

 一方、こうした多様化する留学生移動の流れには、もう一つ考慮すべき第四の要因がある。それは、トランスナショナル高等教育の進展に伴い新たに浮上したプログラムの内容と質の問題である。学生はより質の高い価値のある学位や資格を求めている。大学ランキングや有名校としてのブランドが、プログラムそのものの質の高さを実際どの程度的確に反映しているかという課題はあるものの、目に見える形での指標として注目を集めるのはそのためである。今後の受け入れ中心国には、旧来の欧米先進国に加え、中国、インド、韓国、シンガポール、マレーシア、南アフリカ、ロシア、ブラジルが予測されているが(Choudaha & deWit, 2014)、こうした受け入れ新興国では、これまで以上にそこでの学位やプログラムの質が問われることになろう。

 さらに今後注目されるのは、高校生や中学生の留学である。同じ英語圏であるオーストラリア、カナダ、イギリスと比して最も多くの中等教育の留学プログラムを提供しているのはアメリカであり、約7万3000人余りの中等学校留学者のうち、57%はアジアからの学生で、そのうち中国が32%を占めている。韓国の早期英語教育のための留学事例にみるように、留学の低年齢化は既に一般化しつつあり、昨今では欧米諸国に加え、費用が安く比較的治安が安定している東南アジアのシンガポールやフィリピン、マレーシアへの進学も選択肢となっている。

日本の留学生動向と国際化における方向性

 以上のように、世界の留学生動向が変化している中で、日本の高等教育機関はどのような方向性を希求し、国際化にどのように対応すべきであろうか。日本の留学生動向として特異なのは、日本人留学生の伸び悩みという点である。

 前述の通り、アメリカで学ぶ世界の留学生が着実に増加しているなかで、日本人留学生は過去最高であった1997/1998年度の4万7000人余りからこの10年余りその数を減らし続けており、2013/2014年度は1万9334名となり、前年度からマイナス1.2%となった。こうした日本の留学交流に対し、例えば日米の間では両国間の留学交流の増加を目的としたTeam Upプロジェクトが両国政府の主導で動き始めている。日本政府としても留学生の送り出しを積極的に支援しているが、ただし、その行き先は引き続き欧米中心である傾向は変わっていない。この動向は、英語が進学や就職など様々な場面で重視される限りは、大きく変わることはないであろう。課題となるのは欧米先進国以外の国との交流である。現況では、当該地域に関心のある学生は留学を考えるものの、それはまだ少数派であり、そこでの学びが自分のキャリアパスにどのように結びつくかということが描けなければ、なかなか留学しない。それは、2025年に向けて伸長する地域と日本との政治・経済関係の動向にも左右される。その意味では、2015年に経済共同体が発足する東南アジア諸国連合(ASEAN)を中心とした東南アジアや、南アジア地域協力連合(SAARC)を軸とした南アジアは、地域化(regionalization)を視野にいれた高等教育の連携が進んでおり、留学生移動のハブとしての国もあることから今後は戦略的に重要な地域となろう。

 他方、留学生の受け入れについては、特に中国を中心とするアジアからの留学生の流れが引き続き続くと考えられる。中国は世界有数の送り出し国であるが、留学する学生数は中国人の高等教育人口のわずか2%であり(Opendoors, 2014:15)、留学への需要は高いことから、中国人留学生は今後も世界的に増加すると考えられる。受け入れ留学生の増加は日本の「留学生受け入れ30万人計画」の目標達成に合致する部分ではあるが、学生数の増加だけを優先してそのためのブランド力やランキングの向上を目的化するのではなく、留学生を含め、次世代社会を担う若者をどのような人材像に育てるべきか、また取得した学位や資格の運用性という観点からも、プログラムの等価性や互換性を高め、質保証を担保することが求められる。

【参考文献】
  De Wit, H.et al.(2008), The Dynamics of International Student Circulation in a Global Context, The Netherlands, Sense Publishers.
Choudaha,R.& Hans de Wit(2014), "Challenges and Opportunities for Global Student Mobility in the Future: a comparative and critical analysis" in B.Stretwieser, Internationalisation of Higher Education and Global Mobility, Oxford, Symposium Books, pp.19-33.
International Educational Exchange(2014), Opendoors 2014
OECD(2014), Education at a Glance, 2014
UNESCO Institute of Statistics(2014), Global Flow of Tertiary-Level Students(http://www.uis.unesco.org/Education/Pages/international-student-flow-viz.aspx)
(accessed: June 10, 2015)

【PROFILE】
杉村 美紀(杉村 美紀)
専門は比較教育学、国際教育学。博士(教育学・東京大学)。外務省専門調査員、国立教育政研究所研究協力者、広島大学教育開発国際協力研究センター客員研究員等を経て2002年より上智大学に勤務。2014年より同学術交流担当副学長。