理工系女子(マドンナ)の未来を拓くプロジェクト/東京理科大学

 1990年代以降、女子の高等教育進学率が伸び、加えて女子の進学先は短大から大学へとシフトしている。こうした変化を反映して、大学生総数に占める女子の比率が上昇し続け、2011年には41.5%となった(文科省「学校基本調査」)。18歳人口の減少・停滞が続く中、今や女子学生をいかに惹きつけるか、それをてこに大学をいかに活性化するのか、つまりは「女子戦略」が大学の命運を握り始めているといってよい。

 女子戦略と言えば、まずはお洒落なキャンパスや図書館、清潔なトイレ、快適なカフェや学生寮など学習・居住環境の充実が思い浮かぶが、もちろんそれだけではない。女子の進学動向を踏まえれば別のアプローチが可能だ。今、大学進学に際して理系を選ぶ女子が徐々にではあるが増えつつある。いわゆる「理系女子(リケジョ)」の増加だ。女子学生をさらに理系に呼び込むことで、大学は自らを変えていく契機をつかむことができるかもしれない。

 そんな理系女子に照準を合わせた取り組みを、東京理科大学の事例に探ってみたい。東京理科大学(以下、理科大)には、女子中高生を対象にした「科学のマドンナ」という魅力的な名称を冠した人気プロジェクトがある。どのような内容が中高生に好評なのだろうか。そこではどんな効果が上がっているのだろうか。同大学の幡野純理事(広報担当)と「科学のマドンナ」プロジェクト委員長を務める工学部第一部・松本和子教授にお話をうかがった。

わが国における「理学の普及」を目指して

 理科大は2011年に創立130周年を迎えた。私学の中でも有数の歴史を誇る大学の一つだ。その歴史は、1881(明治14)年、東京大学理学部物理学科を卒業した21名の青年理学士らによって設立された「東京物理学講習所」から始まった。設立2年後には東京物理学校と改称し、その後も「理学の普及を以て国運発展の基礎とする」を建学の精神に、一貫してわが国における理工学分野の教育・研究の発展に尽力してきた。特に、真に実力を身につけた学生だけを卒業させるという「実力主義」を教育方針に掲げ、それと同時に、当時から夜間部として第二部を置いて社会人学生に学びの機会を提供することで、理工系人材の質と量の両立を図ってきた。

 この東京物理学校は、夏目漱石『坊っちゃん』の主人公が卒業した学校としても有名だ。まさに「坊っちゃん」がそうであったように、同校の卒業生は、当時の中等学校や師範学校で数学・理科教員として教壇に立つなど理数系教員の養成でも大きな成果を上げた。明治から続くこの伝統は、戦後東京理科大学になってからも引き継がれ、現在も理数系分野に多くの教員を輩出している。

 理科大は2012年現在、神楽坂・野田・長万部・久喜の4キャンパスに、8学部(理学部第一部・第二部、工学部第一部・第二部、薬学部、理工学部、基礎工学部、経営学部)・33学科・11研究科を擁する理工系総合大学へと拡大しており、学部生約1万7000名、大学院生約3500名余りが学んでいる。このうち基礎工学部は、最初の1年間を自然豊かな長万部キャンパス(北海道)での「全寮制」を通じて全人的教養教育を行い、その後専門課程に進むというユニークな教育実践を展開している。

 さらに、2013年4月には新たに葛飾キャンパスが開設され、理学部や工学部の一部、基礎工学部が移転する。「学園パーク型キャンパス」として整備される葛飾キャンパスは、地域との連携を視野に入れつつ、工学系を中心とした先端融合分野の教育研究拠点となることが目指されている。明治期に「理学の普及」を目指して設立された理科大は、自然や生命の原理的解明を目指す「理学の知」と技術やシステムの高度化に貢献する「工学の知」を協働させることで、次なる「科学と技術の創造」に向けた歩みを始めている。

「科学のマドンナ」プロジェクト

図1「科学のマドンナ」プロジェクトの構造

 前述の『坊っちゃん』にちなみ名づけられた「科学のマドンナ」も、理科大が新たな可能性を見据えて行っている取り組みの一つだ。2006年に創立125周年記念プロジェクトとして「ウーマンサイエンティスト体験講座」を開始し、2008年は文部科学省、2009年以降は(独)科学技術振興機構(JST)が行う「女子中高生の理系進路選択支援プログラム」に基づくプロジェクトとして運営されている。女子中高生に体験を通して科学の楽しさを身近に感じてもらい、理系分野への進学を後押しすることが目的だ。そのために、図1にあるような3つのステップが準備されている。

 まず、STEP1は「Scienceを知る」段階で、体験・実験を通して理系分野への興味を喚起することが目的だ。STEP2では「Researchを体験する」として、専門的な実験装置などを用いた研究の一部を体験しながら、年齢が近い女子学部生や院生との交流会などを通じて理系女子を身近な存在に感じてもらうことを目指している。そして、最後のSTEP3「Professionalに目覚める」では、第一線で活躍する女性の理系研究者・職業人の講演を聴き、自らの将来像を具体的にイメージし、理系のキャリアパスの可能性を知ってもらうことを目指すものとなっている。

 このプロジェクトを率いる松本教授によれば、こうした3つのステップと目標設定の分かりやすさがJSTから評価されたことに加え、自分がどこにいるのか分かりやすいと参加者の中高生からも好評だという。松本教授は、目標を決めてステップを踏んでいくというのが中高生の若い感覚にも合っているという。

 実際に平成24年度に実施された「科学のマドンナ」の概要は表1の通りだ。3つの季節にそれぞれのステップを配し、理科大の各キャンパスを有効活用した取り組みとして設計されている。「科学のマドンナ」には学内の女性教員のアイデアが生かされている。運営には広報課が関わり学生もスタッフに加わることで、チームとして楽しみながら進められているという。そんな協力的な雰囲気を反映してか、「春のマドンナ」、「真夏のマドンナ」、そして「秋のマドンナ」など、ネーミングのうまさも印象的だ。


表1 平成24年度「科学のマドンナ」の実施概要


 春・真夏・秋のマドンナのいずれも人気が高く、口コミでも情報が広まっているようで、ウェブで募集をかけるとすぐに定員が埋まるという。春は神楽坂、秋は野田の各キャンパスで中高生や保護者を対象に体験型イベントが企画されていて好評だが、宿泊型の「真夏のマドンナ」に対する人気も高い。

 「真夏のマドンナ」は、基礎工学部のある長万部キャンパス(寮)を舞台に、2泊3日の泊まりがけでインテンシブに科学が体験できる機会となっている。「長万部サマースクール」としても開講されていて男子高校生も参加が可能だ。長万部の大自然の中で行う天体観測等のフィールド体験に対する満足度は高いという。基礎工学部を出た卒業生や院生、さらに1年生の協力も得て実施されており、高校生が社会で活躍する先輩との交流を深めながら、「理系に進学した私」をイメージしやすい環境になるよう配慮されている。なかには、長万部の寮生活に憧れて入学してくる高校生も出てきているという。

 松本教授は、現役の女子学生・院生・女性研究者と触れ合うことで、女子中高校生に複数のロールモデルを提示することの重要性を強調する。理工系に進む女子にとって、ロールモデルとして前を歩いている人がいないことが不安要素となりやすい、それを和らげたいというわけだ。具体的な取り組みとしては、小グループに分けて一人ひとりに向き合っていくことが重要で、そうしたきめ細かな対応が彼女たちの理系進学を後押しすることにつながる。時間のかかる地道な取り組みだが、理系を目指す女子ははっきりとした将来像を描いていることが多く、そうした賢くしたたかな女性たちの成長の支援に携わっていることに手応えを感じている様子だ。今後は小学生も視野に入れつつ、科学に対する理解のすそ野を拡げていきたいと意欲を見せる。

理系女子の増加に向けた取組み

 ところで、最近5年間の東京理科大学における学生数と女子比率の推移は図2の通りだ。ここからは、女子比率が2008年の18.6%から2012年の20.1%へと年々着実な増加をみせていることが分かる。このことは冒頭で触れた近年の全体的な女子の進学行動とも一致しており、理系を選択する女子学生が少しずつ増えていることは確かなようだ。

 では、こうした女子比率の上昇に、「科学のマドンナ」等の取り組みは一役買っているのだろうか。先に見た通り、「科学のマドンナ」は女子中高生に科学や実験の楽しさを体験し知ってもらうことを目的としたプロジェクトだ。このプロジェクトを通して科学の楽しさに目覚めた女子中高生が理工系大学への進学を決心してくれれば願ったり叶ったりではなないだろうか。

 そんな狙いがこのプロジェクトにあるのか聞いてみると、幡野理事は必ずしも女子の志願者増を狙ったものではないという。確かに、マスコミに取り上げられることで大学の知名度をよりアップさせることに効果はあったと感じている。しかし、プロジェクト自体はやはり、中高生に科学を学ぶ楽しさを知ってもらい、もっと理科に関心を向けてほしいという思いのほうが強い。その意味では、営利目的ではなく、必ずしも「科学のマドンナ」体験者が理科大に進学してくることにこだわっているわけではない。

 もちろん、特定分野で女子比率が低いことは長年の課題だ。女子が半数以上を占める薬学部薬学科を筆頭に、生物工学、応用生物科学、応用化学といった学科では女子が30~55%に達している。しかし対照的に、従来から女子比率の低い機械工学や電気工学において飛躍的に女子学生が増えているわけではなく、(僅かに増えてはきているものの)女子比率は依然として5%~7%にとどまっている。

 そうした状況に大学側も手をこまぬいているわけではない。工学部や工学研究科の現役女子学生が中心となり、工学部に進学した女子や進学を目指す女子(eガールズ)を応援するプロジェクト「.cpeg(ドット・シーペグ)」が活動中だ。もともと学生のサークルとして始まったもので、オープンキャンパスなどを通じて女子高生に工学部の魅力を伝える取り組みを展開している。工学を学んだ女子へのニーズが高まっていて就職で有利であるにも拘わらず、そもそも工学部で何ができるのか、何を学べるのかについて基礎的な情報が女子高生に十分に伝わっていない。そんな状況を、パンフレットの配布やイベントの企画・実施を通して草の根レベルから変えていこうというのが「.cpeg」だ。さらに、野田キャンパスには学生による自主的な理系女子開発プロジェクト「リケチェン!」も活動していて、企業見学や地域交流などを通して理系女子の支援を行っている。

 これらの取り組みから見えてくるのは、女子の理系進学を勧めるために、受け手である高校生にどれだけ情報を伝えられるかがカギを握るという点だ。理科大では、ここ数年オープンキャンパスに保護者を含む1万組ほどの高校生が訪れるようになったが、それに合わせてオープンキャンパスに参加する研究室の数も多くなっており、参加者が実験を体験できる機会を十分に提供できているという。こうした多様な機会の提供は、理科大の情報を求めて集まってくる高校生にとっては、必要な情報が十分に確保され、それによって進学に際しての不安感が安心感に変わる可能性を秘めている。

 こうした地道な努力が続けられれば、今後理系女子のさらなる増加が期待できるかもしれない。そうなれば、これまで明らかに男性文化だった理科大がさらなる変化を見せる可能性があると松本教授は指摘する。近年女子が増加してきたことで、ここ10年余りでみてもハード面でも女子に配慮した施設に改善されてきたし、文化的にも少しずつしかし確実に変わり始めており、キャンパスが華やかに明るくなってきたという。女子学生の存在が、理科大に新たな文化をもたらす可能性は高い。


図2 東京理科大学における学生数と女子比率の推移(2008-2012年)


理科大学としての社会的使命

 すでに図2でも見た通り、少しずつではあるが理科大の女子比率は上昇傾向にある。といっても、「科学のマドンナ」がそれをもたらしたというほど単純な話でもないし、このプロジェクトを続ければ女子比率が今後さらに上昇すると楽観視しているわけでもない。そもそも「科学のマドンナ」は女子獲得を必ずしも意図したものではなかった。

 むしろ、理科大の取り組みやその姿勢には、名称に「理科」を冠する大学だからこそ、社会に広がる「理科離れ」を何とかしたいという強い使命感が感じられる。それは、21世紀社会におけるグローバルな課題群の解決に向け、科学技術のさらなる発展が欠かせないことを十分に理解している大学としての矜持であるといってもよい。

 幡野理事は、理科大には「科学のマドンナ」をはじめ多様な取り組みを永続的に進めていけるだけの能力や人材があると胸を張る。私学の理工系でこれだけの資源を持っている大学は少ない。やりたくても取り組めない小規模大学が多いという。だからこそ、理科大は教育・研究活動だけでなく、社会貢献でも認められる組織体にしていきたいと考えている。その言葉には、かつて「理学の普及」を目指した理科大が、女子への働きかけを一つの契機にしつつ自らの社会的使命を果たしていこうという強い意志さえ感じられた。理科大は今後どのような挑戦を続けていくだろうか。さらなる展開に期待したい。


(杉本和弘 東北大学高等教育開発推進センター准教授)


【印刷用記事】
理工系女子(マドンナ)の未来を拓くプロジェクト/東京理科大学