Vol.65 Space BD株式会社 代表取締役社長/永崎将利
「こんなもんか」を経験すれば、臆せず一歩が踏み出せる。

永崎将利

【Profile】ながさき・まさとし●1980年、福岡県生まれ。福岡県立小倉高校、早稲田大学教育学部卒業後、三井物産株式会社に入社。人事や鉄鋼関連の営業に従事した後、2013年に退職。2017年9月Space BD 株式会社設立。JAXA 初の国際宇宙ステーション民間開放案件「超小型衛星放出事業」の事業者に選定されるなど、宇宙商業利用のリーディングカンパニーとして宇宙の基幹産業化に挑んでいる。著書『小さな宇宙ベンチャーが起こしたキセキ』(アスコム)


日本初の「宇宙商社」を設立

 2017年に日本初の宇宙商社「Space BD 」を創業し、宇宙産業を日本の一大産業にするために尽力しています。主力事業は小型人工衛星を宇宙に打ち上げたい人の支援。輸送手段の仕入れや宇宙に物を運ぶために必要な手続きなど、あらゆることをします。
 高校時代はテニスと勉強に打ち込んでいましたが、将来の夢や目標はわからなくて苦しかったです。ただ、進路選択は楽でした。内申点が高かったので、早々に慶應義塾大学法学部への指定校推薦枠が取れていたんです。しかし、ある日親友に「お前は本当に慶應に行きたいの? 推薦で受験から逃げたいの? どっちだ?」と聞かれました。この言葉で「確かに俺は逃げてる」と思い、推薦を辞退したんです。今ではこの意思決定が人生のターニングポイントで、誇りに思いますね。
 その後、早稲田大学のテニス部で日本一になるという目標を設定し、一般入試で合格。入学後は体育会テニス部でひたすらテニスに打ち込み、2年生のときにレギュラーに。しかし、3年生のときに脱落、さらに先輩からマネージャー、つまり黒子を命じられました。これまで小学生のときからリーダーだった僕が初めて経験する挫折でした。
 この経験によって、リーダーは周りから見るとキラキラしているけれど、裏方がいるからこそ支えられ輝けるということが初めてわかったんです。加えて、それでも自分はリーダーとして生きていきたいと改めて思えたので、この出来事もその後の僕の人生を決定づけた大きなターニングポイントですね。
 卒業後は海外でビジネスをしたかったので、総合商社に入社。海外駐在の夢も叶い、最終的にはこの会社のトップになることを目標に日々仕事に打ち込んでいました。しかし、入社9年目のオーストラリア駐在で、会社の意思決定に対して納得できない点を感じてしまったんです。それを変えるためには、自分で意思決定できる立場まで昇らなければならないけれど、そのためには部下をないがしろにし、上司におもねることも必要と当時は考えました。それでは自分に誇りをもてなくなります。どうにも突破口が見出せなかったので退職しました。

日本を代表する経営者を目指す

 その後はいろいろな仕事を手掛けましたが、どれもうまくいかず苦しい日々を過ごしました。そんな悶々としていたころ、知人の紹介で某財団法人の起業家育成事業をお任せいただけることに。ある日その会長に「教育も素晴らしいことだが、貴方自身が『あんな人になりたい』と思われるような人物になれ」と言っていただいたんです。
 この言葉で目が覚めて、日本を代表する経営者になろうと決意。そのためにどのような事業をやろうかと悩み、知人の投資家に相談したところ、宇宙ビジネスをやらないかと提案されました。宇宙なんて想像したことすらなかったのですが、これくらいぶっ飛んだことをしなければ日本を代表する経営者にはなれないと腹を決め、やりましょうと即答。Space BD を立ち上げたのです。
 これまでの人生から高校生の皆さんに伝えたいのは、「人生は運と縁と恩」。自分の努力だけでは限界がありますが、運と縁に導かれることでどれだけ人生が拓かれてきたことか。しかし運と縁は狙ってつかめるものではありません。だから、恩を返そう、ということです。
 もう一つが、「こんなもんか」と思う経験をしてほしいということ。これまで僕の周りにはものすごいエリートがたくさんいました。そんな彼らと会う前は、完璧なすごい人間なんだろうと想像していたのですが、実際に関わってみるとそんなことはなく、彼らも僕と同じく欠点をもつ普通の人間でした。それがわかったとき「こんなもんか」って思えたんです。分不相応でもいいからやりたいことに挑戦して、たとえ彼らにかなわず、挫折したとしても、「こんなもんか」と思えると、次の大きなチャレンジにもビビらず一歩が踏み出せますよ。



Change in myself

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高校時代にクラスの小冊子に寄せた文章。
今読み返すと恥ずかしいが、当時から変わっていないと思える部分も多々ある。


永崎将利
宇宙ビジネスを手掛けるきっかけを与えていただいた投資家の赤浦 徹さんと。
彼と出会ったおかげで今の私があるという恩人の一人だ。


永崎将利
高校時代は素晴らしい友人に恵まれた。今でも繋がりは途切れず、たまに食事を共にしている。
この時は私の初の出版を祝ってもらった。

(取材・文/山下久猛 撮影/小澤義人)


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