大学が医療現場と連携し、「エキスパートナース」になるまでのプロセスを可視化/日本赤十字九州国際看護大学

日本赤十字九州国際看護大学キャンパス


 日本赤十字九州国際看護大学は、学校法人日本赤十字学園が設置する看護大学のひとつとして福岡県宗像市に2001年に開学した、教員数46名、在学生数480名の大学である。日本赤十字学園が設置するほかの5つの赤十字看護大学と同様に看護学に特化した単科大学であるとともに、東南アジアに近い立地を活かした国際活動に特徴を見いだすことを意図して、唯一「国際」が名称に付与されている。


田村やよひ 学長

 日本赤十字九州国際看護大学は、「『学士課程』と『看護現場での現任教育』のシームレスな接続を目指して」として、平成28年度大学教育再生加速プログラムのテーマⅤ「卒業時における質保証の取り組みの強化」(以下、AP事業)に選定された。この事業は、看護基礎教育からエキスパートナース育成までの一貫した教育システムを確立することで、看護職の早期離職を防ぎ、生涯を通して学び続けられる環境を整備することを目的とするもの。大学在学中の学生の学修成果を卒業後の就職先での職務とつなぐことを意図した意欲的な取り組みである。今回、このAP事業を中心に、学修成果の保証についてどのような取り組みがなされているか、田村やよひ学長と小林裕美教授・AP実行委員長にお話をうかがった。

赤十字と国際に紐づく3つのポリシー

 日本赤十字九州国際看護大学のAP事業の具体的な内容は、(1)3つのポリシーに基づく体系的で組織的な教育の確立、(2)学士課程教育と就職先での現任教育とをシームレスに接続する「看護職キャリアパス基礎スケール」の開発、(3)「ディプロマ・サプリメント(学位証明書補足資料)」の開発で構成されている。そこで、まずは、3つのポリシーの策定経過とその特徴を確認しておきたい。

 日本赤十字九州国際看護大学の教育は、赤十字の「人道・公平・中立・独立・奉仕・単一・世界性」という7つの普遍的な原則(赤十字の基本原則)のもとに、人間の尊厳、人権を大切にするとともに、人々の健康と命を守ることを第一の理念に掲げている。特に日本は災害が多く、赤十字が様々な災害支援に取り組んできたことが意識されている。このような理念を前提に、「赤十字のナースとしての基本的な力に加えて、国際的な視野を持った活動ができることを教育のなかで強調している」と田村学長は話す。

 このような建学の理念を前提に、2013年に、アドミッションポリシー(AP)、カリキュラムポリシー(CP)、ディプロマポリシー(DP)の3つのポリシーを策定した。APでは、「人間の尊厳と人権を大切にできる」等、ほかの看護系大学とも共通する内容とともに、「赤十字の理念を理解し国際的活動に関心を持っている」という独自の方針を打ち出している。DPには、「人間の尊厳と権利を擁護する力」「自己教育力」「チームで働く力」「問題解決力」「看護の専門性を探求する力」の5項目が設定されている。CPは、8項目で設定されており、DPとカリキュラムや科目区分との関係が明確にされている。その特徴は、まず、赤十字の理念に基づき、カリキュラム編成の主要概念として「人間」「環境」「健康」「国際」「看護」の5つを設定し、「リベラルアーツ・専門基礎科目」「専門科目」の科目区分の役割を明確に示すとともに、各科目がDP との関連でどのような位置付けにあるのかが具体的に示されていることにある。例えば、「初年次教育科目等によって、主体的・自立的学修スキルを身につけ、学年進行とともに『自己教育力』および『問題解決力』を段階的に育成する」等である。看護教育は、文部科学省・厚生労働省共管の指定規則で教育内容が定められており、124単位の卒業要件単位数のうち、97単位は国の指定の教育内容とされている。従って、個々の大学におけるカリキュラム編成の自由度は少ない。そのなかでも、DPとCPを関連づけ、リベラルアーツ科目や赤十字関連科目を設定することで、赤十字と国際の特徴を出す工夫がなされている。

 さらに、2012年の中央教育審議会答申の内容を受け、2014年にはアセスメントポリシーを策定した。このことについて、「アセスメントポリシーが一番大切だと感じ、様々な情報収集を行ったうえで定めた。このポリシーを具体化したものがAP事業である」と小林教授は話す。そして2015年に大学基準協会の認証評価を受審した。つまり、認証評価の受審前に、4つのポリシーを整備し、教育のあり方について学内の合意を形成したのである。このような新たなポリシーに基づいて、2016年以降の入学者に向けたカリキュラム改革に取り組んだ。そして、これらのポリシーの整備とその実質化のための新カリキュラムが、AP事業の一部であり、前提ともなっているのである。

図表1 平成28 年度大学教育再生加速プログラム

定性・アナログに偏りがちな成績評価を組織的と捉え直す

 日本赤十字九州国際看護大学は、これまで各種GP事業やCOC事業に申請したことはなく、競争的資金への応募は今回のAP事業への申請と採択が初めてであるという。なぜ、このAP事業に申請したのであろうか。その背景について、「2013年に定めたDPに基づいて、個々の教員や授業単位では、学生に対して熱心に対応していた。しかし、組織としては、まだまだ色々なことがバラバラだった。AP事業は、大学の中で教員が個別に行ってきたことを、どのように組織的に実施していくかという課題に基づいたもの」と小林教授は話す。そして、「例えば、看護の実習では、教員も実習指導の現場に出ているので、学生の戸惑いやつまずきがどこにあるのかは分かる。学生の努力や気づきも肌で感じ把握していた。これまでその成果は、個々の実習後のレポートや事後に語られたものをもとに確認していた。しかし、2年次、3年次、4年次のそれぞれの実習での成長が、実感としてはありながらも具体的につながって見えないもどかしさがあった。このAP事業は、学修成果の可視化としてそれを見えるようにしようという試みでもある」と位置付ける。そして、今までは、成績評価のみでしか学生を送り出していなかったこと対して、「ディプロマ・サプリメント(学位証明書補足資料)」として、授業や実習での様子、看護師になるまでの過程について多面的評価を行い、良い点も悪い点も含めてそれを卒業時に学生に持たせることで、卒業後の本人の励みとしてもらうことが意図された。さらに、「ディプロマ・サプリメント」は、卒業後の職場での成長につなげる材料として、それを就職先の病院でも活用してもらうことを意図しているという。つまり、「ディプロマ・サプリメント」を通じた多元的評価に基づく学修成果の可視化により、大学教育と就職後の現任教育をつなぐことが目指されているのである。

図表2 具体的な取り組み(カリキュラムのPDCAサイクル)

 この背景には、卒業し、就職したあとに、医療の現実の厳しさの中で押しつぶされそうになる新任看護師が多く、早期離職者を減らすためには、どのように自信をなくさないように育てていけるか、という問題意識がある。卒後直後の厳しい医療環境では、業務がうまくできていても、自分は役に立たないと感じ、自己評価は低くなる傾向にある。そして、自信をなくして離職してしまうこともある。そこで、「ディプロマ・サプリメント」に加えて、卒業後に病院と共に看護師を育てる仕組みを作るために、九州地域を中心とする赤十字病院の協力のもと、学士課程教育と現任教育をつなぐ「看護職キャリアパス基礎スケール」の開発を進めている。自分自身の成長の指標を提示することで卒業後の継続教育につなげる試みである。日本赤十字社では、全国の赤十字病院に共通する仕組みとして就職後のキャリアについて、I~Ⅴ段階の「キャリア開発ラダー」を導入しており、現職看護師に対して独自の能力開発が行われている。このAP事業では、学士課程までの教育と現任教育に共通する指標を開発し、この仕組みにつなげることによって、大学教育と職業現場での専門職としての成長をシームレスにつなげるものである。そして、そのことを通じて、大学が現場と連携してエキスパートナースの養成にも貢献するとともに、そのプロセスを可視化することが意図されているのである。

 このようなAP事業での取り組みは、卒業生の5~6割が赤十字病院に就職するなかで、大学での教育と赤十字病院での教育をつなぐことで、看護師になってからの教育と成長を大学が連携として行っていくことも目指されている。全国に92ある赤十字病院で共通したシステムであるため、組織の大きさを活用できるという。大学と病院が、同じ目線で協力していく仕組みなのである。

大学教育と卒業後のキャリアをつなぐ

 このようなAP事業は、学長の直下に置かれたAP実行委員会を中心に運営されており、教務委員会やFD委員会等学内の各種委員会の委員長がAP実行委員会に委員として加わるとともに、AP事業の計画を各委員会の年次計画に含めることで、ほかの学内委員会の活動と連動するように運営されている。全学的な教育改革として組織的に取り組まれているのである。

 そして、AP事業の採択から2年が経過するなかでの現在の進捗状況は、まず、「看護職キャリアパス基礎スケール」については、赤十字病院との協力のもと、スケールの根拠となるデータ収集が完了し、その具体化が進められている。赤十字病院側も協力的であり、病院側での活用を視野に入れられているという。

 「ディプロマ・サプリメント」については、それを構成する学生の多元的評価の開発と運営が進められている。この多元的評価は、従来の成績評価に加えて、(1)DPの内容を共通ルーブリックで達成度を評価する仕組み、(2)シラバスに記載された科目の到達目標に対して、成績とは別に学生が達成度を自己評価する仕組み、(3)外部の客観指標として導入したPROGテスト(2014年から1年生と3年生に行っており、他大学との比較を見るための外部評価として利用)を組み合わせたものである。これらの仕組みを独自のWebシステムを用いたe-ポートフォリオシステムとして開発することにより、これまで紙で行っていた各授業・実習の記録を電子化し蓄積することを含めた、一元化を目指している。この新たな仕組みの導入に対する教員からの抵抗感はなく、むしろ、若手教員からはe-ポートフォリオ化は歓迎されているという。なぜなら、これまでも教員は実習記録に対して手書きでのコメント等を行っており、紙では散逸してしまう等の課題を感じていたためである。さらに、e-ポートフォリオによる一元化により、1・2年次の学習の様子を3・4年次の担当教員に効果的につなげていくことができるようになるとともに、これまでも行ってきた、実習記録等を通じたフォローが必要な学生についての教員間の情報共有が進めやすくなったという。特に、「これまでは、よくできる学生とフォローが必要な学生に目が向きがちであったのに対して、新しいシステムを導入したことで普通の学生の様子も丁寧にみることができることになった」と小林教授は話す。集団の中で見落としがちな、「普通の学生」を含めて、全ての学生の経過と状況を一元的に把握することは学修成果の可視化として重要な試みであろう。

 さらに、正課授業のみでなく、ボランティア活動等、学生が課外で取り組んでいる様々な活動をシステムに記録できるようにした。例えば、2016年の熊本地震に対して、学生達は、「赤十字の看護学生としてできることを」という思いから、すぐにボランティア活動に取り組み、現在も被災地の変化に合わせて幅広いボランティア活動に取り組んでいるという。これらの活動の記録も、学生の成長過程として、e-ポートフォリオに取り込み、「ディプロマ・サプリメント」に加えていくようにし、幅広い成長プロセスを「いい看護師になる」というキャリアに可視的に結びつける仕組みが模索されているのである。システムができ上がった状況の中で、学生に対して、自己評価に取り組み、コメントを記載することが自分のメリットになることの実感を持ってもらうことがこれからの課題であるという。

 このような日本赤十字九州国際看護大学のAP事業の取り組みについて、小林教授は「看護の分野は、専門職としての共通性がある。企業に就職する分野では難しいかもしれない」とインタビューのなかで何度か指摘された。確かに、この取り組みは、看護という領域の特徴、赤十字という組織的特徴を活かしたものである。しかし、大学教育と卒業後のキャリアをつなぐこと、学生の成長を可視化するための学内の仕組みづくりは、様々な大学にも参考になる発想ではないだろうか。そして、日本赤十字九州国際看護大学で2年後、このAP事業の枠組みで学んだ卒業生が「ディプロマ・サプリメント」をどのように受け止めるのか、そして、その卒業生がそれぞれの医療現場で「共通スケール」によってどのように成長していくのか、改めてその成果を尋ねたい取り組みである。

(白川優治 千葉大学 国際教養学部 准教授)



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