ニード・ベースとメリット・ベースの組み合せ/金城学院大学

学費一律50万円、「金サポ」の開始

 名古屋市のやや郊外に位置する金城学院大学が、その沿革を1889年まで遡ることができ、戦前期に専門学校令による高等教育機関となっていたこと、大学名に女子はないがミッション系の女子大であること、を知る人は多くはないかもしれない。だが、東海地区では伝統校としての知名度は高い。2012年度現在、5学部13学科・コースからなり在学者数約5,500人を擁する中規模大学であり、女子大で6年制の薬学部を持つことに特色がある。

 この金城学院大学が、極めてユニークな他に例をみない「金城サポート奨学金」(学内関係者は「金サポ」と呼称している)を2011年度入試より開始した。この奨学金の特徴を端的に言えば、一般入試(前期)試験の成績上位者は年間の学費(授業料と施設設備費の合計)が50万円になるというものである。年間50万円の学費とは国公立大学の約53万円よりも安く、その魅力は大きい。

 ただ、よくよく考えれば、「奨学金」と言いつつ、「学費の割引」になるとは何か奇妙である。なぜ、奨学金が学費の割引に連動しているのか、その仕組みをみることにしよう。

 まず、この奨学金の給付基準は、1)一般入試(前期)試験3科目型受験者のうち得点率80%以上の者、2)一般入試(前期)試験2科目型受験者のうち得点率90%以上の者、3)2013年度より開設される音楽芸術学科は、2科目型受験者のうち音楽実技で得点率90%以上の者となっている。そして、この基準をクリアした者のうち、入試の得点順に実人数で100名を支給対象者とし、合格通知とともに「金城サポート奨学金」に選ばれたことを連絡する。受験生は、3回(薬学科は2回)実施される一般入試(前期)試験のうち、3回とも受験するチャンスがある、従って、最大3回の受験のうちどこかで上記基準を満たすことができれば、支給対象者としてカウントされる。

 さて、次に興味深いのは、奨学金と学費との関係である。どの学部・学科に進学しようが、「金城サポート奨学金」に選ばれた者は年間の学費が50万円になる。即ち各学部・学科の学費と実際に納入する学費との差額が、奨学金なのである。入学時点で選ばれた者は、その後も各学年末の成績(GPA)が各学科の上位40%以内に入っていれば、継続して受給できる。順調に奨学金を受給できれば、4年間の学費は200万円、6年制の薬学部でも300万円ですむ。では、規定の学費との差額である奨学金は、どの程度の額になるのだろう。たとえば、最も学費の安い文学部では4年間で236万円、最も高い薬学部では6年間で870万円になる。実際に負担する学費を超える金額の奨学金をもらえる仕組みなのだ。

 奨学金の支給方法もユニークである。通常、奨学金は学費とは連動していないため、規定の学費をいったん納付し、奨学金はそれとは別にあとから支給される場合が多い。しかし、金城サポート奨学金受給者は、負担すべき学費の50万円を前後期に分けて25万円ずつ納付すればよい。奨学金としての金額を支給するのではなく、規定の学費に奨学金を給付した形にして、その差額を学費として納付するのである。従って、保護者や学生からすれば、学費納付の時点での金額が安いという安心感が高いものと思われる。

図表1 金城サポート奨学金

強い国公立大学志向も視野に

 なぜ、こうした奨学金を「発明」したのだろうか。特に国内外の他大学の事例を参考にしたわけではないという。リーマンショック後に学費の延納や分納の希望者が目立ち始め、経済的困窮者の存在が話題にのぼるようになったことが契機だという。「せっかく金城学院大学に魅力を感じても、授業料が高額だから進学を諦めるというようなことはさせたくない。経済的問題にとらわれずに、高校生の受験意欲を高めるような支援をしたいという発想で、奨学金の議論が始まりました」と、奥村隆平学長は話す。2009年に出された大学入試委員会での提案は、1年ほどで結論を得て2010年4月には、2011年度入試の受験生から始めることを決定した。

 この奨学金には、経済的困窮者の支援に加えてもう1つの狙いがある。それは、国公立を志願する受験生を呼び込もうというものである。私学の学費が高いから国公立へという受験生が、国公立以下の学費であることに魅力を感じて受験してくれることを期待している。東海地区は国公立志向が強く、大学受験のみならず高校受験でもその傾向があるという。それは言ってみれば、学力の高い層が国公立を志願するということでもある。そうした高学力層が受験してくれれば、大学全体としての底上げにもなる。

 そのためには、高校生が受験前に、この奨学金の存在を知ることが必要である。受験成績を基準にした奨学金であれば、入試案内に掲載して受験生への周知を図ることができるうえ、受験生の勉強の励みにもなる。

薬学部で多い支給対象者

 まだ、始まって2年目の金城サポート奨学金であるが、受給者やその継続率について実績をみよう。2011年度の一般入試(前期)試験の全学部の合格者は823人、2012年度は880人であり、そのうち170人程度が、前記の給付基準を満たしているという。このうち成績上位者から実人数で100名が選ばれる。合格者の約11%が支給対象者として選ばれる広き門である。

 どのような学部・学科において支給対象者が多いかをみると、圧倒的に薬学部薬学科である。2011年度では152名の合格者のうち37名が支給対象者であり、2012年度でも155名の合格者のうち50名が支給対象者である。薬学部薬学科の合格者は両年度とも全合格者の約18%であるが、薬学部薬学科の支給対象者は全支給対象者の37%(2011年度)、50%(2012年度)であり、また、薬学部薬学科合格者のなかでは4分の1(2011年度)から3分の1(2012年度)が支給対象者となっている。それに次いで多いのが、生活環境学部食環境栄養学科であり、管理栄養士の資格取得のプログラムを持っていることに特徴がある。ここでは2011年度合格者40名中の支給対象者が17名、2012年度合格者58名中の支給対象者が12名である。

 確かに、一般入試(前期)試験の合格平均点と最低点をみると、薬学科と食環境栄養学科は他学科よりも高く、難関であることが分かる。奨学金支給対象者が多いのも、それに対応していると理解することができる。また、薬剤師、管理栄養士といった国家資格の取得につながる学科において、支給対象者が多いということは、それらが人気学科であるとともに、他校と競合する学科であることを意味する。特に、2005年度に設立された薬学部薬学科は、東海地区では後発組であるだけでなく、先発組の名古屋市立大学、岐阜薬科大学といった公立大学、私学の名城大学がいずれも男女共学であるなかで、女子大の薬学部としてレーゾンデートルを示さねばならないという課題を負っている。そこに優秀な女子学生を集めたいという期待はあって当然であろう。事実、奨学金設置の議論を進めるなかでの反対論として、金城学院大学全体の奨学金ではなく、薬学部のための奨学金になるのではないかという意見も出たという。しかし、「薬学部のための奨学金という意識は全くありませんでした。あくまでも、金城学院大学で学びたいが学費負担がネックになっている学生の支援ということが第一でした」と、安藤剛入試広報部長は話す。

課題は歩留りと継続率の向上

 極めて客観的な指標にもとづく選別の結果、薬学科や食環境栄養学科の合格者に支給対象者が多くなっているのだが、その奨学金を受けて入学する者が100%ではないという問題がある。どちらの学科も対象者の半数以下しか入学していない。即ち、国公立よりも低廉な学費という条件が提示されたとしても、国公立に合格すればそちらを進学先として選択する者が多いという事実がある。「薬学部の設立時期が遅いため、その実績があまり知られていないのが残念ですが、2011年度の国家試験合格率は92.4%であり、他校に引けをとるものではありません。今後、このことが多くの受験生に知られれば、いわゆる歩留りはもっと高くなると期待しています」と奥村学長は、ステークホルダーの理解を得るための時間の必要性を語る。もともと歩留りを重視して奨学金を設計したわけではないそうであり、従って、これは徐々に増えてくれればよいというところだろう。

 もう1つの問題は、2年次以降の奨学金継続率である。2011年度の受給者は、1年次終了時点の成績(GPA)が各学科の上位40%以内に入れば翌年度も継続されるところ、9名ほど継続が許可されず、そのうち5名が食環境栄養学科であった。上位40%がハードルになるとは想定しておらず、関係者は少なからず驚いたという。なぜ、食環境栄養学科に多いかといえば、入学後に履修が必要な化学、生物のうち、受験では1科目しか選択していないため、選択しなかった科目の成績が振るわなかったとみている。2年次に奨学金を受給できなくても、2年次終了時点のGPAが上位40%以内に入れば、3年次は再び奨学金を受給できる。挽回の余地は十分にある。

 これについての学長の話は、大変興味深い。「われわれとしては、管理栄養士になりたいという意欲を第一とし、そのために必要な教育は大学できちんとやることとして、入試で理科については、化学か生物の1科目の受験でよしとしてきたわけです。しかし、入試の得点は高く奨学金を受給しているものの、理科1科目受験者は大学に入って1年次に成果を出していないということが明らかになったわけです。入学後の教育をどのようにすべきかについてジレンマを感じます」。これは金城学院大学の問題にとどまらない、日本の大学、特に私学の多くが抱える問題の指摘である。入試科目を限定すれば、受験生はそれしか勉強しない。受験では成功しても、大学入学後の学習に支障がでるという状況の責任は大学にある。受験生が減ることを覚悟で入試科目を増やすか、入学後の手厚い教育でカバーするかという選択肢のなかで、現実的には前者を選択することが容易ではない以上、後者をどこまで充実させるかで対応する道しか残されていない。金城学院大学にしても、この奨学金を導入することで、あらためて問題の大きさに気づかされたのではないかと推測する。

志願者の増加と質向上に効果

 極めて短期に導入を決定した金城サポート奨学金であるが、その効果はどのあたりに表れているのだろう。まず、その効果としてあげることができるのが、志願者の増加である。図表2にみるように、一般入試(前期)試験の志願者は2010年度の1,891名から2011年度の2,555名へと大幅に伸び、2012年度も前年よりはやや減少したものの2,184名と上昇した水準を維持している。2011年度を学部・学科別にみると、一般入試(前期)試験2科目型では人間科学部が志願者を伸ばし、3科目型では生活環境学部、薬学部が志願者を伸ばしており、これらの学科の合格者における金城サポート奨学金の支給対象者が多いことから、国公立志願者が併願するようになったことが推測できる。特に薬学部は、2011年度から2012年度にかけても志願者を増加させており、奨学金を得れば、近隣の国公立大学薬学部よりも安い学費で資格取得できることの魅力が認知されているようにみえる。

 そして受験生のレベルが上がったというのが、ここ2年間の実感だそうだ。また、「100名ということだが、何点くらいをとると対象になるのか」といった、受験生からの問い合わせも増えているという。金城学院大学に魅力を感じる受験生を増やしたいという狙いで始めた以上、こうした問い合わせが増えていることは効果の1つとしてよいだろう。

 そうだとすると、志願者の増加は顕著な効果であり、志願者の学力も上昇し、加えて潜在的な受験者層が厚みを増している可能性もありと、奨学金導入の狙いは確実に実現しているようである。

 ただ、志願者のエリアが拡大したということはないという。東海地区の地元志向の強さと女子大であることとが相俟って、これまで入学者は愛知県、岐阜県、三重県の自宅通学者が90%以上を占めていた。奨学金を導入してもその進学行動には大きな変化はなく、その範囲において他校(特に国公立)受験者が金城学院大学を受験するという変化にとどまっている。

 効果といえば、その客観的な測定はできないものの、教員からみれば、学生が学習熱心になったような雰囲気を感じることがあるという。学内的には、誰が奨学金の受給者であるかを公表することはないものの、本人が自覚的に学習に力を入れることで、それが周囲に影響しているのかもしれない。大学によっては、メリット・ベースの奨学金の受給者を公表し、受給者の努力を周囲にも知らしめることで、全体の学習効果を上げようとするところもあるが、金城学院大学では、それは逆に本人の過重負担になると考えて、秘匿ではないが、積極的な公表はしないそうである。そうであれば、それが一番の効果ということができよう。

図表2 一般入試前期の志願者数の推移

今後の展開に向けて

 世界のなかで日本は高学費・低奨学金の象限に位置づくことは知られており、教育の家計への依存度は極めて高い。そのようななか、金城学院大学の金城サポート奨学金は、高学費に対して高奨学金を入学定員の約9%に支給するという点で、これまであまり例がない。

 これまで学内には13種類(金サポを除く)の各種奨学金があり、家計が学費を負担できなくなった場合の緊急のもの、卒業後に返還する貸与、海外留学のサポートと幅広く用意されていた。受給者は約1,300人に及び、奨学金の最も整備された大学の1つであった。ただ、それらはいずれも目的や期間が限定されており、入学後に一定の条件を満たす者を対象とし支給人数も決して多くはなかった。それに対して、今回の奨学金は、潜在的ニードを掘り起すことを目的としつつ、しかしメリットを基準にするという、ニードとメリットを組み合わせ、対象者を受験の時点で選別するという点に、他と異なる特徴を持つ。また、注意しなければならないのは、これは学費の割引ではなく、あくまでも学生が勉学に励むための奨学金であるということだ。

 金城学院大学では、今後も、こうしたコンセプトによる奨学金の拡大に積極的なスタンスをとっている。1つは、センター試験利用者への拡大である。国公立大学志願者をターゲットにするならば、それは必須であろう。もう1つは、受給対象者の歩留りの向上である。「このためには、教育・研究の質を上げることです。授業料の安さの魅力だけでは、長続きするものではありません。金城学院大学に行けば、国公立と同程度の授業料で、もっと良質な教育を受けることができるということをアピールすることに、この奨学金の意味があるのです」と学長は語る。まさに正論である。


(吉田 文 早稲田大学教授)


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