大学を強くする「大学経営改革」[68] 「見える化」の観点からIRとKPIによる大学機能の高度化を考える 吉武博通

IRへの関心の急速な高まりと活動の拡大

 IR(Institutional Research)については、本誌189号(2014年)において「戦略的意思決定を支えるIR」の特集が組まれたほか、本連載でも、評価や内部質保証のあり方を論じるなかでこの問題を取り上げた。

 IRには広く合意形成された共通の定義といえるものがなく、多義的な概念と説明されることが少なくないが、本稿では、「意思決定、改善活動、学内外の関係者への報告・説明などのためにデータを収集・分析する機能または活動を意味し、教育・研究等に関するデータの収集・分析を中心とした教学IRと、経営に関するデータの収集・分析を目的とした経営IRの2つを区別して論じられることもある」との認識に基づき、その課題と在り方について論じたい。

 IRの萌芽は1960年代のアメリカであり、大学を取り巻く環境の変化や外部からの圧力を受ける形で発達してきたとされている。また、IRを担当する専門職を中心に約4500人の会員を擁するAIR(Association of Institutional Research)がその発達に大きな役割を果たしているといわれている。

 これらの背景や経緯について、ここでは詳述しないが、我が国においてもIRへの関心が急速に高まり、その活動が拡大しつつある。その現状については、前述の本誌特集内の小林雅之・劉文君「日本型IR構築に向けて」において、東京大学が行った「全国大学IR調査」の結果として紹介されている。

 そのまとめで、「日本におけるIR活動は、学生調査を通じた学習成果の把握を中心に推進されていること、アクレディテーションや情報公表などへの対応が行われていることに加え、IR組織はガバナンスとの関連から設置されていること、執行部への情報の提供・分析、意思決定への貢献などの役割や機能も重視されていることが明らかになった」としたうえで、「全学レベルのIR組織の設置はまだ少数であり、財務に関する業務についての関与はそれほど高くない。また、データの蓄積・分析などはまだ制約がある。これらの現状から、IRに関わる専門職人材の育成、IR組織及びその活動の高度化が今後の課題であることが示唆される」と述べている。

 2013年12月実施の調査であり、それ以降に本格的な取り組みを開始した大学や活動をさらに進化させた大学もあるだろうが、IR活動を大学機能の高度化につなげるために乗り越えるべき課題は多い。

行政や教育においても重視され始めたKPI

 IRが大学の活動の中から生まれた概念であるのに対して、KPI(Key Performance Indicator)は企業活動において重視されるようになった概念である。日本語にすると「業績評価指標」または「業績管理指標」であり、それ自体決して新しい概念でも手法でもない。

 そうであるにも拘わらず、KPIという用語が近年の企業経営において盛んに用いられ、経営者から度々発せられるようになるや、行政や教育においてもKPIの設定が求められるようになる。

 その象徴が国の成長戦略であり、2013年6月に閣議決定された『日本再興戦略-JAPAN is BACK-』では、「成果目標(KPI)のレビューによるPDCAサイクルの実施」の項を立て、「今回の成長戦略では、大きな政策群毎に、達成すべき『成果目標』(KPI)を示している。国際比較を含め、客観的、定期的、及び総合的に政策の成果を評価できるように、国際機関が示す指標も含めて、『成果目標』を設定している」と明記している。

 2016年6月の『日本再興戦略2016 ─第4次産業革命に向けて─』から、高等教育に関するKPIを確認すると、2025年までに企業から大学、国立研究開発法人等への投資を3倍増とすることを目指す、今後10年間で世界大学ランキングトップ100に10校以上入る、2015年度末で各大学の改革の取り組みへの配分及びその影響を受ける運営費交付金の額を3~4割とすることを目指す、等の指標がKPIとして示されている。

 観念的・抽象的な目標ではなく、具体的かつ定量的な目標を設定し、その着実な実行を管理していこうとの考え方は理解できるが、一つひとつの指標がいかなる根拠や考え方に基づき、どのような検討プロセスを経て設定されたのか、十分な説明はなされていない。

 KPIを重視する動きは、高等教育政策にも及んでいる。2015年6月に示された「第3期中期目標期間における国立大学法人運営費交付金の在り方について(審議まとめ)」では、予算配分の決定方法のなかで、「取組の成果を検証するため、原則として測定可能な評価指標(KPI)を独自に設定する」と明記されている。

 同様に、公立大学法人の中期目標・計画においても、また私立大学が独自に策定する中長期ビジョンや計画においても、KPIという用語を使うか否かは別にして、成果指標や業績評価指標をより重視する方向に向かうことが予想される。

IRとKPIの本質は「見える化」

 KPIはIRに比べて、大学における認知度は低く、大学機能の高度化に資するという点で、その役割も当面は限定的なものにとどまるだろう。経営はともかく、教育研究にKPIという手法がどの程度馴染むかについても、十分に検討する必要がある。

 その一方で、大学も組織である以上、目的を明確化したうえで、期間を区切りながら到達すべきゴールを定め、個々の構成員の貢献を引き出し、相互の協働を促す必要がある。そのゴールがより具体的で分かりやすいほど、力も結集しやすい。

 KPIを特別な手法と考えるほど、数値化にとらわれ過ぎ、合目的性を損ないかねない。目指すべきは目的の実現であり、KPIはその方向や道筋を示し、行動を促すための手法であることを踏まえておく必要がある。

 同様に、IRも特別なものではない。組織である以上、あらゆる部門や職階で日々様々な判断がなされ、問題があれば改善し、状況や結果は適宜報告される。そのためには、正確かつ多面的な情報を効率的に収集できる仕組みが整っていなければならない。

 IRは、教育研究や経営に関する情報を「見える化」する活動であり、KPIも達成すべきことやそのために行うべきことを、指標化を通じて明らかにするという点で「見える化」である。

 IRとKPIを実質化するためにも「見える化」の本質を理解しておく必要がある。

良い見える化は、気づき、思考、対話、行動を育む

 遠藤(2005)によると、同じ目的に向かって仕事をしていても、「見えていない」部分のほうが圧倒的に多く、「見える」ことは本質的な競争力の源泉だという。そのうえで、「見せよう」とする意思と「見える」ようにする知恵の2つがなければ、「見える化」は実現できないと述べている。

 その一方で、「見える化」の落とし穴として、「IT偏重」、「数値偏重」、「生産偏重」、「仕組み偏重」の4つを指摘する。

 IT偏重では、IT化で逆に「見えない化」が進むこともあり、デジタルとアナログの使い分けが大事とし、数値偏重では、トヨタ生産方式の生みの親である大野耐一元副社長の「『データ』はもちろん重視するが、『事実』を一番重視している」との言葉を紹介している。

 生産偏重とは、モノづくりの現場だけでなく、全ての職場において「見える化」を徹底することの大切さを述べたものであり、仕組み偏重では、実際の業務に携わる人達の「感度」の大切さを強調している。

 そのうえで、「良い見える化」は「気づき」を育み、「思考」を育み、「対話」を育み、「行動」を育むと述べ、「見える」ことが「気づき→思考→対話→行動」という一連の「影響の連鎖」をもたらし、その結果として問題解決が促進されるとの認識を示している。

 明治大学でIR機能を担う評価情報事務室の山本幸一氏も、本稿に寄せたコメントで、「異なる立場の教職員が、1つの目的に向けて話し合うこと、つまり組織的な議論を生み出すことが、IRの役割だと考える。部分最適になりがちで、改善が滞りがちな教学運営にあって、データを媒介に、異なる部門同士、あるいは学科会議のような機会に、大学の未来や、学生の将来に思いを馳せる、そして、何らかの教育改善に向けた活動がはじまる。データは組織や人のカベを溶かす力がある。データだけで課題を解決することはできないが、データは、人の思いをつなぎ、教育を動かすきっかけを提供できる」と述べている。

 前掲書の主張と通じる点が多い。


山本幸一氏(明治大学)


データに基づく対話・判断・改善を常態化する

 次に、IRとKPIを大学機能の高度化につなげるために何が必要か考えてみたい。

 IRは「データの収集・分析による意思決定の支援」と説明されることもあり、その関心は大学執行部の意思決定、全学的な合意形成、戦略・計画の策定に対する支援に向きがちだが、より重要なことは、大学業務全般において、部署や職階に拘わらず、データに基づく対話、判断、改善が日常的に行われる状態をつくりあげることである。

 「情報」は、ヒト、モノ、カネと並ぶ4つの経営資源の一つである。経営の巧拙は、いかに経営資源を獲得するか、それらをどれだけ有効かつ効率的に活用するかによって決まる。特に、情報は目に見えないが故にその収集能力や活用度を把握することは難しい。なお、ここでいう情報は、ヒト、モノ、カネ以外の無形資源の総称であり、それと使い分けるため、本稿では「データ」と呼ぶことにする。

 データには定性データと定量データがあり、ともに重要であるが、トップから現場に至る構成員の感度や想像力があって、はじめて活きてくる。

 佐賀大学でIR活動を推進してきた企画評価課の末次剛健志氏は、本稿に寄せたコメントで、「見た目は数字の羅列でも、例えば、就職率一つをとっても、学生一人ひとりの努力や就職担当の献身的な支援の結果であることを感じ、結果が芳しくなければその背景に何があるのかを想像する、そのような感性がIR担当者には必要」と強調する。

 大学の活動は数値で表せないものの方が圧倒的に多い。それが難しければ定性データでも良い。それすら難しければ、現場、現物、現実にじかに触れながら五感で感じとればよい。

 このような考え方や行動を組織内に広げ、定着させるためには、トップがその重要性を語り続けるとともに、自ら実践しなければならない。また、部署ごとにデータの棚卸を行い、直ちに学内で共有できるもの、見せるために工夫が必要なもの、新たに収集が必要なものを明らかにし、整ったものから、様々な機会を捉えて上位者や関係部署に示していく必要がある。

 統合型データベースの構築、ダッシュボードをはじめとする見せ方の工夫、分析手法の導入・普及、戦略・計画策定や教育改革への参画などを行いながら、上に述べたような機運を醸成していくことが、IR機能を担う組織に期待されている。


末次剛健志氏(佐賀大学)


IRの基盤なしに適切なKPIの設定は難しい

 このようにしてIRの基盤を整えない限り、適切なKPIの設定も、KPIという手法を大学機能の高度化につなげることも難しい。

 末次(2015)によれば、佐賀大学は、2012年にPDCAサイクルの支援を目的にIR室を設置し、教学、学術、社会貢献、経営基盤の4つの視点で、教職協働による取り組みを開始している。

 その活動によって得られたデータを学長、役員、学部長等に提供することで、第3期中期目標・計画策定に向けた検討を支援するとともに、国が設定を求めたKPIを、実質的改善につなげるために、「Outcome(達成すべき目標、成果・効果)」と「Performance Driver(Outcome達成のための行動計画・行動目標)」の2つに整理するなど、独自の工夫を行っている。

 大工舎・井田(2015)は、常に目標を達成している組織の特徴として、①達成すべきこと・実現すべきことが数値で明確になっている、② 達成のための重要成功要因(CSF=Critical Success Factor)は何かを徹底的に掘り下げている、③事実とデータを重視する、④必要な情報とは何かを考えている、⑤振り返りを行い、次につなげている、の5つをあげる。

 そのうえで、業務活動の最終的な成果を測定する指標としての「成果KPI」と、最終成果を創出するための活動やプロセスを測定する指標である「プロセスKPI」の2つを設定することを提案している。

 佐賀大学の工夫と共通する考え方である。

IRを担う専門職人材の最大のソースは大学職員

 IRについては、IRer (Institutional Researcher)など専門職人材の必要性を指摘する見方もあるが、大学職員がその最大のソースとなり得ることは、山本氏や末次氏の活躍や発言から明らかである。

 明星大学学長室企画課の岩野摩耶氏もその一人である。学校基本調査を含め年間約50にのぼる学内外からの調査に対応するなかで、情報を一元化して蓄積し、アクセスできる仕組みの必要性を感じたことがきっかけとなり、IRに関心を持つようになる。


岩野摩耶氏(明星大学)


 そして、科学研究費補助金奨励研究に採択され、「大学情報公開をIRに活かす−効果的な情報効果を通した職員組織の改善−」をテーマに、海外大学のインタビュー、国内の入試・広報担当職員へのアンケート調査、国内のIR担当者のインタビューを中心に研究を行い、その成果を公表している。

 岩野氏は、『文部科学教育通信』に3回にわたり掲載された報告のまとめで、「英国と日本との比較で一番大きい点は、前者には執行部・学長のデータリテラシー(読み解き能力)、強固なリーダーシップ、経営力(経営に対する意識)があるということである」と述べている。

 我が国の大学にとっては、専門職人材の育成以上に、重い課題である。

【参考文献】
岩野摩耶(2016)「科研費(奨励研究)による職員のIR研究①~③」『文部科学教育通信』No.382,No.383,No.392
遠藤功(2005)『見える化』東洋経済新報社
小林雅之・山田礼子編著(2016)『大学のIR- 意思決定支援のための情報収集と分析』慶應義塾大学出版会
末次剛健志(2015)「第3期中期目標期間の計画策定や評価対応に向けたIR業務の在り方の検討」『大学評価とIR』第4号,26-34
大工舎宏・井田智絵(2015)『KPIで必ず成果を出す目標達成の技術』日本能率協会マネジメントセンター
山本幸一(2016)「設立初期のIRオフィスにおける意思決定支援の効果的運用に係る検討」『大学評価とIR』第6号,12-20



(吉武 博通 筑波大学 ビジネスサイエンス系教授)


【印刷用記事】
大学を強くする「大学経営改革」[68] 「見える化」の観点からIRとKPIによる大学機能の高度化を考える 吉武博通