【研究コラム】自分の「気になる」が新たな価値を生む―「内発新結合」

2022年度から全国の高校で本格実施された「総合的な探究の時間」。リクルート進学総研で実施した『高校生の進路選択に関する調査2026』によると、2026年3月に高校を卒業した調査対象者のうち84.4%が「総合的な探究の時間」を「受けた」と回答しており、本格実施から4年が経ち、探究が学校の日常に浸透し始めていることがうかがえます。
今回は探究を切り口に、これからの進路選択、キャリア形成を考えるにあたり提唱したい新たな概念「内発新結合」について紹介します。出発点になるのは、生徒一人ひとりの「動機」です。ただしその動機は、はじめに持っているものとは限らず、あとから生まれてくるものでもあると私は考えています。
- AI時代において独自の価値を生み出す鍵になるのは、個人の「内発的動機」と「外側の知」を掛け合わせる「内発新結合」ではないか、というのが本稿の仮説である。
- 内発的動機は、日常の些細な違和感やノイズに対し「私」を主語にして意味を見出す過程から生まれる。
- 調査結果では、「自分でテーマを選ぶこと」と「外部との関わり」の両方が揃った層の探究満足度は86.2%。どちらもない層の40.6%と、倍以上の開きがある。
- 「外側の知」は借りてくる知識だけでなく、自分で試して分かったことも含む。AI時代には、この後者が効いてくると考える。
“正解”の大量生産時代に、人間が行う「探究」とは
2023年以降の生成AIの劇的な進歩により、正解らしききれいな答えを、瞬時に、かつ大量に出力することができるようになりました。こうした社会の変化を目の当たりにして、与えられた課題の正解を探すのではなく、生徒自身が学びの主体となること、そしてその先で独自の価値を創造できるようになることの重要性は、2022年度の「総合的な探究の時間」本格実施の時点よりも実感を持って私たちに迫っているのではないでしょうか。
改めて、このAI時代に人間の行う「探究」とはどうあるべきなのか。
探究の充実は何によって決まるのか。
独自の価値創造は、どのようなプロセスで起こるのか。
そして、その探究プロセスは、どのように生徒達の進路選択と未来につながるのか。
これらの問いについて考えるに当たり、私が仮説として持っているのが「内発新結合」のアプローチです。
「内発新結合」――個人の感性や気づきから生まれる動機と、外側の知の掛け算
経済学者ヨーゼフ・シュンペーターは、イノベーションの源泉を「新結合」と呼びました。新しい価値は、ゼロから何かを発明することよりも、既にあるものをこれまでとは違う仕方で組み合わせるところから生まれる、という考え方です。彼が挙げたのは、新しい製品、新しいつくり方、新しい売り先、新しい仕入れ先、新しい組織のかたち。今日ではこれを「知と知の新しい組み合わせ」と言い換えられることもあります。
同じことを、広告の世界にいたジェームス・W・ヤングも書いています。アイデアとは既にあるものの新しい組み合わせにすぎない、と(『アイデアのつくり方』)。一方は経済全体の変動を、もう一方は広告一本のコピーを見ていました。扱う世界は全く違うのに、新しいものは組み合わせから生まれるという点では、同じところに行き着いています。だとすれば、イノベーションと呼ばれるものも、教室で「新しいアイデアが浮かんだ」といわれるものも、この線の上にあるといえるのではないでしょうか。規模が違うだけです。
しかし「既知」の組み合わせや掛け合わせを出力するのは、現代ではAIが最も得意とする領域です。既に分かっていること、正解らしきことを組み合わせて生まれる問いやアイデアは、あっという間に同質化してしまう時代を迎えています。
だからこそ、これからの時代には、一人ひとりの感性や体験を起点として生まれる「内発的動機」に「外側の知」を掛け合わせるアプローチが重要になると考えています。
自分自身の感情や違和感を出発点にし、そこから生まれた「やってみたい」という動機に、外側の知を結びつける。この順序を辿ることで初めて、AIには代替できない、その人ならではの独自の価値や問いが立ち上がります。
これを私は「内発新結合」と呼んでいます。内発新結合とは、新しい組み合わせの片方に、自分の内側から生まれた動機を置くことです。シュンペーターが言ったのは、組み合わせること自体が新しい価値を生む、ということでした。内発新結合は、そこに一つだけ条件を足しています。片方は、自分の内側から持ってくる。

内発新結合とは、新しい組み合わせの片方に、自分の内側から生まれた動機を置くこと。
半径5メートルの日常で「気になる」と心が動いたことを動機に育て、外側の知と掛け合わせる。
この順序は、高校生の探究に限った話ではありません。年齢も職業も全く違う人が、同じ順序を辿って新しいものを生んでいる。そういう場面を、私は何度も見てきました。この記事では、その中でも高校生の探究を入り口に考えていきます。
半径5メートルの景色を「自分」というアンテナを立てて受け取る
とはいえ、現場の先生方からは「生徒自身の探究したいことが、なかなか見つけられない」「やりたいことが出てこない」といったお悩みを伺うことも少なくありません。
しかし、最初から大きな「やりたいこと」や明確な課題意識を持っている生徒のほうが、稀なものではないでしょうか。いきなり「あなたはどうしたい?」と問われてもなかなか答えられないのは、ごく当たり前のことだと私は思います。私自身、高校生と関わる中で、「やりたいことは?」と聞くより先に「気になることは?」と聞いたほうが言葉が出てきやすい、と感じる場面が何度もありました。だからこそ、半径5メートルなのです。動機を持っている生徒を探すのではなく、動機が生まれやすい場所から始めていく。日常で「なんとなく気になる」と心が動いたことに目を向け、「どう思った?」を重ねて「どうしたい?」に育てていく。動機は、はじめに持っているものとは限らず、あとから生まれてくるものでもある。その前提に立つ。この経験と、その型そのものが、いちばん大事だと考えています。
最初の一周は、与えられたテーマでかまいません。受け身で始めて、なんとなく手を動かしてみる。そのうちに「あ、これは自分の問いかもしれない」と思える瞬間が来れば、そこから先は自分のものになります。やってみた結果として気づきが生まれ、その気づきが次の動機になる。入口がどこであったかは、問題になりません。
ここで注目したいのは、個人の内側で動機が生まれる“手前”のプロセスでは、何が起きているか、ということです。
リクルートが提供する高校生向けアントレプレナーシップ・プログラム「高校生Ring」での、具体的な事例を通じて考えてみましょう。
例えば、天気予報のニュースで流れる「明日の気温は16℃です」というアナウンスに対し、「16℃と言われても、自分にとってどれだけ寒いのか、どんな上着を着ていけばいいのか分からない」という素朴な感覚を抱いた生徒がいました。
その体感が「一律の天気予報を、私仕様に変えることはできないか」という動機につながり、個人の体感に最適化するパーソナライズ技術と結びつけることで、独自のアプリ提案につながりました。
別の年には、左利きの生徒が「文房具を使うときに不便だ」という日常の小さな不満に気づきました。左利き用の文房具は既に存在していますが、左利きの人口が少ないために価格が高めに設定されており、親から「高いから買えない」と言われたそうです。
この何気ない体験への違和感が「左利きの人達でまとめて購入する仕組みをつくって、安く購入することはできないか」という動機につながり、左利き用の道具をまとめて買えるオンラインストアの構想へと探究が進んでいきました。
これらの事例に共通しているのは、日常の中で自分の心が動いた対象を見逃さないこと、そしてほかの人ならスルーしてしまうような些細な出来事に対して「私はどう思うか」「私は何が気になるか」というアンテナを立てている点です。
つまり、世界を「自分」という主語で受け取り、他者やAIにとっては一見ただの「ノイズ」に見えるものに、自分なりの意味を見出す。
この丁寧なプロセスこそが、内発的動機が立ち上がるまでに起きている重要な変化だと考えられます。

図1に16℃の事例を当てはめたところ。
「自分にとってどれだけ寒いか分からない」という違和感が動機になり、パーソナライズ技術と結びついた。
ここで言う「外側の知」は、誰かが既に持っている知識や技術だけを指しません。自分で少しやってみて、その結果として分かったこと。これも外側の知です。自分が動いて手に入れたものではありますが、内側から湧いたものではなく、外の世界が返してきた答えだからです。借りてくる知識は、調べる、読む、人に聞くといったかたちで、出発点として欠かせません。そのうえで、借りた知を自分で試して初めて分かったことが、その人だけの持ち物になります。AI時代に効いてくるのは、そこだと私は考えています。組み合わせるだけならAIが最も得意としますが、自分で試して返ってきた答えは、まだどのデータにも入っていません。シュンペーター自身も、発明することと、それを実際に遂行することは別だと明確に区別していました。新結合の本質は、思いつくことではなく、それを実際に行うことの側にあるということです。
半径5メートルの日常から生まれる気づき、見出した自分なりの意味から、一歩踏み出して外の世界にひらくこと。コンフォートゾーンを少し抜け出し、心地よい刺激や摩擦を経験しながら、自分の興味の芽と「外側の知」を結びつけていく。その循環の中でこそ、新しい創造が生まれていくはずです。
世界に「自分なりの意味」を与える感覚は、どこまで広がるか
ここで改めて、「内発新結合」の出発点となる、自分なりの意味を見出すことに目を向けてみましょう。これは高校生に限った話ではありません。私が大学の講義で学生達に「他者がノイズだと思うことに、自分なりの意味を見出してみよう」という問いを投げかけ、スマホに残っている写真の中からなにげなく撮った1枚を選び、撮ったときに何を感じていたのかを書き出してもらうワークを行った際、印象的な反応がありました。
ワークを終えた学生達の感想レポートには「これまで世の中の情報を無意味なノイズとしてただ受け流していた」「ノイズだと思っていたものに注目することで、日常の見え方がガラリと変わった」といった言葉が数多く並んでいたのです。
ひょっとしたら、膨大な情報シャワーを浴び続ける今の大学生にとって、他者の評価や既成の正解ではなく、「私」という受容体を通して世界を選び取り、意味を与えるという感覚自体が、フレッシュで解放感のある体験だったのかもしれません。日常のノイズの中に自分なりの意味を見出すトレーニングは、学びの主体性が立ち上がるうえで大きな力を持つと感じた出来事でした。
なにげなく撮った1枚がスマホに残っているということは、そのとき心が動いていたということです。半径5メートルの気づきは、探しに行かなくても、既に手元にあるのかもしれません。
さて、『高校生の進路選択に関する調査2026』の調査データからも、「探究の充実度」と「自分でテーマを選ぶこと(内発性)」、そして「外部の人や環境と関わっていること(外側の知)」との間には、相関関係が見えてきています。探究の授業を受けた5429人のうち、テーマを自分で決め、かつ学外との接点もあった層では86.2%が探究に満足したと答えており、どちらもなかった層の40.6%と、倍以上の開きがありました。

出典:リクルート進学総研(2026)『高校生の進路選択に関する調査2026』のデータを基に作成
ちなみに、それぞれ単独で見ても同じ傾向が出ています。テーマを自分の興味から選んだ生徒の満足度は80.2%、指示された内容で実施した生徒は41.2%。学外の方と一緒に授業を進めた生徒は85.7%、接点が全くなかった生徒は62.1%でした。
今後は、日常のノイズに意味を見出す「意味感受性」や、異環境で生じる「摩擦」といった概念軸を用いて、この「内発新結合」のメカニズムを実証・検証する研究を進めていく予定です。これからの探究学習または進路選択のあり方を探るひとつの知見として、いずれ改めてご報告できればと思います。
そして最後に、冒頭で立てた問いに戻ります。この「内発新結合」のプロセスは、探究にとどまらず、進路選択のあり方にもつながっていくと私は考えています。学部や職種の名前から考えはじめるだけでなく、半径5メートルの日常で見つけた「私はこれが気になる」という感覚の延長線上にも、進路を置いてみる。探究を通して自分なりの意味を見出した経験は、そのまま、自分の進路を自分で選び取るための最初の足場になるはずです。この足場が要るのは高校生だけではなく、地域で何かを起こそうとしている人も、企業で新しい事業を立ち上げようとしている人も、始まりは同じです。内発新結合は、そのどこでも使えるはずのアプローチだと考えています。探究の現場と社会は、地続きなのだと考えます。
研究員/赤土豪一
編集協力/塚田智恵美
(2026/10/23)
(参考文献)
- シュムペーター『経済発展の理論』上・下(塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一訳、岩波文庫、1977年)
- ジェームス・W・ヤング『アイデアのつくり方』(今井茂雄訳、CCCメディアハウス、1988年)
- 市川 力『知図を描こう!──あるいてあつめておもしろがる』(岩波ジュニアスタートブックス、2023年)
※日常の「なんとなく気になる」に注目するという発想は、市川力さんの実践から学んだものです。
(初出)
本稿で述べた「内発新結合」の概念は、『Forbes JAPAN』2026年8月号への寄稿で初めて提示したものです。
