三鷹へのキャンパス集約で、全学的な教育連携を加速/杏林大学

杏林大学キャンパス


八王子から三鷹へ

 杏林大学の第3次中期5カ年計画(2013-2017年度)には、第1次中期計画(2005年度)、第2次中期計画(2010-2012年度)と比較して、重要な決断を下した事業計画が盛り込まれた。それは、八王子にある3学部を医学部を中心とする三鷹に移転し、統合キャンパスとするものであった。

 この経緯を理解するために、少しばかり杏林大学の沿革をたどってみよう。同大学は、1966年に三鷹に開設された杏林学園短期大学を嚆矢とし、1970年には医学部、1979年には保健学部、1984年には社会科学部(現、総合政策学部)、1988年には外国語学部を設置して規模を拡大し、医学・保健医療系学部と人文・社会科学系学部をもつ総合大学として発展してきた。ただ、総合大学となったとはいえ、医学部と保健学部看護学科看護学専攻以外は、八王子キャンパスに設置されたため、医学・保健医療系学部と人文・社会科学系学部を統合することは容易ではなかった。

 加えて、八王子という地の通学の利便性は学生募集に不利に働き、さらには、総合政策学部と外国語学部は、競合する学部が他大学にもあり、少子化のなかで志願者の減少を余儀なくされた。また、入学したものの、中途退学者が一定割合を占めることが大きな課題とされていた。これらの問題に対して2010年頃までの中期計画では、八王子キャンパスの魅力を高めるとともに、三鷹と八王子の物理的距離をICTによって短縮することが方針として策定されていた。

 ところが、三鷹キャンパスの近隣に1万坪の用地が確保できたことで、その方針は大きく転換された。八王子の学部を都心寄りに移転させることで、活性化を図ることにしたのである。2012年には八王子キャンパス移転検討委員会が設置されて、創立50周年を迎える2016年に八王子の3学部が三鷹へ移転することが決定したのであった。この新キャンパスは、『井の頭キャンパス』と命名された。

「眞善美の探究」を軸にした全学的教育連携


跡見 裕 学長

 大学名称の「杏林」は、中国の故事に由来する。治療代を受け取らずに、病気から回復した人に杏の苗を植えてもらった医師がおり、いつしか10万余株の杏の林ができたという故事から、良医を意味するようになった「杏林」を大学名とすることで、知識技術に長けているだけではなく、他者に尽くす人格者を養成することを大学のミッションとしてきた。それを象徴するのが、「眞善美の探究」という建学の理念である。これは、学問に対して謙虚であるとともに、他者に対しても謙虚であることを意味している。「『眞善美の探究』を通じて、優れた人格を持ち、人のために尽くすことのできる国際的な人材を育成すること」、これが杏林大学の教育理念である。ところで、ここでなぜ、「国際的な人材育成」が課題になるのだろうか。「眞善美の探究」と「国際的な人材育成」とはどのように結びつくのだろうか。それに対して、跡見 裕学長は次のように語る。「『眞善美の探究』とは人類にとって普遍的なもの。人のために尽くすということも、同じく普遍的なものです。従って、人類にとって普遍的なミッションを体現した者は、特定の何かにとらわれることなく国際的通用性の高い人材となるのです」。国際化、グローバルという言葉を用いて大学改革が進められている昨今であるが、杏林大学ではそのはるか以前から、国際的通用性の高い人材育成がミッションに掲げられているのだ。

 では、このミッションをどのようにして教育という営為に具現化していくか。それが中期計画においても常に課題とされた。そしてその到達点が、総合大学のメリットを最大限に活かし、学部間の垣根を低くし、文系の学問と医療系の学問のどちらも学べる体制を作ることであった。

 確かに、ギリシアに遡る古典古代の教養人とは円満な人格者を意味し、円満な人格者を養成するには、幅広い学びが求められ、その幅広い学びがリベラル・アーツとされたことを思うと、中国の故事にもとづく杏林大学のミッションも、それに相通じるところがある。

 おそらく大いなる決断であったに違いないキャンパスの統合は、何も八王子キャンパスが抱える問題を解決するだけではない。上述のような大学のミッションを達成するというポジティブな課題達成のうえでも、大きなメリットがあると判断されたのであろう。確かにICTの利便性は否定するものではないが、実質的・物理的な距離は補えず、その短縮が全学的な教育連携の可能性を格段に高めることは言うまでもない。

特色ある日中英トライリンガル人材の育成

 ミッションにある国際的な人材の育成に関しては、もともとどの学部でも意識されてきたが、2012年度に文部科学省の競争的資金「グローバル人材育成推進事業(現:経済社会の発展を牽引するグローバル人材育成支援)」に採択されたことは、大学のグローバル化を進めるうえで大きな弾みとなった。「世界で活躍するスマートでタフな日中英トライリンガル人材の育成」と題する取り組みは、中国語と英語の2つの外国語能力を備え(留学生の場合は、母語以外の2カ国語)、スマートでタフな交渉能力をもった人材育成を目指すものである(図1)。この目的達成のために、海外協定校を増やし、留学・研修制度を整備し、ケーススタディ、アクティブラーニング、外国語でのプレゼンテーション等を導入し教授法の改革を図った。

図1 杏林大学が育成するグローバル人材像と育成方法

 これは外国語学部だけの取り組みではない。総合政策学部では、アジアに焦点をあてた国際政治学や国際関係論を展開し、また、英語による授業と留学とを組み合わせたGCP(Global Career Program)を導入した。医学部における海外での臨床実習、保健学部における海外診療放射線技術研修や海外理学療法・作業療法研修等も、それぞれの学部のミッションに沿ったグローバル人材の育成を念頭においたプログラムである。

 この事業は2016年度まで継続したが、この間に全学生に占める留学者の比率は、事業採択の前年2011年度の1.7%から、2016年度には4.2%に上昇、実人数では81人から206人まで増加し、とりわけ、医学部の海外での臨床実習参加者は、2012年の5名から2016年には33名と大きな伸びを示した。

 グローバル人材が、ともすれば英語に特化して語られるなか、杏林の故事にもとづき中国語を重視したことは特筆に値する。さらに、2017年にアジア太平洋大学交流機構(University Mobility in Asia and the Pacific : UMAP)に加盟したことで、アジアとの連携は一層進むだろう。

 「グローバル人材育成推進事業」に採択されて2年後、2014年度には同じく競争的資金の「大学教育再生加速プログラム」において「日英中トライリンガル育成のための高大接続」として採択された。これは、「グローバル人材育成事業」に盛り込まれている「主体的留学プログラム(ActiveStudying Abroad Program: ASAP)」をさらに推進することを目的として、日中英トライリンガルの育成を大学入学後からではなく、入学以前から準備することを目指すプログラムである。

 グローバル人材育成に積極的に取り組んでいる高校との高大連携・高大接続を進め、2017年度からは、高校時代に大学の単位修得ができるアドバンスト・プレイスメントを開始した。ここで興味深いのは、高校生に対して授業を提供する大学は、杏林大学だけではないということである。桜美林大学や共愛学園前橋国際大学等と連携し、これらの大学とは相互に単位互換ができる仕組みとしている。すなわち、杏林大学以外の大学に入学しても、杏林大学のアドバンスト・プレイスメントで取得した単位を加算でき、その逆も可としているのである。さらに、将来的にはコンソーシアムを形成することを目指している。

地域の健康と福祉を守る

 グローバル化は大きな課題であるが、他方で、大学は立地する地域との連携も欠かせない。とりわけ、医学・保健医療系学部をもつ大学としては、地域の健康や福祉への貢献は単に大学の社会貢献のみならず、教育・研究にとっても重要である。これまで、三鷹市における認知症地域連携、八王子市におけるまちづくりフォーラムの開催、羽村市内の中学生に対する自動体外式除細動器(AED)講習の実施、多摩地域における観光事業への学生参加等、地道な地域貢献をしてきた。

 これらの取り組みの延長に、2013年度の「地(知)の拠点整備事業」への採択がある。「新しい都市型高齢社会における地域と大学の統合知の拠点」と題する事業は、図2に示されるように、三鷹市・八王子市・羽村市と連携し「杏林CCRC」を構築し、「生きがい創出」「健康寿命延伸」「災害に備えるまちづくり」をキーワードとして、教育・研究・社会貢献の体制強化を図る取り組みである。3つのキーワードに沿って地域に関する科目群の整理・統合、地域をフィールドとしたボランティアやインターンシップの実施による、地域に貢献できる人材を育成するとともに、各学部はそれぞれがもつ資源を利用して、地域の関係者と協力して地域への貢献を目指す。たとえば、医学部は医師会との協力による地域医療への参加、保健学部は学校の保健教育への協力、総合政策学部は地域の要請にもとづく講演会の開催、外国語学部は外国人居住者や観光客の通訳ボランティアなどである。

図2 杏林CCRC※の全体像

 「これらの取り組みは、地域活動そのものが、今やグローバルな視点がないと機能しないという観点に立って行っています。突き詰めて言えば、災害弱者である、高齢者、メンタルな問題を抱える者、外国人などのマイノリティを保護することが重要です。とりわけ外国人の増加に関しては、病気や災害への対応を準備しておくことが必須になっています」と、学長は地域社会の現実を語られる。

 グローバル化とは、海外への視野の拡大だけではなく、地域における現実課題としても生じており、この双方に力を入れることは、もはや必然になっているのである。


図3 杏林大学 志願者数の推移

地の利を得て志願者も増加

 各種の競争的資金を得たことは、学内を活気づかせたし、キャンパスを移転したことで、各種の事業をより円滑に実施できるようになった。「グローバル人材育成推進事業(現:経済社会の発展を牽引するグローバル人材育成支援)」が進行するにつれ、留学を前提とした入学者が増えたという。これらの事業やキャンパス移転が、学生の動向にどのような影響を与えたのだろうか。

 図3は志願者数の動向をみたものだが、どの学部も2016年度から大幅に志願者が増加している。とりわけ、保健学部と外国語学部の伸びは著しい。この間、保健学部は入学定員を125名増加させており、人気のほどがうかがえる。また、図表は省略するが、すべての学科において志願者が増加している。これはいうまでもなく、キャンパス移転の効果であり、都心という地の利は学生を惹きつけてやまないことがよく分かる。

 移転以前に問題として指摘されていた中退者はどうなったであろうか。中退者が多い総合政策学部では、2012年の61人から2016年の38人まで着実に減少しているが、それ以外の学部では、明らかな減少には至っていない。しかしながら、中退の多くが不本意進学や無目的進学から生じる現象であるとすれば、井の頭キャンパスへの移転による志願者の増加は積極的な進学者の増加とみることができ、また、グローバル化を鍵とした各種の教育改革が進んでいることも合わせて考えれば、数年のうちには中退者も減少していくことであろう。

医学・保健医療系と人文・社会科学系の連携による魅力づくり

 キャンパス移転と競争的資金による教育改革は「吉」と出たが、学長は手綱を緩めることはしない。今後の大学運営の課題について、短期課題と中長期課題に分けて話をされる。

 「短期的には、総合政策学部と外国語学部をどのように運営していくかが課題です。特に総合政策学部は、何をやるところなのか、何ができるようになるのか、高校生に分かりやすく見せていくこと、また入学者に対しては、少人数で手厚い教育をし、教育のメリットを実感してもらう工夫が必要です」。

 確かに、総合政策学部は、井の頭キャンパスに移転して、志願者は前年と比較してほぼ倍増し、1150人に増加したものの、他の学部の増加から見れば少ない。また、医学部、保健学部は国家試験がある医療職養成を学部のミッションとしており、学生生活やその後の将来を見通すことが容易である。外国語学部も語学の習得という点では、何を学ぶのかが見えやすい。それらと比較すると、総合政策学部が考えているものをもっと理解しやすくしていくということになるのだろう。

 もう1つの中長期的課題については、「現在志願倍率が高い医学部や保健学部が、このまま安泰とは言えません。なぜなら、2030年には医師過剰の時代が到来すると言われています。医師不足が指摘されて医学部は定員90名から117名まで増加しましたが、これも医師過剰ということになれば再編が求められるかもしれません。他の医療職も時代に応じて求められる分野は変化します。それらを勘案して、現在の4学部をどのような体制にしたらより一層魅力あるものとすることができるか、常に考えることが求められているのです」と、学長は語られる。

 少子化と高齢化のなかでの人口減少。日本社会の未来がたどる経路を見据えることができるか否かで、大学運営が決まる。しかしながら、目先の問題を忘れては将来はない。射程の異なる2つの課題をどのように舵取りしていくか、日本の大学が直面しているのは、まさにこうした連立方程式を解くことなのである。

(吉田 文 早稲田大学教授)



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